第19話 年寄りの特権

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「ぼ、僕?」

 ボーマンダが指名したのは、何とヒトカゲであった。ゼニガメをはじめ、ルカリオやアーマルド、そしてカメックスも一瞬表情が固まるほど驚いている。

「そうだ、お前だ。嫌とは言わせねぇよ。グラエナを見張りにつけるから、取りに行って来い」
「……わかった」

 ここはニョロトノの安全を優先する以外に選択肢はない。ヒトカゲはそう判断し、グラエナとともに美術館へ向けて歩き出した。
 ヒトカゲとグラエナの姿が見えなくなった頃、ルカリオが敵の真意を探ろうと、ボーマンダに質問をする。

「おい、何で子供にあんな事させやがる?」

 どこからどう見ても、ヒトカゲの外見は子供そのもの。元はリザードンだったという事実はごく一部の者しか知らない事実。なら何故ヒトカゲを指名したのかが気になっていたのだ。
 すると、口元で笑みを浮かべながら、ガバイトがそれに答える。だがその答えは誰も予想しなかったもので、全員の度肝を抜く答えであった。

「そりゃあ、詠唱ができる奴がここにいると厄介だからだよ」
『なっ……!?』


 約10分後、ヒトカゲとグラエナは美術館近くまで来ていた。ヒトカゲが前を歩き、その後ろをグラエナがぴったりくっついている。
 この時、ヒトカゲもみんなと同じ事を考えていた。どうして外見は子供である自分にこんな事をさせる必要があるのかと。思い切ってグラエナに質問をしてみる。

「ねぇ。僕みたな子供に石の破片を持ってこいって、なんでなの?」
「俺の知ったことか。ガキだろうが何だろうが関係ない。お前はただ石の破片を取ってくる、それだけだ」

 グラエナは静かに言う。まるで感情を持たないような声色、そして表情。それに若干恐怖を感じながらも、ヒトカゲは冷静を保っている。

「じゃあ、僕がもし石の破片を取ってこなかったら?」
「その時はお前に死あるのみ。その魂を冥界へ捧げるのだ」
「へぇ~。じゃあ、こうしようかなっ!」

 グラエナの話を聞いている最中に、背を向けたままヒトカゲは既に攻撃する態勢に入っていた。右手のツメをまるで鋼のように硬くし、自分が語尾を言い終わると同時にグラエナの方を振り向く。

「“メタルクロー”!」

 その硬くしたツメをグラエナの背中に振りかざす。グラエナは避けることなく“メタルクロー”を背中に受けた。
 だがヒトカゲの手に当たった感触がない。ヒトカゲが完全にツメを振り下ろしたときにそれはわかった。ツメがグラエナの体に触れた瞬間、グラエナの体が影のように揺らぎ始める。そしてあっという間にグラエナの体はその場から消え去ってしまった。

「み、“みがわり”? どういうこと?」

 ヒトカゲが驚くのも無理はない。“みがわり”は本物が造りだす分身体であるにも関わらず、その本物がどこにも見当たらない。それだけではなく、ガバイトと接触した時には既に“みがわり”のグラエナだったことになる。

(……辺りに誰かいる気配は全くない。本体はどこへ?)

 周囲に細心の注意を払いながら、とりあえず解放されたヒトカゲは石の破片を回収せず、みんなのいるところへ戻ろうと歩き始めた。


 一方、ゼニガメとカメックスはボーマンダと、ルカリオとアーマルドはガバイトと対峙していた。ボーマンダはゼニガメ達との戦いを楽しんでいるように見える。

「“みずのはどう”!」
「“いあいぎり”!」

 ゼニガメが扇形に放った“みずのはどう”はボーマンダに向かっていくが、“いあいぎり”で水を横一文字に切り裂かれてしまう。水しぶきだけがボーマンダの顔にかかる。

「“ラスターカノン”!」
「“まもる”!」

 すかさずカメックスが自身のハイドロキャノンから光線を放つ。しかしボーマンダが張った透明の壁によって“ラスターカノン”は阻まれてしまった。
 壁がなくなると同時に、ボーマンダはカメックスとの距離を一気に縮め、右前足を彼の目の前で振り上げる。

「“ドラゴンクロー”だ!」

 その瞬間、カメックスは固まってしまった。彼の頭の中ではあの日の出来事が蘇る――弟を護るために身を張った結果、自分が隻眼になってしまった日を。
 弟を安全な場所へ移動させなかった自分に責任があると思いつめていたせいで、この出来事がトラウマとなってしまっていた。今回、“ドラゴンクロー”でそれが一気に湧き出てしまったのだ。
 傷ついている左目にボーマンダのツメが直撃する、まさにその直前だった。ガキンと音が鳴り響き、ボーマンダの唸り声がカメックスの耳に届く。目を見開くと、自分の目の前にゼニガメがそこにいた。

