Boックス.50 さんニんヨらばユクシーのチえ

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読了時間目安:17分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 リクが蘇生する少し前、リマルカはポケモンセンターに飛び込んできたゴーストポケモン達を落ち着かせ、報告に耳を傾けていた。――良くないものが生まれるよ、ポケモンのような何かが街を彷徨い始めているよ、と。その〝良くないもの〟がなんなのか、リマルカは繰り返し問いかけた。
 「それはどこから?」「ポケモンではないのか? もしくは人の塊? それとも、もっと別の何か?」「目的は?」「何処へ向かっているのか?」ゴーストポケモン達は口々に言葉を連ねる。
 それはポケモンのようでもあるし、人間のようでもある。どちらかというと、ポケモン、のようなもの、である。
 ポケモンの定義はたいそう曖昧で、人、動物、生き物とどう違うのか、と問われると疑問符を浮かべざるをえない。
 例えばマルマインは機械か? ロトムは? 意思を持った機械をポケモンの一種と定義するならば、AIは? プログラミングに因らない自然発生によるものと定めるか? 例えばベトベターは? 本来は意思を持たない物体であったヘドロがまるで生き物のような生活様式を獲得することにより、ポケモンの一種であると定義される。例えば人は? 過去には人とポケモンが婚礼を行ったこともある。その結果生まれた子がポケモンと呼ばれるソレであったのか、人の形を為していたのかは文献に残っていない。
 言葉は自然を定義する。
 人がポケモンとソレを定義すれば、それは〝よく分からないもの〟から〝ポケモン〟へと、実態に変化はなくとも認識されるようになる。
 ジョウト地方には、焼けた塔、と呼ばれる建物が存在している。それは過去、カネの塔、と呼ばれていた。落雷で焼け落ちた塔には、名もなき三匹のポケモンがいた。そのポケモンは定義される前から〝ポケモン〟と認識されていたのか? ――違う。ホウオウが命を与え、スイクン・エンティ・ライコウの三聖獣として復活させた後、〝伝説のポケモン〟と呼ばれるようになった。
 伝説のポケモンとして生まれ変わった為、彼らは〝ポケモン〟と定義されている。リマルカは考える。(よく分からないもの、は、その前はなんだったのだろう。人? ポケモン? 別のもの? いずれにしろ、〝通常ではあり得ない生命の獲得〟にはポケモンの〝伝説〟や〝伝承〟がつきものだ。ポケモンになろうとしていることは間違いない。……それが〝未確認のポケモン〟でないとありがたいんだけど)
 人がポケモンになった伝承もある。ラチナ神話だ。(行方不明のリク君がその〝よく分からないもの〟だったりして)平常であれば一笑に付す考えであるが、背筋が寒くなるような報告も上がっていた。〝よくわからないもの〟の内部にリュックサックが確認されているのである。(それが変異の核と想定するならば、リク君、コーラル、オニキスの誰かが〝よく分からないもの〟の正体だと考えるのが妥当か。〝誰か〟によって目的も変わってくる)
 どこから来たのか? ――街の中からだよ、ジュニア。
 何処へ向かっているのか? ――何かを探して、迷っているみたいだよ、ジュニア。

「迷っている?」

 リマルカは眉を寄せた。
 ――そう、目的の場所の近くまで来てはいるけど、その場所を見失うみたいに……。
 〝よく分からないもの〟が発生したのは、街の封鎖後だ。その間の変化は、〝兆域〟の境界が壊れたこと、リク達が行方不明になったこと、キプカが戻ってきたこと。それに、境界を壊した人物がどこかにいる。その目的は? リマルカは口元に指を当てた。ジムリーダーに就任してから、引き継ぎもないままキプカがいなくなった。(父さんしか知らないことがたぶんあるんだ。それは?)
 コダチがつんつんと突っついてきた。

「リマちゃん、ヨマワルが……」
「ウヒィー」

 ヨマワルが紙切れを差し出す。キプカからの伝言だった。内容は先ほどとほぼ同じだ。
〝ポケモンセンターにいるように。侵入者は気にしなくてよろしい〟
 (……あの人にはコミュニケーションの概念がないのかな)ため息をつく。「父さんが会ってくれるなら考えとくって伝えといて」「ウヒヒッ!」ぴゅん、と壁をすり抜けてヨマワルが去った。

