37.絶望打ち砕く水手裏剣

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「何か……非常に嫌な予感がする! 退けフーディン!」
 キースは真っ先に、フーディンの交代を実行した。『テレポート』が使えるこのポケモンは、言うまでもなく彼の要であり、ここで失う訳にはいかない。
 いやしかし、それ以上に。二人に立ちはだかる、見慣れぬポケモン二体は。もはや今までの、タイプ:ヌルやゲノセクトと、同じポケモンとは思えなかった。故に、戦闘面のエースでなければ、太刀打ちすら出来ない。キースの戦闘での経験と直感が、そう告げていた。
「右に同じくだ!」
 ズガドーンの撤退命令をしかけた、レミントンに。オーラを纏い輝く神竜は、今に咆哮する。
「させない。ネクロズマ『りゅうの』――」
 口走った彼女の命令に、ネクロズマは従わなかった。最終兵器すら壊す勢いで、ズガドーンに闇を内包した、光の柱が襲いかかる。激しい閃光は、トレーナー諸共焼き焦がす勢いで、次第に泡沫と化していく。本来の姿となっての『フォトンゲイザー』は、あまりにも惨い、廃工場での意趣返しを果たしたのである。
 立ち上がる余力すらない彼は、主人のレミントンを見て、久しぶりに苦く笑ってから、はたと意識が途絶える。
「クソっ、すまない相棒。しかし、ネクロズマだと? 私の知る姿とは、あまりに違いすぎるだろ……」
「“かがやき様”と呼ばれた、アローラの神を知っているか? コイツこそが、アローラのポケモンに、Zワザを可能にしたオーラの根源。エーテルの情報を元に、我々の技術で可能な限りのパーツを造った、本来のネクロズマだ」
 コードネーム:レミントンは、敢えて解説をした余裕綽々のハイドに、憤ってはいたが。しかし、上司リラのまとめた“スペースノイド”の証言を、思い出していた。ソルガレオを取り込み、別世界で完全復活したという、その壮絶な戦いについてを。
 神とすら称された者と、チャンピオンですらない二人は、渡り合わなくてはいけない。そればかりか、難敵はもう一体。破壊の遺伝子・ミュウツー。未だ、ミュウツーの方は動く様子は見せていない。
「……頼むぞ、ボーマンダ」
 キースからは、再びエースのボーマンダ。メガシンカを早々に切り、翼は赤い三日月状に広がる。相手はあまりに未知数であり、あのボーマンダですら、かつてない苦い炯眼を向ける。
 マギアナという新戦力が、彼には控えてはいるものの。あの『フルールカノン』が今に撃てるかは、怪しい。そしてこれ以上の最悪すら想定すれば、今は場に出せない。
「やるっきゃねえ……本当はイベルタル用だったが。マジで頼むぞ、“真打ち”!」
 投げられたのは、プレシャスボール。ボールの種に、エスは気がついていた。これが、元上司の申請していた、“特殊戦闘官”の一体であるという事に。
『さっきから煩いわ、小娘が。早くワシに任せんかい!』
 隣にいた青年は驚く。あのネイティオと同様に、人語を操り、理解するポケモンが現れたからであった。赤い体には、リング状に連結するアームがやたらと目立つ。
「ボルケニオンか。近年、全く姿を目にしないと思っていたが、国際警察の犬に成り下がっていたとはな」
 ポケモンの種族をピタリと言い当てたハイドに、ボルケニオンは憤る。主に、後半の部分に対してである。
 幻のポケモン、ボルケニオン。緊急時には国際警察に協力する、いわゆるズガドーンと同じく、特殊戦闘官。
「エス、アイツがお前の報告にあった、特殊戦闘官で間違いないか?」
「多分そう。コードネーム:Volcano。他には、知る限りスイクンとGaiaって名前が、候補に居たけれど。そこまで一人の捜査官に、リソースを割くとは思えない」
 冷静に敵の手持ちを分析する、武器商人一族の二人。今になって彼女の存在が、国際警察側には膿となってきている。彼女の推察は正しく、その他の準伝説にあたるような戦力を、レミントンは借りていない。時間と共に、レミントン達には焦燥が込み上げてくる。
「仕掛けるぞ、ボーマンダ!」
「続け、ボケルニオン!」
『こんのぉクソガキ、ワシは“ボルケニオン”じゃい!』
 飛び立ち奇襲を仕掛ける、メガボーマンダ。狙いはミュウツー。後に続くは、蒸気に優れた幻のポケモン。
「『げきりん』を叩き込め!」
「『オーバーヒート』!!」
 ミュウツーは、動かない。迫り来る風音や気配など捨ておいて、瞑想するかの如くじっと目を閉じている。
 二体が目と鼻の先に現れた、その時。見据えていたはずのミュウツーが、姿を眩ませる。『オーバーヒート』の広範囲攻撃すら、悠々とくぐり抜けて。
「『サイコブレイク』」
 低い男の声が宣言した途端。メガボーマンダには円盤状のものが、刺さっていた。緩やかに墜落すると、時間差にて内部から爆発するように、体が不気味な音にて沸き立つ。
 当然、ボーマンダは再起不能であった。攻撃の終始を見届けたトレーナーは、愕然とする。

