乗馬

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作者:逆行
読了時間目安:14分
「今日で出会って三日くらいか、もうそろそろ乗せてくれてもいいよな」
『ギャロップ!』
 一人の男が、背中に炎を纏った巨大な馬に話しかけていた。この馬はギャロップという種族だ。ポケモン社会で生きる人なら、大抵名前は聞いたことがあるポケモン。生息地こそ限られているが、競馬のテレビ番組などで活躍する機会が多い。
 人間との共存思考が強いポケモンのように思えるが、ギャロップはそこまで人懐っこくはない。ギャロップは仲が良くない人間が背中に乗ると、背中の炎で体を焼いてしまうと言われている。反対に信頼のおける人間に対しては一ミリも熱くすることがない。つまりギャロップに乗馬するには、まず仲良くなる必要があるということだ。
 この男もそのことは十二分に心得ていた。誰でも体を焼かれるのは嫌である。だから彼は三日もかけて、レンタルポケモンのギャロップとの信頼関係を得ることに全力を注いだ訳だ。
『ロップ! ロップ!』
 ギャロップと男は今、誰一人いないただっ広い草原にいた。巨大な馬であるギャロップが駆け回るのに相応しい広さだった。
『ロギャギャップ! ロギャギャップ!』
 ギャロップは男に撫でられてとても気持ちよさそうに返事をした。彼の頬に体を擦りつけながら、しっぽを景気よく振り回している。この三日間の触れ合いで、ギャロップはすっかり懐いたようだ。
「よし、じゃあ乗るぞ!」
 男はギャロップに勢いよく跨った。ところが、だった。

「ぎゃあああああああああああ!!!!!!」

 ギャロップの背中に乗り終えた直後、男はこれ以上ない程綺麗に悲鳴を上げた。そう、ギャロップの背中から真っ赤な炎が放出し、男の体に燃え移ってしまったのだ。
 男は慌てて用意していたバケツの水を被る。なんとか全身を焼かれることは避けられた。だが、だいぶ酷い火傷を負ってしまったのは事実だ。
『ロロロプロップギャ???』
 ぜえぜえと息を切らしながら、男は訝しい目でギャロップを見つめていた。ギャロップは「え? なんで?」と言いたげな表情を浮かべている。特に悪びれた様子も見せず、しっぽをメトロノームのように一定リズムで振り回していた。
「どういうこと???」
 男は何が起こったのか理解できていなかった。おかしい、ギャロップは絆を深めた人間には熱くしないと聞いていた。目の前にいるこの子は機嫌の悪い雰囲気を、全くと言っていい程醸し出していない。むしろ、これ以上ない程懐いているように思える。目の前の事象には、明らかに矛盾が発生していた。
「ちょっと待って。なんで、今熱くしたの?」
『ロプロプ!』
「俺のこと嫌いなの、本当は?」
『ギャギャギャップ! ギャギャギャップ!』
 ギャロップは首をぶんぶんと横に振っていた。「それは違うよ!」とでも反論したげな様子だった。
「あ、そうか分かった。初っ端だからきっと緊張していたんだな」
 微妙に釈然としないが、とりあえず男はそう思うことにした。


 数分が経過して、ようやく熱さも引いてきた。気を取り直して、もう一度チャレンジすることにした。

「よし、じゃあもう一回いくぞ!」

『プロッギャ!』

「今度はゆっくり乗るからな」

『プギャロ!』

「せーの!」

『ロギャロギャロギャップ!』

「ぎゃあああああああああああ!!!!!!」

 ギャロップの背中が先程同様メラメラと燃え上がる。男はすぐさまギャロップから飛び降り、バケツの水を頭から被った。デジャブか、と思うくらい、さっきと同じ光景だった。
『プロギロギロギロギロギロギロギロ?』
 ギャロップは先程同様、自分が何をしたのか、理解しているのか、理解していないのか、分からない表情を浮かべていた。
「ちょっと待ってちょっと待って。ねえ、本当に何やってるんだよ、さっきから」
「プギャロロプロプロプロロロロロロ」
「別に良いよ、乗るのは今日じゃなくたって。明日とかでも全然問題ないからね」
『ギャギャギャップ! ギャギャギャップ!』
 ギャロップは首をぶんぶんと横に振っていた。そして、男の火傷している足を舐めた。
 ギャロップは足を舐めるのを止め、今度は男の顔を舐め始めた。
「おいこら、くすぐったいぞ」
 ギャロップはペロペロと顔を舐め続けていた。とてもとても微笑ましい状況が草原の一角に訪れていた。
 男はすっかり先程の怒りを忘れていた。
「どうする? 今日もう一回やるか?」
『ロギャギャップ! ロギャギャップ!』
 ギャロップはニコッと笑って首を縦に思いっきり振った。「今度こそ成功してみせるからね!」とでも言いたげな様子だった。

