第9話 伝記

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「では、私はこれで」
『あ、ありがとうございました』

 計り知れぬ恐怖に耐えながらも、2人はフローゼルの案内によりどうにかインコロットに辿り着くことができた。フローゼルは2人を宿屋の前まで案内すると、大きくお辞儀をして帰っていった。

「もう夜遅いし、今日はもう泊まろうか」
「そうだな。なんかあのガキのせいで疲れたし」

 2人は相当気疲れしていた。特にルカリオはブイゼルを肩車していたため、体力的にも疲れてしまっていた。明日の事は明日考えよう、それしか考えられなかった。


 次の日、先に起きたのはルカリオだった。隣のヒトカゲは静かに寝ている。どうせまだ起きないだろうから少し朝日を浴びてこよう、そう思ったルカリオは1人で街を散歩することにした。
 インコロットというこの街は、清らかさが感じ取れ空気もおいしい。建物こそ多いものの、どこか田舎を感じさせる建物の造りで、趣もある。ルカリオはすぐにこの街が好きになったようだ。

「ここがインコロットか。初めて来たが、いいとこだな」

 道端には綺麗な花が並んでいた。その1輪1輪がそよ風によって揺らいでいる。ルカリオはその花達に意識を集中させると、花達から出ている波導を感じ取った。

(生き生きとしてるな。生命の躍動とは、やはりいいものだな)

 彼の好きな事、それは波導、特に自然の中にある生き物から発せられるものを感じ取ることだ。これを感じ、自分もこの世界と共に生きている、そう思える瞬間が幸せなのだとか。
 そんな哲学をしている彼はそれにばかり集中していたせいか、自分の頭上に向かって落下してきている物体の波導を感じ取ることはできなかったようだ。

「いでっ!?」

 何か固いものがルカリオの頭に直撃した。頭を押さえながら頭上を見ると、目の前にある建物の4階から1匹のカモネギが申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。

「す、すみません! 今そちらへ!」

 その場からすぐに飛び降りると、カモネギはルカリオを建物の中へと案内した。


「だ、大丈夫ですか?」
「何ともねぇけど、ここは何だ?」

 カモネギが心配そうにしているが、ルカリオにはかすり傷1つついていない。それよりも彼はカモネギに入るように言われたこの建物の事が気になっていた。
 今2人はロビーらしきところにいるが、物という物がない。それに加え、あまり掃除がされていないようで、所々にホコリやクモの巣が見受けられる。もの珍しそうに建物の中を見ているルカリオに、カモネギはこの建物について説明する。

「ここは書庫なんです。図書館に所蔵しきれないものや、歴史的に大事にすべき書物を保管しているところなんです」
「どうりでここに何もないわけか」
「はい。そして先程掃除をしていたら、本が落下しちゃいまして。申し訳ありませんでした」

 故意にやったものでないので攻めるわけにもいかず、ルカリオは快く許してあげた。だが本当は詫びの1つでも入れさせようかと考えていたようだ。

「ん? お前、ここ書庫だって言ったよな?」

 その時だった。ここが書庫だということに気づいたルカリオがカモネギに確認する。改めてここが書庫だとわかると、カモネギにある事を頼み、駆け足でその場を後にした。


 数十分後、カモネギの元へ、ルカリオが宿屋で寝ていたヒトカゲを連れて戻って来た。何故かヒトカゲの顔に3本ほど斜めの赤いラインが入っている。

「おい、あったか?」
「あるにはありましたが、これしかありませんでした」

 ルカリオがそう言うと、カモネギは1冊の本を2人に差し出した。それはとても古びている本で、背表紙のタイトルはかすれていて読めない。

「これ何?」

 ヒトカゲはどういう理由で連れて来られたのもわからないまま本を渡され、少々混乱していた。困っている彼を見ながら、ルカリオは嬉しそうにその質問に答える。

「これは、ホウオウについての記述がある書物だ」
「本当!?」

 ホウオウについて記述がある書物は皆無に等しい。事実、1年前にヒトカゲがナランハ島の図書館で読んだ『伝説のポケモン』にも、ホウオウの名前すら載っていなかったのだ。
 ホウオウ――この世界のポケモン達は、その存在を昔からの言い伝えだけで知っているようなもの。正確な情報であるかどうかさえ不明なのだ。

「よし、読んでみるか」

 貴重な資料を手に取るヒトカゲの手は、緊張しているのか小刻みに震えている。大きく深呼吸をして緊張を取り除くと、恐る恐る表紙をめくった。

「……“――ホウオウ。生命を与えし七色の神と呼ばれる存在――”」

 冒頭のページにはそれしか書かれていなかった。ヒトカゲは次のページをめくるが、そこには何も書かれていない。その次のページもまっさらだ。

「何だよこれ、これしか書かれてないってか?」

 ヒトカゲから本を手渡してもらい、今度はルカリオがページをめくる。1ページずつ丁寧にめくっていき、十数枚めくったあたりである事に気づいた。

「ん? 所々破かれてるな」

 ルカリオが見つけたのは、数ページに1枚の割合で破かれたページの残りだった。破かれているということは、おそらく何かが書いてあっただろうと推測する。

「おいカモネギ、本当にこれしか資料はないのか?」
「はい。ホウオウに関しての資料はこれ1冊だけでございます。何せあのディアルガやパルキアよりも民の前に姿を現さないと言われておりますので……」

