2-4 見えない壁を叩き割れ
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
坂の上の茂みから、カビゴンを見張る二つの影があった。
赤いリュックを背負った、あちこちに跳ねた黒髪をもつ女性が、こちらを見上げる金髪の女性を見て呟く。
「んーと、あの人、アタシらの存在に気付いたっぽい?」
その言葉を隣で聞いていた、黒い半袖シャツを着た、金色の髪をソフトリーゼントにしてある青年は、丸いサングラスをかけ直しながら頷いた。
「そうかもしれない。だが、こちらの具体的な戦力などの情報は、まだ把握されていないだろう」
「むー、だといいんだけれども、ね」
「このままあの二人にカビゴンを回復されては厄介、だな。放って置けば、いずれ<エレメンツ>も来るだろう」
「ねー……どうしたもんだか」
赤リュックの女性の相槌に、眉をしかめるソフトリーゼントの青年。
サングラスの下の青い眼を細めながら、女性に苦言を呈す。
「こうなったのはもとはと言えば、お前がカビゴンの縄張りの木の実を奪おうとして怒りを買ったからだろう」
「あー、そうだったねぇ。カビゴンの食べ物の中に、珍しい木の実があるかなあって思ったら、つい」
「………………つい、ではない」
うなだれる青年に、小首を傾げながら、謝る女性。
「んー、ゴメンね?」
「……もういい。その代わり報酬を減らす」
「えー、そんな、無慈悲なー」
「最初に断っただろう。報酬は働き次第だと。この捕獲作戦が成功しなければ、その分少なくなると思うことだ」
「あー……でも、ゼロにならないところが、キミの優しさを感じるなー」
「タダ働きがお望みか」
「いいえ」
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「さて、どうしようかビー君」
「どうする……つっても、ほっとく訳にもいかねーし<エレメンツ>が来るまでこいつを守った方がいいんじゃないか?」
「そうだね。私もそれに賛成だよ」
「じゃあ、とりあえず昼飯にでもするか」
「あ、もうそんな時間だったんだ。お嬢さんから頂いたお弁当、楽し……あ……」
「? どうしたヨアケ……」
嬉しそうにしていたヨアケの表情が固まる。彼女の視線につられ、そちらを向くと、
「あ」
カビゴンが、物欲しげな顔で、こちらを見ている !
「「…………」」
長い長い、腹の虫の音が聞こえてくる。一筋の涙がカビゴンの頬をつたった。気がした。
「ま、まだ腹減ってねーし止めとくか!」
「そうだね! そうしよう!」
動けないカビゴンを他所に、のうのうと食べるのは流石に心が痛む。ので、俺達は昼飯を我慢することにした。
「悪い、カビゴン……弁当はやれないけど、せめてこれで体力回復してくれ」
オレンのみをカビゴンの大きな口の中に入れ食べさせる。カビゴンの顔色がだいぶ良くなった。
カビゴンが表情を緩める。緊張していたのだろう。俺もヨアケもつられて、口元を緩めた。
ふと、何か思い出したように、ヨアケが俺に確認を取る。
「ところでビー君。ちゃんと、ふたりに言ってあげた? お礼」
「………………あ」
「忘れ、てたの……?」
黙り込む俺を、ヨアケはじとーっと見つめながら責める。
リオルもヨアケと同じ目つきをしていた。カイリキーはそんなふたりを「まあまあ、責めてやってくださんな」というポーズで、冷や汗を垂らしながらたしなめている。
「…………すまん、忘れていた…………ありがとう。ふたりとも」
リオルは「遅いんだよ」と鼻を一度鳴らした。
カイリキーは右下腕の親指を一つ立てる。
指摘されてからでは遅いけど、それでもこいつらとの関係を、一歩前に進めた気がした。
でもそれは、そんな気がしていただけで、本当はその場から一歩も動いていないことを……見破られる。
「……本当に忘れていただけなのかな?」
話のきっかけは、その何気ない一言だった。
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「どういう、意味だ……?」
「いや、えっと……ちょっと気になっただけなの」
「だから、なんだよ」
聞き返す俺に、ヨアケは躊躇いを見せながら、謝罪する。
「ずるいけど……本当はこの場で言うべきじゃないことだから、先に謝っておく。ゴメンね」
そして彼女は、ざっくりと切り込んできた。
「私が思うに、ビー君……キミは、怖がっているんじゃないかな。リオル達と親しくすることを」
「怖がっている、だと……?」
「うん。でもまあ、怖がっているって言うよりは、壁を作っているって感じかな」
確かに、リオルたちとの距離感を感じることはある。それは時折考えていたことでもあった。
ヨアケはその壁を作っていたのが、俺だと言いたいのだろうか。
「ジュウモンジさんは、リオルがビー君のことを信頼していないって言ってたけど……どうも私には、そうは見えないんだ」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって信頼してなきゃ、バトルであそこまでビー君の指示を聞かないよ」