「リマちゃん、キプカさんと喧嘩してるの?」
「してないよ。喧嘩もさせてもらえなかった」
「させてもらえない? 喧嘩って、しない方がいいんじゃないの?」

 コダチがあまりにも不思議そうに訊くので、リマルカは面食らってしまった。(しない方がいいのか、な)喧嘩、かどうかすらも、よく分からない。しかし街を出て行ってしまってから一度も帰ってこないというのは、嫌われているのかもしれない、と思うには十分だった。

「コダチちゃんは、誰かが嫌いになったらどうする?」
「えっ? 分かんない」

 困った顔で答えられ、リマルカも困ってしまう。同時に、それはそうだ、とも思った。コダチはキプカではないし、正反対の性格だ。参考にすらならない。

「リマちゃんもしかして、キプカさんのこと嫌いなの?」
「違う!」

 反射的に否定すると、だよねー、とコダチが同意した。
 
「私はねー、嫌いって苦手。嫌いだと疲れちゃうから、考えたくないんだぁ」
「苦手? 例えばコダチちゃんは、この人苦手だな、とか、このポケモン嫌だな、とかないの?」
「むー……分かんない。リマちゃんはあるの?」
「僕はこの街が嫌いだ」

 コダチが驚いた。「そうなの?」どうせここにいるのは、コダチだけ。立ち聞きするような住人もいない。ゴーストポケモン達はとっくの昔に知っている。だからリマルカのそばは、彼らにとって居心地が良い。

「父さんのことをみんなして馬鹿にして。勝てない癖に。父さんの方がずっとゴーストポケモン達を扱えるのに。……父さんは本当はもっと強いよ。僕なんかよりもずっと強い。僕が勝ったのは、何かの間違いだったんだ。ただの偶然だよ。それなのに、父さんがいなくなった途端に、堂々と悪口言って、僕のことを持ち上げて、褒めそやして。この街を守ってきたのは、あいつらなんかじゃなくて、父さんなのに。……ゴーストポケモン達は好きだけど……こんな街、嫌いだ」

 気がつけばキプカはいなくなっていて、気がつけばジムリーダーに祭り上げられていた。期待し頼り見つめてくる無数の瞳と、引き留める腕の多さに、全て放り出してしまうことは出来なかった。

「……父さんはさ、街は嫌いだけど、出て行きたかった訳じゃないと思う。コダチちゃんは、ジョーイさんに会ったって言ってたよね」

 コダチはこっくりと頷いた。
 
「うう……心配でこっちに来たって……」
「たぶんそれ、母さんだ」

 間。

「――ええっ!?」
「僕が小さい頃に死んじゃったけど、写真は何度も見たことがあるし、少しなら覚えてる。ゴーストポケモン達も話してくれるしね」
「え、ええー……ううあああ……やっぱり、その、死んじゃった人、だったんだよねぇ……」

 もごもごと青い顔で問いかけるコダチに、「そうだよ」とリマルカはさらりと返した。

「で、でも、リマちゃんのお母さんなら、なにも途中で消えなくても……うー……」
「会いたくないんだよ、僕や父さんに」
「なんでぇ……?」
「引き止めてしまうから」

 リマルカやキプカは、霊と話が出来る。それは普通の事ではない。
 そして霊が話せる状態で残っていることも、普通の事ではない、とリマルカは話した。死した後の魂はこちらを離れる。火葬する理由の一つは、魂が抜けた後の体が悪用されないようにするため。もう一つは魂が道に迷わないための送り火の役割だ。
 
「でもカザアナって水葬だよね。どうして?」
「トモシビが約束の炎を守る地ならば、こちらはテセウスの魂を慰め、見守る場所だ。……そういえばコダチちゃんはレンジャーだったね。サイカタウンの名前の由来は知ってる?」

