第57話:休隊届

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「う……うぅ……」

 さざ波の歌が聞こえる。気絶していたセナは目を覚ます。薄目を開けると、空には月と星。頭が柔らかな草に包まれていることに気が付くと、セナは自分の居場所を悟った。ここは、サメハダ岩。自分は草のベッドの上。戦闘試験に失敗して倒れて、ここまで運ばれたのだろう。
 ――仲間は。状況を確認するため、セナは身体を起こした。戦闘試験で負った傷が、身体のあちこちで存在を主張するように疼く。状況確認よりも、まずは怪我の回復だ。セナはオレンの実を口にするために、自分の青いバッグに手を突っ込んだ。

「ん?」

 心当たりのない手触りに、セナは首を傾げる。手さぐりでそれを引っ張りだしてみると、一枚の大きな葉っぱだった。よく見ると、綺麗な文字が葉っぱに刻み込まれている。手紙のようだ。
 セナは文字を目で追ってゆく。

 ――セナさんへ
 先ほどの試験、お疲れ様でした。気になることがあったのでご報告です。
 ホノオさんに、違和感があったのです。誤解のないように強調しますが、彼は至って真剣に試験を受けていました。ただ……一度も技を使わなかったのです。使えなかったのかもしれません。
 ホノオさんは、自分では貧血気味だとおっしゃっていましたが……それだけでは、技を使えなくなることはないでしょう。
 頑張り屋さんのあなた方は、すぐに再試験を受けようと考えているかと思います。でも、わたくしからどうかお願いです。充分に休養をとって、元気になってから試験を受けていただきたい。ホノオさんも、あなた自身も。
 万全のあなたたちと再戦できることを、救助隊ジュエリーはいつまでも楽しみにしております。ずっとお待ちしておりますので、ゆっくりと心と身体を癒してくださいね。
 ロズレイド

 救助隊ジュエリーのロズレイドの丁寧な伝言だった。おそらく、彼女らが倒れたキズナをここまで運んでくれたのだろう。それも、理解できた。
 ホノオさんも、“あなた自身も”。鋭い一文がセナの胸に突き刺さる。――確かに、オイラは戦いを止めることを病的なまでに恐れてしまった。もう絶対に勝てない状況になっても、命がある限り諦めてはならないと、極端な強迫観念で自分を追い込み続けた。ロズレイドには、見抜かれていたのだ。それが異常であることを。
 最も心配されていた、ホノオに視線を移す。少しだけ眉間にしわを寄せて、安らかな寝顔とは言い難い表情だった。マリルリと真剣に戦い続けていたせいで、ホノオがどんな戦い方をしたのか見ている余裕はなかった。でも――技を使わず、けれども、真剣に。その情報があれば、充分に想像ができた。焔で燃やした3つの命を、小さな身体と未熟な心で、ホノオは背負い続けている。炎の技を使うのが、とてつもなく怖かったのだろう。

 ため息をひとつつくと、セナは決心した。――オイラたちは、頑張り過ぎたのだ。

 やがてヴァイスが目を覚まし、次いでシアン。少し間を開けて、ホノオが起き上がった。

「昇格試験、今回も失敗しちゃったね……」

 いつかマスターランクの救助隊になることができれば、会うことのできない父親を身近に感じられるだろうか。淡い期待が遠ざかり、ヴァイスはしゅんとしっぽを垂らして寂しそうな声を出した。
 その失敗の原因は、間違いなく自分にある。まともに戦えず、過去に怯えるだけの戦闘を振り返ると、ホノオはぎゅっと握り潰されたように心臓が痛くなった。ヴァイスの悲しい顔が、全て自分のせいなのだと、重くのしかかってしまう。

「まあまあ、ヴァイス。また明日挑戦しようヨ! シアンたち、けっこう頑張ったもんネ。あとちょっとだヨ!」

 シアンの言葉には、ヴァイスだけが笑顔で「うん」と反応する。ホノオも、セナも、シアンとは異なる意見を腹に抱えていた。

「みんな、ごめ――」
「ちょっと待って。キズナのリーダーとして、みんなに大事な話がある」

 ホノオが掠れた声で謝罪しようとしている。それを焦ってかき消すと、セナは話の主導権を握った。

「しばらく、再試験を受けるのはやめておこう。救助隊として依頼を受けるのも、しばらくお休みだ」
「えっ、えっ? ど、どうして?」
「決まっているじゃないか。今はこれ以上、頑張っちゃいけないんだよ」
「ごめ――」
「実はさ。リーダーのロズレイドさんに、注意されちゃって」

