第四節 下り坂キャットウォーク

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 それからというもの、リーグの天井を壊して破壊したり、床一面を凍らせてひび割れだらけにした主犯が二人、コートの隅で延々と説教を食らっていた。

「四天王同士の私闘は別には止めやしないけど、周りに被害は出さないでくれって言ったよねフキちゃん。コートの修繕費だって馬鹿にならないんだよ? 四天王というか四問題児が戦うならコートだってそれ専用の強度増強をしたコートじゃなきゃえらいことになるじゃん、ていうかなってるじゃん。そもそも予算だってやりくり大変だし修繕業者さんにも迷惑かけるし、まったくフキちゃんは何時になったら私が居なくても大丈夫になるんだか」
「悪かったって! この通り、この通りだから……!」

 冷房いらずの気温まで下がったリーグの中、さっきまで練習していた面々がすごすごとこの場を後にしていく中、それでもチラチラとこっちを見てくる視線を感じた。
 いつもとは違い、ワントーン低い声で延々と小言を呟き続けるだけとなったリリーに、アタシはただ正座して平謝りを繰り返す。
 さしものアタシもこればっかりは弁明の余地がない。完全に勝負にだけ目がいって、周りのことなど全く考えていなかった。
 隣では正座ではなく膝を抱えて――とは言っても、リリーと同じくらいな目線の高さなウユリの姉さんも流石に少し困り眉だった。

「ごめんねリリーちゃん、一応わたしのポケットマネーで業者さんは呼んじゃったのだけれど、修繕費も出した方がいいかしら?」
「いえそりゃもう是非! なんなら強度の補強もお願いします!」
「うわコイツたった一瞬で態度を翻しやがった」

 残念ながら、これが支払い能力の差である。おそらく補強工事を追加でしても、姉さんの総資産は小揺るぎもしないだろう。
 対してアタシはといえば、手持ち全員のポケモンよりも食費が嵩む女である。おまけでユキハミの分まで食わせているので金なんて無い。

「仕方ないじゃないか、リーグだって慈善事業じゃ無いんだし、そもそも壊したの誰だったっけ? なんだったら修理費、ウユリさんの半分出してもらってもいいんだよ」
「ありがとうございますお世話になります姉さん!」

 迷わずアタシは姉さんに向かって頭を下げた。払ってくれるっていうならそれに甘えよう。半自己破産なんてまっぴらごめんだ。。

「はぁ……まあ、今回は人に被害がなかったから良いけどさ。派手な戦闘するなら二人とも人に危害が出る前になんとかしそうだけど、それでも気をつけてよ?」
「それなら大丈夫だぜ。今日だって七割本気で戦ってただけだからな」
「ええ、流石にトレーナーさん達に怪我させるわけにはいかないもの。ぎりぎり七割で留めてたのよ」
「マジが半分を超えちゃってるんですけど!?」

 本気を出してないから大丈夫だと思っていたのに、リリーは目をまんまるに見開くが、すぐに頭を抱えて俯いた。
 普段からこいうリアクションは大きく取るやつだが、なんだか普段とは少し雰囲気が違う。

「はぁ……久々に大きな声出していたら段々頭が痛くなてきたよ。なんだか体もだるいし」
「マジか……大丈夫か? なんだったら部屋までおぶっていくぜ」

 もともとリリーは病弱というか、あまり体が強くない。
 特にリーグの仕事を貯め込んだときは体調を崩しがちだ。今日は加えてアタシが面倒ごとを持ち込んだせいで、リリーのキャパをついに超えてしまったのだろう。
 まだ精神的な疲れとはいえ、ここから畳み掛けるように体調を崩すのも良くあることだ。せっかくの休日だが、そろそろ布団と仲良くしておいた方が良いだろう。

「だけど今日はこの前のポケモン盗難事件、あれの警察への事情聴取があるからまだ休めないんだよ。今日の休みだってリーグの予定が詰まってちゃ答えられないから取ったものだし」
「バーカ、そいつは休みって言わねえんだよ。そもそもこの前の事件だって当事者がいるだろ? 何もアタシと一緒に行くんじゃなくて、アタシ一人……まぁついでにオレアも暇なら呼んで二人で受け応えして来るからさ」
「それが一番の不安なんだよぅ。フキちゃんが何か失礼した日にはリーグの評判ガタ落ちになっちゃうし」
「お前の中でアタシの評判どうなってんだコラ」

 リリーは凍った床に照り返された照明の光に少し目を細めながら、アタシを心配そうに見上げてくる。
 いやまあ確かに交通違反でゴールド免許なんて一度も取ったことないが、別にサツにメンチきったことなんて無いはずだ。確か。多分。きっと。

