【トキワ編.一】

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 トキワシティに到着した。
 マサラよりも大きく、人も多い。一番の違いは、ポケモントレーナーの多さだろう。見ればレッドと理解するトレーナーが多い。すれ違い様にちらちらとこちらに視線を送って来る者が大勢いた。中には直接握手を求めて来る者まで。

 実際にその場に居合わせるまで瀬良は分からなかったが、サインを求められるのが一番困る。レッドの筆跡、筆圧なんて瀬良は知らない。サインをしたところで、それはレッドのサインとは言えないのではないか。
 仕方ないので断るしかなかった。

 困ったことが多いのは事実だったが、瀬良は実際に人に囲まれてチヤホヤされて悪い気はしなかった。自分がチャンピオンになった訳でもないのに、喜びの様な、優越感の様なものを感じてしまうのはレッドの身体だからか。

「いや……違うな」

 ”僕は小さい人間なんだ。”という助手の言葉を思い出した。人の功績を横取りして、それを褒められて嬉しい小さい人間なんだと自嘲する。そんなもんだろうと瀬良は思いつつも、このまま褒められ続けられれば乗せられてしまうような気がして、気をつけなければいけないなと気を引き締める。

「浮かれている場合じゃないな」

 トキワシティで行きたかったのは、本屋だった。今の状況をなるべく知っておきたい。昨日、レッドの自室でテレビを見ていたら、レッド特集をやっていた。比較的好意的な目線からの映像だったが、やはりチャンピオンを降りた件に関しては否定的なことを言っていた。

 テレビだけではなく、書籍や雑誌でも確かめたかった瀬良は、すぐに本屋を目指した。どこにあるかなんて分からなかったので、トキワをうろつくしかない。幸い、ただブラブラしているだけでも初めての瀬良にとっては十分楽しいものだった。

 本当はマサラにも本屋はあるようだったが、レッドの地元でレッドが自分について一生懸命調べているのもどうなのか、と控えた。故郷の人間に、あまりそういう姿を見せない方が良いだろう。

「お、ここかな?」

 店の軒先に平積みになっている本を見つけた。個人店だろう。狭い店だった。

 中に入れば、人がすれ違うのもやっとの通路。ギチギチに並んだ本の山が立ち並んでいる。店主が立ち読みに厳しくないことを祈って、早速目についた雑誌の一冊を手に取った。

 瀬良はしばらく本や雑誌をめくり、目を通し続けていた。
 なによりびっくりしたのは、思っているよりずっと言われたい放題だったということだ。テレビはぬるい方で、まだコントロールが効いている。雑誌なんかはひどい。「堕ちたチャンピオンの権威!」「少年のいたずら」「協会の傀儡? 新チャンピオンの真実」「血塗られたポケモンリーグ」(レッドだからだろう)と、見出しを読んでいるだけで辟易としてくる。何故こんなに悪意剥き出しなのだろうと考えたが、瀬良は元いた世界でも雑誌の売り方なんてこんなもんだなと思い出す。

 若き天才、新チャンピオン、オーキドから図鑑をもらっている。グリーンと幼馴染。色々な要素を使って、いくらでも美談にしようと思えば出来るのと逆に、悪く書こうと思えばいくらでも書ける。下品なもの程売れるのは、しょうがないものなのだろう。

 もちろん、レッドをこき下ろす記事や本ばかりではない。彼を褒め称えるものも数多く出されていた。グリーンとの関係性から丁寧に語り、彼等が切磋琢磨してチャンピオンに上り詰めるまでを書いた本なんかは、かなり売れているようだ。どれだけ本当のことが書いてあるかどうか、分かったものじゃない。レッドが語らないものだから、やりたい放題だ。

 レッドのバトル論や、若い才能を褒め称える記事なんかも数多く見られる。レッドとグリーンを対比させたものなんかも多い。「新時代の到来!」「赤と緑の新世代」「崩れた牙城! 協会の悪意!」(どっちの視点からでも協会が何か悪いことをしている、という観点は変わらない)「神を超えたその日にあった本当の真実」レッドを好意的に見る側も、やりたい放題なのは変わらない。

 どっちも下品だなと瀬良は思う。若い二人が成し遂げた実績は確かに前代未聞なのだろう。それは今の瀬良にも良く分かる。だからと言って、彼等を持ち上げたり下げたり、正直言ってやりすぎだ。レッドがちょっと喋ったところで、これではどうにもならない。仕事を受けたがらないのも、辟易して嫌になってしまうのもよく分かる。

 代わりに、瀬良がこの異常な状況を受け止める。その代わりにカントーを堪能させて貰える。そう思うとなんだか悪くない。

「慣れっ子だしなあ」

 悪意を向けられるのも、いろんなところで言われたい放題なのも、瀬良は慣れていた。父の素行で、母と一緒に大迷惑を被ったおかげで耐性がついている。ある程度まで来れば、情報の多寡なんて関係ない。

「それにしても、凄い人気だったんだな」

 レッドに関する書籍や雑誌を見て行く内に、一つ分かったことがった。

 四天王やチャンピオンは、瀬良が思っているよりずっとアイドルの様な、カルトの様な人気っぷりだった。四天王に君臨している四人の内三名、カンナ、シバ、キクコには信者がそれぞれたくさんいる。レッドやグリーン出現以後も、彼等を信奉する人間は少なくない様だ。
 メディア出演も多かった様で、考えていたよりもずっとずっと大きな支持を得ている。そこまで分かって、瀬良はなるほどレッド憎しの人間が多いのも頷けた。

 彼等が長期間君臨していたおかげで、動いていた金もきっと大きい。なんらかの長期契約なんかも結んでいたに違いない。それが突然ぽっと出の少年達に負けたのだから、それはもう大騒ぎだ。彼等は、特にワタルなんかは今まで負けていないのが、一番の神格化されていた要因だったらしい。
 負けてしまえばその価値は落ちる。

 そのままレッドやグリーンに引き継ぐことももしかしたら出来たのかもしれないが、彼等はやらなかった。お偉方はきっとそこにも怒っているに違いない。
 ずっとずっと大きな、権力争いや金の動きの中に四天王やチャンピオンがいたということだ。

 随分とドロドロとし、現実的で夢のない話だなと瀬良は思った。そんなもんだと思えばそれまでなのだが、ポケットモンスターがいるこのカントー地方でもそうなのかと、げんなりするばかり。これではポケモンがいる以外に、元居た世界と変わらないのではないか。
 四天王やチャンピオンが一体どういうつもりでその地位についていたのか、聞いてみたいもんだと瀬良は溜息をついた。

 ポケギアをふと確認すると、気付けば夕方。随分と本屋に長居してしまった。ちらと店主の方を伺えば特に気にもしていない様子だが、自分がレッドだというのを思い出した瀬良は、立場を思い出した。

 四天王やチャンピオンを打ち破った天才少年が持つポケモンなんかを差し向けられたら、たまったものではないだろう。瀬良が最初に怖気づいていたのと一緒だ。世の中の人間から見れば、特に一般の人間から見れば、レッドは凶悪な生物を六体も抱えた末恐ろしい子どもなのだ。

 それを理解してそのまま立ち去っても、心証は悪いばかり。瀬良は助手の男から聞いていた、レッドが唯一受けたインタビューが載っている雑誌だけ手に取り、それを購入し、店を出た。

 既に日が傾き始めている。
 今夜の宿を、探さねばならない。
 酒でも飲みたい気分だったが、この身体でいる限りそれは叶わない。元に戻れないと当分酒の飲めない事実に瀬良は気付いて頭を抱えた。それが一番、辛いのかもしれない。

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