【五】山雫

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 フエン名物の肉刺しを食べ、ヒノテはサービス満点な旅館料理で腹を満たした。食前に温泉へ浸かり、疲れた身体も優しく温まっている。
 夜にもなれば、開けた窓からは冷たい風が吹き込む。暖まった身体にはひんやりと気持ちの良いその風も、あと一月もすると骨身に染みる程身体をぶるりと震わすものになるだろう。
 広縁に設置された椅子へ腰掛けたヒノテは、山雫というフエンタウンの有名旅館を満喫していた。
「飯もうまい。風呂も良い。それに、夜のフエンというのも、良いものだな」
 暗がりの中、通りを歩く人は少なかった。昼間の賑やかさから一転、静かになりを潜めるこの夜の町を歩くのも悪くない。
 後で腹ごなしに散歩をするのも良いなとヒノテは思った。
 手持ちの一匹であるラグラージは、足元にぺとりと俯せになって寛いでいた。ポケモンとの混浴温泉が、随分とお気に召したらしい。ヒノテよりも随分と満喫した様子だった。
 同様に、ふさふさの黒と灰色の毛を畳に預け、満足気に寛ぐグラエナと、その逞しい身体に、これまた気持ちよさそうによりかかるヤミラミ。
 三匹の様子を微笑ましく見守り、ヒノテは思わず笑みが零れた。
 明日は、三匹を出して連れ歩くのも良いだろう。
 特別予定がある訳でもなく、ただフエンを歩き回ってみる予定だった。
 ポケモン達の様子を見て、フエンの人達とバトルをするのも良い。ジム戦も、視野に入れていた。
 この旅館は今日を含めて三泊。ヒノテは我ながら奮発したもんだと思いつつも、フエンタウンを歩き回る拠点としては、申し分ない旅館である事は間違いないため後悔はなかった。
「どう歩き回ろうかねえ」
 明日の事を考えつつ、メグリの事を思い出した。彼女がいれば、フエンタウンを上手に案内してもらえる。自分一人で歩くよりも、よっぽど効率的なのだろう。
 けれども、明日も頼むよなんて都合の良い事は言えない。もう二度と会う事もないのかもしれないが、この町にいる間にどこかでもう一度会えれば、お礼の一つでもしたいとヒノテは思う。
 窓の外から吹き込んでくるひんやりとした風が、先ほどよりも冷たく感じられた。
「さ、もう一回温泉でも楽しんで来ようかなあ」
 ヒノテの声に、ガバ、と身体を起こしたラグラージは、連れてけ連れてけと浴衣をぐいと引っ張る。
「お前らはどうする?」
 顔を上げ、反応したのはグラエナだけ。ちらと自分の身体に寄り掛かって休んでいるヤミラミを一瞥し、また元の体勢に戻った。
 兄貴分であるグラエナは、自分の身体を頼って休むヤミラミが、とにかく可愛くて仕方がないらしい。
「じゃあ、ヤミラミの面倒を頼んだぞ」
 ガウ、と一鳴き。了解の返事を聞き、ヒノテはラグラージと温泉へ向かった。

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