先日のリオルのバトルを思い返してみる。思えば、そっぽを向くことはあれど、リオルがポケモンバトルで俺の指示を聞かないということは、なかった気がする。
信用は、してくれているのかもしれない。だが……
「それは、そうかもしない。だが、いまだにリオルは進化してないじゃないか。ジュウモンジが言いたいのは、そういうことでもあると思うぞ」
ジュウモンジの言う通り、懐き進化のリオルがルカリオに進化していない。それこそが、俺がリオルに信頼されていない、証拠。
「懐かれていないんだよ、俺は」
その言葉を聞いたヨアケは眉をひそめ、あからさまに困惑した表情を見せた。
「本気でそう言っているの?」
彼女は右手を頭にやる。パラセクトが心配そうにヨアケを見上げた。カイリキーは戸惑いながら俺とヨアケを交互に見る。
頭を抱えながらも、ヨアケは俺の背後のリオルを見て、うつむくリオルを見て、言葉を付け加え、繰り返し問いかけた。
「ビー君庇った時の、リオルの顔を見てもまだそう思っているの? いつまでそう思い続けているの?」
「!」
突きつけられた、問い。
あの安堵の表情が、思い返され、胸が僅かに痛んだ。
何かを言おうにも、見えない何かに遮られて、何も言えなくて。
そこまで言われて俺はようやく、自分が目を逸らし続け、逃げていたことに気づく。
「……そこが、壁だよビー君」
「……これが、壁か」
懐かれていないと思うこと。思い込んでいること。それが、彼らと向き合わないようにしていた口実だったのかもしれない。
リオルを見下ろす。しかしリオルは目を合わせてくれなかった。
「ビー君さ、ラルトスのことをたった唯一の家族って言っていたよね」
昨夜の俺の言葉。その切り口で、彼女が何を言いたいのか大体察した。
呆然とリオルを見つめ、ゆっくりとうなずく俺をヨアケは心配そうに見る。それから、静かに俺を諭した。
「別れを引きずって生きていくのと引きずられて生きていくのとじゃ、意味が違うよ。過去ばかりじゃなく、周りも見てあげて」
「忘れろって言うのか」
苦し紛れの笑みを浮かべる俺に対して、彼女は首を横に振って否定をしようとした。
けれども、突然現れた翅音に注意を持っていかれることになる。
俺とヨアケは空を見た。上空には一体のひし形の翅を持つ緑色のドラゴンポケモンが、旋回していた。
*************************
「あれは、フライゴン? 誰か、乗っているみたいだけど……」
トレーナーらしき人物を乗せたフライゴンは、じわじわとこちらへ降下してくる。
俺は半ば投げやりに推測をした。
「エレメンツの救援じゃないのか?」
「違う、エレメンツにフライゴンはたぶんいなかったはず――気をつけて!」
ヨアケの警戒を呼びかける声に呼応するかのように、フライゴンに乗った女トレーナーが間延びした声を発した。
「あれー、なんでばれたのかなー。まあばれたからにはしょうがないなー。それじゃあー、お覚悟っ」
女の持っていた袋の中から、十数個の紫色のボールが、上空にばらまかれる。
「なっ」
「セツちゃん! 『タネばくだん』!」
パラセクトの『タネばくだん』のおかげで、ばらまかれたうちの数個を落下途中で吹き飛ばすことには成功はした。が、それ以外は地面に着弾し、辺りに煙幕を立ち昇らせ視界を奪う。
「けむりだまか! くそっ!」
煙を吸い込まないようにしていたら、坂から何者かの駆け降りる音が聞こえる。
「! もう一人来るぞ!」
足音が途絶え、一瞬空を何かが切る音がした後、煙幕の間に光がこぼれ出るのを見た。
初めはいったい何が光ったのか理解出来なかった。しかし、コン、コンと地面に何かが跳ねる乾いた音が響き渡り、少ししてから暴発するような音とともにまた光が出る。
ポケモントレーナーなら馴染み深いこの音のリズムと光。その正体に気付き俺たちの間に一気に緊張が走る。
「いきなりモンスターボールかよ?!」
「カビゴン! 大丈夫!?」
ヨアケの呼びかけにカビゴンが応答する。その声には焦りが混じっていて、無事には無事だが、といった様子だった。不意を突かれ、捕まりかけていたのだろう。
風切る二投目のボールとそれを弾き返す音。それからリオルの吠え声が聞こえた。
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「そっちか!」
煙幕が晴れていき、視界が開ける。
そこで俺たちが目にしたのは、坂にもたれかかるカビゴンと、開けた道の向こう側に走り去る黒いシャツの青年。
それからその青年を追いかけるリオルの姿だった。
俺たちとリオルたちとの距離は、予想よりも遠い。
煙幕の中リオルは密猟者の感情の波を察知して、位置を特定し、とっさに行動に出たのだろう。
「待てリオル!」
俺の制止を、リオルは任せろ、と一声鳴いて振り切った。
フライゴンと女トレーナーの姿はなくなっていたが、今カビゴンから離れるのはまずい気がする。
だが、深追いをしているリオルも、危険だ。
それを考えると躊躇している時間はない――――なのに足が動かない。
見えない壁に遮られ、圧迫感に雁字搦めにされて、動き出せない。
どうしてだ?
