第91話 条件

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『お、王様!?』

 彼らの目の前に現れたレシラム。何の脈絡もなく突如としてこの場所に来るのは変だなと思っていると、レシラムの後ろにものすごく気まずそうな顔をしたダイケンキがいた。

「質問に答えろ。ここで何をしているのだ?」

 威圧的な声色で、ゆっくりと、王は問いかける。王の放つオーラに耐えられなくなったのか、ヒトカゲは小さく身震いをした。無表情を貫いていたクリムガンも、口が開きっぱなしだ。

「……お、王様……」
「お前は黙っていろ。私はこの者達に尋ねているのだ」

 ダイケンキが何か説明しようとしたが、王によって止められた。鋭い眼光で睨まれたせいで何も言えなくなってしまったようだ。身が縮こまるような思いでその場から1歩下がる。

「何してるって、僕はただ一緒に喋ったり食事したりしてるだけだよ?」

 嘘にはならない表現でヒトカゲは答える。もちろん、自分の口からクリムガンの事についてはレシラムに一切話していない。王は彼の存在を知らないはず――と思っていた。
 ところが、その考えは甘かった。レシラムの顔つきを窺うと、目つきがより鋭くなっていた。怒りの混じったその低い声が、冷や汗を流しているヒトカゲをより脅す。

「その相手が、何度も窃盗を繰り返す犯罪者であってもか?」

 返す言葉がなかった。こればかりは否定するわけにもいかない。ダイケンキが驚きの表情をしているあたり、彼はレシラムにクリムガンが窃盗を繰り返していたことを喋っていない。どこからか情報を入手したようだ。

「……まぁいい。お前達、ラゼングロードへ来い」

 クリムガンにかけられていた拘束具は“かえんほうしゃ”にて瞬時に外され、クリムガンは自由に動けるようになった。だがその代わり、自由な身になるのは絶望的になってしまう。
 ヒトカゲ達はラゼングロードへ歩かされた。移動中、レシラムは上空から常に彼らを監視していた。獲物を定めた獣の如く、ただただ彼らに焦点を当てて。


 ラゼングロードへ戻ると、雲の切れ間から光が射していた。街中にいたヒトカゲの仲間達は噂を聞きつけ、小屋で寝ていた者達は飛び起き、すぐさま駆けつけた。
 レシラムの姿を見つけると、ゼクロムもすぐにやって来た。みんなはヒトカゲ達に声をかけたがったが、とてもそんな状況ではなかった。ただ黙って、成り行きを見守ることしかできずにいた。

「何があったんだ」

 ゼクロムが説明を求め、それにレシラムが詳細を語った。クリムガンは犯罪者、ダイケンキはその犯罪者を王に見つからないよう監禁、ヒトカゲはその事実を知って遊びに行っていたことを。

「なるほど……それは見逃すわけにはいかないな」

 事の詳細を知ったゼクロムは、改めてヒトカゲ達を見まわす。心配そうな表情のヒトカゲ、怯えているダイケンキ、一切の表情を出さないクリムガンの姿が目に映った。

「さて、もう1度聞こう」

 いまだに険しい顔つきのレシラムが、ゆっくりと彼らの元に歩み寄る。そして彼が最初に目を付けたのは、クリムガンだ。見下しながら、彼に問いかけた。

「クリムガン、お前はテューダーにて複数回にわたり窃盗を犯した。違うか?」
「……あぁ、やった」

 レシラムの目を一切見ずに、呟くようにクリムガンは言い放った。恐怖を抑えているのか、それとも逃げるつもりでいるのか、一貫して顔色ひとつ変えようとしない。

「何故罪を犯したのだ?」

 続けてレシラムは問いただす。だが、これに関しては王を目の前にしても頑なに語ろうとしない。何度か問い詰めるが、彼は一切声帯を震わせて声を出すことはなかった。
 しかし、ヒトカゲやダイケンキが問いただした時と異なる部分があった。クリムガンを見ていると、レシラムやゼクロムを睨んでいるように見えたのだ。恨みでもあるかのように。

「……いいだろう。語らなくても、お前の運命はすでに変わることはない」

 諦めたのか、ため息まじりにレシラムはそう言った。この言葉を聞いて一瞬の間を置いた後、ヒトカゲは言葉の意味を理解した。これは事実上の死刑宣告なのだと。

「ダイケンキ、お前も同じだ。わかるな?」

 ダイケンキは俯いたままだった。事実がばれたらこうなることは予期していたとはいえ、いざ現実に起こってみると、恐怖で頭がいっぱいになっていた。もはやクリムガンに気に掛けるほどのゆとりはない。

「ヒトカゲ、お前は罪を犯したわけではない。だが事が事だ。叱責は受けてもらうぞ」

 メンバーはそれを聞いてほっとしたが、当の本人は納得のいかない顔つきだ。自分だけ無事でいられることに対してではなく、“クリムガンが死刑になる”ということに。
 ゼクロムに後は任せると言ってその場から去ろうとするレシラムを、ヒトカゲは大声で呼びとめる。その行動は、全員の注目を集めることとなる。

