第90話 発覚

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 ヒトカゲとクリムガンと初めて出会ってから10日が経った。その間ずっとレシラムとゼクロムによる修行はずっと行われ、思いきり羽を伸ばせるような休みはなかった。
 だが、修行の合間を縫って、ヒトカゲは街へ出かけてはクリムガンのもとを訪れていた。相変わらず感情を出そうとはしていないものの、彼を嫌っている様子はなく、むやみに追い返したりはしない。
 一度はあの場から追い返したダイケンキも、クリムガンが危害を加えそうにないということと、彼を「どうにかしたい」というヒトカゲの意思を汲み、何も言わなくなった。
 おそらくダイケンキ自身も、死刑から免れさせたいと思っているのだろう。そしてヒトカゲとのやりとりを通じて、どういう意図で罪を犯したのかを知りたいと考えている。

 一方で修行の方はというと、戦闘経験があるだけに、メンバーの力量は上がりつつある。まだ誰も王に対して攻撃を加えることはできていないが、初日ほどの余裕が王になくなっている。
 そんな中、ヒトカゲとサイクスに関しては成長の兆しはなく、炎の色を変えることすら成功させていない。無謀なことだとは承知しているが、わざわざ王が提示したからには何かしらの意味があるのだろうと考えるしかなく、彼らなりに努力しているのであった。


「はぁーつっかれた~」

 日が暮れ、その日の修行を終えると、サイクスはすぐさま地面に倒れ込むように大の字になる。そのまま眠れてしまうと言うほど、体力を消耗しているらしい。

「なぁ、サイクス。どういうつもりだ?」

 時を同じくして修行を終えたカメックスが、不思議そうな面持ちで話しかけた。この2、3日の間でどうも気になることができたようで、サイクスに問いかける。

「ん? どういうつもりって?」
「何故ここまで真剣にやるんだ? お前ならわかってるはずだ、“あおいほのお”の修得はほぼ不可能だってこと」

 誰がどう考えても、固有技を修得できるはずがない。理論的に可能であっても、実現となるとまた話は別。にもかかわらず、サイクスは何も言わずに炎を吐き続けいたのだ。
 カメックスだけでなく、何人かのメンバーも同じことを思っている。「わからないのか?」というような顔をしながら、彼は身を起こして話し始める。

「そんな不可能なことを押しつける王様は、どういうお考えなのかな~って思ってな。ぱるぱるだってしね~よ、こんなこと」

 どうやら、無理強いをしてくる相手がどう出てくるかを窺っていたようだ。ちなみに“ぱるぱる”とは、あのパルキアのことである。勝手につけたあだ名だとか。

「そろそろ問いただしてもいいかなって気もするけどさぁ……」
「何か引っかかるのか?」
「いやさ、あいつなら、奇跡を起こすんじゃないかなってさ」

 サイクスの目線の先には、修行が終わったにもかかわらず自己練習を続けるヒトカゲの姿が。咳き込みながらも、悩んだ表情で何回も何回も炎を吐き続けている。
 そんな姿が、彼らの脳に旅の記憶を蘇らせる。何かに納得したのか、2人は彼の方を見続けながら、ふっと笑みを浮かべた。

「こんなちっこい奴が、屈強な相手を倒したり、ホウオウ見つけ出したり。常識だとか理論だとか、そんなもんをはねのけちまうんだぜ?」
「……へっ、まったくだ」



 修行の監督を終えた王達は、塒へと足を運ばせている。とくに会話をするでもなく歩いていたが、突然レシラムが足を止め、それにつられてゼクロムも足を止めた。

「どうした?」
「……どうも引っかかることがあってな」

 レシラムがゼクロムの方を向く。少し眉間にしわを寄せている。何にだと尋ねられると、「あの赤いガキだ」という返答をした。もちろん、これはヒトカゲのことである。

「ここのところ、修行中あいつがうわの空のことがしばしばあるのだ」

 なんだ、そんなことかとゼクロムは呆れた様子でため息をつく。別に興味がないということを言おうとするために口を開きかけたその時、レシラムが補足するように言った。

「私達に何かを隠しているような素振りも見せていた。頻繁に市街地に行っていることも気にかかる」

 ヒトカゲの行動すべてを監視しているわけではないが、朝から夕方まで、しかも1人で市街地に行くことに疑問を抱いているようだ。まだ本人に言及していないことから、レシラムの方も相手の出方を窺っているのだろう。
 だがそろそろ痺れが切れる頃だという。明日の修行を休みにして、彼の尾行をするとレシラムは決めていた。単に修行に集中していなかったことが気に食わないのか、それとも別の執着心があるのか、こればかりはゼクロムさえも知らない。

