第55話:これからのこと

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ――これから。そんな些細なメルの一言で、セナは考え込む。自分は一度、命を失った。それでも、これからのことを考えられる。未来が存在する。それは決して当たり前のことではなく、ホウオウに許された特例中の特例なのだ。
 立派に生きなければならない。“マスター”から世界を守らなければならない。オイラのこれからは、きっととてつもなく重い。

「救助隊キズナは活動を再開するよ。救助の依頼で実力をつけて、次の戦いに備えなくちゃ」

 明るいパーティなのに。もっと気の利いたポップな回答が模範だろうに。言葉が口から出て客観視ができると、ようやくセナは後悔するのだ。どうにか明るい一言を足して、中和しないと。焦ってゼロから思考を回す。

「そうだな。愚かなる人民共に偉そうな説教をした手前、模範となるように生きねばなるまい。それが我々、選ばれし者の使命というものだ。なぁ諸君」
「はい、ホノオ様!」
「舎弟にしてヨ、ホノオ様ー!」

 真面目とお茶目を両立させたホノオの援護射撃に、ヴァイスとシアンも嬉々として便乗する。昨日のポケモンたちを再現して、大袈裟にホノオに頭を垂れて縋った。
 その様子に、パーティの参加者たちはケラケラと笑っている。良かった、明るい会の雰囲気は保たれたようだ。安堵しつつも、セナはつくづく、融通の利いた明るい答えを考えるのが苦手だと痛感した。

「はは、そうかい。まぁ、無理のない範囲で頑張りなよ。ライコウたちにも、ゆっくり休むように言われていただろう」

 メルはキズナにそう諭すと、自らのこれからを語る。

「アタイは変わらずこの森で暮らすよ。ただ、今回の件で、少しでもガイアの平和に貢献したいなぁって思っちまった。⋯⋯そうだねぇ。スイクンがまた操られたりしないように、毎日“水晶の湖”まで巡回しに行こうかね。ボディガードってやつさ」
「おお。メルさんがボディガードなら安心だね。スイクンに鈴と首輪をつけてあげてもいいんじゃない?」
「いやいや、こっそり適度にやって差し上げないとね。あんまりしっかり見張りすぎると、またスイクンが泣いちゃうぞ!」

 メルの言葉に、ブレロとブルルが容赦ない失礼発言を重ねる。スイクンが首輪と鈴を身につけながらしくしく泣いている絵面を想像すると、皆が思い切り吹き出した。

「むぐっ……こらブルル! 人がジュースを飲んでいる時に、ちょっと面白いこと言うな!」

 セナがむせて苦しそうに笑いながら、ケラケラとブルルを指差す。
 旅先で事件に巻き込まれているうちに、かつては関係の冷え込んでいたセナ、ホノオも、ブレロとブルルに自然なコミュニケーションを取ってくれるようになっていた。――でも。それでは気が収まらない。はっきりと言葉を伝える決意を、ブレロとブルルは固めた。

「……あの。僕たちは」

 笑いがおさまってきたところで、ブレロがポツリと話し出す。場の静まりが、ブレロとブルルの緊張と照れを増強させた。

「僕たちは、セナとホノオとも友達になりたい!」

 改まったド直球な言葉に、セナとホノオはきょとんと沈黙。かつて、素直になれないが故にヴァイスをいじめていた悪ガキは、慣れぬ素直さを発揮して顔を真っ赤に染めていた。
 なんだか、からかってみたくなる。セナとホノオはニヤリ。

「はえ? 何だって? よく聞こえなかったなぁ」
「うむ。もう1回言ってくれよ」
「ええっ!? えーと、えと……おれっちとブレロは、セナとホノオと友達に、なりたいって言うか……」
「え? 何だって?」
「もう1回!」
「だああ、聞こえているだろ、絶対に!!」

