Box.61 神話的災害と同時期に発生する英雄性質とその子供達

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ゴルトとの交渉前、ポケモンには、〝リージョンフォーム〟という別の姿がある、とリマルカは説明した。自然環境に適応し、地方ごとにポケモンが別の姿をとる……進化とはまた別種の分岐。
 ガラル地方では急激な環境の変化に耐えきれず、サニーゴが死滅した。後に霊魂が寄り集まり、ゴーストポケモンとしてサニーゴは種の復活を遂げたという。それらはサニーゴ(ガラルの姿)と呼ばれる。
 霊魂は通常、執着の念が強く、魂の強度が高いほど、明確な実体を持って現実世界へ影響を及ぼす。コーラルはヒナタ――チャンピオンのポケモンだ。並みのサニーゴよりもずっと魂の強度が高い。
 重要なのは、場所。カザアナは、生と死、新旧の歴史、人とポケモンの巨大な交差点。
 生者は血によって縛られ、
 死者は約定によって縛られ、
 ポケモンへと変貌したかつてのひとは約束によって縛られ、
 交差する生死の境は曖昧となる。
 本気で復活が可能であるとゴルトが踏んでいたかは定かではない。だが仮に、サニーゴが本気で復活するならば、引き換えに巨大な厄介ごとが生じることを承知していたはずだ。
 呪術まがいを織り込んだ策謀の推測に、ゴルトは珍しくしばしの沈黙を持った。

『その回答じゃあ、半分正解で、半分不正解ってとこだな』
「ヒナタがあの場所にいたことも知ってただろ」
『そりゃ買いかぶりすぎだぜ。ツキネのペンダントがあったから、生きていることは確信してたがね。――サニーゴが生き返るにしろ、死んだままにしろ、カザアナに連れ込めばなんらかの事態を引き起こすことは予想できた。アカの目的がテセウスの復活だと読めれば、地下とカザアナとを繋げるのは難しくない。誰かは来るだろうと思ったな』
「ちょっと待てよ」
『あン?』
「いま、なんて、言ったんだ」
『なんだ。カイトのやつ、まだ話してなかったか』

 日照りと大雨が同時にホウエン地方を襲ったことがあった。
 数百年前のことではない。冗談みたいだが、ほんの半年ほど前のことだ。その時はホウエンチャンピオンと後の新チャンピオンが協力して事件を解決し、二匹の伝説は再びの深き眠りについた。
 グラードン。大地を盛り上げて大陸を広げたポケモン。カイオーガ。大雨と大波で大地をおおい、海を広げたポケモン。
 相反するこの二匹は、死闘の末に眠りについた。それがホウエン神話だ。
 かつてこれらは〝ただの〟神話だった。

(「さぁ……もしかしたら“ただの”神話じゃなかったの、かもしれない、な」)

 この地方に来てすぐのころ。ヒナタはあの暗闇の中でラチナ神話を語った。

 ――人を燃やし、ポケモンを燃やし、森を燃やし、そのポケモン自身も燃えた。
 ――困り果てたそのポケモンと人々のもとに、ホウオウが現れ告げた。
 ――『地下に潜ればいい。地下深くで、お前の溶岩は冷えて固まる。――後に、それはラチナの大地となる』

(「そもそもヒナタは、此処がどこだか分かってるのか?」)
(「約束の場所だろ?」)

「仮に、テセウスが復活したらどうなるんだ」
『ラチナ全土が火の海だろうな』

 ゴルトは事もなげに語った。伝説の再来を畏れるでもなく、〝現実に起こりうる未来の可能性〟として、彼は認識しているのだ。

「あんたは朱色のフードの奴らの仲間を捕まえたかった。直接リマルカに頼まず、オレを通したのは相手がアイツが来るかもしれなかったからか?」
『ご名答』
「アイツをこっちに引き込むことが目的なら、オレに話した方が得なんじゃないか?」
『どうしてそう思う。お前が納得できる過去とは限らねぇぜ?』
「あんたはオレが自分の意志でアイツを助けたいと思う必要があった。無理矢理やったって、上手くいかないって知ってるんだ。だったらあんたは、上手くやるはずだ。今回は、その掌に乗ってやるよ」

