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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「……『坊』」
「応。これは、やばいな『兄者』」
「いたい。いたい。いたい」
 か細く震えて周囲の雑音に掻き消される程度の声量なのに何故か聞こえる不思議な声は、彼らの妹分の声である。意識を取り戻した彼女が人の腕の中でぶつぶつと呟き続けている。
「おい『クソ鳥』」
「何だ『雑魚浮遊霊』」
 ユキメノコの状態に未だ気がついていないバシャーモの反応は無視して彼は続ける。
「この身の程知らず共は此処で擦り潰す。妹分を両断しかけた輩を俺達が、何よりやられた当事者(、、、、、、、)が許すわけがねえ」
 何故ここまで虚仮にされて逃げ出せるのか。欠片はおろか微塵もわからない。
 彼の言葉に、バシャーモが言い返そうとするが、それを遮るように人に抱きかかえられたユキメノコの声が段々大きく、そして色を帯びてくる。
「いたい。いたいいたい痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「……おいお前ら。此奴は大丈夫なのか?」
 ガブリアス達の追撃を捌きつつ、小さな氷女の様子に気が付いたバシャーモがそう彼らに問うてくる。
「勿論全く一切合切何一つとして大丈夫じゃねえ。大事な大事な『カズヤ』を氷像にされたくなけりゃ『お嬢』をこっちに寄越せ」
「『お姫様』の癇癪だ。ここら一帯が有象無象も敵味方の区別もなく凍りつく」
 彼らの返答と、それと同時に影霊と巨霊の躰を紫色の焔が包み込むのを見たバシャーモの行動は早かった。
「え。『ちゃちゃ』?」
 残像が残るくらいに素早く、迅速に人の雄『カズヤ』の腕から彼ら悪霊達の妹分を引っ剥がす。放られた小柄な異形は、彼の念力によって受け止められて、そのまま宙に浮く。
 困惑する人の雄をそのまま抱き寄せたバシャーモへ、
「よう『ちゃちゃ』。『カズヤ』にも俺の火は必要かい?」
 全身を鬼火で炎上させてケケケと笑いながら彼は訊く。
「要らん」
 その問いかけを一言で蹴り飛ばすバシャーモ。そして、彼女は地面に両手をついて逆立ちの姿勢になると開脚し、そのまま地面を掴んで回転し始めた。
 状況を理解出来ていない棒立ちの『カズヤ』を避けて、劫火を纏った長い脚が旋回する。猛然と吹き付ける砂嵐の中を回る風車の如き円転は、瞬く間に火炎を巻き上げて渦を作り上げその中心にと人の雄を匿った。
 直後。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。痛いッ痛いッ痛いッ! ――殺す」
 激痛に苛まれていたユキメノコが一頻り悶え苦しんだ後にそう一言呟いた。
「何を――」
 様子を窺っていたらしいガブリアスが「していますの!」と再度砂嵐の中から突撃してくる前に、周囲の景色は一変した。
 一帯を吹き荒れていた砂嵐は刹那の内に塗り替えられて、何もかもが凍りつき一転静寂な氷の世界が顕現。
「何が……ッ?!」
「『姉ちゃん』!? 何が起きた?!」
 瞬く間に砂塵の紗幕を剥ぎ取られた鮫竜達の動揺と、かなり離れた地点からであろう咆哮めいた声が響く。それに続いて、急速に凍結させられた樹々が膨張した自らの水分によって爆ぜる銃声めいた音が鳴り響く。
 一瞬前の情景からは何もかもが変わり果てた異様に困惑し、更に急激な気温低下に躰の動きの鈍る鮫竜達。
「何が? ――お前達に、死が」
「ギャ?!」
 彼のテレキネシスの効果が切れて、凍りついた地面へと降り立った小柄な氷女が、くすりと冷たく嘲笑ってそう返す。直後、空中で動きの止まったガブリアスの一体の両の瞳に鋭く尖った氷柱が幾本も突き刺さった。