「馬鹿な……速すぎて、何も見えないだなんて」

 圧倒的な火力を放つ、ウルトラネクロズマ。肉眼にすら映らない速度で、相手を仕留めるメガミュウツーY。トレーナーとして判るのは、越えられない種族の生まれついての能力差であった。
「判っただろう。これが伝説、生まれながらにして祝福を確約された者達だ。投了なら、早い方がいい。命があるうちにな」
 勝ち誇っているというのに、彼は全く表情を変えない。むしろ鉄面皮を極め、ある意味同族のミュウツーを見る。
「考えろ、何か策を……でもあんな相手に、どうやって近づくんだ……」
 ここまで、冷静な参謀で有り得た彼を、伝説が形成す二体は、易易と崩壊させてしまう。生憎、共に見ていたレミントンすら、普段の軽口は叩けない。それ程までに、この二体は圧倒的過ぎたのだ。

『ええい、縮こまるな人間共! あのクソったれな“鳥”の気配がするわい。こんなところで、くたばってる場合じゃなかろうが!』

 檄を飛ばした、コードネーム:Volcanoこと、ボルケニオン。苦虫を噛んだまま、二人は最大の壁へと向き直る。辺りは濃霧。ボルケニオンが憤りながら出した蒸気が充満する。
 気は重たくとも、男は頷く。やれる事をやるしかない。当たり前の認識が、今の二人には最も必要だった。
「出来るだけ、ボルケニオンを補助する。その後は、さっき言った作戦をやるしかない。全力でサポートする!」
「それしかないわな。このレミントンのコードネームの私に、火をつけたことを、まとめて後悔させてやらぁ!」
 果てしない絶望は、二人の人間にやけっぱちの意欲を与えた。また、憎しみの連鎖である因縁への怒りを、再び煮え滾らせる。
「嘘、何で諦めないの」
 エスはぼそりと呟く。ある意味恐怖すら抱いた、そんな目でただの人間である二人を見ていた。
「……まだ立ち上がるのか。何度来ても同じこと」
 もはやトレーナーを必要としない、ネクロズマ。単身でボルケニオンを狙う。黒かった頃とは違い、光溢れる全身から『プリズムレーザー』を放つ。飛び立ちながら、光線を放ち続ける姿は、空母かと錯覚するほど。
「頼むギルガルド『ワイドガード』!」
 狙われた、ボルケニオンを守る障壁が間一髪で展開。『ワイドガード』は全体攻撃を常に防ぐ。あまりに広範囲のビームは、『ワイドガード』の効果が発動していた。ギルガルドによって、ネクロズマには一瞬の隙が生じる。
「だが、そいつにかかりきりで良いのか?」
 無論、それをカバーしなくてはタッグバトルではない。音速を超えたメガミュウツーは、幾許もなくボルケニオンへと迫り寄る。再び装填された『サイコブレイク』。両名は、完全にボルケニオン一点集中の攻撃を見せる。
「そこだ、『スチームバースト』!」
 言うまでもなく、そのわざを喰らう前に。ミュウツーは、目標を仕留めきるつもりでいた。しかし――『サイコブレイク』は宙を掠めて、ミアレ市街へと消えていく。
『しゃらくせぇ小僧共、喰らいやがれ!』
 驚く間もなく、襲い来るのは一際熱い蒸気の渦。たちまちミュウツーは焼き蒸され、火傷を負っていた。ようやく膝をつく人造ポケモンに、ボルケニオンはしたり顔で見下げる。
「何だ。『みがわり』ではあるまい。いや、この濃霧……そういうことか」
 「一枚取られた」と、背の高い長兄は呟く。辺りの分厚い水蒸気は、ボルケニオンの幻影を産み、姿を巧妙に隠していた。こうしてこの種族は、人の目から逃れていたのだから。妖狐にも似た生態を持つことを、ハイドは思い出していたのである。
 ミュウツーの方は削れた。しかし、ネクロズマはまだ万全そのもの。『ワイドガード』を認識してからというもの、再び『フォトンゲイザー』で、今度は厄介なギルガルドを狙う。
「『キングシールド』……レミントン!」
 ならばと今度は、単体攻撃を全て弾く、『キングシールド』。しかし、『ワイドガード』と違うのは、連続使用は出来ないという点。つまり、勝負の決め時は迫っている。
「おう、決めろボルケニオン!」
『チッ、何故ワシがこんなわざを……まあいいわい!』
 力を貯めるボルケニオンに、今度こそと躍起になるミュウツーは襲いかかる。俊敏な『サイコキネシス』が、どっしりと構えた肉体を捉えた。
 このまま力を込め続ければ、ボルケニオンはネクロズマの餌食になる。そう考えていた。だが、その“わざの兆候”を見た瞬間に、ミュウツーは『サイコキネシス』を手放す。