「お、お前……」
「ほ~ら、もう“ドラゴンクロー”なんか怖くないもんね~♪」

 カメックスの代わりに攻撃を防いだのはゼニガメであった。“ドラゴンクロー”に対し、“アイアンテール”でボーマンダごと弾き飛ばし、カメックスを護ったのだ。

「……悪いな、ゼニガメ」

 本当ならゼニガメの成長を喜びたがったが、そんな悠長なことをしている暇はない。再び彼らはボーマンダとの睨み合いを始める。


 睨み合いはルカリオ達の方でも続いていた。1歩でも動こうとするとガバイトは鋭い鰭のような器官をニョロトノの首に押し付ける。攻撃どころか、近づくことさえ困難な状況だ。

「手も足も出ないとはこのことだな。さあ、どうする? 大人しく仲間がやられるのを傍観しているか、俺に突っ込んでこの市長を犠牲にするか」

 ガバイトはその場から動けないルカリオ達をからかって楽しんでいる。歯痒さからか、ルカリオは足で地面の砂を巻き上げ、歯軋(はぎし)りするまで苛立っていた。

「くっ、いい気になりやがって!」

 そう言ってはみるものの、相手からしてみればただの強がり。無駄吠えばかりする犬と同じである。何か突破口はないのかと気持ちばかり焦る。
 そんな時、動きがあった。ガバイトに気づかれないようにニョロトノは片手を耳にやり、何やら小さくて丸いものを取り出した。よく見ると、それは補聴器であった。

(あれは、補聴器?)

 いち早く気づいたのはアーマルドだった。何故に補聴器を外しているのだと考えている間にも、ニョロトノはもう片方の補聴器を取り去った。そして自分達の方をしきりに見つめ、何かを訴えているようだ。

(補聴器を外す必要があるのか? あれじゃあ何も聞こえないだろうに……ん、“聞こえない”? そうか!)

 ニョロトノの意図をくみ取ることができたアーマルドは、ニョロトノに目を合わせて頷く。お互いに意思疎通ができると、声の限り叫んだ。

「耳を塞いで!」

 その声を聞いたゼニガメ達も動きを止める。そして直感的に危険を察知したのか、ゼニガメとカメックスはすぐさま言われるがままに耳を塞いだ。

「〒※∫εΔ÷†♂〓~♪」

 刹那、辺りに響き渡ったのはニョロトノの歌声――“ほろびのうた”だ。近くでまともに聴いてしまったガバイトはもちろん、耳を塞いでいないボーマンダもこの地獄の賛美歌を耳にしてしまった。

『うぐああぁっ!? き、貴様……!』

 “ほろびのうた”を受けたガバイトとボーマンダは、体がまるで鉛をつけられているかの如く重くなっていく。意識も若干薄れてきている。

「10分もすれば気絶するぞい。このままここにいてもいいが、そうなったら警察行きじゃな」

 ガバイトから解放されたニョロトノが後ろに手を回しながら、余裕の表情で2人に語りかけた。腹立たしく感じた2人だが、今は反撃している暇などなかった。

「ぐっ……仕方ねぇ、退散だ。行くぞ!」
「おう!」

 急いでボーマンダの背中に乗るガバイト。それを確認すると、ボーマンダは地を蹴り、勢いよくどこかへと飛び去っていった。



「なるほど、補聴器を外すとはな。だから“ほろびのうた”を聴いても自分には聴こえてないから、なんともないわけか」

 ガバイト達の姿が見えなくなったのを確認してから、腕組みしたカメックスがニョロトノに近づいた。みんなも集まり、この作戦にいち早く気づいたアーマルドを褒め称える。
 アーマルドは照れてみんなに背を向けたとき、ちょうど向こう側からヒトカゲが帰ってくるのが見えた。彼は急ぎ足でみんなの元へと戻って来た。

「あっ、そういえばグラエナいないけど、やっつけたのか?」

 何気なくゼニガメが尋ねると、ヒトカゲは自身が経験した奇妙な出来事――「本体がいない“みがわり”」を説明する。
 それが終わると、今度はゼニガメ達から、ガバイトがヒトカゲの存在を知っていることを話した。これにはヒトカゲも驚かずにはいられなかった。何がなんだかわからない、この一言に尽きるとみんなは思った。

「とりあえずはよかった、と言いてぇところだが、何だか厄介な事になりそうだぜ」

 天を仰ぎながらルカリオはそう呟く。みんなもつられて空を見上げると、月が雲に覆われていくのが見えた。悪い出来事が起こる予兆のように感じる。
 多くの謎を抱えたまま、一同は帰路についた。

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