第41話:試練の再会――その4

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 セナが放った強い光に目をつむった。それが、最後の記憶。
 ホノオがふと目を開けると、目の前に広がるのは見知らぬ世界。暗い光と明るい光が混ざり合う、不思議な光景。

「よ、ホノオ」

 ポンと肩を叩きながら、セナが得意げに話しかけてくる。どうやらセナは事情を把握しているらしい。その様子が不可解で、やっぱりホノオは首を傾げた。

「セナ、ここは?」
「ここは、“心の世界”。みんなの夢をつなげて作ったんだ」
「夢? ってことは、ほっぺをつねっても――痛ぇ! 普通に痛いじゃん!」
「ぷっ! お約束のやつをどうも。……よく考えてみろよ。夢の中で蜂に刺されたら、夢の中では痛いと思うだろ? でも、実際に身体には傷ひとつない。そういうこと」
「あー……。夢の中でウンコしても、実際にはしていない的な?」
「んー……。その手の夢は実際にやらかしていることもあるらしいけど……って! 下品な例えはやめろぉ!」
「しゃーないだろ。アホな中学生男子が1秒で思いつく例えなんて、ウンコしかねーんだって」

 緊迫の戦闘から一転して独特の浮遊感がある世界に包まれ、セナとホノオはふざけた話をする余裕が生まれる。事情はさっぱり理解できていないホノオだが、雑談で肩の力が抜けた。

「ウーン……」

 ここで、高い声が微かに聞こえる。声の主を探すと、眠そうに目をこするシアンが上体を起こしていた。その後メルも起き上がり、セナは再び事情を説明した。ここは、皆の夢を繋げて作った心の世界。ヴァイスとネロの心と直接触れ合うために、セナが“心の力”で作った空間である、と。

「セナ、アンタ……。しばらく会わないうちに、とんでもないことができるようになったんだね」

 事情を飲み込んでもなお、現実味のない状況にメルは唖然としている。セナの力の開花を少しずつ肌で感じてきたホノオと違い、久しぶりに会ったメルやシアンにはその変化はいささか急すぎるように感じられるのだった。どこかよそよそしいメルの態度に、セナの心がちくり。

「やめてよ姉貴ぃ。オイラはオイラだよ」

 おどけた声色であっけらかんと言いつつも、語尾は寂し気に引きずられる。そのサインを逃さなかったホノオは、セナのフォローに入る。

「そうそう。すげー力に騙されちゃダメだぜ。セナはセナだ。相変わらずチビだし、寝起きは悪いし、ドジなんだから」

 ホノオは幼児を相手にするように、セナの頭を「よーしよし」と撫でる。馬鹿にされている。そう察知したセナはムッと背伸びをするが、ホノオには届かない。つま先立ちが極まりすぎてバランスを保てず、重い甲羅としっぽのせいで後ろにコロンと倒れた。

「ふあ!」

 手足をじたばたさせる間抜けな様子がおかしくて、メルもシアンもクスクスと笑う。警戒心にも近いメルのよそよそしさが消失したようで、ホノオはホッとため息をついた。フォローが上手くいったようだ。

「はは、悪かったよ。あんまりにも凄くなっちまったから、もうアタイが知ってるセナじゃないのかなって……寂しくなっちまったよ」
「セナは可愛いまんまだネ。ホノオとは大違い。ぎゅーっ!」

 勢いをつけて立ち上がったセナに、シアンはもちもちの身体を押し付けて抱きつく。出会ったばかりの頃はウザ絡みとしか思わなかったシアンの言動も、久しぶりだと可愛らしく思えてくる。セナは素直に、シアンの頭を撫でてやった。

「――っと。まだ事情説明は途中なんだ。もう少し詳しく話させてくれ」

 セナはシアンの頭をポンポンと叩き、身体から離れさせる。

「ヴァイスとネロさんにも、今夢を見せているんだ。全てを説明し終えたら、2人の夢も、オイラたちの夢と繋げちゃおう」
「それで、ヴァイスとネロさんの心と向き合えるってことか」
「うん。ただ、ヴァイスとネロさんの中には、それぞれ“2つの心”が存在しているんだ。1つは、オイラたちの味方の――本物のヴァイスとネロさん。もう1つが、オイラたちを殺そうとしてきた狂暴なヴァイスとネロさんだ。奴らはきっと、救助隊FLBが何らかの方法で2人の心に植え付けたんだと思う。そして……たぶんだけど、本物のヴァイスとネロさんを、傷つけて弱らせているんだと思う」
「なるほど……。だから、ヴァイスもネロも、いつものような優しさを忘れて、アタイたちに襲いかかって来たってことか。セナ、アンタ、よく仕組みが分かったね」
「戦っている時に、本物のヴァイスの心の声が聞こえたんだ。“助けて”って言っていた。元の心が失われた訳じゃないんだって気づいて、良いヒントになったんだよ」

