第55話 最初で、最高の……

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 ルカリオが我を取り戻したときには、右手にアーマルドの腕がしっかりと掴まれていた。崖の途中にある突き出た岩のおかげで落下するのを免れることができたのだ。
 とはいえ、崖からの落下の際にルカリオはこの岩に体を強く叩きつけられたようだ。全身に痛みが走っているだけでなく、アーマルドを掴んでいる右腕も負傷している。

「……くっ!」

 何とかしてアーマルドを引き上げなければと右腕に力を込めるが、怪我のせいで思うように力が入らず、掴んでいるのがやっとの状態である。だがそれ以上に深刻なのはアーマルドの方だった。

「……けふっ……」

 小さく咳き込む度に、少量ではあるが口から血を吐き出していた。それに加えボスゴドラの“メタルクロー”によって刺された腹からも出血が見られる。誰が見ても一刻を争う状況だ。
 まだ運が良かったのは、2人の命が助かったことだけだった。ルカリオの腕が繋いでいる、アーマルドの命。それを思うとプレッシャーがルカリオに重くのしかかっていた。

(くそっ、何でこんなことになっちまったんだよ!?)

 ルカリオは自分の運命を嘆いた。どうしてこんな目に遭わなければならないんだ、何でアーマルドがこんな危機にさらされなければならないのだと。
 今はとりあえず、励ましてあげる以外にしてやれることはない。とにかく無事であることを確認するために、何回もアーマルドに声を掛けることにした。

「も、もう少しだからな。しっかりしろよ」

 アーマルドの耳にルカリオの声はしっかり届いていた。だがどういうわけかそれに対して応答をしない。ただ、ルカリオの方を見ているだけだったのだ。

(俺、いつも足引っ張ってるよな……)

 この時、彼の心の中ではある想いが芽生え始めていた。これまで旅をしてきた中で、彼はずっと足を引っ張っていると思っていたのだ。もちろん、ヒトカゲやルカリオにすればそんな事は微塵も思っていない。
 先ほどのボスゴドラとの戦いでも、アーマルドがいたからこそ倒せたようなものだ。しかし今の状況を見ると、彼の中では迷惑をかけていると思い込んでいた。
 現に、ルカリオの手は震えている。懸命に自分の手を掴んでくれているのが痛いほどわかった。同時に、いつも支えられている自分が情けなく感じている。

(もしこのままだったら、俺ら2人とも……そうなると、戦力が減ってしまう)

 次にアーマルドは最悪の事態を想像した。仮にそうなったとして、ベイリーフ達を含めたヒトカゲの仲間4人で戦うことになる。果たしてそれだけでガバイトの計画を阻止、いや、万が一グラードンが目覚めた時、鎮めることができるか不安が残る。
 詠唱ができるルカリオだけでもいなくてはと思うと、これ以上こんな状況を続けているわけにはいかないと、アーマルドは強く思った。

「…………」

 ふと、ルカリオの方を見た。苦痛に歪んだ表情をしている。それは怪我のせいだけではなく、左手で岩を掴み、体のバランスを保っている辛さからくるものでもあった。
 ルカリオ自身も、本当ならば両手でアーマルドを引き上げたいが、これが原因でできないでいることに苛立ちを覚えている。
 そんな事も含めて全てを見透かして、アーマルドはある決心を固めた。それはこの状況を打破するため、彼なりの、最善の考えであった。

「……ルカリオ……」
「ど、どうした? 大丈夫か?」

 不意に声を掛けられ、ルカリオは心配してアーマルドの顔を覗きこむ。容態が悪化したのかと思いきや、そうではなく、真剣な眼差しでこちらを見ていたのだ。
 突如、アーマルドがある言葉を発した。それはルカリオ達と出会ってからしばらくして、初めて喋った、あの言葉だった。


「……ごめん……」


 ルカリオは首を傾げた。何故アーマルドが謝ってきたのかがわからないからだ。それが何を意味しているのかを尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「俺、一緒に行けそうにないわ……」
「ど、どういう事だよ、それ……」

 急に弱気な発言をするアーマルドが心配でならないようで、ルカリオは焦り始める。「聞いてくれ」という彼の一言で、まともに耳を傾けるようになった。

「この状態が続けば、2人とも落ちちまう。仮に助かったとしても、俺はもう長くない。この先、ルカリオがいなきゃヒトカゲ達は勝てるかわからない。だから……手を離してくれ」

 手を離してくれ、それがアーマルドの考えた最善の策だったのだ。どうせあと1時間もすれば力尽きる。ならばいっそのこと自分が犠牲になればとの考えだ。
 当然だが、ルカリオがそんな事を受け入れるはずがない。何とかしてアーマルドの気持ちを変えようと必死で語りかけた。

