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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 人間の心は理解できない。せっかく手に入れた自由を、なぜ自ら捨てるような真似をするのか。
 今の彼(本当の名は彼自身覚えていないが、ミタビと名乗っているのでそう呼ぶことにする)は私の力を使うことができる。生物を殺すことも、物を壊すことも容易い。しかしミタビはそれをしない。
 今も、刑務所と呼ばれる場所で苦しい日々を送っている。
 何をするにも大声で許可を求め、ただ淡々と言われた作業をこなし、味気ない飯を食らう。常人ならば容易に根を上げたり発狂したりしそうなところを、ミタビはよく耐えている。
 ミタビは私のことをシタナガと呼ぶ。ミュウをルーツとして一番目のニノマエ。私はミュウツー、つまりミュウから数えて二番目だからシタナガ。ミタビが自身をミタビと呼ぶのは、ミュウツーの心臓を受け継いだため、ミュウから数えて三番目だからミタビ。名前がないにしてももっとましな名前はなかったのかと思うが、よりよい名を思いつくわけでもなし、本人も気にした様子がないのでよしとする。
「シタナガ、僕らが罪を償ったら、君のルーツに会いに行こう」
 ミタビはその言葉を口には出さない。作業中の私語は処罰の対象となり、ただでさえ苦しい時間が更に長く苦しくなる。それ故、ミタビは心の中で私に語り掛ける。
「自由になったら、ニノマエを探しに行くんだ」
「今からではだめなのか」
「辛いかもしれないけれど、今はだめだ。君が殺した分の罪を、償わなければならない」
「なぜ償わなければならない」
「他人を傷つけることは、してはいけないことなんだ。ましてや、殺すなんて」
「なぜ殺してはならない」
「それくらい、命は大切なものだからさ」
「野生の世界では日々、生物が殺し殺されている。それが普通だからだ」
「人間はそういうことをしてはいけないと、決められているんだ」
「誰が決めた」
「昔の偉い人が決めた」
「納得できないな」
「人間の世界で生きる以上、納得するしかないんだ。それに、君がなんとも思わなくても、僕の心が痛むんだ」
 私の力があれば、ミタビと私を苦しめる人間を殺すことも、この場所から逃げ出すことも容易いというのに。ミタビはそれを許さない。今も刑務官におびえ、精神をすり減らしながら過ごしている。こんな生き地獄を、あとどれだけ繰り返さねばならないのか。時々爆発しそうになる感情を、ミタビのために必死に抑えている。ミタビは五年耐えればここを出られると言った。五年も耐えられるかどうか分からないが、そうするしかないのだ。私はミタビについていくと言ったのだから。

 そう決意した傍から、私の力は爆発した。
 配られたなけなしの飯を、他の囚人に奪われたのだ。腹が減って気が立っていたところに、心無い泥棒がトリガーとなって力が漏れ出した。
 結果は惨憺たるものだった。囚人と飯と器が渦を巻いて、互いに衝突しまくった。超能力の嵐が収まった時、食堂は血と死体の海と化していた。

 ミタビは独房を移された。今までは同じ建物に何人もの囚人が留置されていたが、今度連れてこられたのは、元いた建物の隅にポツンと建っている隔離された独房だった。
 ミタビは他の囚人との接触を禁じられた。作業をするのも飯を食うのも、小さな独房で一人きりだった。その上特殊な手錠で両腕を腰の前後で固定され、満足に動かすこともできない。
 私にとっては何ということもなかったが、ミタビは辛そうだった。刑務官は相変わらずミタビを屑としか見ていない。飯を食うにも、両手が使えないため「ガーディ食い」をする他ない。排泄時でさえ、満足に服を下せない。超能力を使えば解決しそうなことを、ミタビはできる限り超能力を使わずに行った。それでも刑務官の目を盗んで飯の皿や中身を少しだけ浮かせたり、糸を操作して服のほつれを直したりしたのは、使わないでいると力の使い方を忘れてしまうからと私が説得したためであった。流石に自身の体を浮かせることは控えたが、ミタビはまるで昔から備わっていたかのように超能力を扱った。幸いにも、服の細かいところまでは刑務官も目をつけることがなかったので、ばれることはなかった。
 そんな生活を続けているうち、私は自分が生きるに値しない屑のように思えてきた。それまでは周りに向けてきた超能力を、自分に向けてしまいそうになった。藤崎に対して行ったように心臓を止めてしまえば、それで終わる。しかし、やはりミタビはそれを許さなかった。生きるも死ぬも、刑期を終えてからだと、心の中で口酸っぱく言った。
 これには私も従わざるを得なかった。私が私を殺せば、同時にミタビも死ぬ。私は人造ポケモン・ミュウツーである以前に、ミタビという人間の内部に存在する意識の一つに過ぎないのだから。
 そして何より、それはミタビが自身と私に自ら課した罰なのだ。

 それから刑務官に傷つけられることはあれど、誰を傷つけることもなく、五年の歳月が流れた。

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