第61話 人間とポケモン

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「……そして僕は、その攻撃の影響で退化しただけでなく、記憶を失ったんだ」

 その場にいた仲間達は固唾を呑んで全ての話を聞いていた。信じられない、というのがみんなの本音だったが、現に今目の前にそのヒトカゲがいる。戸惑いを隠せないでいた。

「その際、私とミュウツーはディオス島へ向かって落ちていった。バリアがかかってしまう前に、私はヒトカゲを少しでも安全にいさせるために、“しんぴのまもり”を施したのだ」

 ヒトカゲの話にルギアが補足する。“しんぴのまもり”に包まれた記憶喪失のヒトカゲがロホ島へ舞い降りてきた事、ヒトカゲとルギアの関係、そして“ブラストバーン”が使える理由、全てが1本に繋がった。
 そんな経緯があったとはと驚くみんなの中でも一際衝撃を受けたのは、ヒトカゲと1番長く旅をしてきたゼニガメだった。彼がこの世界でヒトカゲの事を1番よく知っていると言っても過言ではない。そのゼニガメでも、この事実に開いた口が塞がらない。

「ミュウツー。お前に聞きたいことがある」

 そう切り出したのはカメックスだ。カイリュー達側についていたとはいえ、知らない情報があったようだ。いいだろう、とミュウツーはそれに応じる。

「お前、どうやってカイリュー達を手下にした?」

 バリアを張られて身動きが取れないミュウツーが、どうやってカイリュー達を呼びよせ、手下にしたのかが謎である。ミュウツーが半笑いしながら明かした事実に、今度はルギアが度肝を抜かれる。

「どうやって? 確かに、ディオス島にいたのではあいつらとは接触できない。あの時に私が初めてこの世界にやってきたのならばな」

 さすがのルギアもこれには驚きを隠せないでいた。あの時より前にミュウツーがこの世界に来ていたとは微塵も思わなかったからだ。

「私は事前にこの世界へ来て、適度に強いあの3匹を集めた。万が一私に何かあった場合に動く駒が必要だからな。結果としては私の体力回復までの時間を稼いでくれたものだが」

 ミュウツーはあくまでカイリュー達の事を道具としてしか見てないようだ。そこまでするほど、人間に対して恨みを抱いているのだろう。
 さらに話を聞くと、カイリュー達はミュウツーの考えに同意して配下についたのではなく、己の欲を満たす事を優先する形で手を組んだのだという。それ故自由な行動をしているように見えたのだ。

「さて、先程も話に出てきたが、人間とは醜い生き物だ。自分達のいいようにポケモンを悪事に利用したり、時としてポケモンを殺したり」
『ポケモンを……殺すだって!?』

 人間について知らないヒトカゲ以外のみんなはこの話を聞き、人間に対して少し不信感を抱いたようだ。けれどもミュウツーの言う事を信じるというわけでもない。

「う、嘘だそんなの! 人間がポケモンを殺すだなんて嘘だ!」

 ゼニガメが必死にミュウツーの言う事を否定する。声に出す事で自分に言い聞かせてもいるようだ。そんな彼を見て、ミュウツーは1つ質問をした。

「なら、どうして私はここにいる?」

 一瞬、困惑した表情を見せたゼニガメは何が言いたいんだと思いながら、ミュウツーの言う事に耳を傾ける。

「言ったはずだ。私は人間によって造られた。最強のポケモンという名の兵器としてな」

 兵器――人間はポケモンを道具のようにしか扱わないというのか。それならミュウツーの言う話は全て本当ではないか。驚きながらもみんなはそのように認識しつつある。

「世界征服……そのためだけに人間は私を造り、多くのポケモンを傷つけた。役立たずといわれたポケモンを殺したりもした。お前らはこんな事を平然とする人間と共存できると言うのか?」

 徐々にではあるが、ゼニガメ達の気持ちが傾いてきた。「人間はポケモンを道具として扱っている」と認識し始め、頭の中が混乱している。そんな中、人間の事を知っているヒトカゲが反論する。

「待ってよ!」

 その声が耳に入ったみんなが見た先には、いつになく真剣な表情のヒトカゲがいた。

「確かに、ミュウツーの言うとおり、ポケモンを傷つけたり殺したりする人間もいる。だけどそれはほんのわずかな悪人達だけだよ! 全ての人間がそんな事するわけじゃない!」

 さらにヒトカゲは、自分が思う本当の人間について語る。

「人間とポケモンは、お互いの言っていることがわからなくても、心で通じ合っている。だから人間はポケモンといたがるし、ポケモンも人間と一緒にいたがる。僕がそうだったんだから……」

 みんなはどちらを信じるべきなのかを真剣に悩んでいた。ミュウツーの言っていることもヒトカゲの言っていることも、嘘偽りは1つもない。だが人間の事をよく知らない彼らがそれを比べる術はない。
 その様子を見たミュウツーが、ゼニガメ達に向かってどちらを信じるか問うた。