 ぎゅっと拳を握った。自分自身の感情を横に置いて、今はその掌に乗る選択をしよう。
 まだ自分自身の感情なんて分からない。本当は、分かっているのかもしれないが、色々な気持ちがあちらこちらから引っ張ったり、目隠ししたりする中では、それが本心かどうか疑ってしまう。一度決まった心を変えるのは容易ではない。自分と他人と、両方に何か深い裏切りをしてしまったような気持ちになるからだ。
 だから今は、ゴルトの口車に乗ったのだと言い張って、いつか本当になる誓いを口にする。

「ウミは、オレがこっちに引っ張り戻す。どんな手段を使っても」
『ほう』
「ただし都合のいいようには動く気はないね。あんたの〝嫌いな〟リアンの望むようには、だ」

 ニヤリとリクは嗤った。意趣返しの含まれた言葉に、ゴルトは少し黙ったかと思うと、ゲラゲラと笑い出した。

「よく知ってるじゃねぇの。そ~だ、しっかり頼むぜ、リク」





 扉の外の乱闘が激しさを増していたこともあり、リマルカは加勢のためと言い残して部屋を出た。リクに気を遣ったのである。部屋に残っていたゴーストポケモン達はヤレヤレといった様子でついていき、室内にはトドグラーとリク、そしてポケナビだけが残る。
 ゴルトは話し出した。

 ――ウミの父親は、アクア団の研究者だった。
 ウミはアチャモを助ける為、父の情報をマグマ団に売った。彼は賢かった。父親が息子に話した情報の断片や普段のメール、電話口でのやりとり、本人が見聞きした事柄。そういったものから父が関わっている内情を推察し、話した。それは驚くほどに的を得たものだった。皮肉なことにその行為は、彼自身の利用価値をも証明した。
 後にウミは、父親がアクア団にいられなくなったことを知る。
 居場所を失った彼は選択を迫られた。アチャモを連れて逃げるか、このままマグマ団に残るか。(「どうして逃げなかったんだ?」)(「どこへ? 自分が売っぱらった父親の元へか? そりゃあ愉しそうだ」ゴルトはニヤニヤとした口調だった。悲壮感はない。不意に、この男は自身の親を売ったことがあるのではないかとリクは思った)
 警察には駆け込めない。表向きマグマ団は自然保護団体を名乗っていたが、薄暗いことにも手を染めていた。その仲間であった自分が許されるとはウミには思えなかったし、シャモにその手伝いをさせている事実にも吐き気がした。

 果たして自身のあやまちを自覚しながら、正直に話す勇気を持てる人間がいくらいるだろうか?

 父親は一人でラチナ地方に帰ったと知った。期待があったわけではないが、かすかに、未練はあったのだと理解する。努めて考えないようにしている内に、迎えが来るかもしれないという考えは浮かばなくなっていった。(「ちっと調べたが、父親はミズゾコのジムリーダーを目の敵にしてたらしい。息子に期待をかけたってわけだ。クク、あの万年海底引きこもり男がジムリーダーじゃあ、納得できないのも、さもありなんってとこだが」)(「……」)(「何か言いたげだな?」)(「別に」)
 父親の記憶を沈めることができても、何度も、リクとリーシャンの姿は浮かび上がってきた。
 別の炎ポケモンを育て、シャモだけでも返すことを考える。手放せなかった。あの洞窟以前の自分を知り、今の自分を知り、それでもそばにいてくれるシャモを失うことが恐ろしい。父親は迎えに来ない。誰も迎えになど来ない。助かるために肉親を売った自分に価値はあるのだろうか。
 いまのままでは、リーシャンを迎えになど行けない。しかし迎えに行かない自分は、捨てた父親と同じなのだ。
 マグマ団の幹部の下で過ごす内に、尊敬に近い感情を〝ホムラ〟という男へ覚える。ここから逃げ出さなければと思う気持ちとは裏腹に、めきめきとシャモは強くなり、ワカシャモへと進化するころには褒められることも多くなった。マグマ団での居場所に縋る気持ちと、自分が裏切った父親の言葉の間で揺れる――マグマ団は、悪の組織だ。
 バシャーモへと進化したころ、マグマ団に立ちはだかる子供の噂を耳にする。ヒーローを夢見ていた友達を思い出し、気にかかった。出会った彼は、会いたい相手ではなかったが、忘れられない目をしていた。
 深緑のような輝きのジュカインに迷いはなく、相対するほどに自身の間違いを突きつけられているような気がした。彼は強かった。今まで戦った、誰よりも。(「タイプ相性は……」)(「有利だが、あいにくとジュカインとトレーナーが鬼のように強いな。末恐ろしいガキどもだぜ」)

