鼓同ⅩⅢ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

数日前 東京 防衛省庁舎 午前10時40分頃

白い雲が空を覆い、時々切れ間から青空と日の光が垣間見える。
数多の車が行き交う幹線道路から、防衛省庁舎の入り口にある楕円形のロータリーに高級車、黒のZil111がゆっくりと入ってきた。後輪のすぐ上のボディーには、黄色の文字で小さく『大日本弁護士連盟』と書かれている。
車は後部ドアが正面玄関の目の前になるように停車。
運転席から紺のスーツに制帽を被ったヌオーがサッと降りてきて、後部座席のドアを開ける。
そのドアから現れたのは、黒いスーツを着たミミッキュ。シャドークローで隣席に置いていた鞄を掴んで車から降りると、ヌオーに向き直った。


「では、終わり次第連絡しますので」

「かしこまりました、お気をつけて」


ミミッキュに応えると、ヌオーは深々と一礼する。そのままミミッキュは庁舎内に向けてスタスタと歩き始める。ミミッキュが建物に入ったのを見計らうと、ヌオーは運転席に戻って、ゆっくりと車をロータリーから出した。
受付にてミミッキュは要件を伝える。それを聞くと係員は、ミミッキュを案内しようと少し階段を上り、3階にある会議室に入る。

お掛けになってお待ちください、と係員からの指示を受け、ミミッキュは席につく。
会議室は、白を貴重とした色合いとなっている。中央の楕円形のテーブルには20脚程の椅子があり、壁際にはポケモンの体格に合わせた椅子が別に重ねられている。
ミミッキュは、持ってきた鞄から『シャドークロー』で資料の束を取り出す。青い16穴のバインダーファイルに、透明なクリアファイルが二つ。
さらに、いくつか付箋をつけた六法全書と法律家らしい資料を取り出す。

一通り資料を取り出し、さらに3分程待っていると、会議室のドアがノックされた。


『失礼致します』


凛とした女性の声。
入室してきたのは、緑の軍服に緑の軍帽を被ったサーナイト。その後ろに、同じ服装のグラエナが続く。
それを見たミミッキュも椅子から降り、サーナイトに向き直る。
サーナイトは、ミミッキュの背丈に合わせるように若干屈むと、一礼して挨拶する。


「お待たせして申し訳ありません。私、統合幕僚監部 統合幕僚長の長尾桜と言います。
こちらのグラエナは、指揮通信部 副部長の直江紗羽なおえ さわ。この件の調査に積極的に協力してくれた部下です」


長尾と名乗ったサーナイトは、名刺を取り出してミミッキュに差し出す。ミミッキュも自分の名刺を取り出すと、それを差し出しながら名乗る。


「『大日本弁護士連盟』 理事の竹中千弦たけなか ちづると申します。
本日は、お忙しい中お時間を頂きありがとうございます」


改めて一礼した後、竹中は長尾に疑問をぶつける。


「しかし担当弁護士じゃなくて、わざわざ統合幕僚長が対応されるとは、何かあったのですか?」


どの省庁にも、御抱えの弁護士というのが存在する。法律関係の話し合いとなれば、普通その人物が応対するものである。それ故に、統合幕僚長という日本の防衛組織の超上層部の人物が出てくることなど想定外だった。
長尾はその質問を予想していたかのように平然と答える。


「今回、あなた方がどのような件で話し合いに来たかは、私も存じています。
この件は、私も個人的に調べを進め、防衛大臣からも対応について指示を受けています」

「…なるほど、でしたら話は早いですね。調べて頂いてるのなら尚更です」


では、早速お話しの方に移りましょうか、と長尾は竹中を促す。
竹中が元の席に座り、長尾が対面に、直江がその隣に座ると、竹中は資料を片手に口を開く。


「私達、『鍋島・龍造寺詐欺事件被害者の会』は、防衛省に対し、一連の事件に関与した疑いで、民事と刑事の両方で告訴の準備をしています。
具体的な罪状を挙げますと、
・当該企業との濃密な天下り関係と、それに伴う司法への著しい介入
・海外の反社会的組織の国内への手引き
・核兵器製造技術の諸外国への売却に関しての協力と黙認
・国家機密たる軍事情報を民間企業に譲渡