「な、何バカな事言ってんだよ! 次そんな事言ったらぶん殴るからな!」

 だが、こんな言葉しか出てこなかった。いつもの会話の中で出てくるのと何ら変わりない言葉。しかし、それを聞いたアーマルドの表情が少し和らいだ。

「……そういや、ルカリオっていつも二言目には、ぶん殴るって言ってたな」

 まるで、今までの出来事を懐かしんでいるような言い方だ。この時、アーマルドの頭の中では今までの思い出が走馬灯のように蘇っていたのだ。
 初めて会った時、高熱で倒れた時、かくれんぼをした時、初めて敵と戦った時。それら全てが懐かしいものになっていた。もちろん、ヒトカゲやルカリオとのやりとりも。

「お、おいやめろ。それ以上何も言うな。血が……出ちまうだろ……」

 思い出を語るアーマルドを止めるルカリオ。出血してしまうからだと口では言うが、本当は違う。自分の意思とは無関係に、勝手に込み上げて来る涙を止めたかったからだ。

「じゃあ、これだけは聞いてくれ」

 そんなルカリオを見ていても、どうしても言いたいことがあるらしい。目線を合わせると、アーマルドは無理していつもの表情を作りながら、話を始めた。

「こんなどうしようもない俺を救ってくれて、ホントに、嬉しかった。ヒトカゲにも、ルカリオにも、そして旅について来てくれたラティアスにも……とても感謝してる」
「お、お前……」

 それは、アーマルドが初めて語った、ずっと言えずに心の中にしまいこんでいた本音。またしても、ルカリオの中から込み上げてくるものがあった。

「俺が言うのは図々しいかもしれないけど……みんな、大好きだ。俺にとってみんなは、最初で、最高の……“友達”なんだ!」

 そこまで言った時には、2人の目から涙がとめどなく溢れ出ていた。それ以上は何も言わず、ただ、互いの気持ちを確かめ合う時間を感じている。
 旅をしてきた時間は決して長いとは言えない。しかしこの2人の距離を縮め、強い絆を造り上げるには十分な長さだった。一見凸凹に見える、このコンビの強い絆を。

「だから、友達を死なせるわけにはいかない。これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。早く手を離して……けふっ、ヒトカゲと合流してくれ」
「バカ言うな! 俺だってお前を死なせるわけにはいかねーんだよ!」

 アーマルドはみんなのため、そしてルカリオはアーマルドのためを思って1歩も引かない。特にルカリオは彼の容態や自分の体力に焦りを感じている。
 それは落ち着くどころか、逆に悪化していた。依然として彼の吐血は治まらないし、ルカリオの腕の力も最初と比べ落ちている。状況は悪くなるばかりだ。
 何か行動を起こさなくては、という2人の考えは一致していた。行動によって状況が変わるという考えも一致している。違うことと言えば、犠牲を伴うかどうかだ。

「俺は……絶対に諦めねーからな!」

 刹那、強い意志がルカリオの右手に力を与えた。火事場の馬鹿力というものなのだろうか、徐々にではあるが、アーマルドが引き上げられている。
 これで2人とも助かる、そう確信していた。だが若干安心していたアーマルドが目にしたのは、ルカリオの載っている岩に亀裂が生じていた光景だった。

(ま、まずい……!)

 おそらく、最初にルカリオが体を打ちつけた時にできた亀裂が広がったものだ。今崩れてもおかしくない程だが、このことに彼は気づいていない。
 アーマルドが警戒していた矢先、ルカリオの体のバランスを支えていた左手が掴んでいる岩が崩れた。岩に体重を乗せていた彼の体がその方向へ倒れそうになる。

「う、うわっ!?」

 ルカリオが落ちれば、アーマルドも落ちる。今まさにルカリオは岩から落ちようとしている。となればアーマルドのする事はただ1つ――彼を助けることだ。

「……危ないっ!」

 アーマルドは叫ぶと同時に、自分を掴んでいるルカリオの右手の甲を自身のツメで刺した。突然襲ってきた痛みに驚き、彼は右手を開いてしまった。

「痛っ……!」

 ルカリオが気づいた時には、自分の手からアーマルドが離れていた。すぐに崖下を覗くと、その姿がどんどん小さくなっていっているのが目に入った。
 叫ぶ。とにかく叫ぶ。ルカリオは涙で目をいっぱいにしながら声にならない声で叫んでいる。残されたのは、彼の右手についている、アーマルドの血痕だけだった。



(頼む、俺の分まで戦ってくれ。ガバイトの計画を阻止してくれ……)

 重力に身を任せ、落ちていく最中、アーマルドはそう想い続けた。ルカリオにこの想いが届くように、そう信じて。
 全てをルカリオ達に託して、自らこの道を選んだ彼が、この地で最後に残したのは、みんなへ向けた別れの言葉だった。


――じゃあな、俺の“友達”――

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