第58話:はるかぜの樹の下で――その1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ハイパーランクへと昇格するための試験に失敗した救助隊キズナは、救助隊活動をしばらく休み、本格的に休養をとることにした。
 その翌日。活動を停止することを救助隊連盟に伝えるために、キズナはペリッパーの形をした建物、救助隊連盟本部――通称、本部に行かなければならないのだが。

「もーっ! またセナが起きないよぉ!」

 セナを揺すりながらヴァイスは嘆く。逃亡の旅での寝不足を取り返すように、セナは毎朝極端な寝坊を繰り返している。そして、毎朝しっぽをつついたり踏んだりされて、仲間たちに叩き起こされていた。

「まぁ、今日から仕事休みだし。無理やり起こすとギャーギャーうるさいから、とりあえず放っておいてオレたちで休隊届を書きに行こうぜ」

 呆れ顔の提案の裏で、ホノオの心に引っかかっていたことがある。昨日セナは、逃避行で染みついた異常な戦い方を、“ロズレイド”に指摘されたと言った。それはつまり、ロズレイドに倒されたホノオを、セナがカバーしてくれたということだ。オレがかけた迷惑に比べたら、朝寝坊など可愛らしいものだ。そう思うと、どうにもセナへの対応が甘くなってしまうホノオなのだった。

「賛成。じゃあ、ボクたち3人で本部に行こうか」

 ヴァイスがホノオとシアンに声をかけ、ひとまずセナを寝かせたまま救助隊連盟本部へと向かった。


「ええっ!? キズナのみんな、再試験を受けないで救助隊お休みしちゃうの!?」

 書類受付窓口のペリッパーがキズナの報告を受けて、翼を広げて驚いた。

「う、うん。やっぱりボクたち、まだ騒動のせいで疲れているんだ。ちゃんとお休みして元気になってから、また頑張りたいなって」
「ふむ、確かに。思えばキミたちは、まだあの大騒動から帰って間もないものね。無理はいけない……よね」

 ヴァイスの説明に納得したペリッパーは、少し間を置いて気まずそうに切り出す。

「実は昨日、試験の結果を報告しに来た救助隊ジュエリーに怒られちゃったんだ。“酷い事件に巻き込まれたばかりの救助隊に即刻試験の案内を送るなんて、無神経にもほどがありますわ”って」
「ロズレイド……穏やかそうだったけど、怒るときは怒るんだな」
「き、綺麗な薔薇には猛毒のトゲがあるみたいだね……。でも、彼女たちは間違っていなかった。ごめんね。私たち救助隊連盟の者は、キズナが無事に戻ってきたのがあまりにも嬉しくて。舞い上がって、ランクアップのチャンスを早々に届けたくなっちゃったんだ」

 ペリッパーが申し訳なさそうにしゅんと謝る。悪気のない判断で落ち込む様子が気の毒になり、ホノオとシアンは慌ててフォローした。

「い、いやいやいや! そう落ち込むなって。オレたちを認めてくれたことは、嬉しかったよ」
「そ、そうそう! ありがとうネ~」
「そう言ってくれるのなら、気にしないことにするよ! それで、休隊届なんだけど……」

 ペリッパーは話題も表情もコロリと変えて元気づく。全くもって単純で陽気な種族なんだから……とヴァイスは苦笑い。
 ペリッパーはこなれた様子で記入用紙を取り出し、指――もとい羽をさしながら言った。

「重要な書類だから、よほどの理由がない場合は、救助隊リーダーが直接ここに来て書かなきゃいけないんだよ。……今日はセナくんは? もしかして、試験の怪我で歩けない、とか?」
「え」

 意外にも厳密な記入ルールに、ヴァイスもホノオもシアンも硬直してしまう。ペリッパーの心配そうな眼差しを向けられると、正直に白状してやるしかなかった。ホノオは白々しくぺろりと舌を出し、てへへと笑いながら。

「リーダーなら、ウチで元気に……スヤスヤとオネンネしてるけど……」
「じゃあ、また連れてきてちょーだいね」
「ええええええ……」

 サメハダ岩と救助隊連盟本部。さほど遠い道のりではないものの、セナを叩き起こして引きずり回す重労働を思うと、3人は重々しいため息をついた。


「よいしょ……はぁ……」

 しばらくした後、ヴァイスとホノオとシアンは再びサメハダ岩から本部を目指して出発する。セナは、ホノオの背中に乗せられていた。3人の必死な睡眠妨害を乗り越え、安らかな朝を延長し続けている。ふさふさで温かいホノオの身体に全体重を預け、憎たらしいほどに安心しきった表情でとろけていた。

