5-1

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:18分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 翌日の夕暮れ時。彼らは次の【ジム】を目指して歩いていた。
 冬の寒さも少し和らぎ日照時間も延びたが、それでもまだ鬱蒼と樹木の茂る山間の街道には雪が残る。人気も無く、外灯も無い道をぞろぞろと、人間の雄が一人に赤い羽毛を纏う長身の鳥人が一体、そして三体の亡霊達が進んでいく。
 別に、人間の雄以外が外に出ている意味はあまりない。鳥人バシャーモは、人の雄の荷物を運ぶのを手伝っているが、彼ら悪霊達はそんな事をする義理はない。
 寧ろ、
「美味いは美味いが辛さが足りねぇ」
「『兄様(あにさま)』の味覚は死んでしまっていると思うの。それはとても辛いのよ」
「『兄者』もチョコを喰おう」
 先頭を歩く人の背嚢(はいのう)を勝手に漁って、激辛のスナック菓子やら、飴玉やら、チョコレートやらを取り出して食べ始めているので出てこない方が邪魔でないし騒々しくもないだろう。勿論彼らの知ったことではないが。
「勝手に食べて文句を垂れるな。そもそもそれは『カズヤ』のだ」
 荷物を肩にかけたバシャーモが彼の言葉を聞き咎める。
「てめえも喰ってんだろうが『クソ鳥』」
 もぐもぐと、竹の皮に包まれた羊羹を一本丸ごと食べながら「これは私のだ」と更に返してくる彼女に苛つく彼だが、
「ああ、それ(、、)あんまり辛くないんだよね。こっちも食べる? 『がが』」
 と、彼らのやり取りを知ってか知らずか、恐らくは知らぬまま先頭の人の雄が振り返り、自身が食べていた煎餅を一枚差し出して来たのでそちらに視線を移す。
 全面に真っ赤な粉末のかかったそれは、とても(うま)そうだった。拒否する理由も拒絶する必要も無いので、ふわりと宙に浮かぶ彼は素直に煎餅を受け取る。
「美味しいよ、フエン煎餅の一味唐辛子味。『ちゃちゃ』は甘党だから、『がが』が辛いものが好きなのは少し嬉しいね。『よの』と『ゆき』は『ちゃちゃ』と同じく甘党みたいだけども」
 そう言って、小さく笑む、人の雄。
 その顔が、なんだか苛ついたので影の砲弾を数百発叩き込んでやろうと彼が考えた、刹那。
「おい」
「五月蝿えわかってるわ『クソ鳥』。『坊』『お嬢』、身の程を知らねえ馬鹿が居る。全周警戒」
 微かな、然し確かな悪意の籠もった視線が彼らに注がれている。いち早く気がついたバシャーモが、声をかけてくるが同じくして察知していた彼はそれを制し、弟分と妹分へと注意を促す。
「はいな」
「応。『お姫様』の言ったことが当たってしまったか」
「俺らに来なけりゃスルーだ。便乗してこいつら殺す」
「……先に殺すか」
「ん? どうかした?」
 唯一、緊急事態に気がついていない人の雄が、持っていた荷物を地面に放り臨戦態勢に入ったバシャーモに気が付き、呑気に訊ねてくる。この人間の危機察知能力の発揮されるタイミングはわからないが、距離もあり未だ攻撃も開始されていないので何も気がついていないらしい。
 誰も人の言葉など話せないし、もしも彼らが話せたとしても教えてやる義理も無いので詳細は人の雄に伝えられることはない。
 バシャーモも身振りで動かないように伝えることしか出来ていない。
 畢竟(ひっきょう)。態勢を整える事など出来ぬまま、彼らに向いた悪意が動き出した。
 ざわり、と風が吹き始める。瞬きの間にそれは砂塵を孕んで彼らを取り囲む様に逆巻き始める。
 次の瞬きを終える頃には、肌を削り取る様な勢いで吹き荒ぶ砂嵐が彼らを完全に飲み込んでいた。
