34.機巧のマギアナ

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 今から、500年以上は遡るだろう。当時のカロス皇女は、齢7という若さで王女を継いだ。
 その幼き女王へ、祈りを込めて贈られた就任祝いが、“マギアナ”と呼ばれる機械で出来たポケモン。豪華絢爛な金粉に、ケルメスとコニチールが、塗装には使われていたという。赤と金の機巧。特に、赤色のかねてよりの意味合いは『権力』または『神の流した血』であった。金が文字通り『富』であり、マギアナは『富』と『権力』の繁栄を祈り、平和を願う王女の為に造られた。
 ここまでは、カロス美術学論にも登場する、マギアナについてのありきたりな説明。
 だが、マギアナの心臓部、“ソウルハート”と呼ばれるパーツは。エリファスと呼ばれる天才科学者が、ポケモンの生命エネルギーを集めて造りだしたという。実に恐るべき永久機関であった。
 『ヨルムンガンドの見聞録』と呼ばれる歴史書には、マギアナの製造過程と目撃談が、以下のように、記載されている。

 “『フルールカノン』という砲撃を、実際に見た私は、しばし怯懦に動けなかった。あの機巧は、倒したポケモンを吸収するかのように、自らの“攻撃性能を上げた”のである。
 これではまるで、私達の唾棄するあの不死鳥と、同じではないか。エリファスに尋ねると、「ポケモンの生命エネルギー故に、時間がかかってしまった。だが、これがもし人間であったなら。もっと早かったであろう」そのような答えが返ってきて、私をさらに絶望させた。
 私の先祖が代々仕えた、あのカロス王AZの過ちから。この人々は何も学んではいないのだ。その非情を、目の前に打ち付けられた気がした。
 あの機巧は、非常に賢い。故に、我々の算段や隠した性根など見通して、さめざめと悲しんでは、仕方なしに自我が芽生える様子を見せていた。”

 これはそのような、破壊と殺戮の為に生まれた機巧が――真の人間との友愛に、再び触れるまでの、100年を優に超える話である。





 二人の前に出たのは、ギルガルド。ネイティオが語った内部に詳しい案内人であり、マギアナの為に生まれたヒトツキの一対。これまでとは違う、ギルガルドの真摯さを感じる。真剣な眼には、扉を前にした二人を映すばかり。
「覚悟があるか、と問いたいのか。生憎、僕の返事は聞いたばかりだろう」
 カロス王・AZとネイティオの前に啖呵を切った彼。片割れをなくした時の、迷いある瞳は影も見えない。その代わり、あの不敵な微笑みは健在だった。
「ったく、威勢のいい野郎だ。まあいい、私も国際警察からもらった、このコードネームに懸けて。お前の主人には尽力しよう」
 返答を聞いたギルガルドは、霊力を纏う右手を扉に翳した。重々しい扉は開かれ、土埃と錆びた銅の腐臭がする。
 マギアナが置かれたという、地下へと続く階段が、出現したのである。