『おどれら逃がさんわ、おらぁ!!』
 刹那、離脱に動いたミュウツーを、ボルケニオンのアームが捕らえていた。瞬く間に起こる『だいばくはつ』。ギルガルドを除き、場にいる全てのポケモンへと絶大なダメージを与える。
 足場すら吹き飛びそうな風圧に、トレーナーは全員、顔や頭を腕で覆っていた。
「……何だと」
 初めて驚きを見せる、鉄仮面の長兄。それもそのはず、彼が誇っていたあのメガミュウツーYが、戦闘不能になっていたからである。
 ネクロズマはまだ戦える状況であるが、それにしても“伝説”でなく、“幻”であるボルケニオン程度に屈するとは、彼は思いもよらなかったのだろう。
『はは……ざまあないわ』
 勿論、『だいばくはつ』の代償は重い。あれだけ勇猛に渡り合ったボルケニオンは、ここで退場となる。
「サンキュー、コードネーム:Volcano。お前の勇姿、うんざりするほど語り歩いてやんよ」
『当たり前じゃい。お前達も……なかなか、悪くなかったぞ。人間のガキ共』
 掠れた声で、最後までボルケニオンは、憎まれ口を叩く。微笑んだレミントンに、ボールへと戻され労われていく。
「でも兄さん、別にそれほど不利じゃないわ」
「判っている。ボルケニオンを失った今、アイツらにネクロズマを打破すること等、出来やしない」
 そう、状況は改善しつつも、依然として劣勢下最悪のまま。完全体となったネクロズマは、ボルケニオン渾身の『だいばくはつ』すら、致命傷には、なっていないのだ。
 守りにしか徹せないギルガルドに、レミントンの手持ちは残り二体のみ。爆煙漂うからっ風に、彼女はニヒルに笑っていた。

「お前の言う事は正しいよ、ハイド・イーストン。それは一人だったら、の話だが。この国際警察のコードネーム:レミントンと!」
 彼女は、燃え上がるフレアの意思にて、眼帯を引っ張る。
「“怪盗レイス”ことキース・アンドールフィが!」
 そして、彼はネクタイを締めて相手に微笑む。
「「お前達をぶっ倒す!」」
 高らかなシンクロ。そして投擲されるは、彼女が信頼するバシャーモ。胸ポケットのメガストーンは、七色の光を放って、たちまち姿をメガバシャーモへと進化させる。
「何とも、愚かだ。無駄な足掻きは無駄でしかない」
 冷ややかに呆れるハイドに対し、これまで再三と二人を見てきた、妹のエスはそうではなかった。もしや、この二人ならば、何かをしてのけるのではないか。そんな僅かな期待と不安が入り交じる、複雑な心境でネクロズマを見ていたのだ。
「頼むぞギルガルド、『かげうち』」
 影を手繰る先制攻撃が、ネクロズマに迫る。眩い光を放出しながら羽ばたく神竜は、『あくのはどう』で再びギルガルドを狙う。
 ブレードフォルムになったギルガルドに、それを躱す術など皆無である。“ブレインフォース”の効果により、『あくのはどう』は、見る者全てを脅かす禍々しさに膨れ上がっていた。
「『まもる』、急げバシャーモ!!」
 だが、『かげうち』にて無防備になったギルガルドを庇うのは、メガバシャーモ。ギルガルドはあまりの威力に、完全には無事ではなかったものの。
 鋭い『かげうち』はネクロズマの翼を抉り、バシャーモはさらに“かそく”していく。
「何だ……いい加減にしろ。遅延なんて無駄だと――」
「うるせーぞマネキン男! シャモ『ビルドアップ』!出来る限り続けろ!」
 ぴしゃりと彼女は跳ね除けて、代わりにメガバシャーモへの指示は、ひたすらに攻撃と防御の強化。ネクロズマが怪訝に思ってか、バシャーモを注視し始めた。『フォトンゲイザー』を装填するが、再び立ちはだかるは盾の騎士。
「『キングシールド』」
 同じ要領で、ギルガルドはバシャーモを庇っていた。互いが互いを庇い合い、『まもる』と『キングシールド』を交互に繰り出す。全体攻撃には『ワイドガード』が抑制する。突破力はないが、ほぼ完全な防衛体制が整っていたのである。
 バシャーモの『ビルドアップ』は3回を超えていた。重ねに重ねた“かそく”は、凄まじい移動速度を生んでいる。
「準備はできたか? ならば、その自慢のメガバシャーモで、コイツとやり合うがいい。そして玉砕しろ」
 ネクロズマを見上げるバシャーモ。自慢の膝を高く上げ、トレーナーの彼女にふと振り返る。「準備はできている」そう確認するように。対し、笑った眼帯の彼女が、高らかに宣言した。