 活動の休止。セナの宣言に、ヴァイスとシアンは驚き、ホノオは責任を感じてうつむく。ホノオがこれ以上自分を追い込まないように、セナは焦って謝罪に上書きしながら言葉を紡ぐ。

「つい最近まで命をかけて戦い続けていたのに、ろくに休養もとらずに試験を受けるキズナを、すごく心配していたみたい。実際にオイラも、逃亡中の戦闘の癖が抜けなくて。その、負けを認めるのが怖くて、死ぬまで戦おうとしちゃって……ビックリされちゃった。“普通に”戦っていたつもりだったんだけど、ボロが出ちゃったんだ。ごめんなぁ」
「なんでお前が謝るんだよ! ……みんな、分かってるんだろ、本当は誰が悪いのか。そうやって、気を遣うのはやめろ。惨めになるだけだから」

 セナの言葉が尽きたのを見計らって、ホノオはどうにか引きずるような低い声を出した。――何故だろう。素直にごめんなさいと、言えなくなっていた。仲間が自分の罪を庇ってくれるほどに、心がささくれ立って、乱暴な言葉しか残らなくなってしまう。悪い自分を庇うために、セナが苦労している。これ以上、迷惑な奴になりたくないのに。
 目の前に居る3人の仲間を、友達と思ってはいけないのだと、ホノオは強く感じた。自分独りが抱えた罪で、他人に迷惑をかけてはならないのだから。
 どんな同情の言葉も、慰めの言葉も、所詮は作り物なのだ。この中で、命を奪った記憶があるのは、オレだけなのだから。

「ホノオ……ええと……」
「でもでも~、戦いで失敗したのはホノオやセナだけじゃないでしょ? シアンも、試験のような気楽な戦いは久しぶりだったから、ちょっと油断しちゃったヨ~」
「ちょっとぉ、シアン! 試験を気楽な戦いだなんて思っちゃダメでしょぉ」
「だってぇ、今までが今までだったから……ネ」
「それは確かにね」

 ホノオが抱えているものの全容を知らないからこそ、シアンも自分の失敗をさらけ出して話に乗ってくる。ヴァイスは冗談半分でシアンを小突きながら、自分の失敗も重ねた。

「ボクも失敗しちゃった。どうしても試験に合格したかったから、何があっても絶対に宝石を手放しちゃいけないんだって、意地を張っちゃって。あんなに酷い目に遭って、結局宝石を奪われるんだったら……早く諦めてから逆転を狙った方が良かったなぁ」
「随分としみじみ言うな。よっぽど酷い目に遭ったのか」
「うん、まぁ……ちょっとしたトラウマが……」

 思い出すだけでお腹がムズムズするような気がして、ヴァイスは背を丸めて話す。シアンが「かわいそうに、よしよし」と、ヴァイスの背中を撫でてやった。
 セナは注意深くホノオの表情を観察する。こちらを見ているようで、視線は手前に落ちている。口元だけで無理やり笑みを作り、これ以上雰囲気を暗くしないように踏ん張っていた。

「まぁ、とにかくさ。しばらく救助隊活動はお休みして、難しいことを考えずにのんびり暮らすのも悪くないだろ?」
「うん、賛成!」
「ワーイ、のんびりゆったり楽しくお休みだヨ~!」
「……みんな、ありがとう」

 ホノオはきゅっと目を細め、少し困ったように笑ってみせた。失敗を告白する仲間たちに照らされて元気づけられたような、綺麗な笑みだった。まだ孤独の色が抜けない瞳を上手に隠す、器用な作り笑顔。――傷を隠して、独りで歩むことを、ホノオは選んだようだ。

「ホノオ……」
「あ~! ホノオがやっと笑ったヨ~。良かったぁ! ホノオは元々顔が怖いから、怖い顔をしているともっと怖くなっちゃうもんネ~」
「おいっ、失礼だな!」
「そうだよ、シアン。ボクの方が“怖い顔”上手だもん。……ほらぁ、どうお?」
「きゃあ! 食べられちゃいそうだヨ……!」
「ひっ! 夢に出てきそう……」