 突然の出来事に、何の対処も出来ずにもんどり打って墜落する鮫竜だが、攻撃は眼球だけでは終わらずに全身を覆う強固な鱗すらも貫いて、ユキメノコの氷柱針が頑強な竜の躰を蹂躙する。
「『兄貴』?! ――ぉグ、あ」
 凍りついて一面一色銀世界と化した中に鮮やかな赤を撒き散らして襤褸屑のように成ったそれを見て、もう一体が声を上げるがそんな余裕なぞは三悪霊の末妹は許さない。その直上に巨大で鋭い氷柱を生成。それを、念動力でもって加速して射出する。
 予想外の状況に陥り、死角からの攻撃に反応が遅れ、更に一気に下がった気温に動きを鈍らせたガブリアスにそれを避ける事は出来なかった。天から一気に突き落とされて、巨大な氷の杭によって地面へと縫い留められる。
 背中から氷柱に貫かれ痙攣する様を、(ごみ)でも見るような眼でユキメノコは見た後に、小さな手をそれへと向ける。そして放たれたのは光芒。その超低温の光線が直撃し竜種は完全に凍りつく。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 嗚呼! いい気味ね!」
 『カズヤ』に処置された包帯にじわりと生命を滲ませながら瀕死の重傷の状態でゆらりと立って、壊れた様に笑うユキメノコ。
「俺の火も消し飛ばすたぁ(たが)が外れてやがんなぁ」
「熱いわ寒いわで勘弁してほしい」
「だが、もう一回は無理だろう。あちらはまた来るぞ」
「ああ、凄いけど無理はやめよう『ゆき』」
 そんな彼女の様子を、一帯に吹き荒れていた砂嵐を打ち消して塗り替える程の凄まじい冷気を鬼火で凌いだ兄貴分達と、炎の渦で耐えきったバシャーモと『カズヤ』がそんな感想を言い合う。
「――ッ。『愚弟』達! 再展開!」
「まあ、そうなるだろうな。だが、二度目は無い」
 唯一生き残ったガブリアスが、ユキメノコの狂笑と共に放たれる冷凍ビームや氷の礫に果ては吹雪による猛攻を避けながら叫ぶ。
 地の利を強引に作り出し、連携しての一撃離脱。彼ら三悪霊はおろか化物じみた強さを誇るバシャーモが対応しかねる唯一の武器であったそれが瓦解した状況では逃げることすらままならない。せめてもう一度自身達の有利な場を作らなければ。
 と考えているのを理解している彼は、ガブリアスの絶叫じみた指示が発せられるのとほぼ同時にそう言って力を周囲に展開する。
 彼の力を注ぎ込まれた影が総て彼の眼と化す。広範囲へと展開しギョロリと視線を巡らせる黒い眼差しは汎ゆる逃走の術を見逃さない。
「うざってえ砂埃が無いからよく視える。でかい雑魚が二に、マシなでかいのが一。奥に人間二。その周囲に小さいのが……八。『坊』、」
「応、『兄者』。強い方は任せろ」
「話が早い。雑魚の序に動きは止めとく。あっちだ。走れ」
 彼の言下、すぐさまに行動へと移す弟分(ヨノワール)
「あれ、『よの』何処へ?」
「おい。『ゆき』はどうすればいい?」
「あ? あの雑魚仕留めりゃ多分止まるから『カズヤ』に持たせてろ」
 そして彼も手近な影の中へと、とぷんと沈んだ。
 影から影へ超高速で渡りながら、彼は自嘲する。人間なぞ区別する必要などは無い。だが、何故あの人間の雄の事を名前で呼んだのか。そしてその人間と忌々しいバシャーモに大事な妹分の身を任せたのか。
 辺りを砂埃舞うムカつく天気にした苛つく馬鹿共を磨り潰すことにした。ただそれだけな気もするが、それこそ砂粒一つ程度だが違う何かが混ざり込んでいるような気もする。
 わからない。
 わからないが、どうでもいい。
 確かなのは。喧嘩を売ってきたこの馬鹿共への、この殺意。

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