「そうさせてもらうぜ、バシャーモ――『バトンタッチ』!!」

 顔のよく似た兄妹は、二人共に呆気に取られる。今まで、彼女は攻勢の一点のみを見せてきた。怪盗の男が補助であり、火力は彼女が担うと。そう二人とも信じ込んでいたから。
 引き継ぎ先は、先鋒だったガオガエン。バシャーモの上がりに上がったステータスを引き継ぎ、燦然と飛びかかる。刹那に光る、腹部の炎に、Zクリスタル。

「今宵のヒールは、アイツらだ! 決めてやりなガオガエン、『ハイパーダーククラッシャー』!!」

 単身ネクロズマへと飛びかかる、熱きダークヒーロー。『DDラリアット』を元にしたこのZワザは、リングに首根っこを叩きつけるが如く、容赦なくネクロズマを足蹴りにし、引きずり回し、撃墜する。
 効果は抜群。そして、ガオガエンの出せる最大火力による一撃。起き上がれるはずがない。だが――生憎、ネクロズマは普通のポケモンではない。ガオガエン渾身のZワザは、ネクロズマを地に落とすまでは、善戦していた。
「手痛い一撃だった。実に派手で、渾身であったのだろう。しかし、コイツは倒れない。光ある限り、お前達を絶望させる」
 豪快に着地して、彼らを悪い笑顔で見る、ガオガエン。トレーナーの彼女は悠々と笑って見せる。

「はーん? まさか、今ので終わりだとでも?」

 虚をつかれたのは、ハイドだけではなく、ネクロズマ当人もであった。翼を引きずるネクロズマに、とある影が見えた。
 始めは小さな球体で、それは上空で段々と本来の姿を晒していく。

「そう、カロス地方の主役――“怪盗レイス”である僕らを忘れるなんてね!」

 「いけ」と、声を上げるキース。ガオガエンが、途中に宙へと解放した、モンスターボールは――その正体を現す。
 既にシールドに見紛うほど、今までずっと隠れて準備していたであろう。巨大に生成された“みずしゅりけん”を携え、ゲッコウガが迫っていた。

「『みずしゅりけん』!!」

 その時、ネクロズマは飛び立った。体力の限界と生命本能の告げる恐怖。後者が僅かに勝ったのだ。しかし、果敢に飛びかかるゲッコウガ。長い舌は首を巻き取り、そのまま藻掻くネクロズマを、地面へと磔にしてしまう。
 凄まじい閃光が散ったのちに、ウルトラネクロズマは、完全に動きを止めたのである。
 あれほどに猛威を奮った神竜は、最後に鳴き叫ぶ。眩い光がネクロズマから解放されていくと、虹色のプリズムが内包された、長方形のクリスタルへ、ネクロズマは還っていく。フィールドに残ったのは、ただの結晶体であった。

「う、嘘っ!? ネクロズマすら、倒した、ほ、本当に」
 彼女は、エスは。泣き崩れそうな驚きを上げていた。隣の兄ですら、この事態には静かに瞬きするばかり。
「これが、人間か」


 因縁から始まったタッグバトルは、二人の人間、そして、ポケモン達の厚い信頼により。見事、二枚の絶望を打ち砕いて見せたのである。

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