「ホノオ、途中で交代するよ」
「おう、よろしく。重さは別に大丈夫なんだけど、何故か激しくムカつくんだよな……。ぶん投げたくなる前に、交代してくれ」
「シアンもおんぶしてみたいヨー!」

 ホノオはセナの覚醒を促すように、ぴょんぴょん跳ねたりしっぽの炎を強めたりしながらおんぶを続ける。しかし、手ごたえのないセナに苛立ちが募り、我慢の限界が訪れシアンにセナをパスした。キズナで一番小さいシアンは、よたよたバランスを崩した後にセナの下敷きになった。

「むぎゅう……重いヨ……」
「あはは、じゃあ、ボクの番だね」

 3番手のヴァイスがセナを背負いながら、はるかぜ広場の中心、噴水の近くまでやってきた。そろそろホノオに交代しようと思ったが、ホノオは眉間にしわを寄せて、セナのほっぺを指でぐりぐり押しながら歩いている。セナを寝かせてあげたい思いやりを、寝坊への苛立ちが完全に上回ろうとしていた。今のホノオにセナを渡したら、そのまま背負い投げで叩き起こしてしまうかもしれない。目覚めたセナの機嫌が悪くなることは確実だ。

 そこで、予想外の交代要員と出会う。

「あっ、おはよう。キズナのみんな」
「ポプリにスザクにウォータ! 救助隊のお名前……グリーン、だよね」
「あぁ。オラたち、これから本部に行って依頼を探す予定だぁよ。おめぇたちは?」

 昨日救助隊を結成した、チコリータとアチャモとミズゴロウのトリオが現れる。ミズゴロウのウォータは、セナを背負ってリレーをするキズナを見て状況がさっぱり理解できないようで、大きく首を傾げて問いかけた。

「ボクたちも本部に用事があるんだけど、セナを連れて行かなきゃいけなくて……」
「叩き起こしても起きないから、こうしておんぶしてやっているんだ……」
「セナ、すっごく重いんだヨ……。シアン、一歩も歩けなかったヨ」
「それはお前が非力なだけ」
「むぅ……シアンは力仕事担当じゃないモン。ホノオと違って可愛いマスコットだもんネ」

 ヴァイスとホノオとシアンは苛立ちも募り、饒舌に自分たちの苦労を訴える。ポプリは苦笑い。スザクは呆れ顔。ウォータはヴァイスたちの苦労に心の底から同情していた。

「良ければ、あたしたちも付き合おうか? ちょうど目的地も一緒みたいだし、あたしもセナくんをおんぶしてみたいな」
「いいの? 助かるよ、ポプリ!」
「何の得もないのに、アンタって呆れたお人よしね……」

 ポプリの申し出に、疲れがたまっていたヴァイスは喜んで甘えることにした。ホノオがヴァイスの背中からセナを抱きかかえると、ポプリの背中に乗せてやった。

「わあ! セナくん、ちっちゃくて軽い! 可愛い~」
「気のせいかな、セナの顔が余計に幸せそうに見えるぞ……」
「ポプリの背中は寝心地がいいだよ~。オラもスザクも、ポプリの背中でお昼寝するのが大好きだぁよ」
「ほう。ウォータはともかく、スザクは意外だな……」
「……ウチはポプリの抱き枕になってあげることもあるのよ。甘えっぱなしのウォータと一緒にしないでくれるかしら」

 ポプリ、スザク、ウォータと言葉を交えていると、ホノオは逃亡の旅がとても懐かしく感じられる。毎日のように彼らと過ごしていたが、そんな日々も随分と遠い昔のように感じられた。時に、戦闘で彼らの力を借りることもあった。ポプリが“アロマセラピー”で味方の火傷を治したり――。

「あ、そうだ! ポプリ、“アロマセラピー”使えるじゃん。セナの眠りを覚ますこと、できるんじゃない?」
「さすが、ホノオくん! やってみるよ」
「さ、さすが……? ポプリの目には、アホのホノオがどう見えているノ……?」
「社交辞令よ。会話をスムーズに進めるためにとりあえず相手を褒める、何の意味のない言葉ね。気にするだけ無駄よ」
「へー。そうなんだー。さすが、スザクだネ!」
「ちょっとぉ、せっかくホノオが珍しく良い提案をしたんだから、ちゃんと褒めてあげようよぉ。またとない機会なんだから!」
「……お前ら……」

 シアン、スザク、ヴァイスにぐさぐさと失礼な言葉を浴びせられながらも、ホノオはポプリに「頼んだぞ」と目で訴えた。ポプリは同情の苦笑いで応えると、ミントとレモンが混ざったような、きりりと爽やかな香りをセナに振りかけた。

(な、なんだろう……なんだかすごく、いい匂い……。それに、柔らかくて、温かくて……ここは?)

