第41話:試練の再会――その3

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 山頂付近の激闘も、山のふもとへは気配すら届かない。
 セナたちがヴァイスとネロのもとへ向かった後、雷鳴の山のふもとで待機している面々は緊張で顔を強張らせていた。――もちろん、平常心のスザクと、能天気なウォータを除いて。

「セナくんたち、大丈夫かな?」
「どうだろう。ヴァイスとネロさん、本当にあり得ないほど強かったから……心配だな」

 ポプリの寂し気なつぶやきに、ブレロが相づちを打つ。それぞれ違う旅路で救助隊キズナと関わってきたポプリたちとブレロたちだが、戦いを案じる心が早くも1つにまとまった。

「みんなが心配な気持ちは、とてもよく分かるよ。でも、まだエンテイから僕に連絡が来ていない。まだ、キズナはピンチじゃないみたい。エンテイを通じて、僕がセナ君たちの戦いを見張っているから。みんなは安心して、セナ君たちを応援していてね」

 心配な気持ちに寄り添いつつも、根拠を添えて一同を安心させてくれる。ライコウは地面に寝そべりながらゆったりと構えて、大人の余裕でその場を包み込んだ。

「そうだね。ありがとう、ライコウさん。セナくんたちを信じて待とう」
「んだなぁ~」

 ポプリの言葉に間延びしたウォータの返事が重なり、一同の緊張がほぐれる。程よい脱力感の中で、ソプラは妙案を思いついたようだ。ぴょこんと立ち上がる。

「そうだ! ヴァイスとシアンについてきたアタシたちと、セナとホノオについてきたアンタたち……お互いのことを、まだあんまり知らないよな。今この時間に、みんなのことをもっと知りたいよ」
「そうだね、ソプラ。いざとなったらボクたちも戦うことになるだろうし、お互いを知っておいた方が、良い連携がとれそうだね」

 ソプラの提案に、アルルも声を重ねて賛成する。皆を見回し、ソプラとアルルは意見を求める。

「そうね。互いに素性を明かさぬ限りは、信用どころではないもの」
「オラも賛成だぁ!」

 いささか斜に構えたスザクの返答を、またまたウォータが間抜けな声で意図せずほぐす。ポプリもクスっと笑いながら「うん、そうしよう!」と同意した。

「いやぁ、ソプラにしては良い提案じゃないの。明日はガイアに隕石でも――」
「ブルル?」

 余計な一言を口走ったブルルの前に、口の右端だけをつり上げた恐怖の笑顔のソプラが立ちはだかる。

「ごめんなさい! 命だけは! 命だけはお助けを!」

 ブルルはブレロの影に隠れ、背中を押してブレロを身代わりとして突き出した。

「あ、ちょっと! 僕の命を何だと思っているんだよ、ブルル!」

 愉快なやり取りを見て、ライコウは微笑む。ほんの少し背中を押しただけで、彼らは光を見つけて明るく前を向いた。未来に進む子供の力強さを、頼もしく感じるのだった。




 セナとホノオがヴァイスと向き合っているのと同時進行で、シアンとメルはネロと向き合う。ただでさえ強いネロに水タイプの2人で立ち向かうことになり、メルは密かに焦っていた。
 ネロは素早くメルに“リーフブレード”を突き付ける。メルは“れいとうパンチ”をぶつけ、草の力を凍り付かせて打ち消した。

「ネロ。敵に操られるなんて、アンタらしくないじゃないか」
「操られてなどいない。これは俺の意思だ」
「違うモン。ネロさん、そんなに怖いおめめじゃなかったモン!」

 元々抑揚のないネロの声は、以前と変わらない調子だ。しかし、暗く濁った瞳が“おかしい”のだ。ただし瞳の色など、鏡でもなければ当の本人は異常には気が付かないものだ。ネロは自身の認識する“平常心”でもって、メルとシアンの命を刈り取ろうとする。
 ネロは右手をメルとシアンに向け、“エナジーボール”を乱射する。小さなシアンを丸々飲み込むような強力な力を、惜しみなく――。メルは“れいとうビーム”で、シアンは“バブル光線”で必死に迎え撃つが、あっけなくネロの攻撃に押されてしまった。

「くっ、仕方ない。“守る”!」

 メルはシールドを展開し、ネロの攻撃を無傷で受けきることにした。連続で使用できぬ無敵の防御手段を、早くもこの段階で使用してしまった。次の攻撃を対処する方法も見つからぬまま。
 ネロの攻撃が止むと、メルも守りを解除する。爆風に煽られた土埃に紛れ、ネロは既に接近している。“リーフブレード”の構え。メルは再び“れいとうパンチ”をぶつける。右手を交差させ、押し合う。力はつり合い、互角。メルのその認識を嘲笑うように。ネロは草の剣をメルに押し付けたまま、口の中にエネルギーを溜める。――マズい! メルは次の一手に気が付くが、“リーフブレード”を防ぐので手いっぱいだった。身を守る手段も使い果たしており。

