ぼッx.51 なマエが しばルもノ

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 サニーゴはヒナタを探している。力を得ればそうするだろうとキプカは予想していたが、そのまま街に居座ったのは予想外だった。他に気がかりがあるのか、それとも本当に〝近くに〟ヒナタがいるのか。読み取ろうとしても、意識が混在していて分かりにくい。サニーゴと、子供と、バシャーモと。静かなのはサザンドラくらいだ。這い出た者達はバシャーモを飲み込み、水を求めるうちにサニーゴだったものに飲み込まれ、増大し、町を彷徨っていた。
 「餓鬼が……」囁く。気絶したバシャーモがしめ縄に捕縛されている。しめ縄の幾本かは黒く炭化していた。手持ちを使い切ってしまい、忌々しそうにバシャーモを見やる。ミミッキュがげしげしとバシャーモを蹴った。足が小さすぎてほとんどスカっているが。『オマエが暴れやがるから逃がしちまったじゃねーカ! バカヤロ!』爪でバシャーモの顔をひっかいたが、起きる気配はない。

『完全にオチてんナ。どーするキプカ』

 置いていけば面倒だし、連れていっても面倒だ、とキプカの顔にありありと書かれている。始末しても面倒だし、生かしておいても面倒だった。
 結論。全てにおいて面倒な存在。
 キプカは心底嫌そうな顔で、ロトム、と言った。『ロロロ! 何処にかける? かける?』「……サイカだ」『了解ロト!』ヒナタのポケナビから電話がかかる―すぐに繋がった。柔らかな男の声が答える。

『はい、リアンです。君はリク君かな?』
「朱色の外套の……ポケモンを捕獲した。……レンジャーを、カザアナに寄越せ」
『おや、キプカだったか。良いけど、案内のポケモンは誰が来るんだい?』
「ゲンガー」

 にゅっと足下の影が動いた。『君が捕まえたのは誰だい。こっちにはシラユキで捕まったのが送られてきているんだけ――』通話を切った。即座に先方もかけ直してきたが、切れ、の一言でロトムが着信拒否にぶち込む。『どーするんだ?』「……お前達、手伝ってやれ」ケケケ! と声が複数重なり、集まってきたヤミラミ達がバシャーモを担ぐ。ゲンガーを旗振り役にするすると運んでいった。

「……次は赤毛の馬鹿だ」
『了解! 回線はあるロト?』
「ヨノワールを呼べ……。住宅区域のT-4付近にいるはずだ……」

 今度はゴース達が壁をすり抜け飛んでいく。ものの数秒でヨノワールを引っ張ってきた。お前久しぶりじゃんと言わんばかりにキプカの背をバシバシ叩いてくる手に、懐から取り出した酒瓶を握らせる。「貸せ」「ビブバァ!」腹の口に酒瓶を放り込み、陽気に頭を差し出す。キプカは糸巻きを取り出し、ヨノワールの頭のアンテナに巻きつけた。もう一方の端をロトムに巻き付ける。「繋げ」

『ロトトト……ロトトト……』

 ロトムの目の色が変わっていく。外の場所では遠すぎる場所も、カザアナでは近い場所となる。凝縮したノイズ音が響き出すにつれ、集まったゴーストポケモン達がうっとりと耳を傾ける。ノイズの濁りの底に耳を澄ませれば、亡者のうめきが折り重なって聞こえてくる。更に奥へと回線が潜っていく。

『ジジッ……ガッ……あ、ああ゛……だ……』

 若い男の声。

『だ……が……誰……おれ……』

 安定しない。ノイズの海を裂くように、はっきりとキプカは答えた。
 これっきりだと言わんばかりに。

「――〝ヒナタ〟、何処にいるか答えろ」
『あ……あ゛ー……キプ……ザッ……あれ、キプカか……?』

 名前は存在を縛る。聞こえてくる声が大きく、はっきりとしたものになった。
 しかし雑音は消えない。途切れがちの声も、数分と保たないことだろう。もう一度はっきりと問いかける。「今、何処にいる。カザアナにいるだろう」

『カザ……アナ……? ザッ……ど……こ……暗……熱……い……ズザッ……こえ、が……』
「……暗くて熱い場所?」
『……こいつ……を……ザッ……外へ……でもまだ……約束……ザッ……』
「……誰かと一緒か……?」
『炎が……尽き……ザッ……それ……いつ……』
「――炎が尽きるとき?」

 思わず問い返した。約束の逸話は、ラチナの民であれば誰でも知っている。カザアナ、生死の曖昧なヒナタ、暗くて熱い場所、約束の炎が尽きるとき。ノイズが大きくなっていく。通話限界が近い。