 恥ずかしさが限界突破し、ブレロとブルルはセナとホノオをぺしんと叩く。じゃれあいのような強さで痛みはなく、セナとホノオは舌を出しててへへと笑った。

「とにかく、さ。僕たちは、昔の意地悪を謝りたいんだ。セナ、ホノオ。ごめんなさい」
「悪かったよ。ごめんな」

 2人は真面目にぺこりと頭を下げる。何だかきまり悪くなり、セナとホノオは苦笑いで顔を見合せた。

「いいのに、そんなに真面目に謝らなくても。これからは友達ってことでさ」
「そうそう。救助隊の奴らの殺人未遂に比べれば、お前たちのイタズラなんて可愛いもんじゃん。許す、許す」

 セナとホノオは、友達のしるしの笑顔を示す。ブレロとブルルは嬉しそうに、大きく「うん!」と頷いた。
 ブレロとブルルがこれからのことを話し終えると、ソプラが口を開く。

「アタシとアルルは今まで通り、クローバーの森で暮らすよ」
「はるかぜ広場に近いから、“歌まつり”に参加しやすいもんね」

 ソプラとアルルは歌を歌うことを大切な趣味としており、毎年広場の歌イベントに参加しているらしいのだ。彼女らの歌を聴いたことのないホノオは、ガサツなソプラに芸術方面の趣味があることがいまいちピンと来ないようだ。もちろん、そう口に出したら激怒されるので、言葉を喉元より上に出さぬよう気をつけている。
 ホノオがひとり、余計なことを言わぬようにだんまりの奮闘をしているうちに、アルルが話題のパスを次に回す。

「キラロとキララはどうするの?」
「お父さんとお母さんが、長めにはるかぜ広場に居てもいいって言ってくれたんです。ぼくとキララは、もう少しソプラとアルルのお世話になろうかな」
「みなさん、ふちゅつかものでちゅが、うちのお兄ちゃんをどうぞよろしくでちゅ!」
「全く。どんどん口が達者になるな、キララは……」

 キラロとキララは、普段ははるかぜ広場から少し遠い“新緑の森”という場所に家族と暮らしている。時々ソプラとアルルの家に滞在しながら、はるかぜ広場の周辺で過ごすことがあるのだ。
 ――その経緯は少々複雑。昔、2人の父親が体調を酷く崩したことがあり、名医ハピナスのいるはるかぜ広場付近の病院に入院していたのだ。その見舞いのために、キラロの家族は一時期はるかぜ広場の近くに住処を移したことがあり、ソプラとアルルとはその時に親しくなったのだ。その後、父親が無事に回復して元の家に帰ったものの、はるかぜ広場が気に入ったキラロとキララは頻繁に広場を訪れるようになった。
 家族の病気の苦労の名残で、キラロは礼儀正しくしっかり者に。大好きな家族とはるかぜ広場を両立する生活の影響で、キララはのびとびと天真爛漫に。そんな兄妹を、皆は微笑ましく眼差しで見守っていた。

「嬉しいな。いっぱい遊ぼうね!」

 ヴァイスがキラロとキララの頭をなでながら言うと、2人は元気に頷いた。

「さて……ここからが問題だね」

 メルが話題転換をする。まだ話していないのは、ポプリ、スザク、ウォータ、そしてネロ。旅先で出会った仲間たち。――皆、家をなくしている。心配そうな眼差しが飛び交った。

「……ぽ、ポプリたちは、これからどうするの?」

 恐る恐る、セナは聞いてみた。この答え次第では、猶予なくポプリに気持ちを伝えなければならない。そのような覚悟と向き合いながら。

「あたしたちは……ううん、というか、あたしは……」

 まだ3人の中の意見もまとまっていないのであろう。ポプリはあくまでも自分の考えであることを明確にすると話し出した。

「あたし、救助隊やってみたい」
「えっ!?」

 セナたちだけでなく、ポプリと同じ境遇のウォータとスザクまで驚いている。どうやら彼ら2人も初耳のようだ。

「ウチらの目的は、連れ去られた村のみんなを見つけることでしょう? それと救助隊が、どう関係あるのかしら?」

 すかさずスザクがポプリに問い詰める。ポプリは一瞬怯むが、落ち着いて説明した。

「あのね。まず、しばらくはセナくんとホノオくんの側にいた方が良いと思うの。……あたしたちの村を襲ったのは、ゼニガメとヒコザルの2人組――セナくんとホノオくんの偽物だったでしょ? だから、本物の側に入れば、偽物――犯人の手がかりが掴めると思うの」
「それにはオラも納得だ。だども……救助隊をやる理由は何だぁ?」