 地下深く掘られた石階段。昼行灯な彼女が根を上げたいほどに、その道は長い。光源などあるはずもなく、レミントンの持つ懐中電灯だけが、道を照らす。
「この先に、本当に」
 前を往くギルガルドとは裏腹に。怪盗の彼の心境は複雑極まりない。
 ギルガルドへの返答は本音であったが、しかし。自分の父親の不審死も。また、若かりし自分の人生を狂わせた元凶とも言える、そんな“機巧のマギアナ”。キースが“怪盗レイス”なんて興をしていたのも、全てはこのポケモンを求めてのことだった。言ってしまえば、長きの集大成がこの先には待ち受けているのである。緊張も滴るし、得も言われぬ苦い感情だって湧いてくる。
 鉄塔を登らされるような徒労を得て、ギルガルドと一行は、地下最奥に辿り着く。奇妙な形の穴の空いた大きな錠。旧く軋んだ扉の前に、ギルガルドは何かを思い詰めた、長い息を吐いていた。
 「少し離れていて欲しい」そのような手振りを、ギルガルドは見せていた。二人は無言で頷き、狭い地下階段へと後退する。
 見慣れた鍵穴とは違う、錠の部分に、ギルガルドは単身振りかざすかに見えた。二人は強引な解錠だと思っていたが、そうではない。ギルガルドの剣先が合致し、地下には物々しい音が響き始める。
「何だ!? 地崩れとか、気にしてなかったが平気なんだろーなあ、護衛の騎士とやら!」
 ギルガルドが身体を捻るようにすると、錆びた扉はようやっと中を見せ始める。彼自身がこの場所へと繋がる、巨大なキーだったのだ。
「なるほどな。ギルガルドというポケモンは、“王の素質を持つ人間を見抜く”というが……僕の場合は、比喩にもならないとは」
 気難しさを隠さなくなった、盾持ちの剣は彼を見上げた。キースはAZの弟の血筋の者。彼に惹かれるならばわかりやすい。しかし、彼の本当のトレーナーは、ギルガルドが仇敵と教え込まれた、一族の末裔だった。
 その現実と、有り得た未来を震撼してか、彼は暫し躊躇う様子を見せる。代わりにと小さな蔵に入るキースに、付き添いの国際警察官。
「これが、カラクリの兵器……?」
 中に鎮座しているのは、銀色の球体。モンスターボールに似たデザインで、しかしながらその重量は到底人間二人がかりでも動かせない。本物の古代の機巧であることを、キースは確信していた。
 モンスターボールで云えば、ボタンの部分に。ぽっかりとした空洞が空いている。球体の形には聞き覚えがあった。ネイティオの話した心臓部、“ソウルハート”に違いない。
「見ろ、怪盗。こっちにはまた錠付きの箱がある。ここに、そのパーツが入ってるんじゃねーのか」
 と、彼女が指を指したその瞬間。鋭い切っ先が、危うく二人を捉えようとした。剣戟にて、火花のみで逃れることが出来たのは、飛びかかったニダンギルをギルガルドが抑えたからであった。
 刹那的に迎撃をしたニダンギルは、姿が変わった兄弟分に驚く様子を見せる。しかし、互いに霊力はあの頃と変わらない。何百年と経過した末の再会には、二者共に思うところありそうであった。
「分かっている。君たち二体は……どちらも“こちら”の安否が、心配なのだろう?」
 キースは妙な形をした、アンティークの鍵を取り出す。ギルガルドと出会った時に、金庫内に存在した小さな鍵だった。鍵は見事に、小さな箱を解錠する。中に存在したのは、ハートを模したデザインの球体。
 ソウルハートと呼ばれるパーツを、キースはマギアナの空洞に嵌め込む。エネルギーの充填される音が聞こえて、それから。銀色の巨大なモンスターボールは、徐々に本来の姿を現す。
「マギアナ、これが」
 キースとギルガルドが静かに見つめる、機巧。長い耳のような部分を動かし、動作を確認する。動きは生命というには、あまりに機械的であった。
 何百年という、長い眠りから覚めたマギアナは、まず自身の前に居る生命体を、人間と認識する。それから、常に自身と幽閉される使命を背負った、ニダンギル。そして、マギアナの前に平身低頭の構えを見せる、見慣れぬ姿となったヒトツキのもう一対に対し、手で顔を隠す女性的な仕草を見せて驚く。
 特に、マギアナに対し錯雑とした感情を持て余す、一人の青年。彼の心情を感じ取り、また自分の保身の為に、マギアナが起こした行動は――彼ら人間二人には、かなり突飛だった。

