第10話 孤児

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 日が暮れると、ヒトカゲの事を気遣っているのか、ルカリオが外食をしようと言い出した。当然の如く「行きます」とヒトカゲは目を輝かせて元気に返事をした。

(現金な奴だなこいつ……)

 その態度の変わり様に呆れながらも、おもわず口元を緩めてルカリオは小さく笑った。


「ご注文は何になさいますか?」

 程なくして、2人が入ったのはテーブル席がわずか20席程の小さな酒場で、数人の客が楽しそうに酒を飲みながら話をしている。2人の席にはウエイトレスのラッキーが注文を伺いにやって来た。

「俺は生1つとつまみセット1皿」
「僕は……オリジナルポケモンフーズとおいしいみずと、えっと……」
「以上でお願いします」

 ルカリオは咄嗟に財布の危機を予期したのだろう、ヒトカゲの注文を途中で遮ってラッキーを下がらせた。そしてルカリオが「これ以上注文するな」というオーラを出していることに気付いたヒトカゲは大人しくメニュー表をテーブルに静かに置いた。

「お前、頭ん中と食欲だけは退化しなかったんだな」

 ずばり指摘されてヒトカゲの顔は赤らんだ。事実、リザードに進化する前のヒトカゲだった頃は今と比較して食べる量ははるかに少なく、逆にリザードンの頃と変わっていない。

「ルカリオはあんまり食べないの?」
「金がねぇからな……」

 テーブルの下で財布を出し、その中を見ながらルカリオは悲しい顔をする。あとどれだけ持つだろうか、頭の中はそればかり考えている。

「あ、いや、そういう意味じゃなくて、お酒の方が好きなのかなって意味だよ!」

 ブルーになりそうな彼を見て慌ててヒトカゲが話を転換する。もちろん先程の質問の意味はそのままである。

「酒か? 嗜(たしな)む程度にな。俺が酒豪に見えるってか?」
「ううん。たぶん、僕の友達の方が酒豪だと思うから」


「ヘクシュン!」

 同時刻、アイランドのとある島では、図体の大きいポケモンが大きなくしゃみをした。

「あら、大丈夫?」
「んー、たぶん花粉か何かでしょう。ご心配ありがとうございます、お気になさらず」

 変だなと思いつつもそのポケモンは気に留めず、心配してくれたポケモンに寄り添った。俗に言うイチャイチャだ。


 しばらくすると、2人のテーブルに注文した物が運ばれてきた。料理はできたてで湯気が立ち、湯気に乗ってくる香りが鼻につくだけでヒトカゲはよだれを垂らしている。

「いただきま~す♪」

 早速ポケモンフーズを1粒つまむヒトカゲ。噛んだ瞬間、口の中に広がる芳醇な味わい。頭にくっきりと浮かんだ文字はまさしく“美味”の2文字だった。

「んじゃ、俺も」

 続いてルカリオもビールを口に含む。軽い運動の後に飲むビールの喉越しはまさに格別で、それを体感したらその勢いは止まらない。一気にジョッキの半分まで飲み干してしまった。

『うまいー!』

 2人が声を揃えて喜んだ。おもわず笑みがこぼれるほど、今まさに2人は幸せの絶頂にあった。ヒトカゲに至っては既に皿の半分のフーズが消えていた。

「お前、食うの早いな」
「でも僕の知り合いと比べたら全然遅いよ」


「ブエックシュン!」

 同時刻、ヒトカゲ達のいるポケラス大陸のどこかで、あるポケモンが背中から炎を出して大きくくしゃみをした。

「うー風邪かぁ? まっ、それよりこの肉の方が大事だ! んー最高♪」

 そのポケモンもヒトカゲ達同様、食事を楽しんでいた――一瞬で肉がなくなったが。


 2人の夕食が中盤に差し掛かった頃、ルカリオがふと店の窓から外を見ようとした。すると、自分のいる位置から1番離れたところにある窓の外から、こちらを覗いているポケモンがいた。
 そのポケモンが気になった彼は窓に近寄ろうと席を立ったが、横のテーブル席で酒を飲んでいたエビワラーとバクーダが止めに入る。

「おい兄ちゃん、やめとけ」

 不意に腕を掴まれたルカリオは驚き、言われるがままに自分の席についた。無視する理由が気になっていると、エビワラーはそのポケモンについて語りだした。

「あいつ、アーマルドっつーんだけど、いっつもここにきてはああやって窓からこっち覗いて物乞いしてるんだよ」
『物乞い?』

 ヒトカゲ達は不思議に思った。野性のものも含めて、この世界では食べ物に困ることはない、それなのに何故わざわざ物乞いをするのかが理解不能だった。その理由をバクーダが説明する。

