ルカリオが宿に戻った時には、ヒトカゲとアーマルドは眠っていた。ただし、食事をしていた場所で、しかも食べ物を持ったまま。幸せそうによだれを垂らして寝ている。
「…………」
ありがとな、お前らがいて助かったぜと、心の中でルカリオは2人にお礼を言った。そして足下を見ると、自分の分の食料がちゃんと残されていた。
幸運なことに、そのほとんどがオレンのみとオボンのみだった。これで戦ったことを内密にできると喜びながら、小腹を空かせていたルカリオはきのみにかじりつく。おいしくきのみを味わい、かつ体力回復。生きるって素晴らしいと絶叫したくなるほど、幸せだったようだ。
「ふーっ、食ったな。俺もここで寝よっと……ふぁ……」
大きく欠伸をしながら、ルカリオもヒトカゲ達同様、床の上で雑魚寝をすることにした。
ルカリオもすっかり熟睡している頃に、寝苦しそうな声をあげながら眠りから覚めた者がいた。アーマルドだ。目は半開きで、焦点が合っていない。
「……水飲みてー……」
口をこもらせながら呟くと、むっくと起き上がって水のある部屋へと行こうとした。当然ながらふらついた足取りで歩き始める。寝ぼけているならなおさらだ。
それに、まさかルカリオが自分と同じ場所で寝ているとは思ってもいなかったのだろう、気づかぬままアーマルドはその太い脚を彼のみぞおちにヒットさせる。
「ぐふっ!?」
ただでさえ数時間前にジュプトルと一戦交えているところに、アーマルドの強烈なみぞおちキックをくらったルカリオは苦しみのあまりがばっと起き上がる。
「て、てめぇ何すんだよ! ゴホッ……」
「わ、悪かった。わざとじゃないから」
彼にとっては物凄く嫌な目覚めとなってしまった。寝たくてもみぞおちの痛みのせいで寝られず、結局アーマルドと一緒に水を飲みに行った。
コップ1杯ほどの水を2人はゆっくりと飲む。夜ということもあってか、冷えたおいしい水が喉を伝う度に小さな感動を得ていた。そのせいか、眠気がどんどん覚めていく。
「……目ぇ、冴えちまったんだけど」
「俺も。たぶん寝れないな」
ルカリオもアーマルドも、お互いの顔を見て困った顔をする。しばらく悩んでいると、何かを思いついたかのようにアーマルドが「あっ」と声を出した。どうしたんだとルカリオが聞くと、嬉しそうな顔をしながら彼は自分の思いついた名案を説明する。
「どうせ俺ら寝れないなら、ヒトカゲも起こそうよ」
意外な一面を仲間の前に晒した。どこか楽しそうな表情をしている。この小さい悪魔の発言に少々驚きながらも、ルカリオもにんまりとした顔つきをした。
「賛成するぜ。あいつだけ暢気に寝るなんて許せねぇからな」
互いに握手を交わした後、不敵な笑みを浮かべながら2人はヒトカゲの寝ている部屋へと戻っていった。
「で、何する?」
それから、ルカリオとアーマルドは様々な方法を使ってヒトカゲを起こすことに成功した。起こしてみたはいいものの、この後どうすればよいかを考えていなかったことに気づき、2人は頭を捻っている。
「何で僕、起こされなきゃいけないの?」
その横で、既にぐったりしているヒトカゲが質問する。何をされたか本人は全くわかっていない様子。彼の後ろで「くくくっ」とアーマルドが小さく笑う。
「たまにはいいじゃねぇか。あっ、そうだ、かくれんぼでもしねーか?」
ルカリオが思いついたのはかくれんぼ。誰もが小さい頃に経験したことのある、至ってシンプルだが盛り上がる遊びの1つ。子供なヒトカゲはそれに喜んで賛成する。
しかし、かくれんぼを始める以前に、こんな問題があったとは誰も予想つかなかった。こんな問題というのは、アーマルドのこの発言だ。
「あのさ、かくれんぼって、何?」
ヒトカゲもルカリオも言葉を失った。かくれんぼを知らないアーマルドに呆れたのではなく、かくれんぼを知っていて当たり前だと思っていた自分達が少々愚かだったと感じさせられたからだ。
この時アーマルドは、かくれんぼという言葉さえ知らなかった。唯一知っている遊びといえば、ツメを使って地面にする落書きや、川でする石投げくらいである。
「よしっ、あれこれ説明するよりやってみた方が早いだろ」
「基本、見つからないように隠れるだけだから。やってみよ!」
ルールもわからないまま、ただアーマルドはヒトカゲに引っ張られて部屋を後にする。最初はルカリオが鬼になり、さらにハンデということで100も数えてくれるようだ。
「ど、どうすんだ?」
隣の部屋で、アーマルドはおどおどしながらヒトカゲを頼る。そんな彼の様子を見ながら、楽しそうに笑っているヒトカゲが簡単に説明する。
「100数えてる間にどこかに隠れるんだ。ルカリオが鬼だから、ルカリオに見つかったら負け。いかに息を潜めて、意外なところに隠れられるかがポイントだよ」
それだけ言うと、最後に「頑張って」と言い残し、ヒトカゲもどこかに行ってしまった。どうしようと焦っている間に、既にルカリオは30まで数えていた。
