鼓同ⅩⅣ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「派手にやったなこれは……」


スマホを耳に当てながら呆然するニョロトノ。あの後凛が、急いでくるように呼び出したのだった。そんな彼らの前には、赤々と炎を上げる蔵がある。その火を数匹のポケモン達がバタバタと消火器で消している。彼らはニョロトノの部下で、この後証拠も回収を含めて、万が一を想定して熊本から呼び寄せていた。そして會蘇に着いた途端に消火活動である。
というのも、消防車を呼ぶと計画が露呈するので、自力で消火をするしかなかったのだ。


「もうちょっと後先考えるようにできなかったんですか?」


不満そうに電話の相手に言うニョロトノ。


『なってしまったものはしょうがないじゃない。完全な事故なんだから。あと、こっちは激しい戦闘で疲れてるから、消火活動は参加できないわ』

「ちょっと、それは…」


と彼が続けようとしたところで、電話は切れてしまった。ニョロトノはスマホをしまうと、そのまま大きくため息をついて燃える蔵を眺めていた。










蔵からすこし離れた外れの場所に、木々も無い小さな野原がある。辺りには静かな風が吹き、先ほどまでこの近くで死闘が繰り広げられていたとは思えなかった。
その中で、アムンストが瞳を閉じて立っている。


「…Das Herz des Arbeiters kehrte zu Asche zuruck, 業人の心臓は灰に帰して、und seine befleckte Seele fiel ins Fegefeuer. その穢れし魂は煉獄に墜ちた。 Ich bin eingeschlafen,悲運のうちに眠りし我が友よ、 meine Seele ist nie zuruckgekehrt, その御魂が戻ることは無けれども、 aber meine Feinde haben sich erfullt.仇は無事に果たされた。Verbringen Sie ruhig im Willen Gottes und wachen Sie uber mich und meine Gefahrten神の御許で心穏やかに過ごし、我と、我の仲間を見守り給え……」


胸に手を当てて静かに呟く。その祈りの言葉は風に乗って森へと駆けていった。


「………………」


ゆっくりと瞳を開けて、空を見上げる。
そこには、満天の星空が広がっていた。灯りが少ないこの辺りでは、多くの星がその姿を顕にし、暗い空を彩ることが出来る。


「(綺麗だな……)」


誰に言うでもなく、心中で言葉を溢す。


「祈りは済んだの?」

「……ああ」


そこへ凛が現れる。


「随分電話でグチグチ言われたわよ、自分で着けた火くらい、後始末しろって」

「……悪かったわよ」


ため息をついて謝罪する。いくらなんでも全く後始末をしないのは道理に合訳も無かった。


「まあ、アタシらは頑張ったんだし、アイツらに任せればいいと思うけど」


凛もサボっている立場か、それ以上は何も言わずアムンストの隣に座る。


「で、復讐を成した気分の方は?」


凛は一連の動きで、アムンストの復讐心をかなり気にかけていた。故に、全て終わった今の心情を正直に知りたかった。


「やるべきことは成した。後悔も何も無い」


表情も変えず、ぼんやりと森を見つめながら答える。凛の目から見ても、得に何か抱えてそうな様子は無い。
それよりも、とアムンストは前置きして凛に問う。


「今度は凛の番だろ?」

「………そうね」


呟くように返事する。それにアムンストは畳み掛けるように問いかけた。


「まだ特定は出来てないのか?」


アムンストが低い声で尋ねる。凛は瞳を閉じて呟くように答えた。


「……明博や玲音に知られないところで、色々な手立てで調べてるけど全くね…」

「そう…」


アムンストは明博から正体を聞かされている。だが、それを此処で言えばどうなるかは想像に難くない。そして昭博からも口止めされており、言うわけにはいかなかった。


「……けど、多分明博は知っている」

「!?」


突然核心をついてくる話に、アムンストは驚愕する。その言い方から、憶測で話していることは理解したが、それでも真実なのだから驚かざるを得ない。


「ここ最近、アイツの動きが怪しい。……何か隠していることがある」


「……………」


だが、現状詳細まで分かっている様子では無いようだ。そこで、少し考えを探ってみることにした。


「明博が犯人って考えてるのか?」


少し間を開けて答える。


「年齢を考えると…流石にそれは無いと思ってる。
当時、明博はアタシの二つ上、14だ。誰にも見られず、確実に両親を殺すには、それなりに技量と知能がいる。
あれが14で出来ると思えないし……けど、もしかしたらそれに関することを何か知っている可能性はあるわ」

