依頼をこなせ!①

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

途中出会ったポケモンに軽く挨拶と、ついでに自分のチームの宣伝をしながら静かな森の中を抜けていく。しばらくすると段々草木の数も減ってきた。──と同時に、ガヤガヤとした喧騒も耳に入ってくる。

「テメェ何しやがる?!」
「あ?お前がぶつかってきたんだろうが!」

「い、痛い!」
「俺様の道に突っ立ってんのが悪ぃんだよ、ガキが。もっと酷い目に遭わないとわからないのか?」
「……っ!」


──あぁ、これは。


「最悪だな」

耳を塞ぎたくなるほどの惨状だ。あちこちから怒声が嫌でも聞こえてくる。これはあのクォーツが来たがらないのも納得だ、と改めて認識した。
コンクリートの床は所々ひび割れていて、建物につ付けられている傷も数えきれない。おまけにそこかしこにゴミが散らばっていたり、壁には変な落書きがされて──この町の町長やら警察やらは何故これを見逃しているのだろう?
ここに来たのは初めてではない。一度、例のポスターを貼るために寄ったことがある。その時は夜で、クォーツも一緒だったが……。
この様子を見ると、お助けの依頼なんていくらでもありそうなものだった。だが現状『Metal Puissance』に届いた依頼は0。まさかなぁ……と嫌な想像をしたものの、とりあえずポスターを貼ったはずの掲示板を確認することにした。

そしてその結果はディストの思った通り。

「もうほとんど原型残ってねぇなこりゃ」

ディストが丹精込めて書いたはずの文字列は、ぐちゃぐちゃの汚い落書きのせいでもう残っていなかった。他にも新聞のような物が何枚か掲示されていたが、それも同じように落書きの犠牲になっている。きっと今このポスターを貼り替えたところで読まれることはないのだろう。
もちろんショックではあった。だがその前にもクォーツから言われていたのだ。「あそことは関わらないほうがいい」「ろくなことにならない」──と。それを押し切って行動したのは他でもない自分だった。それでも、ディストが初めてこの町を訪れた際には、夜ではあったもののここまで酷い状況ではなかった。もしかしてどんどん悪化してきているんじゃないか?早くどうにかしないともう止められなくなるんじゃ──そう思考しているときだった。突然ディストの柄に空き缶が飛んできたのだ。

「お前さっきから邪魔なんだよ!」
「俺達のキャンパスになにしてんの?」

多少のダメージは感じるが、悶えるほどじゃない。声のする方を振り返ると、子供のポケモンが二匹。スプレーのようなものを持って立っていた。これは紫色の……猿だろうか?訳あってディストはまだこの世界の知識に疎い。そのためこのポケモンがなんの種族なのかもわからなかった。

「あー……これやったのお前達か?」
「そうだよ。芸術的で素晴らしいだろ?」
「だろ!」

それはそれは良い笑顔で答えた二匹。悪意があるのかないのかよくわからなかった。
『困ってるポケモンを助ける』という目標を掲げるチームを結成したわりには、ディストは特別正義感が強いわけではなかった。
おそらくこの二匹の行いは周りの影響が強いのだろう。もしかしたら注意したら改めてくれるのでは……なんて甘い考えが頭に浮かんだ。

「そうだな、うん。ただ空き缶を投げるのはやめろ」
「やだね!」
「邪魔してるお前が悪い」

そんなことはなかった。クォーツがいればもっとバシッと言ってくれただろうが……どうやらディストだけでどうにかできる問題ではなさそうだ。というよりきっと、この町そのものをなんとかしないと根本的なところは解決しない。
とりあえずこの場は立ち去ることにしよう。地面に落ちている空き缶を拾うと「じゃあな」とだけ残して掲示板から離れた。



「うーん……どうしたものか……このまま見過ごし続けるのもなんか気持ち悪いし……」

ゴミ箱を探しぶらついている間にも、何匹かに絡まれていた。その度になんとか逃げ出していたが、それは『Metal Puissance』のリーダーとしてどうなのだろうか?そう頭を悩ませながらも周りに何があるのか確認していく。
すると見つけた。ここは比較的静かで、ベンチが何個が横に並んでいて……多分休憩スポットなのだろう。何体か座っているポケモンもいる。その隅っこにあるゴミ箱に空き缶をポイッと投げ捨てた。

「よぅ。お前さん、新入りかい?」

さてこれからどうしようか。そう思っているとベンチにいたポケモンが一匹、こちらに話しかけてきた。
……これは……黒い猫か?鋭い爪と片耳に付いている赤い飾りのようなものが特徴的だ。

「あ、どーも。俺はちょっと用があって寄っただけで、住んでるわけじゃないんだ」
「そうかい。この町に用なんて珍しいね」

少し身構えていたが、他のポケモン達とは違って普通に会話ができそうでディストは安心した。

「困ってるポケモンを助けに……って思ってたんだが、むしろ問題しかなくてどうしたらいいのかわかんなくてな」

「ハハ…」と苦笑いしながらディストは用件を伝える。どちらかというと、問題を起こしているポケモンばかりで肝心の困ってる様子のポケモンがいないというほうが正しいのだが。

