36.火蓋は切って落とされる

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ミアレシティの上空、禍々しい百合の花へと繋がる、幾つかの中継地点。報道局や警察のヘリコプターはバタバタと喧騒を増し、街を包むのは来たる暗澹と耳を劈く警報。
 生まれ変わった“最終兵器”の前にて、キース達は因縁と対峙していた。

「エス、サポートを頼む」
 頷く黒髪の彼女。コードネーム:レミントンが知る姿に近しいが、今の彼女は敵の一派。エスター・イーストンその人に違いない。
 先ほど先手を打ったゲノセクトに加え、ハイドの手から、場に新たにポケモンが追加される。エーテル財団にて、生み出された新種のポケモン。タイプ:ヌル。事態はここに来て、タッグバトルの様相を見せ始める。
「ったく、面倒な兄妹だ。おい怪盗! さっさと片して、アイツらぶん殴ろうぜ!!」
「気持ちは汲んでやるが、暴力沙汰はごめん被るからな」
 相方に言葉を投げつけながらも、二人は慣れた戦闘へと構えを見せる。キースからは、後方にいたボーマンダが続投。レミントンからは、ガオガエンが場に出現した。
 どちらも特性“いかく”にて、場にプレッシャーを与える。しかしボーマンダとガオガエンは、互いに隣の相手を認めたように、鼻を鳴らす。背中を預けて良いと、そう判断したのだろう。
「先手必勝! 『ブレイズキック』でレーザー昆虫だ!」
「ボーマンダ、僕らはカバーするぞ」
 威勢のいい指示を聞き、ゲノセクトへと距離を詰めるガオガエン。不思議と、二人の指示を聞いたのにも関わらず、兄妹は何も攻撃や回避を命じない。妙だと、後方に控えたボーマンダとキースは思う。
 高速で飛行するゲノセクト。発射口を傾け、ガオガエンに狙いを定めるが。それを許さないのは、キースのボーマンダ。
「『ハイパーボイス』!」
 ダブルバトルでは脅威となる、全体攻撃の音わざ。メガシンカなしの為、特性“スカイスキン”は発動しない。だが、ゲノセクトの動きを一瞬止めるには十分。そのはずであった。
 ガオガエン渾身の『ブレイズキック』がゲノセクトを襲う、その時。
「『サイドチェンジ』……!?」
 瞬間、ゲノセクトは、タイプ:ヌルと場所を入れ替える。まるで、予測されたかのような、完璧な連携。“カブトアーマー”を持つ人造ポケモンは、鉄のように硬い。ガオガエンの健脚が刺さったまま、強引に攻撃体制へと移る。
「ヌル、『こごえるかぜ』」
 後方のボーマンダ諸共襲いかかる、冷たい風。ガオガエンらの素早さを削ぐばかりか、ボーマンダには手痛い一撃となる、こおりタイプの攻撃。
「退け、嫌な予感がする!」
 叫んだのは、前を張っていたレミントン。ガオガエンは、ボーマンダと同程度の距離を保とうとするが、時すでに遅し。
 『テクノバスター』。それも、アクアカセットによる、みずタイプの一撃。『ハイドロポンプ』に引けも取らぬ破壊砲が、後退間際のガオガエンを撃ち抜いた。敏捷が下がっていたのが響いている。一度倒れるが、まだ闘志は燃やすガオガエン。上から見下ろすのは、ゲノセクト。
「くっ、『すてゼリフ』……」
 レミントンが命じたのは、相手の攻撃特攻を下げる、交代わざ。悔しそうに、無機質なゲノセクトを睨み、ガオガエンはボールへと戻った。
「疑問が確信に変わった。“テレパシー細胞”……お前の隣の妹のみが、先ほどからずっと指示を出さないのは、そういうことだな?」
「ほう。怪盗としてのお膳立てが、ほとんど要らなかっただけはあるな」
 戦闘が始まってから、依然としてエスはゲノセクトにも、指示を出すことはなかった。ゲノセクトへの直接的な脳内指示。そればかりか、こちらの戦略を先読みしての、最善なタイミングで『サイドチェンジ』の使用。まさしくテレパシーを使いこなす彼女は、スパイに送る人材として優秀過ぎた。
「てことは、やべーじゃん。しかし、そんな便利能力にしては、シークのことは知らなかったようだが?」
「コードネーム:シークか。俺が知る限りでは、実家が関わるメタモンだろう。お前達こそ、不意打ちをするなら、おあつらえ向きではないのか?」
 双方、心理的揺さぶりを掛けてみる。しかし、エスはともかく、代表・ハイドは今まで会った一族の誰よりも、強固な鉄仮面を見せる。