「よし! じゃあもう一回いくぞ!」

『プロッギャ!』

「ゆっくり、ゆっくり乗っていくから」

『プギャロ!』

「1、2、3、せーの!」

『ロギャロギャロギャップ!』

「ぎゃあああああああああああ!!!!!!」

 ギャロップの背中から真っ赤な炎が放出した。男はすぐさまギャロップから飛び降りる。
『プロギロギロギロギロギロギロギロ?』
「あの、もしかしてさあ、ワザとやってない?」
『ギャギャギャップ! ギャギャギャップ!』
「絶対ワザとやってるよね?」
『ロプギャ!』
「さっきから同じことの繰り返しじゃん。本当は乗せる気なんか最初から無いんだろ?」
『ロギャロギャロギャップ!』
 ギャロップは一生懸命首を横に何回も振っていた。「乗せる気はちゃんとある!」と言いたいらしい。
「……やっぱり緊張してたのか?」
『ロップ! ロップ!』
「そっか、まあ緊張してもしょうがないよな。まだ三日しか経ってないんだから」
 そう言いながら男は、優しくギャロップの頭を撫でた。
「レンタルポケモンも大変だよなあ。急に知らない人間と一緒にいることになるんだから。心細いよね。お前の気持ちに、気がついてやれなくてごめんな」
 ギャロップは気持ちよさそうに頷いていた。そして、ギャロップの目からはなんと、一滴の涙がこぼれていたのだった。
「落ち着いてやればいいから。お前の、お前のペースで良いんだよ」
『ロギャロギャ』
「確認しておくぞ、ギャロップ。今日、俺を乗せる気はあるよな? 別に明日でも良いんだぞ」
『ロギャギャップ! ロギャギャップ!』
 ギャロップは今日が良いようだった。「早く乗ってくれ!」と言わんばかりにしっぽを騒がしく振り回している。
「……ふう」
 男は一度呼吸を整えた。

「よし、じゃあ今度こそ、草原を走り回るぞ!」

『プロッギャ!』

「いくぞ!」

『プギャロ!』

「せーの!」

『ロギャロギャロギャップ!』

「ぎゃあああああああああああ!!!!!!」

 やはりギャロップの背中から山火事が発生した。炎は容赦なく男の体を焼いていく。香ばしい匂いがしない内にギャロップから飛び降りて、バケツの水を被った。
『ギャギャギャギャギャ?』
「なんでだよ!」
『ギャップププププ?』
「さっきから同じことの繰り返しじゃん! なにこれ! もう絶対俺のことおちょくってるだろ!」
 男は思いっきり叫んで怒りを顕にしていた。ギャロップはもう絶対にふざけていると確信した。
 するとギャロップは、何も言わず背を向けて駆け出してしまった。
「おい、どこ行くんだよ!」
 突然その場から離れてしまったギャロップを男は急いで追いかけた。
 だがギャロップは足がとんでもなく速いため、どんどん距離を離されていく。彼はギャロップの足跡を手がかりに、なんとか追いかけていった。