全て挙げるとキリがありませんが、特に最初と最後は、国民生活に直結して具体的な被害者が出ている状況です」


これらの行為の中には、これまで日本で犯されたことのない重大犯罪もある。犯せば一発死刑の極めて重いものだ。これを国の機関がやりました、として訴えればただでは済まないことは明らかだ。


「さらに言えば、この事件の発端そのものに関しても、防衛省側の不正があったと言わざるを得ません」


発端…つまり人類がいたころにまで話は遡る。竹中は資料を基に、この一連の事件の全貌を話し始めた。










西暦2040年代。短期間で二度に渡り経営危機に陥った『鍋島證券』。一度目は政府から助けてもらえたものの、二度目は、経営手腕への疑念から見捨てられかけていた。

政府がこのような判断を下したのには、当時の筆頭株主であった防衛省高官が纏めて株式を売ってしまい、政界への影響力を大きく失ってしまったことにある。
幾度もこの高官に引き止めるよう願い出たが聞き入れられず、友人や派閥関係を紹介も叶わなかった。
いよいよ会社が終わるかと思った矢先に、転機が訪れる。
時の防衛大臣が病気で急死し、新たな人物が任命された。その人物は学閥にも所属せず、キャリア組でもなかった。ただ、どうやら先代の防衛大臣と大変親しくしていたようで、事情を知っていた者たちからはコネだと囁かれていた人物だ。

そして同時にこの男は、先の高官が株主を売却したことで、繰り上げで筆頭株主となった。『鍋島證券』側は、これまで出世の見込みが無いとして放っておいたが、掌を返したように一気に当人に近寄った。
元来人が良く、人脈もあった彼は、機嫌を良くして部下にも株を買わせ、経営の救済に一役買った。勿論、それと引き換えに人事での口利きがあったのは言うまでもない。

その2年後、当人も病気でこの世を去ったが、彼らの部下や後輩は付き合いを継続した。その中で社長がお魎に代替わりし、彼女の極度の売上至上主義によって、核開発技術の売却や天下り、海外マフィアの斡旋、司法介入など違法な面にまで相互に協力し続けた。
現在では、『鍋島證券』の廃業によって関わりが薄くなったが、それでもまだ協力関係は続いていたのだった。










長々と話し続けた竹中は、ちょっと失礼、と言って鞄からペットボトルを取り出して一口飲む。
それを鞄に戻すと、再び口を開く。


「このように、数十年にもわたって不正があったことは、既に調べがついております。ここに、先ほどお伝えした罪状を加えて訴えれば、防衛省………いや、この国そのものがどうなるか分からないことは、幕僚長も予想がつくでしょう?」


この一連の事件は、企業の利益云々だけではない。一国家の防衛を担う組織が関わった以上、存亡が関わると言っても大袈裟ではなかった。


「無論です。特に軍事機密を漏らしていた件は、同盟国アメリカとの信頼も失墜させます。最悪の場合、敵国に認定されて核を落とされ、滅びてしまうでしょう」


竹中の問いかけに、長尾は顔色を変えずに答え、そこに直江が補足するように付け加える。


「我々としても、そのような事態は絶対に避けねばならないと考え、このような場を設けた次第です」


すると、長尾が細長い紙を取り出し、直江がそれにペンでスラスラと書いていく。そして、その紙を竹中に向けて差し出した。


「この額でどうでしょう?」


直江が手渡して来たのは小切手。そこには500万円と書かれている。


「これで告訴を白紙に戻してくれますね?」

「…………………」


妙に威圧的な声色で問いかける直江。目付きもやや鋭くなっており、半ば命令に近いものだ。隣の長尾もそれを諌める様子は無い。




















「3億」


そう言って、竹中は小切手を突き返す。


「…我々を舐めているのか……っ!」


語気を強めて直江は詰め寄る。長尾も言葉にこそ出さないが、眉間にシワを寄せている。


「『鍋島證券』の件も含めて、一連の訴訟で私達が獲得できるであろう損害賠償は多くて35億ほどになると見込んでいます。
それ程の損害の提訴を取り消して貰いたいのであれば、当然それに見合った額を渡すべきでしょう。500万程度では全く話になりません」

「貴様ぁ!!」


直江の口元に火花が飛び散る。


「止めなさい、紗羽」


冷静に長尾が諌める。その声を聞いた直江は渋々火花を止めた。その上で長尾は言葉を続けた。


「竹中さん、貴女の言うことは至極尤もです。…しかし、我々は防衛省。云わば政府です、国家です。
対する貴女は、その国家に属する一弁護士に過ぎません。…それなりに立場というものを弁えて頂きたいものです」


