第28話 逃亡生活?

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 数年前、サイクスが20歳を迎えた時まで話は遡る。彼は飛び級制度を使って早々とアイランド1の大学を首席で卒業していた。それから数日間はロホ島で悠々自適な生活を送っていたのだ。
 ある日、彼の元にペリッパーから手紙が届いた。手紙と言っても、差出人不明の茶色の封筒の中に紙切れが1枚入っていただけだ。その紙にはこう書かれていた。

『さっさと帰って来い』

 それを見たサイクスは面白くなさそうな顔つきになり、その手紙を片手でくしゃくしゃにした。後ろに封筒ごと放り投げると、家に戻ってしぶしぶ旅の準備を始める。
 カバンには旅に必要な物――何人分かもわからないくらいの量のきのみと、緊急時のためのブラックカード、それを携えて家を後にした。


 数日かけて辿り着いたのは、彼の故郷である「アイスト」。その街中に1つ、おそらく100m以上ある高い建物がそびえ立っている。その建物こそ、彼の家であり、彼の父親・バルの経営する会社である。
 バクフーンのバルは若い頃に会社を設立して以来、わずか数年でポケラス大陸ではこの会社しかないという程の影響力を持った会社を作り上げた。今や世界に活動範囲を広げている。
 そのバルの息子がサイクスなのだ。天才児として生まれたサイクスの能力を開花させてやりたいという思いから、バルは徹底的にサイクスの興味を持つことをやらせた。それが結果的には勉強へと繋がっていったのだ。
 会社はいくつも支部を作ったため、バルは数年毎に移動しては各支部の経営を指示していく。その間にサイクスも一緒に引越し、各地の学校に通っていた。
 そしてサイクスが16歳の時、「1人暮らしできるだろう」と判断したバルは、大学卒業までロホ島に住むようサイクスに告げ、別行動を取った。これに対してサイクスは何も言わず、ただ従うだけであった。そのまま月日は流れ、現在に至る。


「相変わらずでっけーな」

 改装を重ねて巨大になった自分の父親の会社に開いた口が塞がらない。空を見上げてようやく最上階が見えるほど高く、サイクスは見上げすぎて後ろにひっくり返ってしまった。

「親父、『さっさと帰って来い』とか、おめーが俺を置いてったんだろーがよ」

 手紙の差出人はバルだったようだ。それを思い出すと苛立ち、口調が荒くなる。サイクスは重い腰をようやく上げ、建物へと入っていった。


 最上階、そこは決まって社長室になっているものだ。サイクスはその部屋に足を踏み入れると、それを察知したかのように奥の方から1人、こちらに向かって近づいてきた。

「やっと来たか」
「これでも最短で着たんだぜ。やっととか言うなよ。んで、何だよ、親父」

 サイクスの目の前に現れたのは、少しばかり老けたバルだ。胸には会社のシンボルマークがついたバッジをつけている。腕組みしながらサイクスのことを見ているが、その顔はあからさまに怒っていた。

「何だよ? ちょっと見ない間にバカになったのか? お前を呼んだ理由など決まってるだろう」
「後を継げ、だろ?」

 わかっていたかのような口ぶりでサイクスは返す。大きく溜息をつくと、目の前にいる自分の父親に向かってはっきりした口調でこう言い切った。

「だから、俺は継ぐ気はねぇって。親に決められた生き方なんかまっぴらごめんだぜ」

 実は、これより以前からサイクスはこの会社の後を継ぐように言われ続けてきたのだ。だが本人にその意思はなく、自由な生活――ロホ島というのどかな場所で暮らしをしていきたいという夢があった。

「ほう……もう一度聞く。本当に継ぐ気がないんだな?」
「あったりめーだ。べ~!」

 怒気のこもった声で聞き返したバルに対し、サイクスは子供のように舌を出して反抗する。その態度に呆れると同時に憤りを感じたバルは、背中から炎を出した。

「お前がそのつもりならそれでいい。だが私はお前をどんな手を使ってでも後を継がせるからな」

 刹那、サイクスの両脇を警備のコイル達がしっかりと掴んだ。そのせいで身動きが一切とれなくなってしまい、サイクスはその場でじたばたともがく。

「ちょっ、何だよこれ!? 放せっつーの!」
「今言ったはずだ。どんな手を使ってでもって。だからお前には悪いが……」

 そう言いながらバルはサイクスに近づく。攻撃でもくらわせるつもりなのだろうか、目が本気だ。本能的にやばいと感じたのか、サイクスは慌てて構える。

「“ふんか”!」

 “ふんか”をくりだし、両脇にいたコイルを怯ませると、非常用階段を使って一目散に逃げ出した。だがバルはそれ以上追おうとはせず、ただ黙ってその場に立ち竦んでいた。


「ったく、いつから金の亡者になっちまったんだよ……」

 何とか建物から脱出したサイクスは、木陰に隠れて呟いた。バルはサイクスが小さい頃に見た父親ではなくなっていたようだ。精神的に参ってしまったのか、そのまま疲れ果て眠ってしまった。