 少しずつ話が見えてきて、ホノオもメルもシアンも気を引き締める。ヴァイスとネロの心を占領している“ニセモノの心”を倒せば、本来のヴァイスとネロを取り戻せそうだ。

「じゃあ、早速2人を助けに行こうぜ」
「……その前に。1つだけ、覚悟をして欲しい」

 軽快に呼びかけるホノオにブレーキをかけるように、セナは声を重く引きずらせた。

「心の死は、人格の喪失だ。オイラたちはこの“心の世界”でやられたら、もう二度と目を覚ますことができない。それと、もしも本物のヴァイスとネロさんがニセモノにやられちまったら、2人の心は完全にニセモノに乗っ取られてしまう。2人を、二度と仲間とは呼べなくなってしまうんだ。
 それでも、やってくれるか?」
「それってつまり、絶対に負けてはならない、後がない戦いってことだろ? そんなの、いつもと一緒じゃん。オレはやるよ」
「アタイも。ここで引いたらやられ損だろ」
「シアンも、シアンも! ヴァイスも、ネロさんも、これからずっと敵だなんて、嫌だモン。優しいヴァイスに戻って欲しいんだモン!」

 覚悟を問うようにゆっくりと状況を説明したが、ホノオもメルもシアンも、しっかりと理解した上で戦うことを選んだ。それはセナにとってはとても嬉しいことであったが、どうしても、彼にしか理解しきれぬ重りが心に覆いかぶさったままでいた。
 ――今オイラは、心の力をふんだんに使っている。こうでもしないと状況は打破できないし、それがヴァイスのためになるのならば喜ばしい。しかし、心の力を使うほどに記憶が戻るのであれば。この戦いを終えたころには、オイラは不穏な記憶が心に溢れているかもしれない。もう、今の“オイラ”ではなくなってしまうのかもしれない。
 自分にどんな未来が待ち受けているのか分からない。だから、怖い。
 迷いが心の表層に浮上しそうになるのを、セナはぐっと踏みにじった。そんなものは、今は足かせになるだけなのだから。

「みんな、ありがとうな。それじゃあ、早速出発だ」

 ホノオとメルとシアンが頷く。セナはそれを確認すると、右手から大きなつららを生みだした。つららは芯から青く、力強く光る。セナはそれを槍のように扱い、思い切り空気を突き刺した。
 青の光と、夢の光が混ざり合い、新たな世界が開ける。ヴァイスとネロの夢が混じると、光が暗く淀んだ。まるで、彼らの異常な目の色のように。
 セナとホノオとシアンとメルは身構える。すると、背後から痛烈な敵意を感じた。

「そこだッ!」

 セナは振り返りながらつららを敵に突き刺す。見事、つららはヒトカゲの腹部に命中し、小さな身体を弾き飛ばした。つららを回避したジュプトルが、セナに剣を向けるが。

「喰らえ!」

 小回りのきくホノオが、偽ネロの背後に回り込んで“炎の渦”。高火力で拘束した。
 それに重ねて、追撃。メルが“れいとうビーム”で偽ネロに冷気を浴びせ、寒暖差に弱い草タイプを弱らせた。シアンは飛んでいった偽ヴァイスを追いかけ、“渦潮”で縛り上げた。

「妙に弱いな……」

 ホノオが思わず本音を漏らしてしまう。先ほどはあんなにも苦戦を強いられたのに、あっという間にこちらが敵を圧倒している。喜ばしい状況ではあるが、不可解だ。

「当たり前よ。このニセモノが“オイラたちを殺したい”って思う気持ちなんかよりも、オイラたちの“ヴァイスたちを助けたい”って気持ちの方が、ずっとずっと、強いんだから!」

 セナはホノオの疑問に得意げに答えると、ヴァイスのニセモノを追い詰める。ニセモノは、ヴァイスにそっくりな顔で目に涙を浮かべ、セナを見つめるが。

「ヴァイスの身体でそんな顔をするな。ヴァイスを返してもらうぞッ!」

 セナは躊躇なく“ハイドロポンプ”でヒトカゲを貫く。ぐったりと倒れたヒトカゲは、そのままフッと姿を消した。同時に、ホノオの“火炎放射”でジュプトルはとどめを刺され、消滅する。