どうして自分のポケモンのことを、すぐ追いかけてやれないんだ?
他人のポケモンのためなら、あんなに動けたのに。
カビゴンとリオルを比べている?
ふざけんな。どっちが大切かなんて、とっくに解っているはずだろ?
握りこぶしは解かれ、かろうじてリオルの方へと、伸びていた。
そうだ、掴むべきは、空じゃない。
「ビー君……?」
「カイリキー……俺に一発『かわらわり』。頼む、俺の壁をぶっ壊してくれ」
「?! ビー君、壁ってそういうことじゃないよ!」
ヨアケのツッコミをガン無視して俺は、今の俺なりに辿り着いた答えを彼女に言った。
「確かに俺は怯えてたのかもしれない。大切なものを失う悲しみを知ってるからこそ、もうそんな思いをしたくないと」
だったら初めからそういう相手をつくらなければ、傷つかないで済む。
だから親しいと、大事だと思わないように、目を逸らして拒み続けていた。
「でもそれじゃダメなんだよな。だって、こんな俺のことを慕い、ついてきてくれているんだから」
あいつの、リオルの滅多に見せない笑顔を思い出し、その柔らかな表情を思い返し、今更ながらぐっと感情がこみ上げる。
声が上ずりかけるのをぐっとこらえて、最後まで言い切った。
「ラルトスのことは忘れられない。忘れちゃいけない。忘れてたまるか……でもだからって、リオルのことから、目をそらしていいってことにはならない。ってことだよな?」
俺の答えに呆気にとられていた彼女は、気を取り戻して「あってる」と言い、小さく笑った。
日の光を浴びたその笑顔は、少しだけ輝いて見えた。
「ヨアケ、カビゴンのこと、任せたぜ。ちょっと相棒連れ戻してくる」
「任せて、行ってらっしゃい」
意気込んだ俺に、若干タイミングを逃したカイリキーの『かわらわり』が、俺の背中に炸裂した。
それは『かわらわり』とは言えない、どちらかというと気合を入れる類の平手打ちだった。
カイリキーは若干呆れながら、これでいいか? と苦笑いしていた。
つられて俺も苦笑してしまう。
「充分だ、ありがとう」
壁は、壊された。
カイリキーをボールに戻してバイクに飛び乗り、俺はリオルと密猟者を追いかける。
ちょっと遅い、スタートラインだった。
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彼の後ろ姿が曲道へ消えていくまで、私は彼から目を放せないでいた。
何故なら、あの押しつぶされそうだった小さな背中が、今では少し頼もしく見えたからである。
その頼もしさは、ひょっとしたら一時のものかもしれない。でも、私が彼に感じていた恐怖の感情は、形を変えつつあった。
たぶん彼はもう大丈夫。そう、信じたくなり始めている私がいた。
ロングスカートの裾を軽く引っ張られる。振り向くと、私のパラセクト、セツちゃんがツメに何か引っかけていた。
受け取ってみるとそれは、黄色と青色に彩られたモンスターボールの半分だった。
周囲を見渡すと、同じようなカプセルの片割れが三つ落ちていた。セツちゃんのを合わせて四つ、つまりは二個のボールの残骸が転がっていたことになる。
種類はおそらくクイックボール。もしかしたら、相手は短期決戦を挑んできていたのかもしれない。
となると、カビゴンを襲ってきた人たちは、ふたりとも引き上げた可能性もある。
彼らを追って行ったリオルとビー君は、大丈夫だろうか……
「休んでいるのにゴメンね……リバくん、お願い!」
セツちゃんに地上の警戒をしてもらいつつ、私はボールの中で休ませていたデリバードのリバくんを出し、空中から周囲の様子を見てもらうことにした。
「リバくーん! フライゴンを探しているんだけど、いるー?」
首を横に振って否定するリバくん。でも、代わりに何か見つけたようで、私にそちらを向くように鳴く。
「あれは……!」
遠目にでもすぐ見つけられるほど、その飛行ポケモンと思われるシルエットは、大きかった。
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ゲストキャラ
赤いリュックの女性:天竜さん