「選択権をやろう。もしお前らが私を信じるなら、共に協力し、人間達を滅ぼす。逆にお前らがヒトカゲを信じるなら、人間に協力するポケモンとみなし、この手で消し去る。さあ、どうする?」

 半ば脅しのようにも聞こえるが、誰がなんと言おうが答えを絞らざるを得ない。しかしこれ程難しい選択はない。異世界の事を把握していないのだから。
 ゼニガメ達は激しく悩んでいた。もしかしたら人間がこの世界にやって来て、自分達が道具のように扱われるかもしれないという思いと、人間は優しくてポケモンと一緒に暮らすことができるという思いが交錯していた。

「さあ、選べ」

 追い討ちをかけるかのようにミュウツーは急かす。奴に絶対協力してはいけないとヒトカゲとルギアが必死で説得する。

「ゼニガメ達よ、人間を滅ぼす必要はない。人間だって私達と同じ生き物だ、誰でも過ちを犯す可能性がある」
「お願い、信じて! 人間とポケモンはちゃんと共存してるんだよ!」

 ゼニガメ達は判断できずにいる自分達にだんだん苛立ちを覚えた。正直、ここまで心が揺れるとは思ってもなかったようで、狼狽しきっていた。
 そんな時、ゼニガメがある言葉を思い出した。それが頭をよぎると、急に表情が変わった。気持ち申し訳なさそうな顔つきになったのだ。
 彼はそのまま、ゆっくりとヒトカゲの元へと近づく。何となくではあるが、ヒトカゲは嫌な予感がしたようで、心配そうに彼の目を見つめた。

「あのさ、ヒトカゲ、ルギア……」

 次にゼニガメが放った言葉は、ヒトカゲとルギアを同様させる一言であった。

「……ごめん……」

 ゼニガメの後ろにいるチコリータとドダイトス、そしてカメックスも彼の発言に驚く。ミュウツーだけが笑みを浮かべていた。

「おい、正気かゼニガメ!?」

 カメックスが弟の発言に戸惑い叫ぶが、それに構うことなくゼニガメは話を続ける。

「俺、正直人間の事はよくわかんない。だから話を聞いただけじゃどっちを信じていいかわかんなくなってさ」
「ま、待ってよゼニガメ! 僕の……」

 そこまでヒトカゲが言いかけると、それを遮るかのようにゼニガメは強い口調で言った。

「……ただ……」

 一瞬、その場にいた全員が動きを止めた。笑みを浮かべていたミュウツーもその表情を固いものへと変えた。

「俺は、ヒトカゲと約束したんだ、“どんな理由だろうと、俺はお前を信じる”って。だからこんな事で悩んでた俺、バカだったわ。ごめんな」

 それは、ナランハ島の図書館で交わした約束。今頃になって思い出して申し訳ないとゼニガメが軽く頭を下げて謝りながら、笑顔でヒトカゲに伝えた。
 するとゼニガメの後ろからも、ヒトカゲに謝る3人の声が聞こえた。見ると、チコリータにドダイトス、カメックスがヒトカゲに向かって頭を下げていた。

「私も、一緒に旅してきたのに、何で信じられなかったのかな。ごめんなさい」
「ヒトカゲ、悪かった。すぐに答えを出すことができなくて」
「俺も謝る。すまなかった」

 彼らの一言が、ヒトカゲにとって嬉しいものとなっていた。みんなが自分を信じてくれている、そう思うだけでこの旅をこのメンバーでしてきてよかったと感じている。

「それがお前らの答えか?」

 そんな理由で私との協力を拒むのかと、低い声色でミュウツーは聞き返した。もう答えを変える気はないと、一切動じずみんなは強く頷いた。

「そうか。ならば仕方ない。お前ら全員、私が葬ってやろう」

 そう言うと、ミュウツーは攻撃する態勢に入ろうとした。それにいち早く気づいたルギアは、自身の戦闘体験をもとにして全員に対し冷静に指令を出す。

「ファイヤー、サンダー、フリーザー、お前達はアイランドのポケモン達の安全を確保しろ」
『了解しました』

 3人はそれぞれ3方向に分かれて、ポケモン達の安全を確保するために飛び立っていった。

「ヒトカゲ、いけるか?」
「大丈夫だよ」

 ヒトカゲはルギアの目を見ながら頷いた。ルギア曰く、この目つきはリザードンの時と変わらず、真の意気込みを感じられたとのこと。

「ここまで来たんだ。俺達にもやらせてもらうぜ!」

 準備万端といった様子のゼニガメが口を開く。チコリータ、ドダイトス、そしてカメックスも「自分達も助けになる」と意味するように黙って頷いた。


 海の神様にお礼を言うために始めた、ヒトカゲの旅。その旅の先にあったものは、自分の記憶が戻ると同時に、人間達を滅ぼそうとするミュウツーの存在。人間のいる世界を守るため、人間と共存しているポケモン達を守るための最終決戦が、今まさに始まろうとしていた――。

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