「うわ。みんな大丈夫?」
 漸く、事態に気がついた人の雄が声を上げる。律儀にバシャーモは風音に負けない大音声で応えているが、彼らにそんな面倒な事をする気は微塵もない。
「……。『お嬢』!」
 前言通り、いけ好かないバシャーモとぼんやりとした人の雄だけを狙うのならば相手をする気は彼に無かった。しかしこの狩場は明らかに彼ら三悪霊達をも獲物として展開されている。
 ならば叩き潰す。
 手っ取り早く、この砂嵐を妹分の雪霰(ゆきあられ)で塗り替えてしまえばいいと彼が指示を出そうと呼ぶと、意図を汲んだユキメノコは砂塵から眼を小さな手で守りながら返してくる。
「ちょっとこれは塗り替えるのは無理よ『兄様』。多分、複数居る」
「了解。警戒を――」
 怠るな。そう彼が言い終わる前に。
「『よの』『ゆき』、そこ(、、)は危ない」
 今の今まで呆けていた人の雄が、呟くように、零れるように小さな小さな声でそう言った。
 音すらも削り取る砂嵐の中、彼がそれを聞き取れたのは偶然でしかない。そして、その言葉の意味を咀嚼して即座に理解出来る程の信頼も彼と人の間には存在しない。
「――ッ。横に跳べ!!」
 だから砂嵐の中でもよく通るバシャーモの切羽詰まった叫びを聞くまで、それが警告なのだと気が付かなかった。彼の想定以上の速さで、既に悪意ある視線を発していた何者かは肉薄していた。
「はぁ?」
「むお?!」
 忌み嫌う相手の命令にユキメノコは怪訝な反応を示し、同じく忌み嫌うが妹分よりも聞き分けの良い弟分(ヨノワール)は反射的にその場を跳び退いた。
 その反応の違いが明暗を分ける。
 直後。吹き荒れる砂塵を凄まじい速度で切り裂いて何かが飛来。現れた計三つの流線型の影は、人の雄、ヨノワール、ユキメノコをそれぞれ狙いすれ違いざまに斬りつける。
 大型の生物とは思えぬ超高速の斬撃。
「おっと」
「ぐ、ぉ――」
「え――ギャ」
 それを。
 人の雄は何事もなかったように回避し。
 弟分は寸前に横合いに跳んだお陰で直撃を免れた。
 しかし妹分は完全に反応が遅れ直撃を喰らう。振り袖を着た童女めいた小さな躰に深く鋭く斬撃が喰い込んで、氷女(ユキメノコ)は木っ端のように素っ飛んだ。
 受け身も何もなく、地面を転がるユキメノコ。
 その間に、現れた三つの影は砂嵐の中に消えてしまう。
「『お嬢』!」
「『お姫様』! 大丈夫か?!」
 彼ら兄達の呼びかけに反応は無い。直ぐにでも傍に行きたいが、それを阻むように砂混じりの暴風に紛れた敵が再度強襲。不意を突かれた初撃ほど対処は難しくないが、意識を妹分へ向けていたら痛打を喰らいかねない状況。
 そして『化物(バシャーモ)』も対応しきれてはいない。
 そんな状況の中、軽率という他ない動きを見せる者が一人。
「『ゆき』。大丈夫?」
 そう、一人。人の雄が砂塵に煽られ蹌踉(よろ)めきながら倒れ伏すユキメノコの元へと駆けている。
 勿論、それを狙い高速の斬撃は幾度も繰り出されるが、既のところで躱す人の雄。躱しきれないものは守護者たるバシャーモが辛うじて逸らしている。
「ありがとう『ちゃちゃ』。そしてごめん、応急処置が終わるまで動けない」
 倒れ転がるユキメノコの元に辿り着き荷物の中身をぶちまけながら膝をつくと、傍らで周囲を警戒するバシャーモへとそう伝える人間。
「わかった」
 僅かの逡巡もなく短く応えるバシャーモ。足を止め、己と人の雄へと襲い来る超高速の連撃を捌き始める。音さえも置き去りにする攻撃に合わせ拳を当てて()なし、蹴りでもって無理矢理に軌道を捻じ曲げて、衝撃波はその身を盾に足下の人の雄と氷女に攻撃が及ぶのを防ぎ切る。
