第56話:昇格試験、再び――その1

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 メルの家でのパーティーが終わり、キズナの4人はサメハダ岩に帰る。前向きで幸せな気持ちを持ち帰り、そのままとろけるように眠りについた。ようやく、眠り方を思い出した。平穏な日常生活の軌道に乗れそうだ。そう期待したセナとホノオだが――。

 ――夢の中。ホノオは荒れ果てた土地で、呆然と佇んでいる。
 乾いた風が吹く。焦げ臭い匂いと共に、かつての命がサラサラと宙を舞った。

「ホノオ……?」

 聞き慣れた声が、背後から不安げに問いかける。振り返ると、遠い目をしたセナがいた。爆ぜた命を想うような、重たい涙をポロポロと。

 見られた。セナに、あの技を。
 消そう。ならば、セナを。

 ホノオは左手をセナに向け、容赦なく――。

 そしてまた、命が風に吹かれる。

「わあっ!!」

 飛び起きると、そこはサメハダ岩だった。美しい星空に、穏やかな波の音。ホッとして、ホノオはため息をついた。そして直後、今度は憂鬱なため息が漏れた。

 生き延びるためとはいえ、ポケモンの命を奪った。
 その時から随分時間が経った。自分たちの無実は証明された。逃走生活は終わり、命を奪い奪われる必要がなくなった。“破壊の焔”はもう使えない。
 それなのに。
 迷いや苦しみは風化してくれない。消えない。手放せない。――手放しては、いけない。

 それが自分が背負う宿命なのだと、当然の報いなのだと言い聞かせつつも、抱えた荷物の過度の重さを悪夢が思い知らせてくる。

 二度と同じ過ちを犯したくない。これ以上の重荷を抱えて生きていくことはできない。誰かの命を奪う可能性を少しでも手にすることが怖い。戦うことが、怖い。でも、戦わずに大切な友達が傷つくのは、もっと怖い。このまま罪を直視し続けて、心がどうにかなってしまいそうで、怖い。でも、過ちから目を逸らして同じことを繰り返してしまうことも――怖い。
 どっちを向いても暗がりに視界を塞がれてしまい、逃げ場がなくなってしまう。いっそ“逃げて”しまいたい――そう揺らいだ心を、自分自身が許せず踏みにじった。怖くても、苦しくても、その罰を受け続けながら生きていくのが償いなのだ。自分自身が、救助隊にそう宣言したのだから。屈してはならない、強く正しく生きなければならない。

 考えれば考えるほどに心が暗闇に沈んでゆく。でも、思考を遮るために睡眠に逃げてしまえば――きっと、また、最悪な夢を見てしまう。逃げる自分を、自分自身が許せなくなってしまう。逃げ場などないと、取り返しのつかないことをしてしまった現実を直視し続けながら、ホノオは長い長い一夜を明かした。


「さあて、今日はどうしようか」

 ぐっすり眠っているセナを3人で囲んで見下ろし、ホノオが呆れて呟いた。昨日に続き、今日もセナは大胆な寝坊をしている。正直なところ少し羨ましいと、あくびを噛み殺しながらホノオは思っていた。
 起床後とりあえずセナを寝かせたまま朝食を済ませたヴァイス、ホノオ、シアンだったが、朝食も出発準備も済ませてしまってはもう待ちきれない。

「ここに尖った“木の枝”がありまーす」

 ヴァイスはおもむろに、バッグから攻撃用飛び道具の木の枝を取り出した。

「この木の枝で、セナのぷにぷにほっぺを――」

 そのまま木の枝をセナの頬に押し付ける。直後。

「……!? あだあぁぁー!!」

 奇声を上げて、セナが飛び起きた。セナの一日は、再び激痛とともに始まった。


 すでに日が昇ってからの時間は長い。セナにリンゴを食べさせながら、キズナのメンバーはサメハダ岩の階段を上り、ポストの手紙を確認した。救助依頼が届いていれば、それを優先してみよう。ヴァイスがポストを開けると、丈夫で分厚い紙質の封筒がポストに入っていた。どことなく見覚えがあるような、水色のものだ。

「およ? お手紙が届いているみたい」
「きっと、今度こそシアンへのファンレターだヨ!」

 その言葉にヴァイスはピンときた。“以前”もシアンはこんなことを言っていた。あの時は確か――。確信したヴァイスは封筒を開ける。手紙の内容を確認すると、パチンと指を鳴らした。