「あいつはな、家もなければ両親もいない孤児なんだよ」

 話によると、生まれて間もなくして両親が不慮の事故で他界。それからというものの、自分で食べ物を見つけたり物乞いをしたりして食料を確保し、夜は誰にも見つからない場所で寝ながら生活をしているのだという。

「そして口がきけねぇのか知らねーが、まったく喋ろうとしないぜ」

 以前、バクーダも食料を分け与えたこともあったのだが、受け取ったアーマルドはお礼すら言わずにそのまま立ち去ったらしい。バクーダの他のポケモンに対しても同様の態度をとるようで、アーマルドの印象を良いと思っている者は少ないのだとか。

『なるほど』

 時折、いまだ窓から店内を覗いているアーマルドに目をちらつかせながら、ヒトカゲとルカリオは話を聞いていた。孤児として育ってきたアーマルドを不憫に思っているのかと思いきや、そうではなかった。

「なんかよくわかんねーけど、喋らせてみたくなったぜ」

 話を聞いているうちに、2人ともアーマルドに対して徐々に興味が湧いてきたらしい。どこか放っておけない、そんな気がしてならないようだ。

「おいおいマジかよ。止めとけって」
「そうだ、あまり関わりを持たない方が……」

 エビワラーとバクーダがよせとなだめるが、一旦興味を持ったこの2人の目はやる気に満ちている。こうなると彼らを止めることはできない。

「あいつが喋んないのは、たぶん心を閉ざしてるだけだ。俺らで何とかしてみようじゃねーか! なっ、ヒトカゲ?」
「うん。僕、やってみたい!」

 2人は食事が終わり次第、アーマルドに直接会って話をするという。渋った顔をしながら「やるだけやってみろ」と、酒を飲み干したエビワラーとバクーダは言い残し、店を後にした。


 しばらく店の外から中の様子を覗いていたアーマルド。いくら待っても誰も自分のところへ来てくれる気配はなく、みんなから無視されているように感じていた。
 ここのところ、まともな食事にありつけていないのだろう、しきりに腹の虫が鳴く。店の中では見るからに美味しそうな食べ物が次から次へと運ばれている。それを見ながら、自分がその料理と食べているのだと必死に思い込ませているのだ。
 中へ入れば食べ物は出てくる。だが料理を食べるためのお金がない。数日かけて必死にかき集めた30ポケでは店の料理は食べられない。手に持った金を見ながら溜息をつく。
 今日は収穫なしか。仕方ない、帰ろう。そう思ったアーマルドは無表情のままとぼとぼと、塒(ねぐら)にするための誰にも見つからないような場所を探し求め始めた、その時だった。

「ちょっと待てよ、そこのアーマルド」

 突如、声を掛けられたアーマルド。自分に声をかけてくれるポケモンは久しぶりだ。アーマルドはどこか期待しながら振り向くと、そこにはヒトカゲとルカリオが立っていた。

「俺達、お前と話してみたくなったんだ。よかったら一緒に……」

 そこまで言ったところで、アーマルドは無言のままヒトカゲ達を背にして歩き始めた。2人に対して完全に心を閉ざしているようだ。それがルカリオの闘志をさらに燃やさせる。

「ま、待ってくれよ!」

 黙って歩くアーマルドを2人は追いかける。逃げることなく自分のペースで歩き続けるアーマルドの横にぴったりくっつきながら、説得を試みる。

「別に僕達怪しい者じゃないよ。アーマルドと友達になってみたいだけで」
「そうだぜ。だからちょっとでいいからトークでもさ」
「…………」

 それでもアーマルドは無言を貫く。ヒトカゲとルカリオを無視するかのように歩くペースを速めて突き放す。2人は今はこれ以上追いかけないでおこうとその場に立ち止まり、そこから彼に呼びかけた。

「話してくれるまで諦めないからなー!」

 アーマルドが振り向くことはなかったが、その言葉はしっかり耳に届いていたようで、一瞬その場で立ち止まった。
 この時、彼は変な感覚に陥った。きっと自分をからかっているだけだと強く思う反面、2人に好意を抱いたのか、ちょっとだけなら話してもいいかなという思いが入り混じり、胸に違和感を覚えたようだ。
 だがそれを悟られないように、再び歩き出す。素直に自分の気持ちを表に出すことができずに、彼はいつも苦しんでいる。

 塒についたアーマルドは、今宵の星空を見上げて神様に請う。“勇気が欲しい”、そう願いながら静かに眠りについた。

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