「何なんですの此奴(こいつ)は!?」
 バシャーモ達を標的とした幾度かの攻撃の後、仕留めきれなかった事に苛立ったのか三つの影の内の一つが甲高い声で喚いた。
 直後。
「『化物』だよ」
「ぐぁ?!」
 ヨノワールが口を挟んだのと同時に、高速飛行する影の一つに攻撃が直撃。予期せぬ自体に体勢を崩し地面へ向けて勢いよく落下する。
「何してますのこの『愚兄』!」
(うるせ)え!」
「そっちを気にし過ぎだろうお前達。置いた(、、、)のは一つだけじゃないぞ」
 ヨノワールのその言葉通りに、落下した一体へ向けて先程と同様の攻撃が殺到。
「ぐわあ?!」
 落ちていく軌道が予めわかっていたかのように配置され、吸い込まれるかの如く叩き込まれる念力の塊。敵の目がバシャーモ達へと向いた間に視た未来予測を用いた一つ目の巨霊による攻撃は、しかしあまりこういった攻撃が得意ではないせいもあり致命傷を与えるまでには至らない。
 だから。
「よう。お代わりをやるよ」
 彼がその後を引き継ぐ。刹那の合間に幾多もの影球を展開。そして射出。
 勢いよく落下しのたうつそれに向かって放たれたシャドーボールは、最初の数発が直撃し二メートル近い巨躯を弾き飛ばす。
「ぐが?!」
 そのまま体勢を戻せない的に向かい残りの影色の光球が更に殺到する――
 前に。
「世話の焼ける『兄貴』だな!」
 無事な敵の内の一体がその間に立ち塞がって盾となった。
「グウゥ」
 両腕を交差させそこに生えた翼を前面に出しての防御姿勢をとり、彼の放つ高威力の集中砲火に曝される二体目の影。
 否、砂嵐の中での高速飛行を止めてしまえば影などでは最早ない。強靭な肉体を持ち、その埒外の力で全てを蹂躙する竜種――ガブリアス。
 そんな強大な力を有する種族であるそれが、しかし彼の攻撃に耐える以外の行動に移れない。息継ぎの間すら無いほどの連射がその強固であるはずの肉体をみるみるうちに削り取っていく。
「調子に、乗るんじゃありませんの!!」
 その様子を見てか未だ砂嵐の中を飛行している最後の一体が、怒気の孕んだ猛り声と共に彼へと吶喊(とっかん)
 砂嵐すら切り刻む勢いで迫るその竜爪(ドラゴンクロー)を、
手前(てめ)ぇがな」
 彼は右の手に瞬時に作り出した影爪(シャドークロー)で受け止める。
 そしてぐるりと反転。じゃりんと両者の爪が擦過して耳障りな音が響く。
 超高速で迫る斬撃の受け流し。更に彼はもう片方の手にも生み出した影爪でもって斬りつける。
「ギャッ」
 甲高い悲鳴と共に鱗と血潮が飛び散るが、だがそのガブリアスは体勢を崩すことなく飛行を続行。再び砂嵐の中に姿を消した。
「『愚兄』共! 態勢を整えます! 『愚弟』達! もっと強めなさい!!」
 そしてそのガブリアスが残りの二体に指示を飛ばす。
「煩え指図すんな」
 憎まれ口を叩きながら、しかしその通りに離脱するガブリアスと、
「早く退いてくれるかい『兄貴』。グゥ……この、デカブツッ! ……でもあいつがリーダーだからね従わないとね」
 彼から再び攻撃を引き継いで肉薄した巨霊の殴打を防ぎつつ、後ろのもう一体が離脱したのを確認して自分も砂嵐の中へと隠れる様に退散するもう一体。
 その間に、状態を知るべく彼ら影霊(ゲンガー)巨霊(ヨノワール)は人間の治療を受けている妹分の元へと駆けつける。
 その直後。
 ズオォと砂塵の吹き荒ぶ勢いが更に強く激しくそして濃くなった。最早視界は至近距離ですら視認は危うい。
 そんな中を、鮫竜(ガブリアス)達は的確に彼らの位置を把握して襲いかかってくる。
