第111話 賭け

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(俺が、詠唱の継承者とは違う……?)

 うつ伏せの状態のまま耳を澄ませていたルカリオの頭には疑問が浮かんでいた。じゃあ何故自分は詠唱を利用することが可能なのか。考えているうちに、ホウオウが説明を始めた。

「詠唱を継承した卵は2つ。其処のヒトカゲと、ライナスという名を持ちしルカリオのみ。其処のルカリオがライナスの子孫である故、遺伝と考えるのが自然也」
「遺伝だと? あり得るのか?」
「俺らが詠唱使えるのは、アルセウス様から産まれた時に遺伝子操作受けたからだろ? だったら、組み替えられた遺伝子が引き継がれれば、能力の遺伝も可能ってことか」

 この詠唱の能力は遺伝であることにも驚いたが、ルカリオにとっては、自身の父親――ライナスもれっきとした詠唱の使い手であることを認識できたことに、安心のようなものを感じた。

「なるほど。だがホウオウ、なぜ卵に能力を継承したのだ? 継承であれば、もっと他のポケモンでもよかったのでは?」

 一連の流れを受けてルギアが素直に疑問をぶつける。力の継承であれば、最終進化系のポケモンにでも可能だ。敢えて卵に継承した理由は何なのか、それを知りたがっている。

「ギラティナと対峙する前に能力継承を終えねばならんこと、及び、どの時間軸、どの世界に能力継承者が流れ着いても我々で見つけることが可能なこと、それを踏まえた結果也」
「俺らが見ても、不自然な力を持ったガキがいれば目につくだろってことか。なるほどな……だとしたら、ライナスの事を先に見つけられなかった俺らの失態ってわけだな」

 ライナスの場合、ギラティナが先に気づいてしまったことで先手を打たれてしまったのだ。それに加え、ヒトカゲについてももっと早く気づけたのではと、少々残念そうにパルキアは口を曲げる。

「……これまでの密行、称賛に値せん」

 先手の先手を打たれていたことに、ギラティナは素直に驚いた。手に取るように、とまではいかないにしても、不測の事態を考慮したホウオウの策略に感服したようだ。
 それは、一連の会話を聞き耳立てていたヒトカゲとルカリオも同じであった。語られた自分達に関する真実を1つ1つ、噛み砕きながら理解していった。

「残るはホウオウにディアルガに、わりとやられたルギアと俺だけか。どうする?」

 疑問が解決できたところで、パルキアはギラティナの方を見る。驚いてはいたものの表情は変わらず、雰囲気から察するに、特に想いを変えていないようだ。ぼそっと一言だけ、こう言った。

「続けん」

 やはりか、と神族は小さくため息をつく。わずかな期待を抱いてはいたものの、ギラティナの意志は強固なものであり、ホウオウが目の前に現れたからと言って変化するものではなかった。

「致し方なし。争いを避けられんのならば、鎮めるまで戦いを続けんとする」
「だな。冥界ぶっ壊れかねねーが、それでも……」

 神族達はこれ以外に方法はないと見切りをつけ、ディアルガを制圧すべく戦う意志を示した。だがこれに疑問を呈する者がいた――ヒトカゲとルカリオだ。
 戦うことでどのように良い方向へ持っていくことができるかが未知であり、それによって冥界や現界、またはそれらの概念を超えた“世界”が壊れるのは違うのではないか、そう考えている。

「……待って」

 意識を失っていると思い込んでいた神族達はその声に驚き、彼らの方を向く。小さな体をゆっくりと起こし2人は立ち上がり、強い眼差しで彼らと目を合わせる。

「ここで戦って、何が解決されるの? どっちかが折れるだけだよね?」
「本当に望んでいるのは、お互いが暮らせる世界。そうだろ?」

 端的に、だが神族の心に刺さる言葉であった。神族も頭では理解できている。“昔に戻りたい”、願いはただそれだけということを。
 だがこれだけ時を重ねてもこの願いを叶える方法が見つからずにいる。世界を知り尽くしている神族としては、これ以上の手はないと結論づけていた。

「わかっている。わかっているが、この状況を変えるには……」
「でも戦って解決できるものじゃない。絶対に解決できる方法があるよ」

 どうしようもない、そう表情で示しているルギアに対し、背中を押すようにヒトカゲが前向きな言葉をかける。だがそれが気に食わなかったのか、ギラティナがヒトカゲを睨みつけた。

「あったら、長年苦しむ所以なし」

 苛立ちを抑えきれず、“りゅうのいぶき”をヒトカゲとルカリオにぶつけた。2人は攻撃をくらいつつも何とかガードしているが、ある瞬間、2人の表情が変わった。

(これは……?)