「やったぁ! あとは本物のヴァイスとネロさんを探して助けよう」

 あっけない戦闘の終了。その手ごたえのなさを打ち消すように、セナは達成感に満ちた声で仲間に呼びかけた。身体から、青色の光が漏れ出ている。
 あんなにも苦戦を強いられた敵を、こうも簡単に倒すことができた。それはもちろん、セナが説明した“助けたい気持ちの強さ”が反映されやすい、心の世界のせいなのかもしれないが――。
 ホノオはやはり、モヤモヤと考えてしまう。この夢を作っているのは、セナだ。セナの夢、セナの心。それが際限なく解放され、まるで“何でもセナの思い通り”になっているような――。
 それが悪いこととは言わない。むしろ、好都合ではある。しかし。
 そんなに“心の力”を使って、セナは“大丈夫”なのだろうか?

 ニセモノが夢から消滅したことで、夢の世界は明るい色を取り戻す。すると遠くに、オレンジ色と緑色のトカゲのようなポケモンが倒れているのが見えた。本物のヴァイスとネロだ。

「ヴァイス!」
「ネロ!」

 近づくほどに、2人の身体が傷だらけであることを理解させられ、心が痛む。ニセモノにやられ、心の主導権を握られていたのだろう。セナはヴァイスに駆け寄り、そっと身体を抱き起す。メルはネロの頬を軽く叩き、反応を確かめた。

「あ……セナ……。助けにきて、くれたんだ……」
「ん……俺は、今まで何を……」

 ヴァイスとネロは薄目を開け、弱々しく言葉を発する。メルとシアンは、ヴァイスはともかくネロの弱った姿に酷く驚かされてしまう。
 セナはヴァイスとネロにニコリと笑顔を向けると、身体に青の光を満たす。その光をヴァイスとネロの身体にうつし、身体の中に染み込ませていった。

「“ヒール”」

 セナが呟くと、ヴァイスとネロの傷が嘘のように治る。まるで、魔法のように。メルもシアンも、それを見て唖然とする。
 ――頼もしいとか、もう、そういう次元じゃない。本当に、“やりたい放題”なのだ。ホノオは危機感を煽られる。かつて、オレを呪いの焔から救ってくれただけでも、あんなに苦しそうな副作用にうなされていたのに――。

「おいセナ、もうそろそろ、無茶を――」
「わああ……! セナ! セナぁ! ずっと会いたかったよー!」

 ホノオの言葉はかき消される。元気になったヴァイスは両目に涙をためて泣きじゃくり、セナに抱きついた。セナも両腕を広げてしっかりとヴァイスを抱きしめた。ふいふにと柔らかいヴァイスの肌は、ぽかぽかと温かい。ホッと安心する、包み込まれるような感覚に、セナは幸せで満たされていった。

「オイラも、会いたかったよ。ただいま、ヴァイス」
「おかえり。セナ、おかえり! ずっと心配していたんだよー!」
「うふふっ、ヴァイス。あんまりスリスリしないでよ。ちょっとくすぐったいよっ」
「だって、嬉しいんだもん。スリスリが止まらないよぉ!」
「あははっ! やだぁ、やめろってばー!」

 キャッキャとじゃれ合うセナとヴァイスを見て、シアンはホノオをつんつん。

「シアンたちも、あれやる?」
「アホか、やらねーよ気持ち悪い」
「奇遇だネ。一応確認したけど、シアンも気が乗らなかったノ。ホノオがヴァイスみたいにスリスリしてるの、気持ち悪いしネ」
「オレが抱きつく側かよ。せめて逆だろ」
「確かにネ。地獄のミスキャストだヨ〜。うえぇ」
「……勝手に想像されて勝手に気持ち悪がられるのも、なんかすげー腹立つな……」

 こうして、救助隊キズナは夢の中で4人が揃って再会を果たした。後は、夢から醒めるだけ。だが。

「なんだか、夢の色がまた淀んできたな……。おかしい。誰かいるのか!?」

 セナが違和感を嗅ぎ取り、侵入者の存在を指摘する。その直後。

「ふふふ。バレてしまっては仕方がないね」

 “テレポート”のように突然、3人組の彼らがセナたちの前に立ちはだかった。救助隊FLBだ。

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