第94話 証言

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 2日後の夕刻、約束の時間となった。ラゼングロードのセントラルポイントにはクリムガンを始め、ルカリオ達、レシラムとゼクロム、ヒトカゲ、そして街のポケモンが数人ほど。街の住人はルカリオ達が連れてきた。
 レシラムは集まった者達の手を見る。そこには誰1人として物を持っている様子がなく、「クリムガンが善人であることを示す物的証拠はない」と判断した。

「お前達、証拠はなかったんだな?」

 念を押すようにレシラムが言う。最初から証拠などあるはずがないと決めつけていたのだろう、この件をさっさと終わらせたいと思っている。

「まぁまぁ、そう焦らないでくださいよ、王様~」

 面倒くさそうにしているレシラムに対し、ヘラヘラと笑いながら話しかけたのはサイクスだ。何故その様な表情をするのかとレシラムは疑問を持ちながらも、憎たらしく見えたせいで若干苛ついている。

「どういう事だ?」
「まずはさ、実際にどんな被害にあったかを聞いてみてもいいんじゃないかと思ってさ。どっかから仕入れた噂だけじゃ真実味ないじゃん?」

 そう、ここで実際に証言をさせるために被害者である街のポケモンを連れてきたのである。この時点で何かしらの策略があるのではと王達はすぐに気がつく。だがサイクスの提案を却下するまでの理由もなく、ひとまず受け入れることにした。

「いいだろう。聞こうではないか」

 サイクスはこの返事を待っていた。彼の中では雄叫びをあげながらガッツポーズをするほど、今の返事は自分達の勝利宣言であることを意味していた。

「じゃあ早速だけど、アーケオスさんでしたっけ? 説明してくれぃ」

 色鮮やかな始祖鳥を思わせるポケモン・アーケオスが前へ出る。彼はこの国の中でも比較的裕福であり、商品のトレードを主に仕事をしている。

「わいはこのクリムガンからトレードに出すはずだった商品をなんぼか盗まれたんや!」

 強い訛りのある口調で怒りを露(あらわ)にする。その間、よくもやってくれたなと言わんばかりにクリムガンを睨みつけていた。

「具体的にはどんなものを盗られたんです?」

 少し落ち着いたところで、ラティアスがアーケオスへ質問する。商売人だからか、それとも単に意地汚いだけなのかは不明だが、彼は事細かく説明をする。

「えっと、137日前にヌオー埴輪を盗られ、その13日後には高級コイキング食器、その23日後にはワルビアルの絵で……」
「ちょっと待て」

 アーケオスの説明に割って入ってきたのは、身体が赤黒く、2足歩行のワニ型のポケモンであるワルビアルだ。彼の説明を聞き、口を挟まずにはいられなくなったようだ。

「その絵、俺から騙し取った絵じゃないだろうな?」
「ぅえあっ!?」

 それを聞いた瞬間、アーケオスの表情が強張り、額からじわりと汗が出始めていた。動揺してしまったのか、自分でもよくわからない変な声を上げてしまう。

「な、何を言いまんがな! これはあんさんからちゃーんと金払ってもろたものやで!」
「あー確かにそうだな。市場価値の100分の1程度の金だがな!」

 まさかの、被害者同士の言い争いが始まる。だがこれはアーケオスとワルビアルに留まった話ではない。この言い争いを見ていた他の被害者達も、続々と声を上げたのだ。

「まさか、私があなたに売ったシャンデラシャンデリアもそうなの!?」
「我がキリキザン一族の宝刀も法外な値段だったのだな!」
「そうか、それならこの建設資材のドテッ骨(こつ)も……どうりで採算が合わないわけだ」

 その声は全員アーケオスへ向いた。彼はとんでもないほど低い査定を突きつけ商品を引き取り、自らはこれでもかという程の高い値段を商品に付け、膨大な利益を得ていたのだ。
 彼の愚行はわずかながらではあるが街中で噂されていた。それをルカリオ達が聞きつけ、あの手この手で情報を集めてこの場に関係者を集めたのだ。

(やったな!)
(やりましたね、サイクスさん!)

 言い争いをしている被害者の横で、サイクスとラティアスが微笑む。これこそが、クリムガンを助けるための作戦であった。それを明かすため、メンバー達は動き出す。

「王様、これが、この国の実態です」

 メンバー達がレシラムとゼクロムの前に立ちはだかる。何が起こっているか把握できていないクリムガンの肩に、ルカリオがそっと手を置く。

「この国の死刑制度を国民は恐れている。だが私利私欲を求めている以上、必ず犯罪に手を染める者が現れる。死刑を免れるため、証拠もないような汚いやり口でな」

 ドダイトスの重い口調は、王達の心を動かすのには十分だった。王達も動揺し、顔にこそ出してはいないものの、気持ちは穏やかではない。

「そうなると、被害者は泣き寝入りするしかねぇ。その結果、貧富の差が激しくなり、なくなく子供を手放す親だって出てきてること、知ってるのか?」
「村の外れに孤児院がある。そこにいる子供達はみんな捨てられたんだ。そんな子供達を放っておけなくて、クリムガンは悪い奴らから奪った物を売って、その金で買った食べ物を持って行ってたんだ」