「場所は……分かった。……しるべはあるか?」
『………ジェ……が……ヤド……ギ……ザッ……ザァー……』

 とうとうノイズ音しか聞こえなくなり、キプカは舌打ちした。『切れちゃったロト』「……構わん。それより……みんなに知らせろ。置き石の道を……開く……」ミミッキュが目を丸くした。

『イイけどよぉ~キプカ。絶対ネオラントが邪魔するだろぉし、置き石ともなれば賛成する奴ばっかじゃねぇだろ』

 実際、取り巻きのゴーストポケモン達もざわついている。

「……サニーゴをぶつける。応急処置で閉じ直した兆域が、開けば気づくだろう。……あの巨体なら……ネオラントも退かざるをえない……上手くいけば相殺が狙える……」
『キヒッ。ヒナタにしるべがなくて、運も悪けりゃサニーゴまでもっかいオダブツだな』
「問題は置き石か……引き戻しが厄介だな……」

 壊すわけではなく、一時的に封印を外すとなれば反発力が働く。ヒナタが幸運にも出られれば、置き石を外した不運な人物が引き込まれる可能性は高い。
 ――そういえば、バシャーモにはトレーナーがいたな、と思い当たった。兆域の境界を破ったのはバシャーモとそのトレーナーだ。一連の事件は炎が関連している。カザアナの秘密ともいえる置き石の存在を何処で知ったのかは分からないが、兆域に踏み入った目的は予想がつく。おあつらえ向きだな、とぼそっと呟いた。

『きぷかー』

 ヒヒヒッと鳴き声を上げながら、リマルカへの遣いにやっていたヨマワルが飛んできた。『りまるかがー会ってくれるならいいよってー』「……ポケモンセンターにいなさい、ともう一度伝えろ」『えー』仕方ないなぁ、ともう一度飛んでいこうとしたヨマワルを、待て、と呼び止める。
 リマルカの周囲にはゴーストポケモンがたくさんいる。彼らはリマルカに喜々として従っているが、ほとんどのゴーストポケモンはリマルカに渡している以上の情報を、リマルカ周囲の状況も含めてキプカに報告している。

「ポケモンセンターに火傷した奴がいる。……連れてこい」
『わかったー』

 ぴゅーっと今度こそヨマワルは飛んでいった。鼻息をつくキプカの影で、こっそりと一匹のカゲボウズも飛んでいく。反対側でサマヨールがちょいちょいとキプカを引っ張り、頭の糸を指した。「……ご苦労」役目の終わった糸をロトムとサマヨールから回収すると、何か絡まっているものが触れた。つまみとると急に動き出したので、地面へ放り出す。しゅるしゅるとその場で発芽しだしたそれを、ミミッキュがしげしげと見た。

『なんだこりゃ……ヤドリギ?』





 違和感と虫が集るような痒みが右腕にまとわりついている。浅い場所へ意識が浮上し、また沈む。その浮き沈みの間に、誰かの手が口に触れた。「う……」抵抗もなく口が開く。サラサラと粉が注ぎ込まれ、喉奥に落下していく粉末にむせかえった。

「ぐ……げっほ……げほげほげ……ッえほ……っ!」
「わぁっ! だ、大丈夫!?」

 ソファのスプリングがギシギシと軋んだ。目を白黒させて口を抑えるが、咳き込むごとに右腕が強く疼く。ひゅー、ひゅー、と必死で呼吸すると、誰かが背中を擦った。「大丈夫? 大丈夫?」「げほっ……あ、……み、みず……」「はい!」素早く差し出された水のコップを奪い取り、夢中で煽った。

「まだいる?」
「だい……げほっ……だいじょう、ぶ……ありがとう……」

 まだ渇きはあるが、これ以上飲むと今度は吐きそうだ。相手はコップを受け取ると、もう一度こちらの背中をさすった。反射的に手を払いのける。擦っていた人物――ショートカットの少女が目をぱちぱちさせる。驚き。特にこちらを害する感情は含まれていない。思わず顔を逸らした。少女が行き場をなくした手をうろつかせていると、後ろから別の人物が問いかけてきた。

「君の名前は?」

 振り返ると、藍色の髪の少年がこちらを見下ろしていた。(――名前)視線を周囲に巡らせる。(ここはポケモンセンター、か……?)ソファを挟んで対面にもう一人。ジムリーダー・リマルカが座っている。状況が、おぼろげながら飲み込めてきた。痛みの程度からして火傷を治療されたのだろうが、周囲に満ちている空気は緊張している。明らかに歓迎ムードではない。問いへの答えに迷い、逸らすように正面のリマルカへ言った。

