【第007話】Murderer

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



ーーー夜。
「……!?こ、ここは……!?」
獣対部職員、鎌倉雅美はベッドの上で目を覚ます。
天窓から差し込む淡い月光と、色褪せた白い壁。
それ以外には何もないひどくこざっぱりした洋風の寝室は、彼女にとって全く見覚えのない場所であった。
身体の感覚から、まる2日以上は眠っていたことを彼女は知覚する。

「私は確か……夜行に……ッ……!!」
頭がふらつくのを感じた彼女は、身を起こそうとするもすぐに倒れ込んでしまう。
「す……ストライク……今の状況を……あ、あれ?」
その頭でストライクを呼び出そうとするが、その気配がない。
近くにいることは間違いないのだが、それでも思うようにコントロールが聞かないのだ。

 鎌倉がそのもどかしさに唸っていると、扉の向こうから小さめのノック音が響く。
彼女が毛布を盾に警戒していると、ゆっくりと扉が開いた。
「あぁ、起きていたんですか。勝手に入って申し訳ありません。」
聞こえてきたのは、物腰柔らかそうな男の声。
「あ……貴方は……?」
恐る恐る鎌倉が聞き返すと、男は扉を開いて答える。
「この家の者です。名を狐崎涼深こざきすずみと申します。」
現れたのは、銀髪に毛先を赤く染めた好青年。
ワイシャツとジーパンという質素な服装で、吊目と掴みどころのない笑顔が特徴的な人物であった。
「昨日の夜、路地裏の方で襲われていたので咄嗟に助けたのですが……気を失われていたようだったので。」

 そう……昨晩の鎌倉は、確かに夜行に殺されかけていた。
しかし唐突に発生した紫の冷たい靄と、横切ってきた白い影……
それらはこの狐崎という男の仕組んだものであり、鎌倉が助かった理由だ。

「………それは……あ、ありがとうございます。その……」
鎌倉は起き上がらない身体を歯がゆく感じながらも、言葉で謝礼を述べる。
「まだ無理をしないで。あれだけの炎を浴びたんだ、ゆっくり休んでいた方がいい。」
起き上がろうとする鎌倉に、毛布を掛け直す狐崎。
「貴方のポケモンは酷い火傷を負っていました。契獣者である貴方だって無影響じゃない。」
「……!?」
「どうかなさいました?」
「い、今……『ポケモン』と……言いました!?」
そう、この狐崎という男は確かに『ポケモン』という単語を知っていた。
警察側は、ポケモンの存在を世間に周知させているわけではないのに……だ。

「……まぁ、そういうことですよ。貴方がそうであるように、僕もポケモンとの運命共同体となった契獣者だ。」
狐崎がそう言った、その直後だった。
扉を開き、白く大きなポケモンが現れた。
『兄さん……昨日の残り、温めてきたよ。』
トレイに少量のスープと水を乗せ、運んできたキツネのようなポケモン。
毛量の多いたてがみと赤い毛先が特徴的な、妖しい雰囲気を纏っている。

「(ぞ、ゾロアーク……!この男は、ゾロアークとの契獣者……!!)」
『警察のお姉さん、起きた……?』
「あぁ、それより悪いね涼斗りょうと。子どもたちの面倒もあるのに。」
『平気だよ。今はみんなちゃんと眠っているから。』
涼斗と呼ばれたそのポケモンはスープを置くと一礼し、鎌倉に話しかける。
『キミのポケモン、もうちょっと治るのに時間がかかるかも。』
「す、ストライクが……!?」
「えぇ、僕たちの方で治療させていただいてます。ポケモンは本来であれば、放置しても殆どの傷が自然に治るものですが……それを込でもあの子は重症だ。」
そう、先程からストライクが鎌倉の応じていなかったのは……既に実体化して、別の部屋で狐崎たちの治療を受けていたからだ。

「……怖くないのですか?」
「……?」
「あなた達は、私達が怖くないのですか!?私は感染獣対策部……いわば契獣者にとっての死神です!!貴方だって、契獣者として生きているなら知らないはずがない……!!」
そう、鎌倉は……契獣者とポケモンを殺すための存在だ。
この国に住まう多くの人間の安全のため……その手を汚す存在なのである。
それは無論、契獣者の狐崎だって例外ではない。

「死神?ご冗談を。貴方はまだ悲しげな顔が出来ている。人殺しの経験がないことくらい、火を見るより明らかですよ。」
「……え?」
鎌倉は、驚きのあまり呆気にとられた顔をする。
この狐崎という男は、見抜いていたのだ。
……鎌倉に、まだ誰かを殺した経験がないことを。