 ガオガエンに代わる戦力を、選ぶレミントンは、一方で考えていた。妹であった、あの怪盗の助手を見逃したのはともかく。コードネーム:シークの正体は、彼らにとっては血眼になってでも、欲しい情報ではないのか。つまり、どこまでかは知らないが、あのテレパシー能力には、限界があるのだ。
「……どうする、カロスの知略溢れる怪盗さんよ」
「一つ、考えていたことがある。荒唐無稽だが、やるしかないからな」
 そう告げた彼は、何故か自分の持つモンスターボールを、一つ。彼女に渡す。しかし、作戦は告げずに「持っておけ」とだけ言った。まずはテレパシーの傍受を止める、そう言いたいのだろう。
「下がれ、ボーマンダ。あのテレパシー女は、僕が何とかする。君は持ち前のハッピートリガーを、十二分に活かすがいい」
 彼はボーマンダを軽く労うと、ボールへと戻す。何となくだが、あのボーマンダとの距離は、『禁書』の事件よりも近いように。レミントンには見えていた。
「るせーぞ、モサ髪キザ野郎! 頼むぜファイアロー!」
「モサ髪……この髪型、毎日きちんとセットしてるんだからな!?」
 戦場へと颯爽と響く、甲高い鳴き声。青年の喚きをかき消すようである。その隣には、キースのクレッフィ。サポートが得意な、フェアリータイプの小さな鍵束である。
 身構えるゲノセクトに、タイプ:ヌル。全集中するかのように、エスは頑なに言葉は発さずに、目を閉じている。
「決めてやれ、『ねっぷう』!」
 特性“はやてのつばさ”は、体力が全快の限り、全てが先制攻撃となる。だが、その特性は相手もよく知るというもの。ゲノセクトは、今度は『でんこうせっか』にて、その翼を折りに来襲する。
「クレッフィ、『トリック』!」
 だが、先制できるのは、ゲノセクトとファイアローのみではない。真っ先に動いたのは、クレッフィ。その攻撃対象は、後方のタイプ:ヌル。更にその後ろであった。
「何……痛っ!?」
 久しぶりに声を出す、ハイドの補佐を任された彼女。クレッフィが実際に『トリック』をしたのは、エスだった。渡した“くっつきバリ”が、怪我をした彼女の集中を阻害していた。トレーナーに準じるように、あれほど正確だった、ゲノセクトの動きに隙が生じ始めていたのである。
「今だ、狙えレミントン!」
「わーってる、アロー!」
 レミントンが指を力強く押し出す。理解したファイアローの甲高い声が、勇ましく彼らにも届いていた。『ねっぷう』からは咄嗟に体制を変え、疾風すら犠牲にする『フレアドライブ』が、ゲノセクトを叩き落とす。
 タイプ:ヌルの支援は間に合わず、身体を炎に包まれたゲノセクトは戦闘不能であった。彼女も、完全に墜落しきる前に、ボールへと戻す。
「怪我をしたのか。やはり、何とも不完全な“テレパシー”だな」
「いっ、兄さんに分かる訳ないわ。誰かの精神を傍受し続ける苦痛なんて、知らない癖に……」
 エスと呼ばれる彼女は、何とも疲労する様子を見せる。クレッフィが与えた“くっつきバリ”は、かすり傷であるが、この彼女の反応では、指を深く切った程度がおそらく順当である。
 エンパスと呼ばれる人々は、他人の感情をも受信するが、代わりに匂いや光、そして痛み。それらにも全て敏感になる。故に、強い刺激には耐えられない。兄妹の中でも、特に適合した“テレパシー細胞”を持つ彼女は、その功罪を一身に背負っていたのである。しかし、そのエスであっても、完全に人間でない者の思考は読めない。ゲノセクトに一方的なテレパシーは通せても、ゲノセクト側からの受信が出来ないのである。
「君は彼女の姉であるらしいが、イーラとは正反対のようだ。テレパシーを使える代わりに、極度の過敏体質とみた」
 怪盗の男を見る、エス。顔はよく知っていた助手の彼女に似ており、若干の動揺をキースは感じていた。エスは少し髪を掻くと、彼の目を見て話し始める。
「……妹を助けるって、言ってたでしょ」
「そうだが、何か問題でも?」
 体力を半分ほど削ったファイアローに、控えるクレッフィとタイプ:ヌルは、未だ攻め時を伺う。彼女の次に繰り出す手持ちを、待っているのだ。
 彼女はひと息吐いて、手に持ったのはウルトラボール。
「別に。あたしは構わない。でも……何がアンタをそこまでさせたのか、それは気になるってだ、け!」