 ギラティナの攻撃を通じて、彼らの心の中に流れてきたものがあった――それは冷たく、切ない感情“悲しみ”と“怒り”だ。攻撃による物理的な痛みよりも、ギラティナの本当であろう感情に心を痛めた。
 これが本心であることを2人はひしひしと感じ取ることができた。ただ家族と一緒にいたい、それが出来なくて嘆いている、だから現状を変えたいということを。

(ギラティナの想い、しかと心の奥に響いたよ。だったら……僕達ももっと伝えなきゃ!)

 伝えなければならない、ヒトカゲ達の想い。それはとても難しいが大切な意味を持つものであり、続けていくことで意義を見いだせるもの――“生きる”ことだ。

「ギラティナ、聞いてくれる?」

 攻撃が落ち着いたところで、いつも仲間と接する時のような優しい表情でヒトカゲは問いかける。正直体はボロボロになっているが、話を聞いてほしい姿勢を見せている。

「僕は、生きたい。苦しいことも、悲しいこともいっぱいあるけど、それ以上に嬉しいことや楽しいことがある。それをみんなで築き上げていきたい」

 率直に告げた想いは、ヒトカゲの生きてきた経験そのものであった。それをこれからも、もっと経験していきたいという想いだ。そしてこれは、ギラティナのそれと同様に強いものである。
 言葉の重みがルカリオには理解できた。少なくともヒトカゲと旅をしてきた中で全てを経験している。父親の真相や仲間の死、新たな出逢い、それらは間違いなく彼の財産となっている。

「俺も、だな。俺の人生、不幸なままで終わらせたくない。まだまだ見えない先にありったけの幸せな出来事が待ってると思うと、頑張りたくなるな」

 2人の言葉はギラティナにはまだ伝わってないものの、他の神族には届いていた。ふと我に返ったかのような顔つきで、彼らもギラティナに想いを告げる。

「ギラティナよ。時折、汝と過ごせし時を忘れんと思い返す。いつしか共に暮らせし世にならんと」
「私もホウオウの言う通り、そう願っている。また私とパルキアと3人で過ごしたい」
「だな、混沌に帰すだなんて暗ぇーこと言わずにさ。策は探すからよ」
「……どうだ、ギラティナ。もう家族で争うのは止めないか?」

 神族も皆、想いは一緒だ。現界と冥界に分かれる前と同じ時間を過ごしたい、それだけを願っている。どうにかして互いの世界が壊れずに同じ空間にいれるかを、ずっと模索していた。
 ギラティナとて、同じである。彼らの力を持ってしてもそれが実現できずにいるから、絶望を感じ、やり直し――全てを混沌へ帰す意志を固めたのだ。簡単には揺らがない。

「我が望みを叶えん術が混沌への帰着。それが汝らにわからぬと言うか」
「仮にそうだとしても、生命ある者達の権利を奪う権利はないよね? だから生きながらも、一緒に方法を探すお手伝いをさせてほしい、そう僕は言いたいんだ」

 一般のポケモンに何が出来ようか、と思いつつも、偶然とはいえ神族の力を持ったポケモンがここまで辿り着いた。その実績を鑑みたとき、わずかではあるが期待してもよいのではないか、そうギラティナの心が揺らぎ始めた。

「……先程の言葉、改めん」

 しばらくの沈黙の後に、ギラティナの口が開いた。とうとうわかってくれたかと一瞬期待した神族達であったが、そう簡単にはいかなかった。

「止めてみよ、とは言わぬ。汝らが誠にその意志貫かんとするならば、見せよ、当ててみよ、我が心中に!」

 攻めの姿勢から転換したのは、ギラティナの言葉から察することができた。間違いなく、交渉の余地が生まれ始めている。これを逃してしまえば、確実に世界の崩壊が見えることだろう。
 ここでどう一歩を踏み出すか、ギラティナは考えていた。もし彼らの本気度合いが自身の求めているレベル以下であれば、問答無用で崩壊を推進するか、あるいは自滅するのを黙って見届けるか。
 一方の神族達も、想いをぶつけるに言霊だけでは不十分とも思いつつ、何が有効かを探っていた。いかにして説得をしようかと考えあぐねていた、その時だった。

「ディアルガ、お願いがあるんだけど」

 突如として発せられた幼い声、その声の主の方に全員の目が行く。小さな炎をしっぽに灯しながらも、誰よりも強い意志を持ったポケモン――ヒトカゲがそこにはいた。

「願いとは?」

 策を思いついたかと期待しつつ、ディアルガはヒトカゲのお願いについて尋ねる。彼から返ってきた言葉は、誰も予想しなかった頼み事であった。


「今の僕だと、ギラティナに想いを伝えきれない。だから……僕をリザードンに戻して!」

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