『……!? ちょ、ちょっと待て!』
 マギアナが不思議な光を纏うと、キースから見える世界は、少し低いものだった。そればかりか、自分の肉声は発することができない。ギルガルドとニダンギルには聞こえてるらしく、一つ目を珍しく刮目する彼らにさらに動揺する。
「失礼します、人間の方。ワタシは、マギアナ。人間に造られた機巧です」
 なんと、目の前にいるよく見慣れた自分自身は、聞いたことのない、女性の声で話している。青年の身体を借りて――マギアナは、レミントンを含む彼に問いかけていたのだ。
「『ハートスワップ』だろ? 目撃例は数えるほどしかないが……一瞬、コイツが変な癖に目覚めたのかと、くふふ、思っちまったわ」
『黙れレミントン、僕は美男子であり女装はしない!』
 哀れなり、その声はやはり彼女には届かない。今まで緊張の連続だったからか、可笑しく笑う彼女に、マギアナと精神を入れ替えられた、キースは憤っていた。
「スミマセン。ですが人間の方。アナタがワタシを連れていく、というならば。ワタシはアナタの中身を見せてもらいます」
『僕の、中身だって?』
 妙に怯えて女性的な仕草の青年に、本来の主が鳥肌立っていると。マギアナの入った青年は、機巧に触れてきた。途端に、淡い光が二人を包む。『シンクロノイズ』が発動したのだ。
「同時にアナタも。ワタシの“中身”を……本当の姿を、見てきてください」
 キースが声を上げる暇もなく。凍える感覚に思考は引き摺られて、記憶と共に暗い海に落とされた感覚があった。抵抗の余地を感じられぬ力だった。光すらない、冷たい深海に沈んでいくと――次には、知らない記憶が彼を取り囲んでいた。





「さて、どうしたものか。gearとmagiaで“マギアナ”とするか」
 その人間は、マギアナに対し。そう語りかけていた。マギアナ。それが自分の名前。嬉しく思う、その一方で。彼女は苦しむポケモンの存在を感じていた。これが、機巧のマギアナ最初の感情、初めの自我である。
 キースは、ぼんやりとマギアナに関する人間のやり取りを聞いていた。これが、先祖の関わった機巧の誕生だったのだと。
 しかし、彼が思うようなマギアナの誕生秘話よりは、ずっと悍ましいものが、後には控えていたのだが。
「王女が気に入るよう、赤と金の装飾にしましょう。エリファス、ソウルハートの調子はどうです? そろそろ、煩い“歴史学者”が諜報にやって来ますよ」
「殺してはいないものの、やはり生命エネルギーは足りないようだ。人間一人分でも使えれば、今に“フルールカノン”は不死鳥へと火を吹くだろうに」
 装飾係と思しき人間と、エリファスと呼ばれた科学者の人間。彼らのやり取りに。特に、煩い歴史学者と揶揄された人物に、キースは先祖の気配を感じた。
 その一方で、当時のマギアナの思考が、彼に訴えかけてきた。焦がした胃酸を飲んだような、じわじわといたぶられる感覚は、迫り上がる。
『そんな、たくさんのポケモンの生命で、ワタシは……』
 機巧は戸惑っていた。マギアナは人間と倫理を理解するまでには賢く、また聡さ故に、人間との接し方を考え始めてしまっていた。大事にしていた宝箱を無惨に解体されたのように、青年は機巧に目覚めた良心が踏み躙られていく様を、見せられていたのである。

 それから少し時間が経過して、マギアナは幼いカロス王女へと贈られた。彼女は科学者達とは違い、純真だった。友達のように接して、自分の生まれた理由を忘れさせてくれた。
「よろしくね、マギアナ。わたくし、お友達が少ないから嬉しいわ」
 彼女はよく見ると、青年と同じく金色の瞳をしていた。父である当時のカロス王は、フラダリと同じ髪色と空色の瞳ですらある。
 マギアナは、特に王女に対して。心を開いていった。カロス地方を愛し、ポケモンにも人間も敬愛を見せた、そんな気高く博愛な王女が好きだったのだ。彼女と逢う日が待ち遠しくなり、次第に肉声は発せない身体が、もどかしく感じていた。