 圧のある言い方でカメックスとバンギラスは責める。クリムガンが義賊だということを初めて知ったダイケンキは、これまでの仕打ちに対し非常にいたたまれない気持ちになる。

「クリムガンがしたことは確かに犯罪だ。だがそれ以上に、この国の死刑制度が、たくさんの被害者と犯罪を生んでいるんだ」

 ルカリオはそう言いながら、孤児院にいた子供達の顔を思い浮かべる。実際に目にしたからこそ、子供達を守りたいと思ったクリムガンの気持ちを理解している。
 王達は完全に圧されていた。良かれと思って施行した法律が、逆に国の内政を悪化させていたことに気付かされると、返す言葉も出てこないようだ。

「残念ですが、“無実”という証拠はないです。ですが、彼がどんな想いでこのようなことをしたか、ご理解していただけますよね?」

 ラティアスがそう言ったときには、クリムガンは泣いていた。声こそ出していなかったが、目からは溢れんばかりの涙がこぼれていた。

(こいつら、俺のためにここまで……)

 申し訳なさと感謝の気持ちが一気に湧き上がった。仮に決定が覆らなくても、自分に対してここまでしてくれただけで十分ありがたいことだと思っている。

「どういう理由で施行したかは知らんけどさ、王様だって、死刑を望んではないだろ? 実際、罪を犯した奴の命を奪ってないみてぇだし」

 サイクスの話によると、死刑というのは命を奪うということではなく、国外追放、つまり『この国における社会的な死』という意味合いだと説明する。
 ちなみにこの情報は、前日にプテラに連絡を取って調べてもらったものだと言う。追放されたポケモン達が暮らす島の存在も、既に把握済みだとか。

「……そこまで突き止めていたか」

 まるで観念したかのような表情で、ため息混じりにレシラムが口を開いた。全てを知られた以上、どう振る舞うべきかを考える間もなく、ルカリオが王達に問いかける。

「これが“真実”だ。ゼクロム、あんたが考える“理想”は何だ?」

 この質問を、ルカリオは敢えてゼクロムに投げた。2日前の様子から、今なら自分達にとって味方になってくれるのではという憶測をしていたからだ。

「民が平和に暮らせる国にすること――それが“理想”だ」
「じゃあその“理想”を、今から現実にしよう。死刑制度取っ払ってさ」

 これこそが、最良の提案だ。一時的にクリムガンを助けるだけでは何の解決にもならない。今後を見据え、根本から変える必要があったのだ。
 レシラムはルカリオをはじめ、メンバー全員の目を見る。それだけで、彼らがどれだけこの事件に対して本気で取り組んできたかが一目瞭然であった。

「……お前達の言うように、死刑制度をなくそうではないか」

 誰もが待ちわびた、その言葉。メンバーは歓喜の声をあげ、クリムガンはさらに涙を流す。ついこの前知り合っただけの存在に、自分では何一つできなかったことをやりのけてしまった――彼の中では、とてつもなく大きな感謝の想いが溢れていた。

「だが、クリムガンが罪を犯したことには変わりない。それなりの処罰は受けてもらうぞ」
「あぁ。覚悟の上だ」

 クリムガンは処罰を受け入れるが、その間孤児院のことはどうすればよいだろうかと悩んでいたちょうどその時、タイミングを狙ったかのように2匹のポケモンがやって来た。

「じゃあその処罰、うちでの労働ということでどうだろうか」
「監視はしっかり私達が致します」

 現れたのは、孤児院のアバゴーラとツタージャであった。突然の提案にクリムガンは目を丸くしている。実は、彼らは陰からこっそり成り行きを見届けていたのだという。

「よかろう。処罰は、孤児院での雑務全般、そして子供達の世話……いいな?」
「……はい!」

 またしてもクリムガンは泣きだしてしまう。1度にこれだけの願いが叶うと想像してなかったのだろう。そんな彼を見て、ゼクロムは軽く微笑むのをラティアスが目撃する。やはり、王もこれを望んでいたのだろうと確信した瞬間であった。


「礼を言うことしかできないが、本当にありがとう」

 騒動が治まったところで、クリムガンはみんなにお礼を言った。そして彼は開放されたヒトカゲのところへ向かい、目の前に立ったところで目線を合わせるためにしゃがみ込む。

「少ししか関わってないのに、俺のことを心から信じてくれた。お前には感謝している」
「当然だよ。悪いポケモンに見えなかったんだもん」

 がっちり握手を交わし、「お礼は必ずする」と言い、クリムガンはアバゴーラ達とその場を後にした。ヒトカゲは彼が見えなくなるまでずっと手を振っていた。


「いやー終わったなー。疲れたぁー」
「もう日がほぼ落ちかかってますもんね」

 さすがに2日間目まぐるしく動いていたため、ルカリオ達は疲れていた。今日はもう休んで、明日以降またこれまで通りの修行をやろうと話をしていた。

「あ、みんな、ちょっと待って。レシラムもここにいて」

 突然、ヒトカゲはメンバーと王達を呼び止める。祝杯でもあげるのかと陽気な気分のメンバーだが、そうではないようだ。ヒトカゲはゼクロムのところへ向かい、耳打ちをする。

「何事だ?」
「疲れているところ悪いが、これからが本番だ」

 ヒトカゲとゼクロム以外は、何が始まるのかと不思議がっていた。次第にヒトカゲの顔つきが真剣なものになり、十分気持ちを落ち着かせたところで、こう言った。

「今から、謎解きをするよ。僕達が今まで会ってきた神族と一緒にね」

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