彼の物語

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 目を開けると、そこは倒壊した魔晄炉まこうろだった。
 焦げた外観が、私の記憶の中にあるそれと一致する。間違いなく、ここは私の元いた時代のワイルドエリアの奥地だ。
 どうやら“帰って”来ることができたらしい。

「ここは……?」
「似てるけど、なんか焦げてるぞ……」
 マスターとホップは周囲を観察しながら、起き上がった。
 このフロアに居るのは、私とマスター、ホップ。そして、倒れたまま動けないでいるT-800と、その腹部にちょこんと座る色違いのセレビィ。
「戻れたようだな。元の時代、元の世界線に」
「そうなのか? でも、多分そうなんだな」
 ホップは安心したように胸を撫で下ろした。
「君たちをなんとか無事に送り届けることができた。さすがは未来の君が考えただけあって、限りなく成功率の高いプランだった。次は私の番だ」
 T-800が何とか立ち上がり、ホップにウインクをしてみせる。とても不器用なウインクだったが、どこか人間味があった。
 彼はフェアリーステッキを握りしめ、掲げる。いよいよお別れだ。
「行っちゃうのかよ……」
「私は単独で時空旅行が可能だが、帰り道に転移のためのエネルギーが無くなることも想定し、こうして帰還手段をプランに織り込んだのも君だ」
 色違いのセレビィは、レビレビ、と鳴き声をあげる。
「私は役割を果たした。後は、元の時代、元の世界線へ戻るだけだ」
 どこまでも有能な未来のホップによって、彼もまた救われるかもしれない。それは、私たちにはわからない未来の物語だ。
 短い間だったが、ホップは哀しそうな顔で、立ち上がったターミネーターを見つめた。
「後は君の役目だ」
 T-800は私の胸元の指輪を見て、そう述べる。それが何を意味するのか。
「もう会えないのか。なんだか寂しいぞ」
「基本的にはな。だがもし、君の生命の危機が訪れたならば、私はまた未来から送り出されるだろう」
 損傷が激しい彼だったが、背中が突如避け、中から、異形の身体が溢れ出す。やがて形を伴った黒い竜が天に上り始める。少し色違いのリザードンに似たその黒竜こそが、男の真の姿だった。
 その周囲を色違いのセレビィが飛び回る。リミットの外れた時渡りポケモンの力がオーバーフローするかのごとく、空間を震わせる。
 天に上る竜に引きずり上げられるように、機械のボディが空へと上っていく。まだ接続が切れていないのか、ターミネーターの側のボディは、親指を立て、短く言った。

I'll be backまた会おう
 同時にあのBGM(ターミネーターのテーマ)が流れて来る。ダダンダンダダン、と独特なメロディが響きわたる感覚がする。たぶん、私の脳裏にしか流れていないのだろうけれど。
 そして、電気を散らしながらその姿を消した。これが映画ならば、おそらくは後世へ語り継がれる名場面になるはずだった。
 しばしの無言――マスターは何か言わなければならないような気がしたのか突然口を開く。
「……未来は先の見えないハイウェイだ。だが今はその先に希望の光が見える。機械のターミネーターですら人の尊さを理解できたのだからきっと人間だって……」
 映画の女優になりきったように、青のワンピースをはためかせながら、マスターはすらすらとナレーションを述べてみせ、言い切ると同時に感無量のドヤ顔を見せた。
 が、誰も何も触れなかった。

