第56話 やるべきこと

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 グラードンの壁画があった洞窟内。その中になる大きな空洞内の一角に、不自然に岩が積み上がった場所があった。先ほどの戦いでプテラが生き埋めになっているところだ。
 その岩が、突如としてカラカラと音を立てて揺れ始めた。しばらくそれが続き、やがて岩が崩れてゆく。崩れた跡を見ると、そこにあったのは、両足で立っているプテラの姿だった。

「はぁ、マ、マジで死ぬかと思った……」

 プテラは生きていた。実はガバイトが放った“いわなだれ”が当たる前に、“こらえる”を使っていたのだ。ボロボロになりながらも、何とか死なずに済んだのはこのためである。

「……だが、こんな状態じゃ、戦うことなんかできねぇな……」

 自慢の翼は撃ちぬかれ、全身に傷をつけられ、まともに体を動かせる状態になかった。ましてやガバイトが去るまでじっと岩の中に潜んでいたのだ、その苦痛は計り知れない。
 本当なら今すぐにガバイトの後を追いかけたいところだが、1歩歩くたびに体に激痛が走ってしまう。これではガバイトのところまで辿り着く前に倒れてしまうのは目に見えていた。

「どうするか……イチかバチか、あの“厄介者だった”奴らに賭けてみるか……」

 頼りになる存在に心当たりがあるようで、プテラは痛みに堪えながら歩き始めた。彼の言う“厄介者だった”奴らのところへ向けて。


 一方、クロバット達を倒したベイリーフ達は、奇怪な光景を目にしていた。それは以前ヒトカゲ達が見たメタモンと同じように、地面に倒れこんだクロバット達が黒い粒子状となって消え去ったのだ。
 この原因を解明するためにも、彼らもまたガバイトを追おうと気持ちを固める。先導を切ってドダイトスが前へ進もうとした。

「……ぐっ!」

 彼もまた、先ほどの戦いによって負った傷のせいで歩くことができなかった。ベイリーフも同様の理由で動けない。前足を出す度に痛みのせいでバランスを崩してしまうのだ。

「参ったな、派手にやられてしまったか。まずいぞ……」
「私も。ごめんなさい、役に立てなくて」

 ベイリーフが深々と頭を下げるが、彼女を責めるものはいない。勇敢に立ち向かってくれた、それだけでドダイトスもラティアスも感謝している。
 しかし今問題になっているのは、ベイリーフとドダイトスが動けないことだ。自由に動けるのはラティアスだけだったため、彼女がこう提案した。

「あの、ちょっとここで休んで、大丈夫そうなら登ってきてくれます? 私が先に行ってるルカリオさんにこの事を伝えてきますから」

 ラティアスを1人で行かせるのに2人は少々難色を示したが、他に頼れる存在も今はいない。思い切って彼女に任せることにした。

「わかりました。気をつけてくださいね」

 ドダイトスの言葉にラティアスは小さく頷き、ルカリオのいる所へ向かって飛行を始めた。2人は彼女を見送ると、次に何をすべきかを考えながら待つことにした。


 しばらく飛行し続けたラティアスは、レッドクリフの中腹過ぎまでやって来ていた。辺りを見回してはみるが、ルカリオの姿は見当たらない。

「ルカリオさんとアーマルドさんのことだから、多分ボスゴドラにやられてるなんてことないと思うんだけど、どこにいるのかな?」

 まさか崖には落ちてはないだろうとラティアスは思っているが、念のためと崖下を覗き込んでみる。視線の先には、ここがレッドクリフと名づけられた所以があった。

「わっ、本当に赤い……」

 崖下に広がっている地面、そこから生えている草木までもが赤色に染まっていた。まるで血で辺り一体を染めたかのように、若干黒を帯びた赤色をしていた。
 視界の半分以上が木々の葉で覆われている。たとえここから落下しても、これでは捜しようがない。おそらく、この木々の下には多くの亡骸があるのだろうとラティアスは推測する。

「は、早く捜そっ」

 想像すると急に怖くなり始め、ラティアスは崖下からばっと目を背けた。すると偶然にも、背けた先に小さく何かが見えたようだ。うっすらと青色のように見えたので、すぐにルカリオだと判断した。

「あっ、いた」

 やや急ぎ気味に彼女はルカリオの元へと近づく。ひとまず安心したようだ。声の届くところまで近づくと、彼女は少し大きめの声でルカリオを呼んだ。

「ルカリオさん! 大丈夫ですか?」

 だがルカリオからの返事はない。それどころか、ずっとラティアスに背を向けて立ち止まったままだ。首を傾げながらも、彼女はルカリオの後ろで話し始めた。

「こっちは何とかクロバットを倒せたんですが、ドダイトスさん達が怪我をしちゃって動けないでいるんですよ」

 話は聞いているようで、耳が動いている。しかしどういうわけか、ラティアスと顔を合わせようとしない。様子がおかしいので彼女が心配し始めたその時、ようやく口を開いた。

「……2人を安全な場所へ連れてって、治療させろ」

 ものすごく冷静な応答だった。声色からも驚いているとは感じられない。ラティアスはさらに心配になり、一緒に行った方がいいのではと提案する。

「でも、1人でも多くいた方が……」
「早くしろ!」

 話を割ってルカリオが大声で言った。その声は怒りを含んでいるようにラティアスには聞こえたようで、恐さで体をびくつかせる。
 自分に対して怒っているかどうかもわからないまま、とりあえず「わかりました」とだけ言って彼女はその場を後にした。何かあったのかと考えながら、急ぎめにベイリーフ達の元へと飛んでいった。