 あらゆる刺激を乗り越えて眠り続けたセナだが、状態異常を治す不思議な香りで自然と覚醒する。最高の目覚めと“乗り心地”でスッキリと目を開けた。

「!? ぽ、ぽ、ぽ、ポプリ!? え、ええっ!?」

 ここはサメハダ岩の草の布団の上ではない。黄緑色のポプリの背中に乗せられ、ヴァイスとホノオとシアンとスザクとウォータのニヤニヤとした視線を集めながら、本部のある丘をのぼっていた。通りすがる救助隊のポケモンたちも、ポプリに背負われるセナをじっと見つめている。
 状況を理解すると、セナは顔が真っ赤になった。

「あ、おはようセナくん。よく眠れた?」
「あっ、うん。すごく柔らかくて、いい香りで……って、そうじゃなくて! あっ、えっと、とりあえず⋯⋯降ろしてくれるかな?」
「せっかくここまで来たんだから、あと少し乗せてもらえよ」
「やだよ、恥ずかしい! み、見ないで……降ろしてぇ……」

 羞恥心にまみれて慌てふためくセナを、ヴァイスとホノオとシアンががっしり押さえて逃がさない。朝寝坊をみっちりと反省させるために、恥ずかしい状況を晒し続けた。

「はい、到着」

 ペリッパーの形をしている小さな建物、本部に到着した。受付窓口を担当するペリッパーたちと、依頼掲示板の前に居る救助隊ポケモンたちの視線をさんざん引き付けた後に、ポプリはツルでひょいとセナを降ろしてやる。あまりの恥ずかしさにどこかへ逃げてしまいたいが、逃げる場所がない。セナはたまらず甲羅の中に引きこもった。

「またあたしに乗りたかったら、いつでも言ってね、セナくん」
「……っ」

 ポプリはセナの反応を完全に面白がっており、とどめを刺すように羞恥心を煽る。セナは甲羅をコトリと揺らすと黙りこくった。
 最後にポプリがうふふと笑うと、救助隊グリーンは今日こなす依頼を探すため、一度キズナと別れて木製の掲示板の前にむかった。
 ホノオがセナの甲羅を持って窓口まで運び、キズナは休隊届の申請を再開しようとする。シアンが甲羅の穴から羽ペンを突っ込んでくすぐり、セナを甲羅の中から引きずり出すと、ようやく休隊届を提出することができたのだった。

 互いの用事が済み、救助隊キズナとグリーンは共に本部を後にする。ふと、ポプリが話題を提供した。

「そういえば。キズナのみんな、まだあたしたちのお家やネロさんのお家を見に来たことないよね?」
「あっ、お家、完成したんだね!」
「うん。メルさんだけじゃなくて、ソプラちゃんとアルルちゃん、ブレロくんとブルルくん、あとはキラロくんとキララちゃんも、お手伝いしてくれたの」

 メルの家でのパーティでは、ポプリ、スザク、ウォータとネロは、“聖なる森”に家を作って暮らすことになっていた。家の完成をキズナの4人も楽しみにしていたのだが、昇格試験に追われてすっかりと忘れていた。聞くと、家を建てるのにみんながワイワイ協力してくれたようで、なんだか疎外感で寂しくなった救助隊キズナなのだった。

「いいなー、新しいお家! シアンたちも、見に行きたいヨー!」
「うん、ぜひ見に来て!」

 シアンの言葉に、ヴァイスもホノオも大きく頷く。まだ恥ずかしさが抜けないセナは、朝食のリンゴで顔を隠しながら小さく頷いた。
 ポプリが答えると、本部がある丘を勢いよく駆けて降り、一同は聖なる森へと向かう。今日は依頼も試験もない。そう思うと解放感で足取りが軽くなる救助隊キズナなのだった。