 本当に、それでいいのか。セナが問いただす隙を与えず、シアンとヴァイスがホノオを囲んで無邪気にはしゃぐ。怒ったり、怯えたり。コロコロと表情を変えて応じているうちに、ホノオの本物の感情は、心の奥に沈んでいったようだ。
 ――それならば。ホノオが選んだ道を、応援してやろう。友達、だから。

「シアン、良いことを教えてやろう。ホノオの顔が怖いときは、くすぐれば無理やり笑顔にできるぞっ」
「あははははは! やめろっ、バカぁ!」
「いてっ! 殴るな! 暴力反対!」
「うるせー! 正当防衛だっ!」
「暴れん坊ホノオには、この方法は気軽に使えなさそうだネ……」
「うぅ、ボクのトラウマ……」

 4人できゃっきゃとじゃれて、暗い気持ちもうやむやになった。うやむやにした方が、良いのかもしれないとセナは思った。嫌なことを忘れてしまわないと、心身は休まらないのだ。

「そうだ! 救助隊をお休みするなら、ちゃんと本部に行って“休隊届”を書かなくちゃね」
「休隊届ってなぁに~?」

 ヴァイスが脱線しかけた話を元に戻し、救助隊を休む手続きのことを説明し始めた。手続きを理解しておらず首を傾げるシアンに、優しく説明を重ねる。

「ボクたちが活動をお休みしているのを知らないで、誰かがボクたち宛に救助依頼を出したら大変でしょ? だから、救助隊活動をお休みする時は、きちんと本部に報告して、依頼主さんにボクらのお休みを知ってもらう必要があるんだよ」
「なるほど! よーく分かったヨ!」

 キズナ結成の手続きの際にペリッパーの説明を聞かずに居眠りしていたセナも、休隊届のシステムのことを知らなかった。ヴァイスのマメさに助けられるなと思いつつ、“知らなかった”と表情に出ないように気を付けた。あまり間抜けなリーダーぶりを見せてしまうと、仲間に容赦なく弄られてしまう。
 頼れる存在でありつつも、時には場を和ませたり、仲間が頑張り過ぎないような調整をしなければならない。立派なリーダーになるために、バランス感覚を身に付けなくてはとセナは意気込んだ。今は、率先して気を抜いてだらけて、仲間の頑張り過ぎを防止するのが、自分の一番の仕事なのだ。
 セナは草の布団に飛びつくと、ごろごろと寝転がりながら間抜けな声を出した。

「じゃあ、明日イチバンに目が覚めた奴が、休隊届を出しに行くこと。オイラじゃないことは確実だな」
「えーっ、何それ、ズルい! こういうのはリーダーが書きに行くものでしょ?」
「リーダーのお目覚めを待つと、いつまでもお休みが来ないぞ~。いいのか?」
「さてと、諸君。明日はどうやってセナを叩き起こすか、作戦会議しようぜ」
「はぁい、ホノオ様!」
「冗談抜きで、しっぽを踏むのだけはやめてよね」

 他愛もない話をしながら、ヴァイスもホノオもシアンも、草の布団に身を預ける。そのまま、セナ、ヴァイス、シアンは、ホノオを残してすやすやと寝息を立てた。戦闘の疲れを癒すように、ぐっすりと。
 睡眠不足が蓄積し、身体が怠い。それでも、悪夢が怖くて眠れない。ホノオはスッと身体を起こして布団にあぐらをかく。

 独りぼっちで罪悪感を抱えている。上手に戦えなくて、仲間の重荷になってしまっている。どうやったら上手に戦えるようになるのか、分からない。仲間に迷惑をかけている罪悪感を、表に出してしまってはいけない。更なる重荷になるだけなのだから。
 そんな感傷に一通り浸ってみる。使い古してしまえば、色あせてくれると期待してしまった。
 ――何も変わらない。ただ事実を確認しただけだ。

 過去が苦しいだとか、誰とも弱みを分かち合えないだとか。悲劇に酔ったような嘆きを重ねるほどに、自分が醜く思えてしまう。
 いつも元気で、強気で、明るくて――太陽みたいで。そんな自分でいないと、オレは生きていられないのだ。
 生きていられる術があるだけ、オレはマシなのだ。自分が殺したあの3人と、違って。

 命を奪ったのに、取り返しのつかないことをしてしまったのに。自分には、一緒に笑ってくれる友達がいる。
 オレは、幸せ者だ。幸せ。幸せなんだ。しあわせ――

 無理やりに言い聞かせながら、ホノオは眠りについた。

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