……デリバードがボクの入ったプレゼントを運ぶ。多少揺れるが、そこまで気にならなかった。
『……着いたよ。ここがユウちゃんの家だ』
プレゼントの中にいるせいで、どんなところなのかは見えず、分からない。
『……"クリスマスの奇跡"によって、クリスマスカードをかざせば……。その家に入れるようになるんだ』
『凄いですね……』
デリバードは、ユウちゃんの家に入っていった。デリバードが歩いていく。
……なんだか、緊張してきた。
『……ここがユウちゃんのベッドだ』
デリバードが小声で話す。
『それじゃあ……ユウちゃんをよろしくね、ミミッキュ……!』
『はい……短い間、ありがとうございました……デリバードさん……!』
『僕も、キミと居られて良かったよ。ありがとう……!!』
デリバードの足音が聞こえる。
もう、行ってしまったようだ。
この一晩だけだったけれど、デリバードと一緒に過ごした時間は、とても楽しかった。
外が見えないせいで、今どのような状況なのかわからない。おそらく、ベッドの枕元にいるのだろう。
これから……上手くやっていけるだろうか。"クリスマスの奇跡"はちゃんと味方してくれるのだろうか。
ボクは、不安で胸がいっぱいだった。
*
気がついたら寝てしまっていたようだ。今はもう朝だろうか……?
……何やら声が聞こえる。
「おーいママ、ちゃんとプレゼント届いてるよ!」
「シッ、ユウが起きちゃうでしょ」
会話しているのは、ユウちゃんのお父さんとお母さんのようだ。
ああ……。もうすぐユウちゃんが起きてしまう。どうしよう……どうしよう……。
「……ん、朝ぁ~?」
女の子の声。この子がきっとユウちゃん……。
「あっ、今日は……クリスマス! そして、私の誕生日だ!」
「そうよ! ほら、枕元見てみなさい」
「あ……やったぁ! プレゼントだぁ!!」
ユウちゃんの弾んだ声が聞こえる。それと比例するかのように、ボクの不安は高まっていく。
ユウちゃんがプレゼントに手を伸ばす。ああ、箱が開けられてしまう……。
ボクは目を瞑って、祈った。ユウちゃんが悲しみませんように……。
箱の中に光が入り、明るくなる。
「わぁっ……! ピカチュウだぁ……!!」
「ミ……ピカ!」
ピカチュウ。ボクのことをピカチュウと言った。
ユウちゃんは、ボクのことをピカチュウだと思ってくれたようだ。姿がピカチュウに見える魔法でもかかってるのだろうか。それとも、単にミミッキュを知らなかっただけか。どちらにしろ、とりあえず一安心だ。
鳴き声もピカチュウらしい鳴き声が出せるようになっている。"クリスマスの奇跡"さまさまだ。
ユウちゃんがボクを箱から取り出し、抱きかかえた。
「ママ、パパ、見て!! ピカチュウだよっ!!」
「……え、ええ! 良かったわね、ユウ!」
「……おー! ユウがいい子にしてるからだな」
反応がぎこちない。ミミッキュだとバレている。姿は、騙せなかったようだ。
となると、ユウちゃんはミミッキュというポケモンを知らなかったのだろう。
ユウちゃんの両親は、ユウちゃんを悲しませないようにボクをピカチュウとして扱う。それがありがたくもあり、つらい。
「ピカチュウ、これからよろしくね!」
笑顔で話しかけられる。
「……ピカ!」
これからボク……ピカチュウをよろしくね、ユウちゃん。
「ユウ、今日島巡りに出るのか?」
「うん! 朝ごはん食べたらすぐ行くよ!」
ユウちゃんがボクの方を振り返る。ボクとユウちゃんは向かい合う。
「ねぇピカチュウ。アローラには島巡りっていうものがあるの。……一緒に来てくれるかな……?」
ボクには、行かないという選択肢は残されていない。ユウちゃんの悲しむ顔は見たくない。そのために、偽ってプレゼントになってまでここに来たのだから。
「……ピカキュウ!!」
「やった! ありがとう、ピカチュウ!!」
ユウちゃんがボクを抱きしめる。
暖かい……。誰かと触れ合うということは、こんなにも暖かいことだったなんて……。今まではなかったことだったから、心が満たされた。
「それじゃ、行ってくるね!」
「……ピカ」
「……行ってらっしゃいユウ。気をつけるのよ」
「ちょっとちょっと! そんなに暗くならないでよー! ピカチュウだっているんだし!」
「ピ……」
ユウちゃんは知らない。この暗い雰囲気が、ボクのせいだということを……。
「まあいいや。行ってきますっ!!」
「……行ってらっしゃい」
ユウちゃんは勢いよく家を飛び出した。……ユウちゃんの両親は、ボクがピカチュウだということを隠してくれたけど……。これからは……どうしよう……。
*
「ねぇ、ピカチュウ。ここはメレメレ島っていうんだよ! 守り神はカプ・コケコっていうんだ!」
「ピ……ピカ!」
ユウちゃんがボクに色々なことを教えてくれる。
と、突然ユウちゃんが歩く足を止め、ボクと向き合う。
「……ピカチュウ」
「……ピ?」
「ありがとね。私についてきてくれて。……正直、断られるかもって不安だったんだ。でも、ついてきてくれて……嬉しかった!」
ユウちゃんが笑った。
断るわけない。だって、だってボクは……。自分を偽ってまでユウちゃんの笑顔が見たかったから……!