 そして、少年は英雄となった。

 マグマ団の崩壊とともに混乱する隊員の中、白髪の男に助けられる。男はアカと名乗り、ウミの――〝ホムラ〟の新しい居場所となった。返さなければと思っていたバシャーモを指し、彼は言った。
 ――君はアチャモを助けたんじゃない。〝奪った〟んだ。
 10歳の誕生日を迎える。ホウエン地方を去り、ラチナ地方へと。現在に近づいていく。リクとリーシャンのトラックを襲った地震。ナギサと同時期に火の海に落ちたミズゾコ。悲鳴。叫喚。罵声。苦痛。火の手が上がる。アカの指示でゴートへと潜り込む。白く細い、ツキネの手が目の前に迫ってくる。
 記憶はそこで終わりだ。ゴルトが訊いた。

『バシャーモとは会えたか?』
「ウミを選んだよ」

 細く長く息を吐く。

「……あいつ、会いに来たら良かったんだ」

 呟いた。そんなこと無理だなんて知っていた。いつだって会いに行くのは自分だった。ウミは面倒そうな、厄介そうな顔をしながらも、リーシャンと待っていた。
 マグマ団だとか、アクア団だとか、裏切ったとか、裏切らないとか、そんなことはどうでもいい。
 〝助けてくれ〟と、ただその一言さえあれば、どこへでも、どこまででも追いかけた。

『〝どんな手段を使っても引き戻す〟だったか。どうするつもりだ?』

 リクは目をきつく瞑った。
 ジョウトやカントーには、10歳で旅に出て、そしてチャンピオンにまで上り詰めた少年がいる。彼らは天才だった。ヒナタもまた天才と呼ばれる部類の人間であろう。そしてリマルカも。
 それでも出来ない事はある。
 守れなかったものだってあるし、叶わない願いだってある。届かないものがあるのは彼らも同じだ。
 トレーナーの頂点。
 地方を守る要。
 遠い背中のジムリーダー達。手の届かない同年代。
 しかしそこに無敵のヒーローの姿はなく、伝説はなく、粛々と転がるのは現実だった。
 一度壊れたものは決して元には戻らないし、失われた信頼は返ってこないし、そうでないとまた傷ついてしまう。
 そう、分かっているのに。

 それでも、

(「自分に嫌われない選択が一番だよ、リク君」)

「……オレはウミとバトルを、する」
『勝てると思ってんのか? だとしたら大笑いだな』
「舐めるなよ。オレはあいつと意地でも引き分けに持ち込んだ男だ」

 ゴルトが爆笑した。馬鹿馬鹿しいことを言ったと分かっているが、それ以外に思い浮かばなかった。今更何を話せばいいのかなんて分からないし、ここまできたウミの覚悟を思えば、言葉一つで心変わりするとも思えない。
 だったらバトルするしかない。かつて彼を引き止めたときと同じように。
 ひぃひぃと呼吸困難になりながら、ばぁか、とゴルトが言い放った。

『勝つって言えよクソガキ。ようやく回ってきたヒーロー役だろうが』





 トドグラーが扉の前でうごうごしていた。外はいつの間にか静かになっている。扉の外に出たそうな素振りをしつつも、ぺったりと張りつくだけで出ようとはしない。扉には〝開けるな〟という走り書きが、リマルカで貼ってあった。
 予想するに――自分を守るために残ったはいいものの、なにやら難しい話を真剣にしているし、暇で暇で仕方なく、外の方が楽しそうで加勢に行きたかったが怒られた、といった具合だ。

「終わったよ、タマ」
「ウォ!」

 ドアノブを回すが、回らない。がっちりと固まっている。拳で叩いて終わったと叫ぶとようやく開いた。開いたのはヨマワルで、腕組みをしたカイトがド真ん前に立っていた。扉を背に守るようにリマルカが立っており、彼はホッと息を吐いた。