 投げられた、別世界の住人の為のボール。解放したのは、テッカグヤ。レミントンが一度対峙した、あの巨体にて飛行するポケモンである。
「話すまでもないだろう。今はその能力が、上手く使えないらしいが。おい木偶女! あいつは?」
「UBだ。名前はテッカグヤ。はがねとひこうをタイプに有し、一番の特徴は何より!」
 ファイアローを下げるレミントン。クレッフィは『でんじは』を選択し、テッカグヤへと向かうが。待ち受けたのは、その見た目からは想像もつかぬ、『かえんほうしゃ』であった。
「とにかく豊富な、わざ範囲だ! ご覧のようにな!」
 納得する青年だが、当のクレッフィには、効果は抜群。『でんじは』はしっかりと当てたものの、体力の残りは僅か。
「すまない、『ひかりのかべ』を――」
「ヌル、アイツから仕留めろ」
 “いたずらごころ”を再び発動する前に、背後からタイプ:ヌルは飛びかかる。『ほのおのキバ』が、健闘した鍵束を戦闘不能にしたのだ。
 自分の判断を悔いたキースは、戻し際に「頑張ったな」とクレッフィに語りかける。金属音に似た声は、彼の力になれなかったのを、嘆くようだった。
「頼む、フーディン」
「私も交代する。コイツらにひと泡吹かせるぞ、相棒!」
 共に選手交代し、フーディンとズガドーンが、テッカグヤとタイプ:ヌルに立ちはだかる。特にギミー、ズガドーンは。彼ら兄妹を目の前にし、暫し何かを思う素振りを見せるも。軽く頭を投げて、会釈をした。
「……お前か。久しいな、“ドロール”」
 明確にギミーにのみ、話しかけているハイド。聞いたこともない名前に、一瞬ズガドーンは、硬直を見せる。
「何をくっちゃっべってる暇があるんだ、テメー! 『マジカルフレイム』!!」
「加勢するぞ、『10まんボルト』」
 ズガドーンへの心理的揺さぶりを、かき消すかの如く彼女は叫ぶ。無論、それに応じないズガドーンではない。『マジカルフレイム』と『10まんボルト』の狙い先はテッカグヤ。
「守りなさい」
 痺れたテッカグヤは、静かに『まもる』にて、障壁を作り出す。フーディンとズガドーン、総力をかけた速攻攻撃は無駄になってしまう。どちらも遠隔で戦う二匹に、タイプ:ヌルは仕掛ける。
「『きんぞくおん』」
 ズガドーンとフーディン、どちらにも不快な金属音は鳴り響く。そればかりか、トレーナーであるエスですら、『きんぞくおん』に耳を塞いでいた。
 特殊攻撃に優れてるであろう、このテッカグヤの前に、今の一撃は重い。タイプ:ヌルの装甲もあり、相手はサポートに充実している。元より、イベルタルの復活の予兆は近づくばかり。短期決戦を、自然と彼らは強いられているのだ。
「レミントン、コイツに広範囲わざは?」
「一応ある。だが……」
 言い淀んだ彼女に、即座にキースは何が言いたいかを、察してみせる。
「ああ、わかった。ヘルメットを吹っ飛ばした“アレ”か。ならばいい。作戦はこうだ」
 彼は囁く。彼女のテレパシーがまだ回復しないうちに。ついでに、先ほど渡したモンスターボールの使い道も含めて。
「ふーん、おもしれーじゃん。気に入ったわ」
「喋ってる場合? テッカグヤ、『ラスターカノン!』」
 悪そうに口角を上げる国際警察官。二対の砲口は、ズガドーンへと向けられている。次いで、ズガドーンのギミーへと、指示はすぐさま出される。
「いけ、『シャドーボール』!」
 軽やかなステップで、手には黒い塊。ズガドーンのギミーは、テッカグヤの真下に迫る勢いで、受けて立とうとせんばかり。そのズガドーンへと、タイプ:ヌルは距離を詰める。
「今だフーディン、『じゅうりょく』!」
 途端に、上空にいる全員に、圧倒的な重力は伸し掛る。しかしその本来の効果は、『ひこうタイプ、並びに特性“ふゆう”を地に落とす』こと。当然ながら、テッカグヤはそれに該当する。
「まずい、ヌルが!」
 9メートルを越える巨体が、真下へといたタイプ:ヌルを巻き込んだ。擬似的な『ヘビーボンバー』は、タイプ:ヌルを押し潰してしまう。鉄塊に迫るは、一体の道化師。
「まとめて焼き払え……『ビックリヘッド』!」
 ポン、と打ち上げるように。ギミーは自分の頭を空へと放ち、たちまち爆散する。味方のフーディンすら巻き込む、超火力の爆発がテッカグヤとヌルを襲ったのだ。
 タイプ相性もあり、テッカグヤとタイプ:ヌル両名は、焼き焦げて横たわる。硝煙が、攻撃の激しさを語っていた。