「セレビィ?」
 突然、ホップが声をあげる。視線はマスターからセレビィに。
 セレビィの様子がおかしい。苦しそうに悶えたり、目を見開いたり、身体が痙攣したりと尋常ではない。
「セレビィ、どうしたの!?」
 マスターも戸惑うような声をあげた。
 セレビィはマスターの周りをひとしきりくるくる囲むように飛び回り、その頬に口づけすると、そのまま魔晄炉まこうろへと消えていった。
「どうしちまったんだ、あいつ……」
 最後に、かすかに、ばいばい、と聞こえたような気がしたが、マスターもホップも顔を見合わせたあたり、同じ感覚があったのではないだろうか。
 私は、セレビィの行動の意味を理解した。あのT-800もしきりに述べていたでは無いか。ポケモンのそれぞれの、役割。
『マスター。あのセレビィはこの世界の道理から外れて生み出された存在です。自分自身の役割を見つけて、それを果たして、自ら退場していったのかもしれません』
 不自然に作り出された命は、いずれ破綻をきたす。
 巨大なレイドの巣穴を、“還るべき場所”とマッシュは言っていた。その言葉の通り、あのセレビィは星へと還っていったのだ。
「あの子は自分を生み出すきっかけになった人間を恨んでいるのかな」
 マスターは呟いた。手には、セレビィが入っていたマスターボールが握られている。
「恨んでいないんじゃないか」
 答えたのはホップだった。
「オレたちを世界線を超えた過去に運んだのも、ここに戻したのも。あいつのやりたかったことなんじゃないか。不自然に生み出されたことは恨んでるかもしれない。だけどさ、今はそう見えなかった。一時的とは言え、主人になったお前と居る間は少なくても、オレから見て、辛そうに見えなかったぜ」
 ホップの本心からの言葉だった。
 そっか、とマスターはボールを魔晄炉まこうろへ放り投げた。
「今度は貴方がちゃんと生まれて来ることができる世界だといいな……」
 わずかばかり、黙祷を捧げる。
 セレビィは未来の技術で生み出された存在だ。T-800が繰り出したフリーザと同様いずれは滅びる運命にあった。
 こうして、意識がしっかりしたうちに、自らの力で星に還ることができたのはまだ良かったのかもしれない。

「……おお! なんといういたわりと友愛じゃ! 狂える妖精セレビィの心を開くとは……!」
「ポプラさん、ちょっと黙ってくださる?」
 ――聞き覚えのある声がした。
「そう言うな、マグノリアよ。私のめしいた目の代わりによく見ておくれ」
「あまり年齢変わらないでしょう」
「ふ……老兵は戦場を去るのみ、か。定めならね。従うしかないんじゃよ」
 ポプラと――この時代のマグノリア。
 半ばボケているのか会話は噛み合っておらず、コミュニケーションは全くと言って良いほど取れていなかった。
 年寄りをふたり置いておくと、一見会話しているように見えて、全く別の話をしているというのはよくある話である。
「よう、おかえり!」
 そして陽気な男の声が聞こえた。
「マグノリア、ドク……」
「ノンノン、その名はもう研究と共に捨てたんだ。今はこう名乗っておる。ダイ・オーキドとな!」
 ダイマックスの“ダイ”なのだろう。やたらと軽快な老人は親指を立てて、笑ってみせた。白い歯がキラリと光る。相変わらず妙なサングラスをつけている。
「黙りな、ジジイ」
 同じ世代のババアであるポプラがそれを遮る。ドクことダイオーキドはオーバーに肩をすくめて、脇に避けた。
「よくやったね」
 ダイオーキドを強引に退けたポプラは、マスターと向き合い、優しげな笑みを見せる。
「はい、師匠マスターポプラ」
 マスターはポプラを師匠マスターと呼んだ。ややこしい。そして、その対応の雰囲気から、これまた何かのキャラになりきっているのだと直感した。
「フェアリーの暗黒面ダークサイドに飲み込まれることなく、よくやった。……恐れは暗黒面ダークサイドに通じる。恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは苦痛へ……。忘れるな。未来は絶えず揺れ動く」
 ポプラは重々しく言う。同じことをあのターミネーターの男は言っていた。これから先、まだどうなるかは分からないのだ。
「心します、師匠マスターポプラ。これからも、私なりのやり方でやってみます」
「やってみるのではない、やるのだ。良いか、忘れるな。フェアリーはお前と共にある……」

