【三十七】ありがとう【了】

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 ラグラージとグラエナの言う事が尤もなのは、ヒノテも理解していた。
 メグリに会い行け、挨拶の一つくらいはして来いと、そう言われているのはテレパシーなどなくてもよく分かる。
 しかしそういう訳にもいかない。元マグマ団員が起こした事件の現場にいて、事情聴取で潔白ではあると分かってもらえたとは言え、その扱いはさんざんだったのだ。
 それもまあ仕方のない事かと飲み込み、一生懸命付き合ったが、ヒノテはもうこりごりだった。そして、そんな自分と町長の娘がどういう関係性であろうと繋がっているのはやはりまずいのではないか。余計な詮索をされて、メグリの邪魔をするのも悪い。
 そう考えると、後はそそくさとフエンタウンから退散するしかない。
 ワンワンガウガウと粘るグラエナに、それを分かってくれよという意味を込めて、「いいんだって」と言葉足らずに返答する。
 不機嫌な二匹をどうしようかと考えていると、一旦落ち着いたヤミラミまで、また暴れ出してどこかへ走り出してしまう。
「ああもう……ラグラージ、そっちは頼んだ」
 ヤミラミは任せて、まずはグラエナを説得しようとヒノテは立ち止まる。
 一体何をどうすれば分かってもらえるのか。伝わるまで説明をするしかないないのだろうと、道路のど真ん中で覚悟を決めてしゃがみ込む。
「あのな」
 と話し始めようとすると、ヒノテの耳には地を駆ける生き物の足音が入って来る。何事かとそちらに目を向ければ、一目見て分かるギャロップの姿。
 逃げようとは思わなかった。ここまで来るなら、話すしかない。
 ヒノテの前を塞ぐように止まったギャロップから下り、昨日ぶりのメグリが肩を怒らせズンズンと歩いて来る。
「アホ! アホヒノテ!」
「誰がアホだ! 昨日の今日でこんなところ来てどうする!」
 事件の調査やその他もろもろ、まだまだ全てが落ち着くには時間がかかるはず。その中で、中心人物であるメグリがこんなところにいては、何を言われるか。
「今日だろうがいつだろうが、私がどこにいようと別にいいでしょ? 何で電話に出ないの?」
「……あのな、俺と会ってると良くないって。大人しく家に帰っとけ。そもそも、お前どうやってここが分かったんだ?」
「昨日町を駆けまわったの! やっと宿泊先を見つけたから、朝待ち伏せしてやろうと思ったら、日が昇ってすぐに出たって宿の人が言うから、慌てて追いかけて来たんだから」
 昨日は色んな大人に囲まれて時間もなかったのに、無理して駆け回ったのだろう。電話を無視した事に罪悪感を感じながらも、ヒノテはメグリの圧力に押されて一歩後ろに下がる。
「ねえ、何で電話に出なかったの? まだお礼も言えてないのに」
「だから、お前はこれからが大事だろ? あんなに目立つって時に、元マグマ団員と一緒にいるところなんて知られたら良くないぞ。無関係とは言え、俺も現場に居たのは事実なんだし」
「ヒノテが元マグマ団員だからって、それが何なの? 関係ないでしょ? 町長の娘として相応しいとか、そういうのはもういいの。私は私のやりたいようにフエンの事を考える。それだけなの」
 そう言われれば、言い返す言葉がない。マグマ団という名前の重さが、メグリの邪魔をしてしまうのではないかとヒノテは考えていたが、こうまで直線的な言い方をされて揺らいでしまう。
「俺は、堂々としていていいのか?」
「当たり前でしょ。ヒノテは私に進むべき道を示してくれた人。元マグマ団員ってだけでしょ? 過去は過去で大事だけど、今だって大事なの。それに、私のやる事をちゃんと見ていてって言ったのに。約束破る気?」
「あ、いや……、そうか、そうだな。約束を破るのは良くない」
「でしょ? だったらちゃんと電話に出て。良い?」
「……はい」
 見事に言いくるめられてしまい、メグリに押し切られた。
 マグマ団員としての過去。それを反省した現在。そしてこれからの未来。ヒノテは、きちんとケジメを付けて前に進むべきはお前も同じだと言われた様な気がした。
「私ね、お父さんをちゃんと説得して、外に出る事にしたの。フエンの役に立つよう頑張って来る」
「え、そんなの、出来そうなのか?」
「大丈夫。だから私も前に進む。ヒノテも前に進もうよ」
「……分かったよ」
 ラグラージがヒノテの肩をポンポンと叩き、グラエナが吠える。ちょこまかと動き回っていたヤミラミは、ヒノテの胸に抱き着いた。
 メグリは憑き物が落ちた様子で、出会った時よりも気持ちの良い笑顔を浮かべる。
「ポケモン達がちゃんと落ち着くまではまだ町を出られないけど、私も行くよ。フエンの未来は、自分で考える方が楽しいからね!」
 どれだけ話が伝わっているのか分からないが、旅から帰って来た後、大きくなったメグリはフエン上層部の闇に切り込むという困難が待っているのだろう。楽しい事ばかりではない。身を切るような苦しい事も待っているはずだが、メグリはやってのけるのかもしれない。
 それじゃ、またねヒノテ。とギャロップにまたがったメグリは、再びフエンに向かって駆け出していく。
 忙しない少女である事は変わっていないが、今は未来に向かってまっすぐに進んでいく、頼もしい女性にヒノテは見えた。
 次に会う時、将来のフエンのお偉いさんに恥じないまっとうな人間でありたい。皆と共に、悔やむ事ない人生を送りたい。
 うだうだと悩んでいた自分が馬鹿らしくなるほど、風のようにやって来て去っていたメグリを見て、ヒノテは強くそう思う。
 しばらくは会えないだろうと思い、その背中をぼうっと眺めていたが、やがて再びギャロップはスピードを緩めて停止した。
「ヒノテー! ありがとうー!」
 面と向かって改まって言うのは照れ臭かったのだろう。両手を振って大きな声で叫んだメグリに、ヒノテは手を振って返す。
 再び背を向け走り出せば、どんどんとその背中は小さくなっていった。
「こちらこそ、ありがとう」
 ボソりと呟き、首から下げていたマグマのしるしをはずす。一度だけギュっと握り締めて、ヒノテはそれを、茂みの中へ放り投げた。
「行こうか」
 新しい道へ、歩き出す。
 ご機嫌なラグラージと、まだ文句を垂れるグラエナがその後を追う。ヒノテに抱かれたヤミラミは、「ピギャア」と鳴いて、ヒノテの頬を撫でた。
本話にて完結です。
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