「ふーん……もしかしてあんた、救助隊ってやつかい?」
「救助隊?」

相手のポケモンは、ディストの持っているポスターを気にしていた。
救助隊──というのはなんだろう?言葉の響きからして、誰かを助ける組織か何かだろうか。ディストはその存在のことがわからずに、ぽかんとしていた。
相手のポケモンは、ディストが知らないことを察すると説明を始める。

「なんだ違うのか。救助隊ってのはね、簡単に言うと困ってるポケモンを助けるすごい奴らのことさ。自分の危険を顧みずに、ね」

ディストはその説明を聞くと、なるほど確かに自分達の目指しているチームの活動と一致していると納得した。

「ところでその紙はなんだい?」
「あぁ、これか?俺達の宣伝ポスターだ」

猫のポケモンが指差すと、ディストは「忘れてた!」とそのポスターを広げて見せた。

「なるほどねぇ。ギルガルドとジバコイル……そこらの救助隊よりは強そうだ」
「へへっ、どうも」

褒められたと解釈すると、若干胸を張るようなポーズになる。……といっても、あまり変化はわからないが。

「にしても、ジバコイルはともかくギルガルドがこの地方にいるのはレアだね。あっちからはるばるやってきたのかい?」
「え?レア?」

何を言われているのかわからずに困惑する。その様子を見て向こうも不思議そうにディストを見つめていた。

「フォボス出身じゃないのかい?」
「いや、えーとー…」

なんて答えるのが正解なんだろうか。ご丁寧に説明したとして、きっと信じてはくれない。だからといって黙っているのはそれはそれで不自然。そんな曖昧な反応に対して、相手はじーっとこちらの答えを待っている。怪しまれる──とディストは危惧していたが、相手はそれ以上深掘りしてくることはなかった。

「ま、初対面の相手にそこまで話せるわけないか。悪かったね、活動応援してるよ!」

向こうはそう言うと「じゃあね」と手を振って去っていった。あまりにあっさり引き下がられて驚いたディストは、ワンテンポ遅れて「ありがとう!」と手を振り返していた。
こんな町にもちゃんと良いポケモンが残っていたようで安心やら心配やら……だがきっとあのポケモンなら大丈夫だろう、なんとなくそう思ったディストであった。



ディストはギルガルドになる前──つまり、ヒトツキとニダンギルである時の記憶が一切ない。つまり記憶喪失だった。
何故こんなことになっているのか、それは未だによくわかっていない。というより知る術がなかった。
今はクォーツと共に楽しく(?)暮らせているが、いつまでもこの生活を続けるだけではきっと何も進展はしないだろう。そう思って何かしようと考えた結果が『Metal Puissance』結成に繋がったのだ。

「……というか、金欠なだけだけど」

さっきの会話から改めて思い返すと、記憶喪失なんて状態にも関わらずそこそこ幸せに暮らせている気がする。……お金以外は。

「あ、あの……」

ディストがあの頃のことに思いを馳せていると、横から小さな声が聞こえてくる。ちらっと見やると、そこにはピンク色の犬のようなポケモンがちょこんと立っていた。

「先ほどの話、盗み聞きをするつもりはなかったのですが……ってそ、それより!助けてくれるって本当ですか?!」
「お、おう?!何かあったのか?」

控えめな様子から一変してぐいぐいくる相手に若干引き気味なディストだが、後半の言葉から察するにものすごく焦っているのだろう。「とりあえず落ち着け!」と宥める。

「すみません……実は、私の大切な宝物を奪われてしまって……」
「宝物?」

一言謝罪すると、相手のポケモンは落ち着いた様子で語り始めた。
どうやら仕事の関係で一時的にこの町へやってきていたブルーのルルは、身に付けていたネックレスを見知らぬポケモンに奪われたらしい。なんでもそのネックレスは親から貰った大事な物で、お守りのようにいつも持っていたのだとか。
それを警察に伝えようとして向かったはいいものの警察署の中には誰も居らず、助けを求めようにもこの辺りのポケモンは怖くて話しかけることすら出来なかった。そこで途方に暮れていたところで偶然ディスト達の会話を聞き、もしかしたらディストなら奪い返してくれるんじゃないか──と考えたようだった。

「なるほど。わかった!」
「い、いいんですか?!ありがとうございます……」

快くOKしてくれたディストに目を丸くしたルル。だがすぐに安心した顔で感謝を伝えた。

「そんでそいつはどんな見た目でどこに行ったんだ?」
「確か……黒いラッタで森の方へ逃げていったかと……」
「黒いラッタで森な」

伝えられた情報をちゃんと確認するために、同じ言葉を返したディスト。ルルが「はい」と頷いたのを見ると、早速森のある方角を目指して進もうとした。

「よろしくお願いします……どうか気をつけて」
「あぁ。俺に任せとけ!」

おそらく返答は望んでいなかったであろう呟きに、自信満々な様子で振り向き自分を指す。
初めて受ける依頼が泥棒退治だなんて大丈夫なのだろうか?──なんて不安は彼には一切なかった。

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