 ポプラとマスターはそのような会話をしており、二人揃って映画か何かのワンシーンを演じているような雰囲気だった。
 それを無視してマグノリアは、周囲を見渡す。
「ここは、思い出深い場所です……イーブイのウォルを拾った場所。そして、一時期でも助手だった貴方を、未来へと送り返した場所……」
 マグノリアはどこか遠くを見つめていた。過去の思い出に浸っているのだろう。
「オレがマグノリア博士の助手……?」
 ホップの指導にあたるソニアの上級研究者がマグノリアである。この上ない名誉なことなのだろう。ホップは驚きと喜びが入り交じった顔をしていた。
「そろそろかと思っていたのです。ワイルドエリアに突如現れた線路と、東のヨロイ島。そこでの話をソニアから聞きました。さらには、ポプラさんからは、フェアリーステッキの継承者が現れ、ステッキを託したと聞きました。となると、この場所だと思いあたり……かなり良いタイミングだったみたいですね」
 マグノリアは辺りを懐かしそうに見渡す。
 他にも、話してくれた。
 マッシュとノエルはソニアと共に、この時代に現れた“冠の雪原”と呼ばれる場所へ向かったことも。
 どうやらまだ物語は続くらしい。しかし、鎧島での物語は終わった。
 決して、そこで何かを成し遂げたわけではないが、長い旅路だったように感じる。

「あのさ……」
 ホップは改めてマグノリアと向き合う。そこには長い人生を越えてきた重みが備わっている。つい先刻まではソニアと同年齢だったその姿は、杖をつき、腰を曲げた老婆のものとなっていた。
「オレのこと覚えてる?」
「もちろん。黙っていて、ごめんなさいね。それから、貴方たちにも本当のことを告げず、リングを渡したわ。たくさん隠してきた。けど、それは今日という日のためだった……」
 マグノリアは遠い目をした。
「ここは、貴方たちがさっき居た世界の、その時代とは陸続きでは無いのかもしれない。けれど、平行世界は似た道筋をたどるし、過去に干渉すると複数の世界線の未来へ影響することもある。だから、言うわ」
 マグノリアはホップを抱きしめた。
「ありがとう」
「え、え、オレは何もしてないぞ……」
「あなたが生き続け、成長し続けることこそが世界を救うことにつながるの。あなたには研究者としての素質がある」
 その言葉にドク――否、ダイオーキドも頷いていた。
「“あなたが”世界を救ったの。未来も過去もない。ホップ。あなたという人間が、時間と空間を超えて、いくつもの世界を救ったのよ」

 これは、ひとつの物語だった。
 文明が滅びた未来、チャンピオンになれなかったひとりの少年が成長し、世界を救うまでの。
 目の前のホップには理解できていないかもしれないが、その血脈は確かにそこに存在している。彼が居なければ、世界は救われていなかった。
 優秀な兄の影に隠れることもなければ、ガラルの頂点たるチャンピオンのライバルとしてでもない。
 これは、ホップの物語だった。
 ガラルの風がふわりと吹き、ホップの頬をなでた。その顔はとても輝いてみえた。

――――――――――
【補足】ダイオーキドとは?
 カントー地方のオーキド博士の遠縁にあたる。カントー地方のポケモン転送システムの第一人者のマサキと共同で、さらなるポケモン転送及び預かりシステムを開発することに成功した。
 かつて研究していたタイムトラベルやタイムパラドックスの研究成果を活かし、彼らの開発したシステムは『時間と空間』を超えて、様々な時代、別の世界とも交換を可能とした。
 そのシステムのメインサーバは、サナのマスターが運営する孤児院『ホーム』の開かずの間と呼ばれる地下の部屋にあり、交換システムの名称は『ポケモンHOME』とされている。
 マスターはこの話を、洋館を孤児院として使用させてもらう際にマグノリアから少しは聞いているはずだが、あまり気にしておらず、すっかり忘れてしまっていた。
――――――――――
【Season6】過去との邂逅――完。

special thanks,
ターミネーター、スターウォーズ

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