「……なるほど」


犯人にはまだ行きついていないようだ。だが、疑われている時点で遠からず事態は露呈してしまうだろう。
少なくとも、以前より真相に近づいてることが明らかになった。
とはいえ、と凛は話を切り替えるように言う。


「この復讐はアタシの戦いよ。アンタが気にすることは無いわ。今回は、たまたま利害が一致したから協力したけども、アタシの時もそうとは限らない。アンタは、元の世界に帰るも良し、ここでもう少し生きるも良し。
好きにすればいいわ」


「好きに……ねぇ……」


アムンストは、凛の言葉を復唱して呟く。だが、発せられた言葉にはどこか含みがあるように聞こえる。










「なら……」

「!!」


すると突然、アムンストは横にいた凛を押し倒して馬乗りになる。その構図は、凛が"獣"に堕ちていた時と同じだ。


「…はぁ……はぁ………」


僅かに呼吸を荒らげ、凛を見下ろしながら言った。


「…今度は……凛の鼓動おとを聞かせてくれる…?」


アムンストは瞳を閉じて、凛の胸に耳を当てた。










ドクン…ドクン…ドクン…


アタシの胸に、アムンスト耳を当ててが心臓の鼓動を聴いている…。アタシの音と熱を全身で感じ取り、耽美な欲に身を委ねていた。
脈打つ音と熱はアタシも感じ取れる。一定のリズムで穏やかに、そして尚且つ静かに燃える様は、アムンストを受け入れているかのようだ…。
そのアムンストが少し瞳を開けて囁く。


「凛の胸の奥で…力強く命が燃えている…。魂が叫んでいる…。その熱の中に、永遠に閉じ込められたい……。
だが、同時に俺の本能がこの熱と音を止めろと叫ぶ…。ほんの数センチ先に、その源がある。
止めるのは容易い…このトリガーを引けば……」


そう言って、重く冷たく当たるモノ…黒光りする拳銃を取り出す。その銃口をアタシの胸に押し当てると、ひやりとした冷気が直下の心臓に届き、ほんに一瞬痙攣する。
安全装置も外してあり、引き金を引けば鉛の弾によって、アタシの命は鮮やかな開花と共に砕け散るだろう。


ドクンドクンドクン…


嗚呼……心臓が燃える……ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
命が危険に晒されているのに、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
もっと早く力強い音が欲しい……ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
命を失いかねない緊迫感が鼓動を加速させ、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
その激しい脈動がアタシを興奮させる…ドクン、ドクン、ドクン、ドクン


ドクンドクンドクンドクンドクン


胸が熱い…………ゾクゾクする……もっと……


「……もっと、強く当てなさいよ」


…そして、アムンストコイツに、アタシの鼓動を聞かせてやりたかった。早い鼓動を響かせたい、感じたい…そして共鳴させたい……ただそのためだけに銃口を強く押し当てる。


「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


アムンストは息を荒げながらトリガーに手を掛ける。その手は小刻みに震えていて、2つの欲望の狭間で葛藤している。熱く荒い吐息がアタシの胸にかかり、胸の内側と外側が共に熱を帯びる。


「……撃たないの?…ドクン…ドクンって、鼓動の波と音はアンタにも聞こえてるはずよ…?
この皮膚と、骨を取り払った……すぐ目の前に……」


挑発…いや、誘惑するように問いかける。


「…嗚呼…俺の求める破壊対象は、手を伸ばせ届くそこにある…。今すぐにでもその音を俺自身の手で止めたい……けど……もう一つの本能が拒絶する…っ……
ここで撃てば……凛の鼓動おとが聞けなくなる……」