「だって今日来るのは地元の警察じゃなくて国際警察なんだよ。面倒ごと落としたら絶対に大変なことになるんだって!」
「サツはサツだろ? それにアタシだってさすがに客にそんな喧嘩売ったりなんてしないって」
「ならまあ、でもうーん……オレアくんが一緒ならさすがに大丈夫なはずだし……それじゃあお願いしてもいい?」
「おう、任せとけ」

 何処までも胡乱げな視線を忘れないクソ失礼な様子であるが、ここは一丁きちんと先方に対応できる姿を見せて鼻を明かしてやろう。
 自信満々に笑って見せると、姉さんの方に軽く目配せ。そうすれば世話焼きな彼女は軽々とリリーの体を持ち上げ、部屋まで看病をする体制になった。

「あ、そういえばだけどフキちゃん。さっきの勝負はどうするか、後で話し合いましょうね」
「げっ……忘れてはくれなかったか姉さん……!」
「ふふ、次は確実に仕留めさせてもらうわ」

 相変わらず惚けてるんだかおっかねえのか、掴めないポヤポヤ笑顔でリリーを抱えたまま、姉さんはこの場を後にした。


◆◇◆◇◆◇◆


「ってことで付き合わせちまって悪いな。サツの面倒ごとによ」
「まぁ現場でモンスターボールの山を見たのは僕達だけですからね。他に対応できる人が居ないなら僕が行きますよ」
「ったくお人好しだなお前。そんなんじゃいつか損するぜ」

 そう言いながらリーグの応接室へぞろ歩いていくアタシとオレア。少し面倒臭いがリリーに面倒をかけた手前、さすがに良心の呵責ってもんがある。
 さっき事務室の方に確認をすれば、先方もあと数分で到着するとのこと。多分このまま行けば良い感じに、お互い待つことなく会うことが出来るだろう。
 そんなことを考えながら、よそ向きの少し綺麗な階をつらつらと進んでいく。無機質な蛍光灯ではなく少し高価なランプが照らす廊下のちょっと先に、ここのリーグじゃ見かけない連中がいた。
 白いワンピースに青いエプロンドレスを可愛らしく着込んだ、オレンジ色のウェーブがかった髪の少女。傍には水色の上着を着込んだ糸目の男が伴っており、しきりに汗を拭いて何処か挙動不審だ。
 他のリーグ事務員の奴らもどこか少し遠巻きに見ており、誰も話しかけようとしない。だったらここはアタシの出番だ。

「おいそこのチンチクリンに汗っかき、てめえらここじゃ見ねえ顔だが迷子にでもなってんのか?」
「はぁ!?どこの誰がちんちくりんでっ……うわ背でっか」
「いやぁはは、情けないことにそうなんです。先ほど受付の方に道を教えて貰ったのですが、広い建物中でどうやら迷ってしまったみたいです」

 オレアよりも一回り小さい少女は声高に文句を言ってくるが取り敢えず放っておいて、汗っかきの男の方が引っかかる。
 リーグの受付に案内されるのは大抵がトレーナーか営業の商社マンで、子供連れというのは珍しい。
 そんなことを頭の片隅で考えていると、そばにいたオレアが恐る恐る、といった雰囲気で相手の二人組に声をかけた。

「もしかしてなんですけど、二人って事情聴取に来た警察の人ですか?」
「いやあ正しくそうなんです。もしかしてあなた方はリーグ委員の方ですか?」
「というか警部補! この背の高い方の人、このリーグの四天王“狂犬”フキじゃないですか! それに隣の男の人も重要参考人の!」
「そうなのかい? まあ君が言うなら間違いは無いだろうね。うん、それじゃあ立話もなんだし、人まず応接室まで案内してほしいな」



 他所様向けと言うことで無駄にふかふかな皮張りのソファが並べられ、ガラスが嵌め込まれた多分高価な机の置かれている、スッキリとした雰囲気の応接室。
 若干萎縮した様子のオレアを尻目に勢いよくソファへ腰を下ろすと、相手が部屋の奥手側に座ったところで声を掛ける。

「そんでアタシらのことはよく知ってるみたいだが、そっちの名前を聞いてねえな」
「ちょっとフキさんっ……! リリーさんからも喧嘩を売らないように見ててくれって言われてるんです! そんな言い方はマズイですって」
「うるせえ。そもそも提出した書類だけで十分なはずなのに、直でうちに来てる時点でなんか変なんだよ。そもそもサツだって言うなら、あんなチンチクリンがなんで働いてるんだ」