「もし何かあれば、いつも通りにすればいいのだな?」
「そうだな。誰であろうと、私達がすることは同じだ」

 2人は静かに、そして無表情のまま再び歩き出した。この出来事をきっかけに、後にヒトカゲを含めた仲間達は知ることになる。この国の真実を。


 次の日、朝日が完全に顔を出した頃、いつものように修行場所に集まるメンバーに「急だが、休みにする」とレシラムが告げる。みんなはじめは首を傾げたが、溜まっている疲れが取れるとわかると嬉しそうに口元を緩める。
 早々とその場を立ち去るレシラムに気を止めることもなく、大半の者は再び眠りに就くためにログハウスへと戻っていく。だがヒトカゲだけは、市街地へと繰り出していく。
 その様子は、しっかりとレシラムに見られていた。その巨体をうまく隠し、距離を置きながら尾行を開始した。ゼクロムはこの場で待機する役を担うことになっている。

「おはよ~!」

 すっかり道を覚えてしまったため、ヒトカゲがクリムガンのいる倉庫までたどり着くのに時間はかからなくなっていた。比較的高めな元気な声が倉庫中に響き渡る。

「おい、うるせぇぞ。耳が痛くなる」

 寝起きだったのか、うっすら目をあけているクリムガンが呟く。手錠が繋がれたままなので耳を塞ぐこともできず、非常に迷惑そうな表情を彼に向けるしかできなかった。

「もう朝だぞ。いつまでも寝てないで起きろ」

 そう言ったのは、ヒトカゲの後ろをついてきたダイケンキだ。首には朝食が入った風呂敷が巻きつけられている。ここ最近、3人で集まれる時は一緒に朝食を取るのがお決まりだ。
 以前のように事あるごとに「なぜ窃盗を繰り返すのだ」と問い詰めてきたダイケンキだが、今はヒトカゲをあてにしている部分があるのか、あまり言わなくなった。それでも再犯されては困るため、手錠を外すまでには至っていない。

「はぁ……やかましい奴らだ」

 大きくため息をつきながら、クリムガンは眠たげな目を腕でこする。顔には出ていないが、彼は楽しく感じている。捕まる前は無愛想な性格ではなかったのだろうか。
 それでも、彼は一貫して動機について語ろうとはしなかった。会話の中で何度か言いかけそうになっても、はっと気付くとそれ以上何も喋ろうとしない。1枚の厚い壁を立て、領域に踏み入れさせまいと壁の内側で警戒しているのだ。

「そういえば、やけに暗い雲だったな」
「あ、そうだね。雨降るのかなぁ」

 思い出したかのように、ダイケンキとヒトカゲが口にした。修行がない日はほぼ晴天であったのだが、今日だけは違った。雨こそ降っていないものの、真っ黒い厚い雲が空を完全に覆っていた。
 刹那、雷鳴が響き渡った。音がかなり大きく、どうやら近くで落雷が起きたようだ。3人とも驚きのあまり体をびくつかせ、目を丸くした。

「これは早めに出た方がよさそうだ。私はもう行くぞ」

 この後に仕事を控えていたダイケンキは、足早に持ち場へと向かっていった。残された2人は特に慌てる様子もなく、残された朝食を食べ続けていた。


「ううむ、大雨になるのではないか?」

 道中、空を見上げながらダイケンキは呟いた。水タイプゆえ雨が降っても何ともないが、好んで雨に当たることはあまりない。できれば降らないでくれと祈りながら足を運ばせる。

「雨は降らぬが、落雷は続くぞ」
「はい?」

 突然、どこからともなくそんなことを言われた。声の主もわからぬまま聞き返したダイケンキは辺りを見回す。だが視界には誰もいない。おかしいなと首を傾げた、次の瞬間、彼は凍りついた。
 背後から、ものすごい気迫を感じたのだ。それは振り返らずとも、誰がいるかがわかるほどだ。固まったままの彼に向かって、声の主は続けた。

「警備兵ダイケンキよ。今すぐ先ほどまでいた場所まで案内しろ」


 倉庫内では、他愛もない会話が続いていた。昔話や近況報告、ただの雑学など、どれをとってもありふれた内容だ。それでも、2人が打ち解けあうには十分なものである。

「なかなか晴れそうにないね。雲かなり黒いし」
「危ねぇから、雨降る前に帰れよ」

 空のご機嫌をうかがっていた、まさにその時だ。耳を劈(つんざ)く程の轟音と共に目の前が強い光に覆われ、あまりの眩しさに2人は完全に視界を奪われた。

『うわっ!』

 眼が痛くなるほどの強さだ。何が起こったかを直接見てなくても、雷が直撃したことは明らかだ。幸いにも2人に怪我はないが、冷たい風が肌に当たっているところ、倉庫が破損したと判断した。
 それだけならクリムガンが倉庫から脱出することができるというメリットがありそうだが、落雷で倉庫が破損しただけではなかった。想像し難いことが起こっていた。

「目を開けろ」

 聞き覚えのある声が2人の耳に入る。心配した誰かがやってきてくれたのだろう、そう思っていたヒトカゲとクリムガンは痛みをこらえてそっと目を開ける。
 うっすらと見えてきたのは、白。眩しさからくるものかと思っていたが、だんだんと慣れていくうちに、それが本当の白だとわかる。やがて全景が見えると、2人の息が止まった。

「何をしている、ヒトカゲ、クリムガン」

 雷とともに現れたのは、ポケモニアの国王・レシラムであった。

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