 しかし、青年の憂慮する暇もなく。マギアナは王女とは、離れ離れになってしまう。戦争の開始により、王族は避難を余儀なくされた。再建以前のパルファム宮殿が焼け落ちたという、かのカロスでの戦争の年であったからだ。
 後に戦火から宮殿が復元したのは、およそ150年後。その間、マギアナはこの地下深い蔵に、閉じ込められることになった。その為に、生み出されたヒトツキは二対。そのどちらもが、人間の生命を斬り落とされて生まれた亡霊であった。
 あらゆる生命が、いつの時代にも自分の為に無下にされていく。その哀しみを伝える手段もなく、ひたすらに無力に喘ぐ機巧は、封じられる間際に、月明かりの下。とある者と出会った。
『もう、時間なのですね。貴方様の眠りが紐解かれる時。それは、残念ながら、再びカロスの危機です』
 予知を見せるという、淑やかなる鳥ポケモン。ネイティオであった。彼女は、マギアナを気遣うよりも、しずしずとそのまま予知を語っていた。
『来たる未来は二つに一つ。一人は、AZ様に似た博愛主義の人間。彼が世界に絶望した時、貴方は起こされる。終焉と理想郷の為に。もう一人は、何とも臆病者ですね。でも、彼の方は』
 青年は、機巧の自棄になりつつある心を、感じ取っていた。先の未来をひたすらに語る神鳥に、疲れている心情すら、鮮やかに映る。
 それでも、悲観に暮れる機巧にとって。ネイティオの最後に紡いだ言葉は、ほんの少しばかり、希望を添えたのだった。
『愛の為に貴方の力を欲しています。貴方も、また楽しいと、そう思えるかもしれませんね。では、それまでお休みなさい――機巧のマギアナ』
 記憶は二対のヒトツキを映したが最後、静かに暗転していった。





 海から浮上するような感覚があった。身体が重い水圧から解かれたかと錯覚するが、馴染んだ自分の手足が、明滅した青年の視界には映る。目の前には、同じく瞬きをした機巧。『ハートスワップ』を解除したマギアナ。
「僕らが精神を同期した間に、君も僕の記憶を見たのか」
 ゆっくりと首を動かす、機械仕掛けのポケモン。金属でできたまつ毛が上下運動し、彼の抱える重荷を代弁していた。
「ならば、君にも分かると思う。僕はネイティオの言ったような、大した動機ではない。ただ、後悔したくないだけだ」
 マギアナが記憶をシンクロした青年は、実に過酷な運命に踊らされていた。そして、責任を伴う決定からは、とことん逃げていた。だが、それ故に。この彼の覚悟が本物であることが、マギアナにはよく判る。
「助手だった彼女が、好きだった。だから連れ戻す。しかし、連れ戻すだけでは、あの子を縛るしがらみは頑丈過ぎる」
 機巧には不思議だった。悠久の時を生きる機巧に、死別は近しい日常過ぎたからだ。誰かを永遠に喪う恐ろしさと後悔を、キースは痛感してならなかったから。
 こんなにも“立ち向かうこと”を恐れていた青年が、今になって、ここまで躍起になっていた。マギアナを含め、その助手だった彼女に対し、複雑極まりない感情を向けながらも。彼は、以前のように諦めていなかった。醜く足掻いても、自身のしがらみと向き合う決意をしたのである。
「僕が父さんと過ごした、そしてイーラ達と冒険したカロス地方。この国が美しいままでなくては、また笑っては、くれないから」
 怪盗の男は、自分の生きる意味を“隣立つ人”に結びつけた。大事な人を笑わせる為だと結論付けたのだ。マギアナからすれば、その感情は。あまりにも強くて悲痛な決心は。王女が気高く映ったあの姿と、重なって見える。
「君が、あの王女の愛したカロス地方を、救いたいならば。僕も手を貸そう」
 500年の時を超え、マギアナは再び目覚めた。それは、告げられた通りの揺籃の時代に。決して、強引に手を差し出しはしない、優美な男の前に。
「だが生きる理由は、君が決めろマギアナ。僕らはそれに従う。それが、自由を愛する“怪盗”には相応しい」
 機巧のポケモンは――“自分”を決定付ける、大きな選択を今に、迫られていたのである。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想