 温かみのある木造の広い家に、周りは可愛らしい花壇。そんなメルの家を少しだけ通り過ぎ、ホノオ以上の身長ならばギリギリ“水晶の湖”が遠くに見える。その場所に、新たに可愛らしい建物ができていた。メンバー3人の属性を連想させる緑、赤、青色がほんのり練り込まれたレンガで作られた壁。屋根は、チーム名のグリーンを表現したような落ち着いた緑色をしている。これが、ポプリたちの新しい家のようだ。

「可愛いでしょ?」
「うん。でも、随分と凝ってて、時間もお金もかかっていそうな……」
「みんなが手伝ってくれたから、時間はそんなにかからなかったよ。材料のお金は、メルさんにちょっぴり前借りしちゃったけど……」
「そりゃそうだよな。何も持たずに村から逃げてきたんだし……」

 確かにポプリが言うように可愛らしい家なのだが、家を建てる苦労がなんとなく想像できるセナとホノオは細々とした心配が浮かび、ポプリと言葉を交わした。どうも、自然の資源が豊富で、身体能力も高いポケモンの世界では、“家を建てる”という人間の一大イベントは随分とカジュアルに行うことができるようだ。

「さ、さ! 中も見て欲しいだぁよ」

 ウォータが尾びれを振りながら、ベルのついた木製のドアを開ける。「おじゃましまーす」と中に入れてもらうと、セナは思わず感心の声をあげた。
 人間のような買い揃えた家具はないが、床には植物のツルに花を編み込んだ綺麗な絨毯が敷かれていた。ふかふかの草の布団が3つ用意されており、そのそばに小物入れも3つ。こちらもツルを使った編み物で、緑色と赤色、青色の花がそれぞれ編み込まれていた。

「わぁ、お花! 可愛いネ~」

 シアンは小物入れに興味を示す。ツンツンと軽くつついてみたが、しっかりとした作りのため壊れることはなかった。

「うふふ、ありがとう。この小物入れや絨毯は、グリーンビレッジに伝わる編み物なの。あたしとスザクとウォータ、3人でそれぞれ作ったんだ」
「えっ!? これ、ウォータが!?」

 ポプリやスザクなら想像がつくが、いかにも不器用そうなウォータが自分の小物入れを編むところを想像できない。セナとホノオは声を重ね、青色の小物入れをじっくりと観察した。綻びはなく、緑、赤のものに劣らず綺麗な編み物だ。

「ふふん、どうだぁ! オラの意外な才能は!」
「意外であることは認めるのね」
「ちょっぴり不器用さんなウォータでも上手に作れる編み方なんだ。ずーっと昔のポケモンが生みだして、村に代々伝わっているの」
「なるほど、凄いのはウォータじゃなくて、編み方を開発した先人、と」

 ポプリの追加説明で、セナは納得したようだ。ウォータを弄る話の流れに隠れて、厳しい現実に思いをはせてしまう。ポプリ、スザク、ウォータは、その伝統や、村そのものを取り返すために戦う運命にあるのだ、と。

「村のみんなが帰ってきたら、この家は必要なくなっちゃうかもしれないけど……。それでも、こだわりいっぱいの素敵なお家にしたかったんだ。懐かしい編み物に囲まれると、なんだか落ち着くし、ね」

 ほんの少しだけ、ポプリの頭の葉っぱがしゅんと垂れ下がっているように見えた。家族の温もりに囲まれることが必要な年ごろであるはずなのに、この3人は――。

「早く次に行かないと、時間が無くなるわよ。ネロさんの家にも行くんでしょう」

 湿っぽくなりそうな空気を察してか、スザクが颯爽と3人の家から出て歩き始める。ウォータも「待つだぁよー」と、どたどたスザクを追いかけた。

「ふふ。スザクはスザクなりに、気遣いができるんだよね。可愛いでしょ? あんなに可愛いアチャモなのに、全然可愛くない性格が、逆に凄く可愛いの!」
「ボクもそれ、分かる気がするな……。ちっちゃくて可愛いのに、素直じゃない友達ならここに……」

 ポプリとヴァイスが、特定のメンバーを互いに愛を込めて弄りながら、愛おしそうに笑う。この2人は何となく感性が似ていると、傍から見ているセナとホノオは感じるのだった。
 こうしてポプリに導かれ、キズナのメンバーもネロの家に向かうのだった。

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