 カモネギ曰く、ホウオウを見た者に永遠の幸せが約束される所以(ゆえん)はここにあるのだとか。兎にも角にも、資料が今手に持っているものしかない事に2人は少々落胆する。

「はぁ、せっかく情報をゲットできると思ってたのによ」

 肩を落としたルカリオは乱暴に本を机上に投げる。投げられた本は机にぶつかった衝撃で開き、さらに風が吹いてパラパラとページがめくれる。

「……あっ、ルカリオ、見て!」

 その光景を眺めていたヒトカゲが、めくれていくページの中の1枚に何かが書かれているページがあるのを発見した。そのページを探して開くと、見開き2ページにホウオウについての記述が挿絵付きであったのだ。

「ヒトカゲ、読んで見ろ」

 ルカリオに急かされながら、ヒトカゲはそのページに記載されている内容を読んでいく。


 “ホウオウが飛び去ったあとには虹が残るとされる。またホウオウは不死鳥とも云われ、この世界が崩壊しない限り生き続け、この世界を見守っている神と信じられている。”


 この文以外にもたくさんの記述がなされていたが、インクが滲んでいて解読できず、はっきりわかったのはこの部分だけであった。
 そして挿絵は、手書きで描かれたと思われるホウオウの絵だった。黒1色で描かれており、濃淡で虹色を表すなど特徴がはっきりわかるものだ。古代版ポケモン図鑑と言えるような作りになっている。

「なんだぁ、これだけか~」

 ヒトカゲとルカリオの期待が大きかったせいか、2行の記述だけにがっかりといった様子。収穫があったとすれば、ホウオウの姿がどんなものかを把握できたことだけだ。

「しゃあねぇな。地道にやってくしかないな」

 ヒトカゲの肩をぽんと叩いてルカリオが軽く励ます。ヒトカゲも「うん」と返事はしたものの、やはり残念がっているのが表に出ている。


 それからカモネギと別れ、いつものように二手に分かれて聞き込みを行った2人。だが簡単に情報が集まるわけもなく、夕方になっても情報はゼロだった。
 川沿いの芝生で合流すると、ヒトカゲはその場に座り込んで川を見て、ルカリオは技の素振りをし始めた。

「なあ、ヒトカゲ」

 未だ暗い表情のままのヒトカゲにルカリオは声をかける。その声に反応し、ヒトカゲはふと彼の方に目をやる。

「何でそんなに落ち込んでるんだよ?」
「なんか、思うようにいかないなーって」

 ここ最近、ヒトカゲは戸惑っていたのだ。前回のように軽い気持ちで始めた旅と異なり、今回は神捜しの旅である。その責任の重さからくるものなのだろう、自分のやり方が正しいのかどうかわからないでいたとルカリオに話した。
 それを聞くと、軽く溜息を1つつき、何故かルカリオはヒトカゲの方を向いて構えた。

「“はどうだん”!」

 すると突然、ルカリオは “はどうだん”を放った。突然の事にどうすることもできずに、ヒトカゲは“はどうだん”をくらって後方に背中から倒れる。

「痛たたた、いきなり何すんのさ!?」

 腹を押さえながらヒトカゲが尋ねると、真剣な眼差しをしたルカリオが答える。

「俺がお前に“はどうだん”を打つってわかったか?」
「えっ?」
「お前には、俺が“はどうだん”を打つなんてわからない。そうだろ? それは未来の出来事なんだからよ。先のわかってる未来なんか未来じゃねぇだろ」

 説教じみているように感じる言い方だが、どこか暖かい。ヒトカゲはそう感じながらルカリオの言うことを聞き続ける。

「未来は何が起こるかわからないんだから、試行錯誤して自分なりの答え見つけて突き進んでいくしかないんじゃねぇか? それが今俺らが出来ることだと俺は思うぜ」

 忘れかけていたものをヒトカゲは思い出した。1年前、死に掛けた自分が生き返らせてもらう時に言った、自分なりの『生きる意味』の答え。今ルカリオが言ったものと同じである。

(答えを見つけて、未来へ向かって突き進む。そうだよ、これでいいんだよ。何で忘れてたんだろう)

 自分の信念を今一度思い出させてくれたルカリオに感謝した。ゼニガメともチコリータともドダイトスとも違う、自分を想ってくれる仲間。その仲間に、ヒトカゲは一言だけお礼を言った。

「もう大丈夫、ありがと♪」

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