 だが。剣舞でも舞うかの様に飛びかかってくるその尽くをバシャーモは防ぎ切る。その余波による衝撃は不本意ながらゲンガーたる彼が行使する強力な念動力が抑え込む。
 瀕死の妹分にとどめを刺されてはたまらない。弟分も倒れた彼女とそれを治療する人の雄を庇うように傍に立つ。
 詳しい状態はわからないが、とりあえずはユキメノコは死んではいないらしい事に彼は安堵する。それと同時、この状況でバシャーモを攻撃すれば殺せるのでは? とも考える。
 砂嵐の中を縦横無尽に飛び回り強襲してくるこの竜種達は、彼が思っていたよりも数段強い。攻撃の回数が増える毎に、爪牙による攻撃の威力は増しているし、時折放ってくる恵体による体当たりは彼にして威圧感を覚える程の殺気と威力を持っている。
 更に。
「いい加減に、しろやぁッ!!」
 苛立たしげに吠える三体のガブリアスの内の一。言下、吹き荒れる砂嵐を貫いて鋭利に尖った岩が出現。ユキメノコの処置を続ける人の雄へと途轍もない速度で襲いかかる。
 己の肉体以外を用いる技の練度も総じて高い。状況把握も悪くない。バシャーモは人の雄を決して見捨てない。その身に降りかかる攻撃は何よりも優先して撃滅する。
 だから。
()った!」
 そちらの迎撃に意識を割いた別の鮫竜が隙を突く。そんな事が出来るのもそれぞれの実力が高い事に加え、連携がずば抜けているが故。
 だが。
「何をだ?」
 その程度でこの化物(バシャーモ)を殺せるのならば、とうの昔に彼ら悪霊達が殺し尽くしている。
 一直線に人の雄を貫かんと迫るストーンエッジの(きっさき)を、容易く横合いから手を伸ばして掴み取り旋回。その岩塊でもって、死角から肉薄していた筈のガブリアスを打ち据える。
 砕け散る岩塊。くぐもった声を上げて素っ飛んでいく鮫竜。砂嵐の中へとまた消える。それを視線で追っているバシャーモ。
 その隙を。全霊の力でもって攻撃を叩き込めば不意をつけそうだと刹那よりも短い間に彼は思案する。
「ん、ぅ」
 そしてその害意を表出させる直前。意識を失っていた妹分が目を覚ました。
「大丈夫かい? 『ゆき』。えーと、ボールは……ああ、何処かにいったな」
 彼ら兄貴分より早く、それに気が付き、襲撃されている現状を理解していないのでは無いかと思える程に穏やかに声をかける人の雄。【モンスターボール】へと匿おうとするものの、そのボールが何処かにいったらしい。
「『ちゃちゃ』、ありがとう。そしてごめん、『ゆき』の傷が深い。ここから逃げるよ。『がが』も『よの』もありがとう。そして『ゆき』の怪我が酷いんだ。出来れば逃げるのを手伝ってほしい」
 直ぐに『妹分』の収納を諦めた人の雄は、童女の様に小さなその躰を抱きかかえてそう言ってくる。脆弱な人の身には耐えきれる筈のない程の冷気を宿した異形の躰を抱いて。皮膚を削る勢いで吹く砂が口へと入り込んで咳き込みながら。この状況の中で逃げると、そう言ってくる。
 意味がわからない。
 思わぬ事を人の雄が言ってきた衝撃で彼のそれまでの思考は吹き飛んだ。思わず呆然とする彼に、ガブリアス達の攻撃が襲いかかるが、それを半ば反射で捌いて防ぎきる。しかし視線はわけの分からない事を宣った人間から逸らさない。
「『兄者』?」
「聞こえたか?」
 戸惑い気味な弟分の声掛けにも無反応な彼に、人の雄の言葉を受けて既に逃走へと意識を向けているらしいバシャーモが「逃げるぞ」と言葉を続けようとした瞬間。
「いたい」
 砂嵐の轟音の中。氷が軋む様な微かな声が彼へと届いた。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想