 翌朝、何やら耳にざわめきが聞こえてきたせいで目を覚ました。うっすら目を開けると、そこには初対面のポケモン達が何人もいた。

「お前、名前は?」

 不意に名前を聞かれたサイクスは、寝ぼけ半分で答える。

「サイクスだけど~?」

 それをはっきり聞いたポケモン達は、一斉にサイクスを取り囲む。一瞬にして眠気が吹き飛び、サイクスはそのポケモン達同様、構えた。

「な、何だよ?」
「俺達はお前を見つけて賞金をもらう。大人しくついて来い」
「は? 賞金? 何それ?」

 状況がよく飲み込めていないサイクスに、その集団のうちの1人が説明する。

「俺らは探検家だ。今朝、探検家のお尋ね者の掲示板にビラが貼ってあった。“バクフーンのサイクス、見つけた方は2000万ポケ”ってな」
「に、2000万!? し、しかも俺!?」

 当然戸惑いを隠せずにいたが、冷静になって考えてみると難しいことではなかった。こんな大金をつぎ込むのはただ1人――親父しかいねぇ、と。それがわかると、サイクスは体勢を低くした。

「……逃げる!」
「待て! お前ら、絶対逃がすなよ!」


「……んで、親父から逃げ切るために数年間旅してきて、2年前にロホ島に戻って気ままな生活をしてたってわけさ」

 一通りの説明が終わると、サイクスは大きく深呼吸して疲れた表情を浮かべた。彼の過去を知った3人は何も言えずに黙って下を向いていた。

「だから俺は追っかけられてるってことさ。俺が犯罪したわけじゃねーからな」

 そんな3人の表情を知ってか知らずか、サイクスはいつも通りに明るく話す。元からこういう性格なのか、それとも今だけ辛いのを隠すためにしているのか、どちらともとれる表情だ。

「じゃあ、今になってこの街に来た理由って……」
「おっ、いい質問だなヒトカゲ君。俺が今更この街に戻って来た理由、それはこれさ」

 ヒトカゲの質問に教授気取りの口調でサイクスが答える。自分のカバンの中からごそごそと何かを探し、取り出したのは1枚の手紙だった。

「今からちょっと前に、俺ん家に届いたんだ」

 その手紙には、『用がある。来てくれ バル』と書かれていた。ルカリオとアーマルドはそうかと納得していたが、サイクスはこの手紙に引っかかりを覚えたようだ。

「さっきみたく俺を捕まえようとしている奴がまだいるのに、何で俺を捕まえたがってる張本人が、俺がいるかもわかんねー自宅にこんな手紙よこすんだ?」
『あっ、確かに……』

 言われてみればそうだと3人は納得する。数年がかりで捜索している者が自宅にいるなんて考えにくい(実際には住んでいた)が、堂々と名前つきで手紙が送られてきた。怪しいとしか言いようがない。

「たぶん、親父じゃない何者かが送った……ってことか?」
「そのとーりアーマルド君! さて、後答えてないのは犬君だけだな?」
「い、犬だと!? 犬って言うな!」

 犬と呼ばれたルカリオは怒り出す。それがツボに入ったのか、アーマルドが腹を抱えて笑っている。もちろんそれを見逃すわけもなく、ルカリオは殴りつけた。

「犬じゃ嫌だったかな、犬君?」
「まだ言うか!」

 懲りずにサイクスはルカリオをからかう。ルカリオが怒っているのを無視するかのように、彼は質問した。

「じゃあ最後の質問だ。俺がここにいるってことは、これからどうするつもりだと思う?」
「えっ……う~ん、その親父んとこ乗り込んで、真相を解明する?」
「Marvelous(すばらしい)! ルカリオ、やればできるじゃねぇか!」

 まるでできない子のような言い方をされたルカリオは一瞬キレそうになったが、誉められていい気分にならない者はいない。手を頭にあてて嬉しがった。

「んじゃ、乗り込むぜ!」

 サイクスの掛け声と共に、3人は真相を確かめるため、サイクスの実家である会社の建物へと向かう――はずだった。
 突然、サイクスが足を止めた。そのせいでヒトカゲから順に目の前を行く者の背中に顔面から激突していった。何かを思い出したかのように、サイクスはみんなに提案する。

「……やっぱさ、何か食ってからにしようぜ♪」

 結局、最初にレストランに向かうはめになった。

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