「待って! 僕、絶対クリムガンは悪いポケモンじゃないと思う!」

 王達も驚いたが、1番驚いたのはクリムガンだ。数回会って仲良くなったつもりにでもなった“ガキ”が俺に情でも湧いたのか、それなら今すぐ否定してやると思っていた。

「罪を犯しておいて悪いポケモンではないと? 何故そんな事が言える?」
「もちろん僕はそれを証明できない。けど、直感でわかるよ。自ら好んで犯罪をするようなポケモンじゃないって」

 それは、長い旅路で様々な経験を積んだヒトカゲだから言えることである。だからこそ、初めて会った時にそれを感じ、何度も足を運んだのだ。一緒に旅をしてきた者達ならその理由に納得しないわけがなかった。
 だが王達に、根拠のない直感が通用するはずがなかった。「子供の直感で死刑を撤回するなど、馬鹿げてる」と聞く耳持たずといった状態だ。呆れた顔をして再び帰ろうとする。
 それでも、ヒトカゲはしつこく訴え続けた。絶対に、絶対にクリムガンがわけもなく窃盗などするはずがないと。そんな彼に、クリムガンの気持ちが変わってゆく。
 前々から感じていたことだが、ここにきて一気にその思いが強くなった。どうしてこいつは、俺のことをこんなに庇うのか。どうして、俺なんかのためにここまでするのか、と。

「……もういい。わかった」

 ヒトカゲの言葉にうんざりしてきたのか、大きなため息とともにレシラムはこう吐いた。歩くのを止め、彼らの方を振り向いて改めて問いただす。

「お前は、クリムガンを信用している、そういうことだな?」

 いまだ険しい表情のレシラム。それとは真逆に、笑みを浮かべながらヒトカゲは答えた。


「僕は、クリムガンを信用してる!」


 大きく、そしてはっきりと、王に対して言ってのけた。嘘偽りのない、心からそのまま出てきた言葉である。これを聞いて心が完全に傾いた者が1人――クリムガン本人である。

(これ以上、言ってくれるな。お前に何もしてない俺が惨めになるだけだ。惨めになる前に、ありのままを話すからよ……もう、言わねぇでくれ)

 少し目を潤ませながら、クリムガンは足を1歩踏み出す。何故自分が窃盗を犯したか正直に自白するために、顔を上げ、口を開きかけたとき、それはレシラムによって妨げられた。

「そうか、わかった。ならば……」

 刹那、誰も予想しない出来事が起こる。レシラムがヒトカゲの首の根っこを掴み、持ち上げた。そして、何が起こったか理解できていない彼の方を見ながらこう言い放った。

「お前がクリムガンのことを信用しているならば、クリムガン自身に、自分は悪人ではないと証明してもらう。できなければ、お前も彼らと同じ運命をたどることになるぞ」

 一同、絶句した。クリムガンが善人という証明ができなければ、ヒトカゲも死刑にすると言い出したのだ。メンバーやダイケンキはもちろん、ゼクロムまでもが驚いている。

「お、おい! 絶対おかしいだろそれは!」
「そうよ! 証明できなきゃ死刑だなんて……」

 当然、次々と反論が出てくる。修行に来ているだけなのに、どうしてこんな目に合わなければならないのかと訴えるが、レシラムは聞く耳持たずといった具合だ。
 さすがのゼクロムも、これはよろしくない事だと思ったのだろう、レシラムに止めるように促そうと手を伸ばして話そうとする。

「レシラム、やりすぎではないか? それにあいつは……」
「黙れ!」

 全員を黙らせるほどの大声で、レシラムは一喝した。怒っている、というよりは興奮しているように見え、息づかいも荒々しい。ゼクロムもこんなレシラムを見たのは久々なようで、それ以上何も言えなかった。

「信用するということは、命をかけても良いほど相手に全てを任せられるということだ! 仲良くなって何でも意思疎通することは信用でも何でもない。ただの馴れ合いだ!」

 そう言うと、少しの間レシラムの時間が停止した。それを見てゼクロムは、今レシラムが熱くなっているわけを理解した。心なしか苦い顔をした王がそこにはいた。

「お前がそこまで言ったんだ。このクリムガンになら命を預けられる、そう捉えていいのだな?」

 もし少しでも返答に困るようであれば、すぐにでもクリムガンの死刑を施行し、この件を終わらせる。そう考えていたレシラムにとって、意外な答えが返ってきた。

「うん!」

 興奮気味のレシラムに対し、ヒトカゲは笑顔で返事をしたのだ。今のレシラムには、なぜこんな返事ができるのか理解できず少々戸惑った表情を見せる。それとは逆に、ゼクロムは面白そうな顔つきになる。

「……期限は2日後の夕刻までだ。それまでに証拠を持ってこい」

 それだけ言うと、ヒトカゲをゼクロムに預け、レシラムはどこかへ行ってしまった。怒りを通り越して唖然とするメンバー、ダイケンキ、そしてクリムガンがその場に残された。

「生きるチャンスを得たんだ。難題だが、是非とも、俺達に善人の証拠を突きつけてみせろ」

 どういうわけか、同じ王であるはずなのに、ゼクロムはクリムガン達を応援してきたのだ。彼はヒトカゲを両手で持ち上げると、ラゼングロードの端にある留置場へと向かって行った。

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