「……悪いな。今の俺はお前と一緒に戦ってやれない……」

 完全にラティアスが去った後、その場に立ち竦んだままのルカリオが呟く。怪我した右腕に力を込め、手の平を思い切り握りしめる。そこにはまだ血がついたままだ。
 そのまま、じっと集中する。今でも目の前に広がっている、あの瞬間を忘れるために。そして前に踏み出すため、心の中に封印するかのように。
 しばらくして、ルカリオは顔を上げて歩き始めた。その表情は自分の感情を出さないように、わざと引き締めたものになっている。今の彼にはそれが精一杯の表情だった。



「もうそろそろ頂上かな?」

 一方、何も知らないヒトカゲは頂上を目指しつつずっとグラードンの塒探しをしていた。しかし塒どころか、グラードンはおろか、誰かがいる形跡すら見つかっていない。
 辺りを見回していると、こちら側に向かって走ってきているルカリオの姿を捉えた。ヒトカゲは大きく手を振って自分の存在を知らせる。

「こっちー!」

 程なくしてルカリオが到着する。嬉しそうに近寄るヒトカゲだが、彼の表情に違和感を覚えたようだ。口元に軽く力が入っていて、まるで話してはいけない事があるかのような顔つきだった。

「……ヒトカゲ、約束してくれ」

 突如としてルカリオは口を開き、そんな事を言い出した。何を約束しなければならないのか、全くわからないままヒトカゲは頷いた。

「絶対に……絶対にガバイトの計画を阻止するぞ。そして、生きてここを抜けるぞ」

 心の中で、既に誓っていた約束。今この場にいない、彼との約束を、ヒトカゲと実現するためにルカリオは言ったのだ。もちろんヒトカゲはそんなルカリオの想いなど知る由もない。
 それでも、場の空気から少しは感じ取ることができた。口では言い難い程の事があったのだろうと。それに応えるべきだと、ヒトカゲが頷こうとした、その時だった。

「お話はもう済んだのか?」

 ルカリオが顔を上げ、ヒトカゲが後ろを見ると、先ほどまでなかったガバイトの姿がそこにはあった。少々怪我をしているが、どこかで手当てでもしたのだろう、プテラと戦った後とは思えないほど元気になっていた。
 憎たらしい笑みが2人に怒りを募らせる。そんなガバイトの右ツメの先には、しっかりと“赤の破片”が載せられていた。

「せっかくのグラードン復活祭だというのに、観客はお前らだけか」
「あのクロバットとボスゴドラはやっぱりお前の差し金か、ガバイト」

 ふん、と鼻で笑うと、ガバイトが「そうだ」と答える。あいつらさえいなければと嘆くルカリオだったが、過ぎてしまった事にしがみついている暇はなかった。

「ガバイト、僕達絶対に殺戮なんてさせないからね」

 1歩前に出て警告するヒトカゲは既に攻撃できる体勢だ。そんな彼の姿を見て、ガバイトが大笑いする。

「笑わせてくれんじゃねーか! お前ら2人に何ができるってんだよ!」

 その言葉には2人とも黙っていられなかった。同時にガバイトへ向かって攻撃しようとした時、とうとうガバイトが行動を起こす。

「ほう、どうしても邪魔するつもりか。だったら止めてみな。俺が操る、大地の神・グラードンをよ!」

 刹那、ガバイトは持っていた“赤の破片”を自身の足元へ投げつけた。破片は地面へと突き刺さる。その瞬間、地面に緑色の線で模様が描かれていった。

『なっ!?』

 ヒトカゲとルカリオも思わずその場に立ち止まる。その間にも模様はどんどん広がっていく。その模様はまさしく、ヒトカゲが洞窟で見た、あの模様だった。
 模様が全て1本線でつながると、今度は地面が揺れだした。あまりに激しい揺れのため、視界がなくなるほどの砂埃が舞うほどだ。2人は腕で目を覆った。
 さらに、地割れが始まった。崖崩れの恐れがあるため、ヒトカゲ達は一旦その場を退却せざるを得なかった。来た道を全速力で駆け戻る。

「くそっ、何も見えねぇ!」
「ル、ルカリオ、あれ!」

 砂埃の中、うっすらとヒトカゲの目に映ったのは、驚愕の光景だった。
 刺々しく、恐竜のような姿。赤色の体にあるのは、先ほど地面に描かれた模様。そして、何ともいえぬプレッシャーを放っている。

 低い唸り声が耳に入る。初めて聞く声だが、これで2人は確信した。

『……グラードンが、復活した……』

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