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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 気が遠くなるほど長い距離。ずっと住んでいた実験施設からも、藤崎博士の研究室からも離れた場所で、ようやく地に降り立った。
 どくん。どくん。
 息が切れているわけでもないのに、心音がやけに大きく聞こえた。
「なぜ殺した?!」
 僕は叫んだ。僕の中にいるもう一人に向かって叫んだ。
「復讐のためだ」
 僕の中のもう一人が、僕の口からそう言った。
「お前のおかげで全てを思い出した。私は幻のポケモン、ミュウのクローン体として人間に作られた。しかし最強のポケモンを作るはずが、私には戦いの才能が欠如していたらしい。挙句、体を切り刻まれ、私という姿さえ失った。藤崎を殺したのは、私をこんな姿にした藤崎への復讐だ」
 物騒な言葉に反して、頭の中も心の奥も随分と軽かった。恨み辛みが募った時は、もっと気が重いはずなのに。
 僕の疑問に答えるように、彼は言った。
「その復讐ももう終わった。今の私は私ではない。お前の中に息づいた私でしかないのだ」
「どういうこと?」
「お前の夢の中で藤崎が言っていた通りだ。お前の心臓は、私の心臓なのだ。私の心臓が、事故で心臓を失ったお前に移植されたのだ」
 どくん。心臓が跳ねた。
 僕の記憶は、僕が施設に住んでいるところまでしか遡れない。その前はどこにいて何をしていたのか、思い出せない。しかし、心臓を失うほどの大きな事故に遭ったのなら、その反動で記憶が飛んでいてもおかしくはない、のだろうか。
 唐突に、自分が本当の自分ではないような気がしてきて、全身が震えた。怒りとも恐怖とも違う、奇妙な感覚。たまらず、喉まで上がってきたものを吐き出した。
 座り込む僕の背中が、手でさすられる感覚を覚えた。いつかの夢の中で背中を押してくれた丸いものが三つ。それが元の手なのだろう。
 僕が呼吸を整えて立ち上がるのを待って、彼は言った。
「さあ、行こう。今の我々は自由だ。どこへだって行ける。お前が望むなら、私はどこへだってついていく」
 ちょうど隣に彼が立っていて、肩に手を置いてくれたような気がした。
「いいんだね、どこへ行っても」
「ああ。二言はない」
 そこにいる幻想の彼は、柔和な笑みを浮かべていた。

 僕は彼の力を借りて、再び空を飛んだ。
 はじめこそ彼は何も言わなかったものの、目的地が近づくにつれて彼は疑問を呈し始めた。逃げてきた場所に、なぜ戻るのかと。
 そして、僕の意図を完全に察した時、彼は超能力で全身を縛った。
「なぜだ! なぜ戻るのだ! お前は自由だ! どこへだって行っていいんだ! なのになぜ戻る!」
「二言はないって言ったよね」
「それとこれとは話が別だ!」 
「別じゃないんだよ。僕にとっては、大事なことなんだよ」
 対話をしながら、僕はもがいた。しかし、彼の力は強すぎて、僕の体はピクリとも動かない。僕がもがくように、僕の行動によって縛られた彼の心のまたもがいているようだった。
「ねえ、本当は、君にはどこか行きたい場所があるんじゃない?」
「……!?」
 一瞬だけ、拘束が緩んだ。僕は無理に体を動かすのをやめて、彼に語り掛けた。
「ねえ、約束をしよう。僕が僕のやったことにけじめをつけたら、君の行きたい場所に一緒に連れていく。けれどそれまでは、僕のやりたいようにさせてもらえないかな」
「何を……?」
「この体は僕のものだ。だから君が僕の体を使って犯した罪は、僕の罪なんだ。僕は君の分まで償うから、それまで待っていてほしいんだ。何年かかるか分からないけれど、僕はきっと生き延びて、君を行きたい場所まできっと連れていく」
 言い終える頃には、彼の拘束はもう感じられなかった。
「本当に?」
「ああ、約束だ」
 僕はきっぱりと言った。彼はまだ迷っているようだったけれど、やがて「好きにしろ」と吐き捨てて、それからだんまりを決め込んだ。

 タマムシ大学にある藤崎博士の研究室では、今もまだ死因の調査が行われていた。ニュースでは病死との声明が上がっていたが、大学側は納得していなかったらしい。
 そこで作業をしていた警備員の一人を捕まえて、僕は両手を差し出した。
「僕を捕まえてください。藤崎博士を殺したのは僕です」

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