「……本当の人殺しは、そんな悲しい表情は浮かべない。もっともっと、楽しそうな顔なんだ。」
「……。」
「貴方はまだ引き返せる。修羅に堕ちるにはあまりに早い。」
どうにもこの狐崎という男には、複雑な事情があるようだ。
少なくとも、『本物の殺し』をその口から語れるほどには。

『兄さん……』
「……悪いな涼斗。とにかく、この人は大丈夫だ。きっと誰かを本気で殺したりはしないさ。それにもし彼女らが『死神』だってんなら、昨日のストライク君と話していた時点で僕の首と胴体は真っ二つだろうしね!」
冗談かどうかも分からない表情で笑う狐崎。
「それに、助けられる命を助けなかったら……マスターにも怒られちゃうしな。」
「ま、マスター?」

 鎌倉が疑問符を浮かべたその直後……部屋の鳩時計が21時丁度を知らせる。
「おっと、そろそろバイトの時間だ!悪い涼斗、子どもたちの朝飯は任せた!!」
『わかった……ちゃんと稼いできて!』
涼斗に見送られた狐崎は、急いでジャンパーを羽織ると焦るように部屋を出ていった。

「子どもたち、ってもしかして……」
『あぁ、ウチは孤児院なんだ。兄さんと僕だけでなんとか経営してるんだけど、どうにも火の車だからね。夜勤のバイトで稼いでいるんだ。』
まだ若いというのに、狐崎は他人のために働き詰めの勤勉な人間なのだ。
……が、鎌倉は別の言葉に引っかかる。
「孤児院……」
その言葉を聞いて、彼女は思い出した。
江戸川区には孤児院があることを。

 ……その孤児院が2年前、子供に強い憎しみを持っていた契獣者によって襲撃されたことを。
察するに狐崎と涼斗が……その事件の被害者であることを。
『本物の人殺し』を目にした人間であることを。


『おい鎌倉ァ……!!獣対部の本部から呼び出しだァ……!!』
急に大声を出しながら部屋に押し入ってきたのは、包帯巻きにされたストライクだ。
「す、ストライク!身体は!?」
『なんともねェ……!!それよりさっさと戻らねぇとやべェぞ……!!』
「わ……わかりました……!」
鎌倉は起き上がると、すぐに身支度を整えて部屋を後にしようとする。

『わ……まだ寝てなくちゃ……!』
涼斗が必死に止めるが、鎌倉はその制止を聞かずに荷物をまとめきってしまう。
彼女としても、2日以上本部に何の報告もなく消息を立っていたのだ。
焦るのも無理はない。
「長い間ありがとうございました!これ……少ないですが……!!」
そう言うと彼女は、財布の中から何万円かのお金を取り出してベッドの上に置いた。
治療代と宿泊代を、けじめとして支払ったのだろう。

 そしてすぐさま、一礼と共に部屋を後にする。
まるで逃げ帰るように、螺旋階段を降りて家の外へと出ていったのだ。

 『ハッピーハウス』と看板の立った孤児院の門まで走り抜けた彼女だったが、まだ十全じゃなかったせいで思わず咳き込んでしまう。
『おいおい鎌倉ァ……大丈夫か?』
「貴方こそ……いつもより機敏さがないですよ……。」
ふたりとも、まだまだ満身創痍の身体であった。
狐崎がいなければ間違いなく死んでいた……と、その身をもって彼らは実感していたのだ。

「……ストライク。私、思うんです。」
『……んだよ。』
「私たちは、契獣者もポケモンも……皆、人々の平和のために殺すと決めました。契獣者がやがて……外道に堕ちることを知っているからです。」
『だな。俺もテメェもよーく知っている。』
何かを懐かしむような、恨むような……そんな目で、街灯の向こうの夜空を眺めるふたり。

「でも……私たちは、あの狐崎に手を下せなかった。それどころか、あの男なら悪人になどなり得ないとすら考えている……」
『……。』
「……信念がブレているんですよ。私には、何が正しいのかわからない。」
『……悪ィなァ。俺も同じだ……アイツとゾロアークには……刃を立てられねェんだ……。』
自らの行いに、疑問を持ち始めたふたり。
契獣者とは、悪人なのか善人なのか。
誰を傷つけ、誰を守るのが正解なのか。

……彼らは未だ悩んでいる。
自らの記憶と、天秤にかけながら。
□ゾロアーク
……白髪振り乱し姿死神の如く。我が身をも切り裂く激しき怨讐にて仇襲い、道連れ覚悟で仕留めたり。

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