「やっぱり!」

 セナとホノオがヴァイスの持つ手紙を覗き見ようとするが、ヴァイスは背後にサッと手紙を隠した。いたずらっ子の笑みを浮かべると、セナとホノオにクイズを投げかける。

「さあ、手紙の中身を当ててごらん」
「オイラとホノオへの謝罪文でしょう?」
「ホノオ様を崇める会の入会届?」

 真っ当な推理だが気だるそうに答えるセナに、ふざけてニヤニヤと回答するホノオ。まともなクイズ遊びにはならないことを悟ると、ヴァイスはため息をついた。

「そんなんじゃないよ。もっともーっと嬉しいもの!」
「なあヴァイス。ヒント」

 沈黙の後にホノオが拗ねた口調で言うと、ヴァイスはやれやれと首を振った。

「仕方ないなあ。ヒントは……“ペリッパーランク”」
「あああ、分かったぁ!」
「アレしかないヨ!」

 ヒントが簡単過ぎたようで、ホノオもシアンもすぐさま反応した。セナは眠そうな目で、しかしヒントのワードに嫌な心当たりがあったようで、ヴァイスを睨みつけた。

「さっ、みなさん答えをご一緒に。せーのっ」
「昇格試験!!」

 ヴァイスの合図に続き、4人の声が重なった。


 以前の試験は逃避行の直前にクリアしたはず。救助隊のポケモンたちの総攻撃から逃れて生還した戦闘力を認められたのか、はたまたポケモンたちに向けた演説により救助隊としての姿勢を買われたのか。随分とスパンの短い昇格試験にセナはアレコレと理由を考えながら、仲間と共に、試験会場がある“救助の森”に向かった。救助隊本部がある丘を越えようとした時、ちょうど本部から出てくる彼らと出会った。

「あっ、セナくん! ホノオくんに、ヴァイスくん、シアンちゃんも!」

 キズナの4人の名前を呼びかけながら嬉しそうに駆けてくるのは、ポプリだった。それにウォータが続き、スザクも渋々ついてくる。シアン“ちゃん”。ポッチャマの頬がむくれることを確認すると、ホノオは必死に笑いを噛み殺した。

「あのネ、シアンは――」
「よーぅ、ポプリにスザクにウォータ!」

 シアンの言葉をわざと大きな声でかき消して、ついでに不満げなシアンの姿を遮って、ホノオはポプリたちに向かって声をかけた。

「聞いて! シア――」
「本部になにか用があったの?」

 ヴァイスにはシアンの声が全く聞こえていなかった。無自覚に自らもシアンの言葉をかき消し、ヴァイスはポプリたちに質問を重ねた。

「ねえってば! シ――」
「じゃーん!」

 ポプリは救助隊バッジをセナたちに得意げに見せつけた。意図せずシアンの言葉をかき消してしまいながら。

「あたしたちも、ついに救助隊だよ」
「チームは村の名前にちなんで、“グリーン”っていうだよー」
「シアンはおと――」
「おお、おめでとう! チームが3人以上だから、誰かがリーダーになるんだよな?」

 めげないシアンにセナが追い討ちをかけた。ポプリと話すことに集中して、シアンのことを意識しきれなかったようだ。

「リーダーはあたし! セナくん、リーダーについていろいろ教えてね」

 ポプリは可愛らしくウインクしてみせる。セナは目を逸らして顔を赤くしながら、急に言葉の勢いをなくす。ボソッと「おう」と呟くことがやっとの様子だ。そんなセナを、ホノオはニヤニヤと眺めていた。

「もういいもん、どうせみんなシアンのこと……」
「そういえば、キズナはこれからどこに行くだ?」

 シアンはすっかりいじけてしまったが、それに気づかぬウォータが話を進行する。

「オレたちはこれから昇格試験!」
「今度はハイパーランクになるんだよ」

 ホノオとヴァイスが得意げに答えると、ポプリは目を輝かせた。

「うわぁ、すごーい! あたしたちも、もっと強くなってキズナに追いつかなきゃ」
「頑張れよ。応援してるぞ!」

 セナが照れを振り払って明るく祝福すると、ポプリと共にウォータも大きく頷いた。

「ありがとう。じゃあ、あたしたちは広場の見学に行ってくるね!」
「早くはるかぜ広場に慣れて、お仕事頑張るだよ~」
「……あんたたち、遊び気分じゃあないでしょうね?」