 エプロンドレスの少女の方に視線を向けると、ムッとした視線でアタシを睨み返してくる。
 だがその程度じゃ脅しにもなりやしない。ソファの背もたれにドカリと背を預けると、ひとまず相手が喋り始めるまで黙ってみる。
 そうすれば一分とたたないうちに、相手の男の方が少し緊張しながらも沈黙に耐えきれず話し始めた。

「その、私はカイドウ警部補です。特技は上司の話を『そうですね』と肯定することくらいしかありませんが……今回の聴取も上司に言われたのを断りきれなかったんですよ。本当は今日有給取って娘の授業参観に行くはずだったんですけどね……」
「へぇ……それで、そっちのチビは?」

 どうやら男の方はなんというか、覇気がない。それよりアタシもオレアも気になっているのはお子様警察の方だった。
 リリーみたいな見た目詐欺でアタシより年上という可能性もあるが、さすがにあんな似非ロリがホイホイいてたまるかという話である。

「よくぞ聞いてくれました! 僕の名前はシナノ、シナノ特別捜査官! 容姿端麗、頭脳明晰な国際警察のニューホープです!」
「あの、シナノちゃん、君って一体何歳なのかい?」
「今年で一四歳です! どうです、飛び級してきた僕の迸る知性に感服しましたか? ルックスが可愛い僕に知性が加わればこれはもう完璧ってものですよ!」

 オレアの問いかけに意気揚々と帰ってきた答えは耳を疑いたくなるようなもの。
 真偽を疑うようにカイドウ警部補の方を見れば、彼は垂れ落ちる汗を拭いながら、乾いた笑みを浮かべる。

「いやぁ、特別捜査官が行っている事は本当にそうなんです。確かに彼は法学に関してはユニバーシティの学士課程は修了してますし、キャリア捜査官の採用試験でもトップらしいです」
「へぇー、お勉強は得意みたいだな」
「ええ、ぶっちゃけ類をみない飛び級採用だったので、年を鑑みてのお目付役に選ばれただけですね……上司からも毒にも薬にもならないなら、ならないなりに働けと言われまして」

 多分反射だろうか、ぺこぺこと会話の合間に頭を下げる男はオレアよりも頼りなく見える。
 その姿を少しムッとした表情で見ていた飛び級警官サマは立ち上がると、見下ろすようにこっちに視線を向けながら、書類の束を机の上に置いた。
 そこには事件当日のアタシとオレアが話したあらましが書かれており、ヤクザの事務所に殴り込みをかけた辺りから赤い線が引かれている。

「ともかく! 提出された事件調書の信憑性は確認しました。五階から落ちただとか、ドテッコツの攻撃を避けながら人間を殴ったとか、びっくりすほど荒唐無稽ですが……貴方なら過去の補導歴からも十分納得できます」
「けっ、人の過去無理くり蒸し返してきやがってよ。てかそんなにアタシは有名なのか?」
「ポケモンを持ってない子供がトレーナー相手に暴行事件で補導されたのは今のところ一人だけですね」
「そんでもってサツの要注意リスト入りってか? 光栄な話だな」
「むしろ僕はこんな粗暴な人を四天王に採用している方が、どうかと思いますけどね。何か問題起こしたらどう責任取るつもりなんだか」
「んだとテメェ、もういっぺんその口開いて言ってみろや」

 アタシも思わず、机に荒く手を置いて立ち上がる。アタシのことなら好きに言って貰って構わない。だが、それ以上となると話は別だ。
 グッと拳を握りしめると、机の向こう側へ身を乗り出す。

「ちょっと待ってくださいフキさん! 喧嘩腰になったらマズイですって! ベイリーフ!」
「べいっ!」
「シナノくん、先方と荒事はまずいよぅ!一旦落ち着こう?ね?」

 しかしヒートアップすんでのところでオレアのベイリーフがアタシを『つるのムチ』で、相手のカイドウ警部補とやらがチビ警官の肩に手を当て動きを止めた。
 振り返ればふんすとドヤ顔のベイリーフが、報酬をよこせと言わんばかりにオレアの手のひらに頭を擦り付け撫でるのを催促している。
 そんなタイミングでコンコン、と応接室の扉が叩かれた。応える間もなくガチャリとドアが引かれ、ウユリの姉さんが応接室の中に入ってきた。

「あー……姉さん、今色々とややこしい事になっているから、用があるならもう少し待ってくれねえか」
「わたしもそう思っていたのだけど、この子が『はみみー、はみみー』って鳴いてたから連れてきちゃったの」