 知らない、とコダチが首を横に振った。考えた事もない、と。

「サイカタウンには森がある。サイカの森……災禍の、森。そもそも僕がジムリーダーなのは年齢的に他の街だとおかしいでしょ。トモシビだって、いつまでもジムリーダー不在なのはおかしい。どうして他の人じゃ駄目なのか、理由がある。実力はもちろんだけど、明確な役割が存在する街なら、その役割への適正が必要になる。例えばゴートなら、ラチナの陰部を一手に引き受ける役割だ。ゴルトさんやツキネさん以外が統括するのは難しい。トモシビは歴史と聖火を守る街。聖火の継ぎ手じゃないと就任出来ないから、聖火が行方不明の現状では誰も就任出来ないんだよ。サイカのジムリーダーは通称〝監視者〟と呼ばれる。災禍の森の監視者。……〝何〟を監視しているのかまでは、僕も知らないけど。そしてカザアナは、地下深くのテセウスにもっとも近く、その魂を慰め、見守る役割がある。だから水葬し、魂はこの地を離れず、今なお苦しんでいるテセウスに寄り添う。もっとも――」リマルカが目を伏せた。「罪人も同じ、水葬なんだけど。魂が二度と復活しないように」

「むー……なんか、嫌だね」
「水葬が行われる場所は〝兆域〟と呼ばれ、ある程度溜まったら封鎖される。母さんはそこから戻ってきたんだろうけど、リスクが高いんだよ、本当は。彷徨っている魂はゴーストポケモン達が食べちゃうかもしれないし、悪霊化してしまうかもしれない。だから会わない方が、お互いのためだ」
「でもそれって、寂しいよ」
「寂しくないよ。……いずれ、同じ場所で眠る」

 リマルカが微笑んだ。それは、ぞっとするほど美しい笑みだった。
 ポケモンセンターの自動ドアが動く音に、二人は振り向いた。ゴーストポケモン達はすり抜けて入ってくる。ソラとクロバットだ。クロバットの足にはリーシャンが、ソラの背にはぐったりとしたレインコートの人物が背負われている。駆け寄ってきたコダチに、ソラが言った。
 
「リクはいなかった」

 怖々と背中の人物を伺ったコダチが困惑した。
 
「いなかった? じゃあその子は?」
「侵入者」

 ソファにゆっくりと下ろし、その顔を露わにする。向かいのソファに、クロバットがリーシャンを横たえた。「他の街の子? 旅のトレーナー? リクちゃんはどこに……あ! この子怪我してる!」少年の右腕は血や漿液は出ていないものの、広範囲に赤く染まっている。奥から包帯を持ってきたソラは膝をつき、くるくると巻き始めた。コダチが言った。

「どうして途中で止めたの?」

 ソラの手が止まった。
 少し驚いた顔で、コダチを見上げる。非難の色はなかったが、不思議そうな、よく分からないものを見る目が返ってきた。

「途中? どういう意味?」

 ソラも不思議そうな顔を返した。ただこちらは、不自然さのある表情だった。

「火傷を治してる途中で、治すの、止めたんだよね?」
「結構酷かったからリアが治しきれなかったんだ」
「……そうなの?」
「そうだよ」

 ソラの腰のモンスターボールがカタカタと揺れた。じっと、コダチの目が、真っ直ぐにソラを見ている。
 リマルカが近づき問いかけた。リクが見つからなかったことは、ポケナビで既に報告を受けた。詳細は戻ってから、とも。ゴーストポケモン達には竪穴下の水の流れを辿るように言ってある。
 
「侵入者って言ってたね。彼が境界を破ったのかな」
「おそらくそうでしょう。断定は出来ませんが、朱色の外套集団の仲間、ではないかと思います」
「根拠は?」

 ソラは包帯の続きをくるくると巻き、答えた。

「根拠は三つ。一つ目、彼はこの街の住人ではありません。二つ目、ジムに挑戦しに来た間の悪いトレーナーでもない。バッジケースがないし、モンスターボールも持っていない。しかしポケモンは持っている。それが三つ目。火傷の跡は、自分の持っているポケモンによるもの、と考えられます。ヒトモシやランプラーとは焼け方が違う。この時期に炎ポケモンを連れたトレーナーがこの街にいること自体、黒みたいなもんでしょう」
「ふぅん……でもモンスターボールがないんだよね。どうしてポケモンを持ってるって分かる?」
「……彼の持っているポケモンは、バシャーモだと思います。ミズゾコ襲撃事件の際、目撃されたと新聞で読みました」
「ソラ、君は確信を持っている。でも、その情報だけじゃ、僕が君なら確信を持って話したりしない」

