第三章【三鳥天司】17

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ヤミカラスのガークから音沙汰がないまま2日が経過していた。ファイは変わらず部屋に軟禁状態が続いており、一日一回のみの貧相な食事を食べては寝るだけの生活を送っていた。食事を運んでくる母親の笑顔はぎこちなく、それを見る度ファイは最悪の事態を想定してしまう。二人が死んでしまっていたらどうしよう、と不安になる心を何度も振り払いひたすら壁の穴を見上げ、黒い鳥の帰りを待った。
 だからこそ彼女は空模様の変化にいち早く気づけた。まだ日が落ちるには早い時間だというのに空は暗い。それが雨雲によるものだと気づくのに時間はかからなかった。なぜならそれは既に水の恵みを降らし始めていたからだ。
「嘘っ……! あ、あ、雨だ!」
 震える声で叫ぶファイに共鳴するように、家の中からも外からも多くの驚嘆の声が聞こえてくる。そしてそれはすぐに歓声に変わっていった。
 ファイは軟禁されている事も忘れて部屋の扉を開けた。開けてすぐにはたと気づく。もともと鍵は付いていなかったが、その代わりに置かれていた父親のゴローニャも見張りの使用人もいない。そもそも家の中は既にもぬけの殻だった。
 外の歓声に誘われるままファイは玄関を飛び出した。見上げれば喉から手が出る程待ち焦がれた雨がこれでもかと顔に打ち付ける。土砂降りと言ってもいい程強い雨だと言うのに、大人も子供もポケモンも家から出てきていた。子供と小さなポケモンは全身が濡れるのも構わずに雨の中を駆け回り、老人は手を擦り合わせて天の恵みに感謝している。大人と力あるポケモンは水を一滴も無駄にしてはならないと急ぎ水瓶をあちらこちらへ並べ始めていた。その中にファイの両親の姿も見えた。
「お父さん! お母さん!」
「ファイ!? どうして、お前!」
 駆け寄るファイだったが、父親の驚きと怒りが混じった顔に自身が囚われの身だった事を思い出す。叱責を覚悟で父親の前で頭を垂れた。
「ご、ごめんなさい。やっと雨が降ったから、つい」
「……もういい」
 父親は大仰に息を吐くとファイに背を向けた。何を言えばいいか分からないファイは仕方なく元来た道を戻ろうとした。その時背中を向けたままの父親が声をかけてきた。
「ファイ、お前も手伝いなさい」
「え……?」
 きょとんと瞬きを繰り返す彼女の肩に母親がそっと手を添えた。その顔は久方ぶりの嘘偽りない笑みを象る。
「もう閉じこもるのは終わりよ。それよりも水を貯める準備をしないと、ね?」
「う、うん! わかった、すぐ手伝う!」
 こうしてファイの軟禁生活は雨雲の訪れと共に幕を閉じたのだった。
 苦難の日々を乗り越えて、とうとう恵みの雨がもたらされた村はこのまま再起に向かうかに見えた。

 翌日も雨は降り続け、ファイは村の大人達に混じって次の晴れの日に備え種植えの準備をしていた。皆一様に栄養が足りず痩せ細り衰えた身体であったが、待ち望んだ雨の到来に心は浮き仕事は順調であった。
 その中でファイは一つ疑問を残していた。サンとリーザが未だ帰って来ないのである。加えてガークも帰っていない。この雨の中だから飛ぶのを躊躇しているのかもしれないが、このままでは誰の安否も確認できないままだ。こうなったら父親に直談判するしかない。ファイは早く父親と話したい一心で急いで仕事を進めていった。
 そんなファイの気持ちとは裏腹に、仕事が粗方片付いた時には既に日が暮れていた。疲れた体で漸く家に帰ると母親が食事を準備して待ってくれていた。
「おかえり、ファイ。ご飯できてるよ。あまり量はないけど……」
「ただいま。あるだけ有難いよ。いただきます」
 一日働き詰めでお腹の空いていたファイは、一息でご飯を食べきってしまった。それだけ量が少なかったのである。未だ残る空腹感を我慢しながら何気なく呟く。
「サンもリーザもちゃんとご飯、食べてるかな」
「えっ?」
「ねぇ、お母さん。お父さんから本当に何も聞いてないの? 私は解放されたのに、二人はまだ駄目なの?」
 向けられた娘の視線は生きている事を信じて疑わない。そんな愛娘になんと答えればいいか母親は閉口する。どうにか絞り出せたのは謝罪の一言だった。
「……ごめんね、お母さん、何も知らなくて」
「うーん、そっかぁ。なら仕方ないよ。やっぱりお父さんに直接聞く」
「お父さんは今日も遅くなるわよ。今日は疲れたでしょうから、お話は明日にして早く寝なさい」
「えー! でも……」
「じゃあお母さんが聞いておいてあげるから」
 言い返そうとするファイだったがそれを眠気が遮る。欠伸を噛み殺すも母親にはすぐ分かった。
「ほら、眠いんでしょ。明日も忙しいんだから」
 母親の的確な指摘にファイは渋々頷いた。重くなる瞼を擦りながら、母親におやすみ、と言葉を交わし自室へ向かった。
 少女はすぐに寝巻きに着替え布団に潜る。そのまますぐに襲いかかった眠気に身を任せた。だからその時はまだ気づかなかった。

 全てを凍てつく冷気と自身に向けられる殺気の忍び寄る足音に。

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