今日はクリスマスイヴ。子供たちが毎年楽しみにしている日。そう、今日はプレゼントがもらえる日なのだ。
このアローラ地方では独特の風習があり、プレゼントを配っているのはサンタクロースのお爺さんでも子供たちの親でもなく、デリバードだ。アローラでは宅配もデリバードが行っているので、プレゼントも、ということなのかもしれない。
この日までに、子供たちは色々なお願いを"クリスマスカード"というものに書く。クリスマスイヴの夜、デリバードたちはそれを集め、子供たちのお願いを叶えに行くのだ。
ボクは、そんなクリスマスイヴの今日、デリバードが仕事をしているという村に辿り着いた。
その……内気なボクだけど、クリスマスに人気者のデリバードが羨ましくて……。
『あ、あの……』
『ん? ミミッキュか……何か用かい?』
つい、声をかけてしまった。
『あ、えっと……その……』
『ごめん、今日は忙しいんだ。用事ならまた後でにしてもらえると……』
『て、手伝わせてくださいっ!』
口をついて出てしまった。そんな気はなかったのに。
『おぉ! 手伝ってくれるのかい? それは助かるよ!!』
という訳でクリスマスイヴにお手伝いをすることになった。
とはいっても、何を手伝えば……。
『僕についてきてくれるかな?』
『あ、はい……』
そういってやってきたのは大きなクリスマスツリーの前。
『ここで、みんなの希望したプレゼントが作られるんだよ』
『……作られる?』
『ああ。僕達にもわからないんだけど、クリスマスカードに書かれたものがクリスマスイヴの夜にここに出現するんだ』
そんな非科学的なことが本当にあるのだろうか……。
『それを僕達はみんなにプレゼントするのさ!』
『えっと、そのプレゼントはどこで作られるんですか……?』
『さっきも言ったように、僕達にもわからないんだ』
『……そうですか』
『……まあ、"クリスマスの奇跡"ってとこかな』
『クリスマスの……奇跡……』
『多分、クリスマスの神様みたいなのがいて、クリスマスイヴにプレゼントをくれるんだよ、きっと』
『凄い……ですね』
サンタの裏事情なんてそう簡単に聞けるものではない。そういう意味では、手伝いをして良かったのかもしれない。それでも、非科学的で信じられるものではないけれど……。
『さあさ、早くやっちゃおう。今日中にアローラの子供たちにプレゼントを全て配らなくちゃならないからね!』
ツリーの下にはたくさんのプレゼントが置かれてあった。プレゼント一つ一つに付いているクリスマスカードには、子供たちが書いた、欲しいプレゼントとその家の住所が書かれていた。
『うーんと……じゃあ、キミにはプレゼントの仕分けをしてもらおうかな』
『仕分け?』
『ああ。北の方に配るのはこっちに、南の方に配るのはあっちに……みたいに分けて置いてほしいんだ』
『なるほど』
確かに、配る方角がすぐにわかった方が、配る時に効率が良くなる。
『あ、あと中身が合ってるかの確認もしくれるとありがたいな』
と言って渡されたのは、赤と緑のクリスマスカラーをした、虫眼鏡のようなもの。
『このレンズを通してプレゼントを見れば……ほら、見てごらん』
近くにあったプレゼントを、レンズを通して見てみる。すると……なんと、プレゼントが透けて、中にある車のオモチャが見えた。
『このカードには……【ミニカーが欲しいです】って書いてあるね。このプレゼントは合ってるみたいだ』
『凄いですね、その道具……』
『僕もどういう仕組みなのかは分からないけどね。これも、クリスマスの奇跡のおかげなんじゃないかな』
クリスマスの奇跡……か。
『……そんじゃ、頼んだよ!』
と言ってデリバードは、尻尾の袋にプレゼントを入れ、配りに行ってしまった。
デリバードたちは、書かれた住所の通りに、時間内に配り終えなければならない。普段の宅配で慣れているとはいうものの、とても大変な仕事だろう……。
ボクは、言われたとおりに仕事をやった。子供たちは、いろんなプレゼントを頼んでいる。例えば、ゲームやぬいぐるみ、服……。お金が欲しいって言う子も中にはいた。
クリスマスの人気者、デリバード。でも、裏でこんな大変な仕事をしていたとは……。知らなかった。
人気者はみんな大変なのだろうか。それ相応のことをしているのだろうか……。やはり、簡単にはなれないのだな、と感じた。
それでも、裏で大変な仕事をしていたとしても、ボクは人気者というのに少し憧れる。
ずっと影で生きてきたからだろうか。ボクにとって知らない世界が羨ましいのかもしれない。
しばらくすると、先程の分のプレゼントを配り終わったデリバードが帰ってきた。
『おっ! 助かるよ。ありがとね』
『いえいえ。ボクにはこれくらいのことしか出来ないので……』
突然、デリバードが黙る。しばらくして、ボクにこう尋ねてきた。
『……えっと、ずっと気になってたんだけれど……キミってメスだよね?』
『はい。ボクはメスですけれど……それが何か……?』
『い、いや……自分のことをボクって言うのが珍しいな、と』
やっぱり、珍しいことなのだろうか。
ボクはずっと自分のことをボクと言い続けてきた。だから、ボクの中のボクはボクだ。
『……この言い方に慣れてしまったもので』
『そうなのかい……。いやぁ、もう少し女の子らしくしたらもっとかわいらしくなるのかなって思って……』
『……ボクは、ずっと影で生き続けていたもので……』
『……そうかい……』
他のミミッキュは、よく"私"と言っている。でも、"私"だと洒落てるように思えてしまう。だから、ボクには合わない。
……こんなことを考えてる時間はない。今はデリバードのお手伝い中だ。
『引き続き、頑張りますね……!』
『……ああ! 頼んだよ、ミミッキュ!』
先程と同じように、プレゼントの確認、仕分けを始めた。
こっちはよし、これもよし、あっちのもよし、あれはそっちに……ん?