 ポプリたちは口々に話しながら、慌ただしく広場の方へ駆けていった。

「……シアンは、女の子じゃないモン!!」

 遠ざかる救助隊グリーンをめがけて、シアンが心からの叫びを飛ばす。が、どうやらその声は届かなかったようで、ポプリたちが振り返ることはなかった。


 拗ねるシアンをなんとか励ますと、救助隊本部がある丘を超え、セナたちは試験会場がある“救助の森”にやってきた。道中、ヴァイスが試験の詳細を書いた手紙を読み上げる。

「やあ、キズナのみんな! この間の騒動は大変だったね。でも、あんな困難を乗り越えた君たちなら、きっとこの昇格試験もクリアできるはずだ。僕らはそう確信したから、スーパーランクからハイパーランクへと昇格するための試験を案内しちゃったよ!
 今回の試験も、救助の森の中の大樹のダンジョンで行われる。ルールは前回と同じで、探検によって“葉っぱの宝石”を手に入れて、救助隊本部に持ち帰ること。前回よりもは戦闘試験が難しくなっているけど、頑張ってくれっ! ……だってさ」

 広場で暮らしていた期間が長いからか、ハツラツとしてある種の圧を感じるペリッパーの特徴をそこそこ上手に再現するヴァイスなのであった。普段の穏やかな話しぶりからのギャップに笑いをこらえつつも、ホノオはヴァイスに問う。

「あー。覚える気がないから、多分今聞いてもまた忘れるだろうけどさ。オレたちが受けようとしている“ハイパーランク”って、何番目のランクで、どれくらい凄いんだっけ?」
「この世界の常識ぐらい、いい加減覚えろ。救助隊ランクは、ノーマル、スーパー、ハイパー、シルバー、ゴールド、マスターの6段階。ハイパーは3つ目のランクでしょ」

 セナが澄ました顔で答えるが、痛いところをホノオは突いてくる。

「あれ、最高のランクって“ペリッパーランク”じゃなかったの、セナくぅん?」
「お前がそれを面白いと思って言っているなら、神経を疑うわ。使い古した寒いネタで他人を弄り続ける、進歩のねぇつまらない人間なんだなお前は」
「ごめんて。本気で怒らないでよ」

 冷たい目で淡々と、妙に饒舌に辛辣な言葉を投げつけるのは、セナが極限まで機嫌を損ねているサインだ。ホノオは苦笑いと共に黙りこくった。変に淀んでしまった空気を変えるように、ヴァイスは前方を指さして明るい声で呼びかけた。

「あっ、試験会場の樹が見えてきたよ。みんな、急ごう!」
「ワーイ、試験、楽しみだヨ~」

 シアンはヴァイスの狙い通りにのんきな歓声を出して、ぽてぽてと弾むように大樹に向かっていった。大樹のそばには看板があり、“救助隊昇格試験:スーパー→ハイパーランク”と書かれている。シアンは看板を一目見た後に、大樹の穴を発見して覗き込む。おしりをぷりぷりと振り、いかにも上機嫌といった様子だ。つられてヴァイスも、セナとホノオも、ふっと吹き出して笑顔になった。

「今回も、ちゃんとはしごがあるネ。今回は落ちないように気を付けようヨ」

 前回の試験では、救助隊キズナは出入口に設置されたはしごに気が付かず、開幕早々穴から地下に落ちる波乱の入場を決めてしまった。シアンが珍しく冷静な発言をするが、そういう時こそおふざけに回りたいホノオはニヤリ。

「うーん。でも、1人ぐらいは顔から落下した方が、面白いんじゃない?」
「じゃあ、それはお前の役目ってことで」

 セナは淡々とした声でホノオの冗談に乗りながら、ホノオの背中をぐいぐいと押す。

「うおっ! ちょ、冗談だって! 今回は平和に、みんなではしごを使おう。な? 試験の成功は立派な入場から!」
「分かればよろしい」

 セナはホノオの背中を押すのを止め、先陣を切ってはしごに足をかける。ホノオはセナの言動が冗談なのか本気なのか判別できていなかったようで、心からの安堵のため息を漏らした。

「じゃ、みんな行くぞー」
「はーい!」

 セナの言葉に元気な声が続き、キズナははしごを順番に降りていった。かくして、彼らの2回目の昇格試験が始まったのであった。

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