「“破壊光線”」
「あッ……!!」

 至近距離で破壊光線に焼き尽くされ、メルは痛みすら認識する余裕もなく弾き飛ばされた。全身を焦がされて、焦げた皮膚が岩山に引きずられて、ようやく耐え難い激痛を知覚する。

「くぅ……ッ」
「ねーちゃん! 大丈夫!?」

 すぐさまシアンがメルに駆け付けるが、それをネロが飛ぶように追い越す。破壊光線を使ったばかりのポケモンは、反動でしばらく動けなくなるはずなのに。
 ネロは仰向けに倒れるメルにまたがると、思い切り首を絞める。さらに全身を緑色に光らせて、メルからエネルギーを奪い取った。“ギガドレイン”だ。

「ッ……んん……!」
「止めてヨ、ネロさん! もう止めて!」

 シアンがネロにしがみついて泣き叫ぶが、攻撃の意思がないことを見透かされていたのだろう。ネロはシアンは気にも留めず、メルへの攻撃を緩めない。シアンは必死にネロのしっぽを引っ張ってメルから引きはがそうとするが、か弱い力ではネロはびくともしなかった。
 このままでは、やられてしまう。メルは悟ると、逆転の策を講じる。こうするしか、勝ち目はない。
 メルは全身に力を込めて、ネロの“ギガドレイン”を吸収する。痛みに耐えながらそのエネルギーを増幅させると、反射した鏡のように鋭く輝いた。“ミラーコート”だ。

「ぐっ……!」

 受けたダメージを増幅させて跳ね返す“ミラーコート”は、ネロの攻撃が強いほど、メルがダメージを受けるほど、ネロに深く刃が突き刺さる技だ。ネロは全身に襲い掛かる痛みに大きくのけぞり、メルを解放した。

「げほ、げほっ……! はあ、はあ……っ」

 久々の呼吸。ちかちかと真っ白な目の前が、少しずつ色彩を取り戻して水色を映す。メルを覗き込むように、シアンが心配そうな顔を向けていた。

「ねーちゃん! ねーちゃん!」
「うぅ、シアン……。心配かけたね。いい方法を、思いついたんだ。ネロも、ちょっくら痛い目にあえば、少しは落ち着くかもしれないね」

 意識が鮮明になると、メルはシアンの頭を優しく撫でて安心させる。“アクアリング”を身体に纏って傷の回復を促進させると、まだまだズタボロの身体に鞭を打ってネロに向かっていった。
 戦闘は得意だが素早さには自信のないメルに、ネロは圧倒的な脚力でもって接近する。“ミラーコート”で傷を受けてもなお、充分な余力があるようだった。“リーフブレード”をメルの腹部に突き立てる。

「うっ……!」

 メルは受けた痛みを全身で吸収し、エネルギーへと変える。それを爆発させるように、しっぽでネロを薙ぎ払った。“カウンター”だ。
 ネロの身軽な身体は弾き飛ばされ、表情から痛みも読み取れる。

「はあっ、はあっ……どうだい……」

 ネロの高い攻撃力と手数、そして自身の耐久力を上手に使い、最良の戦略を導き出したつもりだった。しかし、メルのその――ダメージを受けることを前提とした戦い方は、シアンの胸を強く痛める。

「ねーちゃん! そんなに無理しちゃダメだヨ! ねーちゃんが死んじゃうヨ!」
「ごめんね、シアン。でも、これしか……これしか、アタイがネロとまともに戦える方法なんて……」

 ダメージに喘ぐメルと、メルの傷に心を痛めるシアン。その弱みに付け込むように、そしてメルの戦略が通用しない方法で。ネロは次の一手を仕掛ける。メルとシアンに“宿り木の種”を植え付けた。種は2人のエネルギーを吸い取って発芽し、ぐんぐんとツルを伸ばして全身を締め付けてゆく。

「あっ……! う、ん……ッ」
「きゃあ……ッ!」

 メルは頭が真っ白になる。“高速スピン”さえ繰り出せれば、拘束を解くことができるだろう。しかし、少しでも身体に力を入れようとすると、気が狂いそうな倦怠感に襲われる。
 身体が怠くなるほどに、宿り木はメルとシアンの養分を吸い取って成長する。その生命力でさらに獲物に強く絡みつき、エネルギーを奪う。痛みに身をよじるほどに、締めつけが強くなる。激しくエネルギーが奪われる。身体を動かすことが――呼吸さえも、耐え難い苦痛となる。苦しい。でも、暴れるほどに怠くなって、もっと苦しくなって、目の前が真っ白に――。

 メルとシアンは、宿り木に体力を奪われ尽くして気絶する。2人から奪ったエネルギーで傷を完治させたネロが、“リーフブレード”でとどめを刺そうと迫った。




 ヴァイスの“雷の牙”が喉元に食い込み、セナは瀕死の重傷を負った。意識が遠のきそうになるが、焼け付くような全身の痛みにしがみついて気を保つ。――ダメだ。オイラの命を奪うことなんて、ヴァイスも望んではいないだろう。死んではいけない。死にたくない。オイラは、まだ――。
 強く願った。心に願いが満ちた。
 セナの全身が、深い青色に輝いた。
 身体の痛みも痺れも、嘘のように消え去る。セナは腕に、足に、力を込めてみた。ぼろきれのように動かなかった身体が、傷ひとつ付いておらずしゃんと立ち上がった。
 “心の力”とやらが、発動したのだ。セナは確信する。そうだ、まだこの手があったか。希望が心に舞い込んでくる。――オイラは、何でもできる。何でもやってやる。