竹中を真っ直ぐに見据えながら言う。冷たいナイフのように声色は鋭い。しかし、竹中はそのあからさまな威圧にも負けない。


「我々弁護士は、国家の奴隷になった覚えはありません。故に、それに従う義務はありません。そもそも、民主国家が一国民に対して告訴の取り下げを強要すること自体があってはならないことです。
ましてや、後ろに部下を控えさせて力で押さえ込もうとするなど、今時ヤクザですらここまで露骨にしませんよ」


挑発するかのような受け答えは、長尾と紗羽を苛つかせる。とはいえ、と竹中は前置きすると続ける。


「無闇に角をたてるのは得策ではありませんし、仮に大勝利を収めたとしても、後で核ミサイルが頭上に落ちてきては、これこそたまったものではありません。
そこで、代わりと言ってはなんですが、こちらから提案があります。

極めて簡単です。鍋島・龍造寺を潰してしまいましょう」

「潰す……?」


ええ、と首を縦に振る。その表情には、大きな自信が見えていた。幸いにも長尾も関心を示したような表情をしている。続けて竹中は案を説明する。


「この一連の事件には、『鍋島證券』と『龍造寺生保』が大きく関わり、彼らが主体となって犯罪を犯していたのは間違いありません。
その証拠も既に保有していて、今でも収集を続けています。それを用いて、責任を全てそこだけに押し付けてしまうのです」

「しかし、我々防衛省が関連しているのは事実。今までの経緯から考えて、責任をそう簡単に転嫁できるものでしょうか?」

「その経緯……ストーリーそのものを変えてしまうのです。
裁判官も感情がありますから…要は情状酌量を狙いに行くのです」

「ふむ……」


そして竹中の考えたストーリーとはこうだ。

『鍋島證券』とその後継企業である『龍造寺生保』は、防衛省にスパイを派遣して機密情報を得ており、その情報をもとに『PRFA』と結託して顧客を襲撃。それによって保険金の支払いを不当に免れていた。
また『PRFA』を後ろ楯にして、司法と防衛省に圧力を掛けさせ、天下りという名目で人質を差し出させ、徹底的に監視していた。


「どうでしょう?これなら責任の大部分を鍋島・龍造寺に押し付けることができます。無論、スパイをあっさりと入れてしまい、それに屈したことによる管理不行き届き等は多少責められるでしょう。
それでも、積極的な協力姿勢を理由に訴えられるよりは、幾分マシなはずです」


長尾は腕を組んで聞いていたが、納得はしていない様子で言った。


「我々がもう一度司法に圧力をかければ、裁判自体を開かせないこともできるのだが……」

「そうなれば、我々は多くの証拠を得てますから、『鍋島證券』と『龍造寺生保』のことを新聞やネットにリークするだけです。すると芋づる式に防衛省の名前も出てきて、確実に国会にも挙げられます、最悪のパターンを辿るだけですよ」


間髪入れずに答える。しかし、長尾もまだ食い下がる。


「スパイを入れたという時点だけで、防衛省上層部は更迭されると思いますが?」

「では別の手法で、防衛省は被害者にならざるを得なかった、というストーリーにしましょう。もしくはスパイがあまりにも有能だった、などとにかく被害者として立ち回れるようにするのです。
或いはそこだけ圧力をかけて、名実共にスパイの侵入は防げなかったことにするのです。
その上で、本当に陰謀に関わった者は厳重に処罰すれば良いでしょう」

「天下りの露呈にも繋がる。ただでさえ訴えられているのに、ダブルパンチで追及を受けると思いますが?」

「天下りせざるを得なかった状況にするのです。前例は聞いたことがありませんが、あわせて証拠を作りましょう。実際に天下りしてる者達には事情を話して口裏を合わせるのです」


それから竹中は、長尾の質疑応答に律儀に答え続けた。その質疑応答が進むほどに、長尾の態度は次第に軟化していく。


「……………………」


長尾は、質疑応答のメモをもう一度見直す。そこには、竹中の案に対する疑問点と答え。新たに分かった防衛省側がすべきことと、弁護士側がすべきこと等が全て纏められている。