「……なるほど、どうやら遊んでられん相手らしい」
 タイプ:ヌルを引き下げ、ハイドは静かに呟く。隣の妹、エスはそれを聞いて、青ざめていくばかり。
「ま、まさか。アレを使えっていうの!? あたしでも、制御できるかどうか……」
「無論、その必要がある。無理なら勝手に戦わせればいい。元より、奴は侵略者であったのだから」
 彼が新しく構えたのは、マスターボール。全てのポケモンを無条件に捕獲する、ある意味恐るべきボールである。指に嵌めたメガストーンのリングを目に、ため息を吐く。
 唾を飲み込むエスが持つ、先ほどと同じウルトラボール。兄妹二人は、一斉にボールを解放する。
 体力を削ったフーディンにズガドーン。二体の目の前に現れたのは――白く靱やかな人型に、光厳と輝くドラゴンのような姿。
「あれは……まさか、ミュウツーか? それと、隣は何だ」
 ミュウツー。カントー地方のとある学者が、ミュウの遺伝子から造り出したという、やはり人造ポケモン。しかしながら、国際警察のレミントンですら、その隣立つ異形には心当たりがない。

「光栄に思え、不死鳥へ楯突く者。我が社の最高の兵と、最凶の捕虜を。同時に見ることが出来るのだからな」

 途端、彼の翳した指輪は光り輝く。ミュウツーは光に包まれると、一度またその姿を変貌させた。そう、人間とポケモンの絆が呼び覚ます、新たな姿。メガシンカしたのである。
 見ていた二人を本能的畏怖に陥れた――メガミュウツーYとネクロズマ本来の姿。その名はウルトラネクロズマ。

 因縁に雁字搦めにされたタッグバトルは、圧倒的絶望と共に、遂に佳境を迎える。

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