(まずっ、とりあえず部屋から出るか)
さらに先の部屋へ行くと、そこは物置部屋だった。大きい箱や押入れなど、隠れるにはうってつけの場所がたくさんある部屋を見渡しながら、アーマルドはどこに隠れようか考えていた。
まずは箱。これは体型的に無理があると判断し、すぐさま却下。次に物影、これはいいなと思って隠れてみるものの、尻尾がどうしても隠せず、これも却下。
「う~ん、難しいな……」
必死でかくれんぼというものをやっている。頭を使って隠れるのに適した場所を思い浮かべるが、ルカリオのカウントアップが気になってそれどころではない。
「70、71、72、73……」
これは急がなくてはと、焦ったアーマルドは咄嗟に押入れの中へダイブする。そして慌てて押入れの扉を閉め、一息つく。隠れることができたとはいえ、それでも安心できずにいた。
「これじゃすぐ見つかっちゃうよな、そしたら……」
ある事を想像すると、アーマルドは小刻みに震えだした。この時、彼がとてつもない勘違いをしていたことに気づいたのは、かくれんぼが終わってからの話だ。
“ルカリオが鬼”という言葉を聞いたせいか、鬼と化したルカリオが隠れた者に対して何か痛いことをするのではないかと先程から不安になっていたのだ。
「90、91、92……」
ルカリオのカウントはもうあとわずか。もうダメかとも思ったその時、アーマルドの目にある光景が入ってきたのだ。それを見た瞬間、彼の顔に笑みがこぼれた。
「……100! おっしゃー捜すぜー!」
やる気満々なルカリオは拳を手のひらに打ち付けて、張り切ってヒトカゲとアーマルド捜しを開始する。本当なら波導を感じ取れば済む話であるが、あまりに不公平になるため、使うつもりはないという。
彼がまず向かったのは、隣の部屋。息を殺して耳を済ませるが、誰かが呼吸している音がしなかったため、すぐに部屋を出る。
次に向かったのはさらに隣の物置部屋だ。どこを見ても隠れるにはもってこいの物ばかり置いてある。どうやってヒトカゲ達を捜すか、ルカリオは顎をいじって考える。
「……おっ、あそこだな」
何かに気づいたのか、足音を忍ばせながらロッカーに近づく。そして一気にロッカーを開くと、中には頭を抱えて丸まっていたヒトカゲがいた。
「はい見ぃつけた!」
「え~何でわかったの?」
「簡単さ。今は夜だから、お前の尻尾の火がロッカーの中を明るく照らしてるんだよ」
ルカリオが考えている間に目にしたのは、ロッカーの隙間かあら漏れている光だった。ろうそくでない限り、ヒトカゲだとすぐ頭に思い浮かんだようだ。
「あとはアーマルドだけか。速攻で見つけてやる!」
気を良くしたのか、ルカリオはヒトカゲの手を引っ張ってアーマルドを捜し始めた。
しばらく捜してはみるが、他のロッカーや物の影など隅々まで見回してみるものの、アーマルドを見つけるまでに至ってなかった。
「どこ行きやがったあいつ?」
「う~ん、あそこ見たっけ?」
頭をかきむしっているルカリオに、ヒトカゲがあるところを指差す。そこはアーマルドが入って行った押入れだ。そういえば見ていなかったなと思い返す。
「あそこしかねぇな。よし」
隠れる場所はもはやあそこしかない、そう踏んだルカリオはそっと押し入れに近づき、驚かせようと勢いよくその扉を開けた。
「さあ出て来いや! ……って、あれ?」
ルカリオが見たのは、空っぽの押入れ。そこにアーマルドがいなかったのだ。しかしどう考えてもここ以外に隠れる場所はもうない。不思議に思ったルカリオがヒトカゲを使って、押入れの中を調べさせた。
「こんなとこに何かあるわけ……あ、あった」
いとも簡単に発見したのは、天井にあった扉。しかも開きっぱなしであることから、アーマルドは天井にいるとすぐに予想がついた。
「アーマルド、天井にいるみたいだよ!」
押入れから出たヒトカゲがルカリオにそう伝えると、ルカリオは“ボーンラッシュ”をつくりだし、天井を突き破ろうと準備をし始めた。
「うしっ、こっから落としてやる! せーのっ!」
ルカリオが天井めがけて“ボーンラッシュ”をくりだそうとした、まさにその時であった。バリッという大きな音とともにアーマルドが天井から降ってきたのだ。しかもよりによって、2人の頭上に向かって。
『あわわわわ!?』
慌てふためいている間に、2人を押しつぶす形でアーマルドは天井から落下した。どうやら天井の木が脆くなっていたらしく、そこを彼が踏んでしまったようだ。
「だ、大丈夫か?」
「そう言うならさっさと降りろ……」
いつもの怒り口調でルカリオは呟くが、何故か自然と吹き出してしまった。それにつられてヒトカゲ、そしてアーマルドも一緒に笑いだす。
今の出来事がよっぽど面白かったのだろう、3人の笑いは止まらない。ルカリオとアーマルドはこの時、幸せとはこういうものなんだと改めて自覚していた。
3人の絆がより深まったこの夜が明けると、宿屋の管理人に天井の修理代を要求されたのは、言うまでもない。