ボクは動きを止める。このプレゼント、おかしい。
もう一度レンズを通して見てみる。
やっぱり。このプレゼント、中身が入っていない……!
『あの、デリバードさん……!』
ボクは、尻尾の袋にプレゼントを詰めている途中のデリバードに話しかけた。
『ん、どうしたんだい?』
『このプレゼント……中身が入ってません!!』
『っ!? なんだって!?』
デリバードがすぐさま飛んでくる。プレゼントを確認し、ポツリと言った。
『これは……ユウちゃんのプレゼントか……』
『……ユウちゃん?』
『夢に向かってまっすぐな女の子さ。明日、ちょうどクリスマスの日に11歳になるんだよ』
アローラでは11歳になると、ほとんどの子供が"島巡り"に出るという風習がある。ユウちゃんという子もその一人なのだろう。
『欲しいプレゼントは……【私のパートナー、ピカチュウがほしいです!】か……』
『ピカチュウ……ですか……』
きっとユウちゃんは、そのピカチュウと一緒に島巡りに出ようとしているはずに違いない。
『なんで、中身が空っぽなんでしょう……?』
『わからない……けど、"モノ"は作れるけれど、"命"は作れない、ってことなんじゃないかなぁ』
ポケモンを生み出すことは、クリスマスの奇跡でもダメだったということか。でも、それじゃあ、このままだと……。
『ユウちゃんが可哀想……!』
『……ああ……。一人だけプレゼントを用意できないなんて、あってはならない事だからね。それに、ユウちゃんは人一倍いい子だ。だから、プレゼントは絶対に渡したい。でも……この一晩中でピカチュウを手に入れるのは厳しいからなぁ……』
アローラでは、ピカチュウは人気ポケモンだ。それゆえ、野生のピカチュウを乱獲する人が出てきて、アローラではピカチュウは貴重なポケモンになってしまった。一晩探し回ったとしても、おそらく見つからないだろう。
なら、どうすれば……。
……と、デリバードがボクのことをジロジロ見てくる。
そして、なにかを閃いたようだ。
『そうかっ! これだっ!』
デリバードがいきなり大声をあげた。
『な、なんですか……?』
『キミがプレゼントになればいいんだよ、ミミッキュ!』
『え、えぇっ!? ボクがですか!?』
『ああ! 見た目だってピカチュウに似ているし、大丈夫さ!』
ボクが、ピカチュウの代わりにプレゼントになる。常識的に考えて、すぐにバレてしまうだろう。
最近は、"ミミッキュ"という種族の認知度も上がっている。ピカチュウとして過ごすのは、やっぱり難しい……。
『大丈夫。キミには"クリスマスの奇跡"っていう味方がついてる』
『……それ、大丈夫なんですか?』
『ああ! ……多分』
心配だ。
まず、ボクが届いてユウちゃんは喜んでくれるだろうか。ピカチュウじゃない、と泣きわめくのではないか。
そう考えると不安が……。
『……キミ自身が、自分をピカチュウだと思えば、自然とピカチュウらしくなれるはずだよ』
デリバードはそうボクに言った。
このままではユウちゃんにプレゼントが無いことになってしまう。それならば、いっそのこと……。
バレるまで、ボクがユウちゃんの《偽りのプレゼント》に……!
そう、意を決して、ボクはプレゼントの中に入った。
『これ、本当に大丈夫……?』
『ああ! ちゃんと運ぶよ!』
不安だ……。
と、そのとき、周りがなにか光った。ボクは、プレゼントの中にいるからよくわからないけれど……。
『うわっ! クリスマスツリーから光が……ミミッキュに……!』
『えっ……?』
その光は……ボクに降り注いでいるようだ。
『……きっとクリスマスの神様がミミッキュのことを応援してるんだよ』
『そんなことあるんですか……?』
『……きっとあるさ。だって、クリスマスだもの! もしかしたら、上手くピカチュウになりきれるような力とかもついているかもね!』
クリスマスの奇跡が味方してくれたということ……?
『ボク……頑張ります……!』
『ああ。……僕の思いつきでこんなことになってしまった。今更になるけれど、キミを勝手に巻き込んで申し訳ないと思っている。でも、もうこうするしかないんだ……。頼んだよ、ミミッキュ……!』
『はい。もう、後には引けません。ボクにできる限りのことをやってきます……!』
こうして、ボクの偽り生活が始まった。