【トキワ編.二】

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 ポケモンセンターに泊まれるらしい。中に入って行く旅の人が呟いた、「空いてるかなあ」という一言を聞き逃さなかった瀬良は、その人の後ろについて初めてのポケモンセンターに足を踏み入れた。思っていたよりも、ずっと広い。
 ポケモンの回復は無料だが、宿泊まではどうだろう。どちらにしても使わない手はない。独り言の旅人が宿泊の受付をしているのを見つつ、今日の宿を見つける事が出来たと安心した。
 そこまでは良かったのだが、借りれる部屋が相部屋だけ、というのが良くなかった。
 個室は既に埋まっていて、レッドだからといって特別扱いはないらしい。チャンピオンだったら押し切れたか。ちなみに部屋は有料だった。

 相部屋は休まらない。ポケモンセンターに入っただけで、周りの人間の視線が集まってしまう。そんな施設のゲストルームで相部屋なんて借りたら、一緒にいる方も落ち着かないだろう。
 諦めてポケモンセンターを後にした瀬良は、他の宿を探すことにした。
 陽が落ちてしまったので、今から探して間に合うか不安だった。ポケモントレーナーなら野宿も出来なければいけないのだろうが、そんな経験は瀬良には無い。

「あれ、レッド君?」

 キョロキョロと辺りを見渡しながらトキワシティをうろついていると、声を掛けられた。
 知り合いか、と警戒して振り向くと、瀬良の知らない顔がそこにあった。

「あ、どうも」

 長身で細見、茶髪の癖っ毛。優しそうな表情。
 ゲームにはいないはずだ。どういう知り合いか、探る必要がある。

「え? もしかして覚えてない?」

 不自然な様子が出てしまったのか、名前が分からないのを悟られる。まずいなあと思いつつ、瀬良は「すいません」となるべく申し訳なさそうに謝った。

「チクサだよ、チクサ。バトルだってしたことあるでしょ? 弱い奴には興味ないなんて言ったら引っぱたくよ本当に。まったく、バトル以外のこととなると本当に興味ないんだから。その内オーキド博士に怒られるよ」

 図鑑の事も、その進捗の事も知っている。それなりに知っている間柄だ。

「すいませんチクサさん。でも、バトルやり過ぎて相手の名前を覚えられないのは事実です」
「そりゃそうだろうけどね。僕だっていちいち全員の名前を覚えてなんかいないし」

 チクサから見るレッドは、とにかくバトル狂いの様だ。瀬良はそれっぽく振舞ってみたが、どうやらうまくいったらしい。

「それで、どうしたの? トキワで今大会やってたっけ?」
「あ、いや、別にバトルをしに来た訳じゃないんです」
「バトル目的以外で、町に用があるんだ」

 どんな少年なんだと、瀬良はレッドに突っ込みをいれたくなった。

「まあいいや。それなら、何でキョロキョロしてたの?」
「今夜の宿、どうしようかと思って」
「なあんだ、そんなこと」

 トキワだと実家が近いから、泊まらないよね、と勝手に理解してくれたチクサは、自分が泊まっているホテルに案内してくれるらしい。
 助かった、と瀬良は安心して着いて行く。
 こんな風に、レッドに対して気さくに話し掛けてくれる人がいるのだ。やはりゲームをやっているだけでは分からないことも多い。
 そもそも、どこで出会ったのか。

「あの、チクサさん」
「ん?」
「俺等って、最初にバトルをしたのどこでしたっけ」
「本当に覚えてないんだね。君程じゃないけど、僕だってそこそこ良いところまで行っているはずなんだけどなあ」

 瀬良はとにかく、申し訳なさそうに恐縮するしかない。
 
「君とバトルをしたのは、ヤマブキだね。あの時、君が意味不明なことを口走っていたのをよく覚えてるよ」
「え?」
「それも覚えてないの? シルフに乗り込むとか、訳の分からないことを言ってたから、一旦落ち着けと食事に連れて行ったんじゃないか。腹が減ってたのか、ほいほいついて来たよ。本当にバトル以外は何にも覚えてないんだね」
「すいません。その節はありがとうございます」

 頭を下げつつチクサの後を着いていくと、彼の泊まっているホテルに空きが見つかった。そのまま部屋をとって、瀬良はチクサに礼を言って部屋に入った。トキワにあった宿は、瀬良が知るいわゆる普通のビジネスホテルだ。
 部屋の半分以上をベッドで占める部屋に、リュックを置いて直ぐベッドへ背中から飛び込む。

「ヤマブキって、あのヤマブキだよな」

 チクサと初めてバトルをしたらしい場所の名前を、瀬良は知っていた。かつて、ロケット団にシルフカンパニーを占拠され、社長が首領のサカキに交渉を迫られていた。マフィアの手に落ちた、危険な町だった。
 レッドはヤマブキを自由に出入り出来ていたはずなので、完全にヤマブキをジャックされていた訳ではないのだろうが、その時は危険な町と化していたのは間違いない。
 ロケット団が悪でそれを打ち倒したいと思ったとしても、普通そんなことをするだろうか。正義感だけで、マフィアが占拠した建物に単身乗り込むなんて、ありえるのか。それほどの自信がレッドにはあったということだろうか。なまじ力を持った子どもなだけに、無鉄砲過ぎたということか。

「いやいや、そんな馬鹿な」

 ネジが飛んでいるとしか思えない。無鉄砲なんていうレベルではない。命に危険が及ぶような行為を、そう簡単に選択出来る訳がない。主人公だから、というのはゲームでの話だ。ここは現実世界と同じように”死”がある世界。命をそう簡単に賭けられるものか。
 マサラでの人間らしいレッドの愛され方を思い出せば、ヤマブキでのレッドの行動はあまりにも別人に思えた。旅の道程でよっぽどの事があったに違いない。
 チクサが止めるのも頷けた。子どもが一人シルフカンパニーに乗り込もうと言うなら、とりあえず止めるだろう。見て見ぬふりをしなかった彼は、信用出来る人間だ。
 旅に出た後のレッドについて知っていることを、彼からもっと聞いておくべきかもしれない。

 レッドは一体、どういう人間なのだろう。
 マサラに愛された姿、バトル狂いな様子、シルフカンパニーに突っ込もうとする危うさ。そして、ポケモンバトルの異様な強さ。
 どこで何があって、何が彼を変えて、どうやって強くなって行ったのか。レッドに対する興味は尽きない。これからの瀬良の旅は、彼の足跡を辿るものになるに違いない。
 そこでもし、ロケット団の残党と交わることがあるとすれば、

「……俺、その時はどうするかなあ」

 レッドについてもっともっと知らなければならない。瀬良は強く、そう思った。

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