変わらず息を荒げながら答える。……そう、アンタは染まってしまったの……


「凛の鼓動おとが、俺を狂わせた…
聴いていたいのに殺したい…殺したいのに聴いていたい………
嗚呼……憎らしくて、甘美なジレンマだ……」


そういってアムンストは拳銃を投げ捨てる。
鼓動……それは己の命の音。普段は意識せずとも響き続ける…けどその音色に気づき、心臓の持つ神秘に染められた者は、その心臓炉心から灯が消えることを恐れ、心室細動メルトダウンをも望む。
激しく乱れた心臓が放つ鈍痛すら、今のアタシには快楽。
そして同じ心臓の音を持つ、会うはずのない二匹が邂逅した。殺意の本能と鼓動おとを求める情動…
相反する感情がアムンストの…そしてアタシの中にも……

アムンストは、アタシの胸を離れて吐息交じりにアタシの耳元で囁く


「俺を狂わせた責任…とってもらうぞ」


ドクン…


「っ……」


その鼓動を合図に、アタシは貪るようにアムンストの唇に食らいついた。


「…んあっ…!」


互いの舌が口腔で絡み合い、吐息と水音を奏でながら官能的に舞う。強引なアタシの誘いにも関わらず、アムンストも舌をうねらせ、手をアタシの首の後ろに回して応えた。勿論、アタシの腕もアムンストの肩を抱きしめるように回す。
汗が首元を流れ、全身の血が激流となって流れ始める。

ドクンドクンドクン…


互いの心臓も同じように激しく踊り狂う。密着した胸が同じペースで脈を打ち、鼓動のピクピクとした動きも感じる。心臓と舌の二つの舞が、アタシとアムンストの体を火照らせていった。


「あっ……っ」

「はぁ…はぁ……」


空気を求めて互いの唇が離れる。だが、それを拒むように口腔から垂れた糸がアタシとアムンストを繋ぐ。激しく脈打つ鼓動が、互いが奏でる桃色の吐息をバックに鳴り響いている。
その状態でアムンストを抱き寄せ、胸に耳を当てさせる。


「はぁっ……はぁっ……これで…満足?」


そうアムンストに問う。仕掛けたのはアタシだが、コイツもその誘いに応えてくれた。息を荒げながら、アムンストは答える。


「…不満よ……鼓動おとは聞けても、心臓を潰せてないもの…」


ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…


胸の奥で響く鼓動おとがアタシにも聞こえてくる。…今度はコイツの心音おとを許さない本能が昂ってるようだ。


「凛を殺すのはこの俺だ。…この心臓は、誰にも渡すつもりは無い…………
この鼓動おとが消えるとき、生命の灯が消える時に、その瞬間を見届けていいのは俺だけだ…」


ニヤリとして吐息交じりに凛に囁く。凛も、フッと口角を上げて囁き返す。

「出来るものなら、ね。……けどその前に、アンタの心臓がアタシのものってこと言っておくわ。……この手で心臓を締め付け、手中でビクビクと踊る様を堪能した後、
じわじわと握り潰して、零れた果実の汁を飲んでやる。
そして、アタシの乱れた心音でお前を包み込んでyある…」


そう言いながらアムンストの胸を押さえる。バクバクと手に押し返してくる様と、その熱が激しく脈打つ様を物語る。
やがて、うっすらと空が明るみ始め、闇の中にあった二匹の姿を少しずつ目立たせていく。
凛とアムンストの呼吸と鼓動が互いに重なり、共鳴しつづける。
静かに、力強く、激しく、官能的に……そして…


「アムンスト…いずれはアンタも殺してやるわ」

「その言葉、そのまま返すぜ…」


互いに闘志を込めて……


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