自分でもわからない。何故、見ず知らずの人間にこう思うのか。
それでも……。もう、あとには戻れない。この事実は変わらない。だから……。
「今ね、リリィタウンってところに向かってるの」
「ピカ?」
「ハラさんに挨拶に行くの。ハラさんはね、メレメレ島の島キングなんだよ!島キングってすっごくすっごく強いんだ!!」
熱烈に語るユウちゃん。とても楽しそうでボクも嬉しくなる。
*
しばらく歩いていると……。
「あっ! トレーナー!」
「!!!」
たんぱんこぞうに声をかけられる。
……マズい。
トレーナーと目が合ってしまった。それが指すことは……。
「……! 目と目があったらポケモンバトル!!」
どうしよう、どうやったらバレずに済む……?
「初バトル、頑張ろうね! ピカチュウ!」
「ピカチュウ? ソイツは……」
ダメッ……!!
ボクは必死に叫んだ。すると……。
ボクの体から不思議な光線が出た。これは……技? でもボク、こんな技覚えない……。
「……どうしたの? 大丈夫?」
「ん? あれ……。ああ、大丈夫だ!」
たんぱんこぞうはボーッとしている。
パンッと、ユウちゃんが手を叩き仕切り直した。
「じゃあ、改めて行っくよー!」
そして、こう叫んだ。
「ピカチュウ! 君に決めた!」
やるっきゃない。初バトル、全力で……!
「ピカキュウッ!!」
「オレも! ゆけっヤングース!!」
たんぱんこぞうがボールを投げる。
「グゥゥゥウウ!!」
ヤングースがボールから飛び出て、雄叫びを上げた。
お互い、目を見合わせて――。
「バトル、スタート!!」
二人の声が重なった。
ボクとヤングースは、同時に地面を蹴る。
……バトルの最中でも、ミミッキュであることを隠し続けなければならない。ピカチュウっぽい技を……。
「ピカチュウ、"10万ボルト"!」
「ピィィィカァァァ……キュゥゥゥゥウウウッ!!」
ヤングースに向かって電撃が放たれる。……昨日までは10万ボルトなんて覚えていなかったのに。……クリスマスの奇跡か。
「ケッ、お前のピカチュウやるな!」
「……!!」
今、ピカチュウと言った……! ……なるほど。さっきの光線は洗脳光線か。あれは便利だ……!
「ふふーん! 負けないからねっ!」
「こっちだって! いくぞヤングース、"たいあたり"!!」
「ヤングゥゥゥッ!!」
たいあたり。ノーマルタイプの技。ボクには当たらな……。
「グウッ!!」
「ピッ……!?」
……ヤングースのたいあたりはボクに直撃した。……なるほど。今はミミッキュじゃない。ボクはピカチュウなんだ……!
「ピカチュウ、大丈夫!?」
「……ピッカァ!」
「よかった……気を取り直して、いくよっ! ピカチュウ、もう一度"10万ボルト"!!」
「ピカッ! ピィィィカァァァ……キュゥゥゥゥゥゥゥゥウウウッ!!」
ボクはありったけの力を出した。
……ボクはあんまりバトル経験はないのだけど……。これも、ユウちゃんのため。
起こっていた砂煙が晴れる。その先を見ると……。ヤングースが倒れていた。
「…………!」
倒した……みたいだ。ユウちゃんの表情がパアッと晴れる。ユウちゃんが僕の元に駆け寄ってきた。
「やった! やったよピカチュウ! 初バトル、勝利だね!」
「ピカァ……!」
ボクはユウちゃんにギュウッと抱きしめられる。こうやって抱きしめられると、なんだか嬉しい。
「っと……戻ってくれ、ヤングース」
たんぱんこぞうはヤングースをボールの中にしまった。
「ふー……おめでと。お前のピカチュウめっちゃ強かったぞ!」
「ありがとう!」
「ピカキュウッ!」
とりあえず……良かった。不思議な光線を出せば、みんなにボクがピカチュウだと騙せるかもしれない。