 ウォータが首を傾げて聞くと、ポプリは得意げに答えた。

「もちろん、あたしたちが強くなるためだよ。村で戦った犯人はすごく強かったから、今のあたしたちのままだとまた負けちゃうよ。だから、救助隊をやって、戦う機会を増やすの。そうすれば、あたしたちもきっと強くなって、犯人にも負けない! ……どうかな?」

 ポプリの必死な説得に、ウォータはすぐに「なるほど、賛成だぁ」と乗っかった。スザクはしばらくポプリの瞳を見定めた後、諦めるようにため息をついた。

「そうね。確かに、敵がまた姿を現すまで何もしないというのは、落ち着かないわね。……いいわ。納得してあげる」

 どこか不遜にも感じられるスザクのこのような物言いこそが、アチャモらしくなくて可愛らしいとポプリは感じている。しかし、“可愛い”と言われることを極度に嫌悪するスザクには、それは秘密にしておいた。ぷくりと膨れる素直じゃない柔らかほっぺをつつき回したい衝動を、どうにか抑えながら。

「やった! じゃあ、これから頑張ろうね。スザク、ウォータ」
「ああ、頑張るだよー!」
「そうね。家探しもね」
「……あ」

 少々浮かれ気味に歓声を上げていたポプリとウォータだが、スザクの現実的な指摘で我に返る。そうだ。そもそも、実家は村ごと破壊され、彼ら3人は家と呼べる住処を失っていたのだ。しばらくセナとホノオと共にガイアを彷徨う身だったため、すっかり忘れていた。

「それなら、アタイにいい考えがあるよ」

 まるでこの話題を待っていたかのように、メルはどこか得意げに切り出した。

「この聖なる森に住むのはどうだい? 家を作るの、手伝ってあげる」
「メルさん、いいのっ!?」
「うん、もちろん! 可愛いご近所さんが増えると、アタイも嬉しいよ」
「やったー! ありがとう、メルさん」

 メルの気さくな答えを聞くと、ポプリとウォータは人懐っこく飛び跳ねて喜んだ。
 セナがホッと表情を弛緩させていたのを、ホノオは見逃さなかった。

「さて。あとはネロ。アンタはこれから、どうするんだい?」

 だんまりで、指名しないといつまでも話を始めないであろうネロに、メルは名指しで問いかけた。

「ん。俺もやる」
「えっ、救助隊を!?」

 確かに戦闘力はマスターランクの救助隊にも勝るネロだが、お世辞にもポケモン救助に興味があるようには見えない。皆の驚きの声が即座に重なったが。

「ん、そっちじゃなくて。スイクンのボディガード」

 低音、無表情。そこに突然のボディガード宣言。
 沈黙、戸惑い。そこに誰かが噴き出した。

「あっ……あはははは!!」

 お腹を抱え、転げまわる者。バンバンと床を叩く者。必死に笑いをかみ殺す者……。メルの家に、一瞬にして笑い声が満たされた。当のネロはきょとんとして状況を見守っている。面白いことを言ったつもりはないらしく、きょろきょろと戸惑っていた。

「ネロ、最高。アンタ最高だよ! 一緒に見回りよろしくね」

 笑い過ぎて出た涙を拭きながら、メルがネロを見て言う。ネロは頭をかき、ほんの少し照れた様子であった。

 ――今日の話をまとめると、集まったメンバーには近々旅立ちの予定があるものはおらず、当分ははるかぜ広場の近くで過ごすつもりのようだ。
 危険な旅の仲間たちとの日常が始まる。新鮮な平穏の始まりに胸を膨らませながら、セナは今日のパーティを楽しんだ。

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