「いかがでしょうか、弁護士連盟と防衛省双方が動くことで、ことを穏便に抑えられます。無論、詳細なストーリーや証拠の作成は我々もお手伝いします。
私も、ご質問を受けて始めて気付いた点もあるので、それはそれで改めて動いていきます。
改めてお聞きしますが、こちらの作戦に同意頂けますでしょうか?」


竹中は、再度長尾に問う。正直なところ、ここまでしっかりと作戦が考えられているとは長尾自身も思っていなかった。
しかし、これに同意すればそれなりに上手く立ち回れるのは間違いない。


「紗羽、どう思う?」


最終確認の意を込めて、隣の直江に意見を求める。


「問題は無いかと思われます。これほど迄にあらゆるパターンを想定して練ってあるのには大変驚いています」

「分かったわ」


長尾は竹中に向き直って、答えを返す。


「竹中さん、本作戦の提案に承諾致します。共に、この騒動に決着を着けましょう」


「ありがとうございます」


竹中は明るい声で一礼してお礼を言った。










その帰り、長尾が建物の外まで送ってくれることになった。階段を降りながら竹中は尋ねる。


「もし、あの時小切手にサインしてたら、本当にそれでことを納めるつもりだったのですか?」

「ええ。お金で済むのが、こちらとしては一番楽ですからね。それはそれで、ことを納めるつもりでした」


そして、もう一つ尋ねる。


「あと、貴方が直接話し合いをしようと思った理由はなんですか?いくら状況を知っているとはいえ、代理の弁護士をお願いするとかもできた筈ですし…」


長尾は、少し間を開けて答えた。


「私の父親が、『鍋島證券』で勤務してたんです」

「あら…」


意外な事実に竹中は驚く。


「でも、父はある日変死体で見つかりました。十中八九殺されたのでしょうが、何故か自殺として扱われまして…。多分、仕事上で何かをしでかした制裁だと思います。
私個人でも、その真相を追っていたら…防衛省との癒着の疑い、という点に行き着いたのです」

「もしかして、今のお仕事もそれが理由で?」

「いいえ、自衛隊は元から考えていました。しかし、行くのであればそこで独自に調査を進めて死の真相を知りたいと思ったんです。
その為にとにかく昇進を目指すのは勿論、『鍋島證券』のホームページを何度も復活させたり、怪しい部下は泳がせたり、紗羽………失礼、直江に調査をさせたりしてきました。
そんな中で、一度空振りに終わった家宅捜査が為されたと聞いて、こちらも動いたのです。そうしたら、まさかの弁護士側から連絡がきて、良い機会だと思ってついしゃしゃり出てしまいました」


長尾は軽く笑いながらも、どこかホッとした表情だ。
色々な偶然が重なったことで、父親の無念を漸く晴らせるかもしれないのだ。そこに、今度は直江が付け加える。


「実は、私が幕僚長に協力しているのも、同僚の恨みを晴らす為なんです」

「同僚の方のですか?」


直江は暗い表情で、ええ、と答える。


「直属の上司が不正に加担していたんです。正義感の強い同僚はそれを訴えようとしていましたが、先手を打たれ……濡れ衣を着せられて懲戒免職になりました」

「それが悔しくて彼女が泣いていたところに、たまたま私が通りかかったことで、意気投合したんです」


偶然に偶然が重なることは、このことだと言わんばかりの話だった。ちょうど一階に辿りつくと、入り口でヌオーが竹中を待っていた。
竹中は、長尾と直江に向き直って言った。


「長尾幕僚長、そして直江さん、裁判までの時間はまだまだたっぷりあります。準備を整えて、お父様とご友人の無念を……晴らしてあげましょう」

「はい、よろしくお願いします」


こうして、長尾と竹中は互いに握手を交わし、協力体制が出来上がった。










その約1年後、凛達の証拠、家宅捜査の証拠、そして竹中と長尾の裏工作をもとに、鍋島・龍造寺の裁判は開廷した。
裁判は10年近くに及び、被害者遺族には賠償金が支払われたものの、多額の資金と信用を失った企業にもはや再建能力は無く、そのまま崩壊。
防衛省でも関係した人物が更迭となったが、世論を上手く味方につけたことで上層部のすげ替えは免れた。
こうして、竹中の策は10年越しに無事に成ることになる。

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