 世界をその目に映す。ホノオの“破壊の焔”と、ヴァイスの“破壊光線”が幾度となく衝突し、爆風が吹き荒れていた。2人とも、命を前借りするかのように、負担の大きな技でぶつかり続けている。小さなヒコザルとヒトカゲの身体は、爆風に飛ばされ、傷付き、喘ぎ――それでも、相手が死ぬまで攻撃し続けようとしている。眼差しだけで相手を呪い殺そうとしているような、禍々しさすら感じる戦闘の様だった。

「ヴァイス……。もう、もう止めてくれ……」

 震える声で、セナは心から訴える。

「オイラも、本当はホノオも、お前と戦いたくなんかないんだ。お前とシアンと、もう一度救助隊をやりたいから、オイラたちは今日まで頑張って生き延びてきたんだよ」

 青く光るセナの声は、ホノオの心に深く沈み込む。セナを殺されるくらいなら、ヴァイスを殺したほうがマシ――目的を憎悪に塗りつぶされた少年は、ハッと正気を取り戻した。
 ヴァイスはセナを一瞥したが、すぐにホノオに狙いを定めて“破壊光線”。ホノオは持ち前の身体能力でヴァイスの攻撃を回避した。

「セナ! ありがとう、目が覚めたよ。オレがヴァイスを引き付ける。お前を守る。だから、そのままヴァイスに呼びかけ続けてくれ!」

 ホノオは囮を引き受けて、ヴァイスに“破壊の焔”を撃つフリをする。ヴァイスが相殺に応じようとすると、すぐさま回避に全力を注いで立ち回った。異常な強化がされているとはいえ、ヴァイスの呼吸も乱れている。攻撃の頻度が抑えられてゆく。

「聞いてくれよ、ヴァイス。ポケモンたちに命を狙われるって、想像以上に辛くてさ。オイラ、感情が擦り切れて、心を失ったこともあったんだ。追手のポケモンの羽をぶち抜いて、足を突き刺して、それを何とも思わなかったときもあった。お前に会いたい気持ちすらも、どうでも良くなっちゃったんだ。
 そんなオイラを、お前は夢の中で優しく慰めてくれてさ。温かい思い出も、たくさん思い出させてくれてさ。思い切り泣いたら、また優しい気持ちになれたんだ」

 ホノオは息苦しさに歯を食いしばりながらも、ヴァイスの攻撃を回避し続ける。ヴァイスの“火炎放射”の威力が、少し落ちたようにも見えた。

「救助隊を始めたばかりのときも、こういうことがあったよな。毎晩嫌な夢を見て弱っていたオイラに、お前が歩み寄ってくれてさ。辛い気持ちを吐き出してお前に甘えたら、すごく気持ちが楽になったんだ。
 なあ、ヴァイス。お前の優しい気持ちは、今まで何度もオイラを助けてくれたから。今度は、オイラがお前を助けたいんだ。お前は、相手の話も聞かずに力でねじ伏せるような奴じゃないだろう? お前の本当の気持ちを、オイラは守りたいんだ」

 ヴァイスはホノオをねじ伏せようと深く息を吸う。“火炎放射”を放つ準備をする。が、呼気を炎に変えず、震えたため息を吐き出した。

「ヴァイス。お前のために、オイラは何ができるかな?」
「……たす、けて……」

 ヴァイスの瞳は獰猛なまま、涙で潤む。蚊の鳴くような声で、ヴァイスは訴えた。粗暴な心に支配されながらも、優しい心の欠片を感じた。
 ――ヴァイスの心の中には、優しいヴァイスと“偽物の”ヴァイスがいるのではないか。
 セナの思考に仮説が迷い込む。

 ――もしも、そうだとしたら。ネロさんも、そうなのだとしたら。
 このまま身体で戦闘を続けても、根本的な解決にはならない。心で、戦わなくてはならないのだ。

「ホノオ。ヴァイスを引き付けてくれてありがとう! いいこと、思いついちゃった」
「へ?」

 ヴァイスが助けを求め、涙を流した。ホノオも戦闘の転機を感じてはいたものの、何らかの解決策を思いつくには情報が少なすぎる。セナの思考について行けず、大きく首を傾げた。
 セナはどんどん先へ進み、思考を、心を、行動へと反映させる。身体を青く光らせると、ホノオとヴァイス、倒れたメルとシアン、シアンたちにとどめを刺そうとするネロを光で包み込んだ。

「うおっ!?」
「さあ、ヴァイスとネロさんを助けに行こう!」

 青い光は閃光となり、セナの言葉と共に消えた。

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