 リマルカが目を眇める。コダチは気絶している少年の顔を見た。冷や汗が酷い。ポケットからハンカチを取り出し、汗を拭った。ソラの腰のモンスターボールはまだ、カタカタと揺れている。ロックがかかっているようだ。ソラはコダチに言った。
 
「これから話すこと、他の人に絶対話さないって、約束出来る?」
「……怖いことなの?」
「リクに関わることで、本当だったらコダチちゃんには話さない方がいい。でもリクの生死が不明な以上そうは言ってられない。怖いことではないけど、どうする」
「リクちゃん死んじゃうの?」
「分からない」
「じゃあ聞く。生きてないと嫌だ」

 返事は早かった。言い切ったコダチに、ソラは話し出した。

「彼はリクの友達です。リクと彼は一年と少し前、ホウエン地方での事件に巻き込まれ、リクが元々持っていたアチャモと行方不明になっていました。それがどうしてこっちにいるのか分かりませんが、名前や年齢、想定されるポケモンが一致してます。それに、リーシャンを心配する気持ちをリアが察知しました。間違いないと思います」
「リク君は、そのことは知ってそう?」
「分かりません。でも、リクがいなくなったと思しき場所に彼がリーシャンと一緒に倒れていました。リクは見つかりましたか」
「こっちもまだだ。父さんは単独で行動してて情報をくれないし、あと有益な情報を知ってそうって言うと、彼か」

 全員の視線が、気絶している少年に集まった。

「他に、〝よく分からないもの〟が街を這い回ってる。そっちは父さんがなんとかするらしいから、僕らはリク君を探さないと」
「よく分からないもの、ですか? キプカさんから伝言が?」
「そう。二通だけだけど。一通目は〝早めに街を出るように。サニーゴのことは気にしなくてよろしい〟二通目は、〝ポケモンセンターにいるように。侵入者は気にしなくてよろしい〟……どこまで把握してるんだ」

 一通目は〝街を出るように〟と、二通目は〝ポケモンセンターにいるように〟と。〝よく分からないもの〟が出たので、街を出ることは困難と判断したのだろう。侵入者の件にも触れているということは、ここにいないバシャーモはキプカが把握してるのかもしれない。サニーゴと一緒にいたリクの事が一言も出ていないところを見るに、一顧だにしていない。それならこちらはリクを探すことに注力するべきだ。

「……サニーゴのことは気にしなくてよろしい、と言ったのですか」
「そう」
「ゴルトさんもサニーゴのこと、気にしてましたね」
「そう、だね」

 リクは生死不明。サザンドラは生きてはいるが、動こうとしない。サニーゴは死んでいる。キプカもサニーゴを気にかけている。

「〝よく分からないもの〟はサニーゴ?」
「でもサニーゴは死んじゃってるんだよね?」
「ゴースト化するなら好都合だ。そうか、それなら、ヒナタさんを探してるのかな」
「ヒナタさんは今何処に?」
「分からない。地下大空洞でいなくなったのに、死体も魂もない。生きてるならツキネさんが見つけてるし、死んでるなら僕が見つけてる筈なんだけど」
「それって、〝死んでない〟し、〝生きてない〟ってこと?」

 コダチがよく分からない、と言った顔で突っ込む。状況から考えると、そう。「サニーゴはあるはずのないものを探してる。でもゴーストポケモン達は、〝目的の付近まで来て、場所を見失ったみたいに迷ってる〟って言ってた。何か……僕が知らないことが街に何かある……。そもそも彼は」気絶している少年を見やる。「この街に何の用が? 港は分かる。シラユキも分かる。ゴートも分かる。でもこの街は、ただ埋葬を行っているだけだ。もしかして〝サニーゴの探しもの〟を、彼は知ってるんじゃないか?」リマルカの足下に、ヒトモシがちょこちょこ寄ってきた。手にはポケモンセンターの薬箱から持ってきた回復薬を持っている。受け取ったリマルカが包薬を開くと、コダチは鼻を動かし、嫌そうな顔になった。

「ふ、ふっかつ、そう……あう……」
「コダチちゃんが飲む訳じゃないだろ」

 ソラが気絶している少年の口を開いた。

「気付けも兼ねてる。復活草なら元気の欠片よりも効果が緩やかだ。彼には、今すぐ起きてもらおう」

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