「……リーシャンは」
「治療中だよ。君が助けてくれたんだよね、ありがとう」

 リマルカがにっこりと微笑む。

「そのリーシャンのトレーナーが見つからないんだけど、君は知らないかな」
「……?」
「歳は君やそこのソラと同じくらいで、黒髪を白いハンカチで縛ってる男の子」

 歳は同じくらいで、黒髪をハンカチで縛っている、リーシャンのトレーナー。それらの単語がぐらぐらと脳内で揺れる。

「名前はリク。君の友達らしいね、ウミ君」

 もう誰も呼ばなくなった名前を数年ぶりに耳にした瞬間、一気に自分がホムラではなく、置き去りにしてきた過去の自分に引き戻された。周囲を取り巻くプレッシャーに、汗が噴き出る。「リクが……なんでここに……なんで……?」その問いには、藍色の髪の少年、ソラが答えた。

「先だっての地震で、彼が載っていたトラックが巻き込まれたんだ。それから、ナギサタウン、ゴートであった事件にも巻き込まれ、この街まで来た。これらの事件がどんなものだったか、〝君はよく知っている〟はずだろ」

 嫌になるほど知っている。(……トラック。リーシャンが載っている、トラックがあった)よく知っている。あのトラックに彼らが乗っていた。集るような右腕の痒みが、喉元までせり上がってきた。

「この街に、何の目的でやってきた」

 ソラの表情は冷静を装っていたが、瞳には薄らと、怒り、軽蔑、疑念が混ざり合っている。明確な敵意。にゅっと少女が視界に割って入った。「なに、コダチちゃん」ショートカットの少女、コダチがう~、と唸った。更に、う~ん、と頭を抱え、こちらを振り返る。

「あのね……あー……う~……」

 ソラからは敵意。リマルカの表情は読めない。コダチは、変わった事に、敵意は感じない。むしろ心配するような気配さえ感じ、いささか居心地の悪さを覚える。

「ウミ君を攻撃したりしないよ。リクちゃんを助けられて、よく分かんないのもなんとか出来て、えっと、あとは……これ以上、色んな街を傷つけないって約束してくれるなら、それでいいんだ。知ってることを話して欲しい」
「ちょっとコダチちゃん」

 ソラが渋い顔で肩を掴んだ。うー、と色々と葛藤が入り交じった表情で、コダチが手をバタつかせる。

「悪い子じゃないと思う。悪い子じゃないよ。きっと訳があるんだよ。だからちゃんと話したら、それでいいはずだよ」
「そんなの、こっちだって同じだ。訳があったら何やっても良いんじゃないし、悪い子いい子って問題じゃない」

 ソラは鋭い目つきをコダチへ向けた。声音は少し苛ついているようで、コダチが不安そうに眉を下げた。深呼吸をひとつすると、誰かの言葉を借りるように言った。

「〝しかしそれは、ここで責めるべき事ではない〟」

 ぴく、とソラの顔が険しくなる。コダチが挑むようにソラを見つめていると、リマルカが嘆息した。

「こちらとしても、今すぐ君を害しようって訳じゃない。君が素直に協力してくれるなら。もちろん、事が収まればレンジャーに引き渡すけど。そこの彼女はレンジャー見習いだ。君に同行してくれる。ね、コダチちゃん」

 コダチは驚いたものの、すぐに頷き、胸を叩いた。ソラのピリピリした視線をまだ感じる。こちらは納得してはいない。正面のリマルカは、年が近いとは思えないほど隙のない笑顔を浮かべている。
 
「どうかな」

 誤魔化しはしようがない。その余裕もない。
 口を開いた。

「……リクの場所は分からない。けど僕に出来る限りの協力をしたいと思う。それと、バシャーモが変なものに飲み込まれてしまった。それを助けてくれるなら、質問でもなんでも答えるし、僕自身の事はレンジャーに突き出すなり地下大空洞に叩き落とすなり、好きにしてくれ」
「分かった。リーシャンは元々君のポケモンらしいけど、目覚めたらどうする?」
「僕のことは秘密にしておいて欲しい。今更顔を合せても、彼女が困るだけだ」
「だったら君の事も、ウミって呼ばない方が良いのかな?」

 肩が揺れる。一瞬だけ戻った名前。彼らが構わず呼び続ければリーシャンも勘づくし、リクにだって知られる。そうしてくれ、と答えた。

「じゃあ改めて〝ホムラ〟君。君の目的を教えて欲しい」

 その名だったら、気持ちが揺らがなくて済む。
 ホムラは昏い瞳で答えた。

「カザアナで一番古い場所に隠された石の破壊と、伝承を刻んだ石。私に命じられたのは、その二つだ」

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