 姉さんがそう言うや否や、姉さんの懐から飛び出す白い影。直後、頭に軽い衝撃が走り、最近慣れ親しんだハミついた感覚。

「はみっ!」
「この子、リリーちゃんのベッドで目が覚めてから、ずっとフキちゃんを探してたみたいよ。部屋の中をゆっくり歩き回っていたみたいだもの」
「わざわざすまねえな姉さん。ったく、なんだか興が冷めたぜ」

 そう言いながらチンチクリン警官の方をチラリとみると、彼女はわなわなと体を震わせていた。次の瞬間には駆け出すようにその場から身を翻し、素早くウユリ姉さんの前まで躍り出る。
 そのままウユリ姉さんの手を握ると、興奮した様子で捲し立てた。

「あっあの、僕、ずっとウユリさんのファンなんですっ! あなたが発表する作品はどれも可愛いドレスばっかりで、今日このリーグに来た時姿でも見れれば良いかなて思っていましたけど、まさかこんな近くでお会いできるなんて光栄です!」

 突然の変わり身に、アタシら二人に加え、うだつの上がらない警部補まで呆気に取られていた。
 そんな中でもウユリの姉さんは感極まったような様子のチビ警官に、変わらず落ち着いている呑気な様子で手を握り返している。

「あれ、姉さんのこと知ってんのか?」
「知ってるも何も超有名人ですよ! 数年前彗星の如く現れたクチュリエール、強さと美しさを兼ね備えたドレスデザイナー! むしろなんでそんな仲良さげなのに知らないんですか!」
「いや、姉さんが服作ってるのは知ってたが、そんなに有名だとは」
「だーっもう、信じられない! どうしてそんなに興味がないんですかこのリーグの狂犬は!」

 だが姉さんはそんなエキサイトしているチビ警官の様子など意にも介さず、これまたマイペースに手をポンと叩いた。
 そのままアタシに近寄ってくると、にこりと今一番面倒なことになりそうな言葉を吐いた。

「ねえフキちゃん、私の服を着てくれるかどうかの試合、次はいつ出来るか予定を合わせておきたいわ」

 その一言が発された瞬間、チビ警官の頭からブチリ、と何かが切れる音が聞こえてくる。ツカツカとそのまま近寄ってくると、捲し立てるように叫んだ。

「あなた、よりにもよってウユリさんの服を断ったぁ!? プロのポケモンコーディネーターですら滅多に着れる事のない、あのウユリさんのリバニー工房のあの服を!」
「シナノくん落ち着いてよぅ! 流石に警察としての本分が」
「警察の前に譲れないものがあるんですよ! こんな可愛い僕をここまで怒らせるなんて! 所詮は狂犬、物の価値が分からないポケモン未満の獣ですね!」
「本分が……あると……思います。はい」

 カイドウ警部補の言葉は見事に遮られ、尻すぼみになていく。
 しかし今はそれどころではない。あのちびっ子警官に売られた喧嘩、それに先ほどまでアタシの中で燻っていた苛立ちが再度燃え上がり、リリーの言葉も忘れるほどに食ってかかった。

「あぁ!?もういっぺん言ってみろや!」
「何度でも言ってあげますよーだっ! あなたじゃウユリさんに服を作って貰ったところで宝の持ち腐れ、粗暴な人間に着られる服の方が可哀想って話ですよ!」
「んだと誰が粗暴だってんだ!?」
「この場にあなた以外に誰がいるって言うんですか! ウユリさんとは違って立居振る舞いからして悪党のそれなんですよ! きっとバトルばっかの脳筋バカで、コンテストなんて無縁な猪突猛進に決まってる!」
「はぁ!? だったら見してやるよ! 姉さんの服着てコンテストの一つや二つくらい、テメエぶちのめしたついでに優勝もぎ取ってやらぁ!」
「良いでしょう!可愛い僕に挑む度胸だけは褒めてあげますが、単純なバトルしか取り柄がないパワー馬鹿だってところをみんなに喧伝してあげますよ!」

 売り言葉に買い言葉、誰かが止めるまもなくヒートアップした会話は、なんだかもう制御不能、あらぬ方向に飛んでいっていた。
 そのままアタシとチビ警官は互いに顔を背けると、同じタイミングでフン、と息を吐く。
 そんな状況でもあらあら、と笑顔を保っていた姉さんは、嬉しそうな笑顔で一言。

「わたしの服がシナノくん……だったかしら? 男の子にも人気が出るなんて嬉しいわ」
「えっ男!?」「男の子なんですか!?」

 アタシとオレアの声が重なりながら、思わずチビ警官の方を見る。彼女改め彼は、その不躾な視線にまたもやフン、と鼻息を荒げるのであった。

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