「終わった?」
「終わった」
「そうか。ならば我々に協力するか否か、答えろ」
「は?」
「ウォ?」

 腕組みをしたまま、カイトは無表情にこちらを見下ろしている。慌ててリマルカが割って入る。

「カイトさん。リクも疲れてますし明日にしましょう」
「ゴルトとの話は終わったんだろう。だったらここで決めろ」
「そんなすぐに決められる問題じゃありません」

 ジロリとカイトがリマルカを睥睨した。

「私は彼と話している。君ではない」
「……リク」
「大丈夫だ、リマルカ。――オレに、ウミとバトルをさせてください」
「駄目だ」

 カイトが即答し、沈黙が落ちた。ウォー! とトドグラーが鳴く。

「誰がケチだ」
「今タマちゃんと会話しました?」
「ウォウォ!」
「なんで駄目なんですか」
「こちらの質問が先だ。協力の意思はあるか?」
「な――むぐ」
「あります。そうだよね、リク?」

 リマルカが口を塞ぎ、耳打ちする。「協力するにしろしないにしろ、バトルしたいなら頷かないと駄目だ」リマルカの手を引き下げ、「……あります」と答える。カイトの眉間の皺が深くなった。歓迎されていない雰囲気だ。リアンとカイトで意見が違うのかもしれない。
 カイトはウォウォと抗議を重ねるトドグラーに、腰もとからピンク色のモンスターボールを取り出した。片手でスイッチを入れると大きくなったヒールボールに、トドグラーの視線が釘付けになる。ポンとトドグラーの鼻先に押しつけた。

「分かった、上にはそのように報告しておこう。協力感謝する」

 トドグラーはヒールボールを鼻先で夢中で回している。トドグラーの習性を利用した見事なあしらいだった。「仕事に戻れ、モクロー」と言って踵を返す。背後で羽音とゴーストポケモン達のどよめく声がする。リクとリマルカが慌ててカイトの服の裾を引っ掴んだ。まだ何か、と言いたげな瞳が振り返る。

「なんで駄目なんですか」
「危険だからだ」

 返答は的確で、それ以上でも以下でもない。ようやく捕まえた捕虜とそのポケモン。朱色の外套集団のやってきた事を振り返れば警戒するのは当然だ。リマルカが言葉を探すように視線を彷徨わせ、リクはますます強くカイトの服を握りしめて噛みついた。

「そんなこと分かってる! けどそうしないと、オレはあいつを引き戻せないんです」
「私が言ったのは、〝君が〟危険だという意味ではない。リスクを承知で強行したとして、被疑者が逃げたら、君はどうする?」
「あいつが逃げるわけない!」
「可能性の話だ」
「だったら、その時は――」

 リクはカイトを睨みあげた。

「地の果てまで追いかけて、オレが捕まえる」
「君が、か」
「そうです」

 険しい視線が下がった。見下ろされるリクの細い二本の足。汚れきった紐靴。手の傷は包帯が巻かれたままだ。痛みはもうなかったが、まだ巻いていた。カイトの口が再び開かれる瞬間を、リマルカも、リクも、注視していた。

「君だけでは無理だな。力不足だ」

 どこかで聞いたような言葉に、リクの全身がざわついた。

「な……っ」
「そして、これ以上問答するつもりもない」

 カイトが力任せにリクとリマルカを引き剥がす。待てよ、と言い募ろうとするリクを、今度はリマルカが制した。

「リク〝だけ〟では無理、なんですね?」

 去りかけた足が止まった。カイトが横目でこちらを見る。その時、背後でバッと強く引き裂く音がして、リク達も振り返った。モクローを取り押さえていたゲンガーの胴体がぱっくり割れていた。リーフブレードだと認識した瞬間、拘束が緩んだモクローが上体を深く沈ませ、弾丸のようにリクへと跳躍した。目を見張ったリクの頭部に体当たりを喰らわせる。

「ぐっ!?」

 目の前に星が踊った。いくらか羽根の毟られた跡のあるモクローは、上体が崩れたリクの頭に着地した。強く尻餅をついたリクの頭部をかぎ爪が食い込む。「いででででっ!」モクローの表情に変化はないが、幾ばくかの怨念は籠もっていそうだった。

「明日以降、また連絡する。それまでは自由に過ごして構わない。ただし、次にモクローを勝手に外す事があれば、こちらも相応の対処をとらせてもらう」
「ノーコメントは肯定ととりますよ」
「――それも自由だ。失礼する」

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