「見つけた。あいつ……あんな所で何してるんだ」
 ギャロップは草原の一角にある花畑のところで、下を向いて止まっていた。
 なんだか、意味ありげな様子だった。
「探したぞ、急にどうしたんだ走り出して」
 男はギャロップの傍に近寄る。ギャロップは男の顔を真剣な表情で見つめる。その後、花畑にある1つの花の方に首を曲げた。
 それは、シャクヤクという花だった。
「その花は、シャクヤクか? シャクヤクがどうかしたんだ?」
『ロギャギャップ! ロギャギャップ! ロギャギャップ!』
ギャロップの鳴き声は、何かを訴えかけているかのようだった。
「シャクヤク……もしかして!」
 何かを閃いた男は携帯を取り出した。
「そうか! 分かったぞ!」
 男は携帯でシャクヤクの花言葉を調べていた。
 シャクヤクの花言葉は【恥じらい】というものだった。
「お前はシャクヤクの花を見せて、自分の思いを伝えたかったんだな」
『ロギャロギャロギャップ!』
 ギャロップは深く深く首を縦に振った。どうやらギャロップは、彼にメッセージを伝えたかったらしい。
 シャクヤクの花言葉は【恥じらい】。つまり、ギャロップは恥ずかしかったのだ。だから、男を中々背中に乗せることができなかった。緊張していたのとは少し理由が違った。
「そうか、そういうことか」
 男は腑に落ちた表情を浮かべていた。
「ごめんな、お前の本当の気持ちに気がついてやれなくて」
『プロギロギロギロギロギロギロギロ!』
「俺ってだめだなあ。ポケモンの気持ちも知らないで、自分勝手に乗ろうとしてしまうなんて」
 男は溜息を付き、自分の不甲斐なさに落ち込んだ。すると、
『ギャロプギャロプ!』
 ギャロップは、突然大きな鳴き声を上げた。真剣な眼差しを浮かべている。
 そして、男の目の前で少ししゃがんでみせた。
「乗れって言いたいのか?」
『ロギャロギャロギャップ!』
「本当に良いのか? こんな俺が背中に乗っても問題ないのか?」
「ギャギャギャップ!!!!」
 ギャロップはにっこり笑って、元気良く答えたのだった。
「ありがとう、じゃあ今度こそ、行くからな」
 男は一度深く深呼吸をした。ここまで走って乱れてしまった服を軽く整える。

「よし、じゃあ今度こそ、草原を走り回るぞ!」

『プロッギャ!』

「いくぞ!」

『プギャロ!』

「せーの!」

『ロギャロギャロギャップ!』

「ぎゃあああああああああああ!!!!!!」

 ギャロップの背中から炎が燃え上がり、男は慌てて飛び降りる。もう何度も何度も繰り返された光景だ。
「おい、目的はなんなんだよ! 本当に!」
『ロロロプロップギャ?』
「やっぱり俺で遊んでるよね? そうだよな? シャクヤクの花言葉も、何の関係も無かったじゃないか」
『プロプロギャッ?』
「単刀直入に聞くぞ。おちょくってるだろ、お前」
『ロプロプロップロップロップ!』
「ふざけてるだろ絶対に」
『ギャプ! ギャプ! ギャプ! ギャプ!!!』
「あ、おいまた! どこに行くんだよ!」
 ギャロップは再度駆け出してしまった。
「おいちょっと待て! そっちはたしか、崖だぞ!」
 男の声はギャロップには届かなかった。
 ギャロップは道がないことに気が付かず、そのまま崖の下に落下してしまった。
「ギャロップーーーーー!!!!!」
 痛々しい悲鳴が草原に響き渡った。まさかまさかの展開だった。


 男は急いで崖から落ちたギャロップを救出。そして、ポケモンセンターに連れていった。
 崖から落ちたギャロップは、大怪我を負ってしまっていた。
 ポケモンセンターの機械で治すことはできず、緊急入院することとなってしまった。
 そして男は、ギャロップに付きっきりで看病した。
『プロプロギャッ?』
 しばらくたってギャロップは意識を取り戻した。
「気がついたか」
「ギャププー」
 ギャロップは申し訳なさそうな表情をしていた。自分の軽率な行動のせいで、こんな事態となってしまった。
「大丈夫だ。必ずお前の怪我は治るからな。今は辛いだろうけど、頑張れよ」
 ギャロップは目に涙を浮かべながら、ニコッと笑って頷いた。
 この人間が近くにいてくれて良かった。
 大怪我を負ったのに、ギャロップは安心感に包まれていた、ように見えた。


 数日後、ギャロップの怪我は完全に治っていた。
「もう走り回ったりしても大丈夫ですよ。ギャロップはすっかり元気になりましたから」
 ジョーイさんは回復したギャロップを見ながらそう言った。
「良かったな、お前。後遺症とかもないみたいで」
『ロプロプロップロップロップ!』
 ギャロップは、この前みたいに彼の顔をペロペロと舐めた。
「おいこら、くすぐったいぞ」
『ギャロプギャロプ!』
 ギャロップは、突然大きな鳴き声を上げた。真剣な眼差しを浮かべている。
 そして、男の目の前で少ししゃがんでみせた。
「お前、ひょっとして……!」
『ギャププロギャプ!』
「俺を、認めてくれるのか! 背中に、乗せてくれるのか!」
『ロプロプロップロップロップ!』
 ギャロップはとうとう、彼に心を開いてくれたようだった
「ありがとう! でも、もういいよ。大会まで時間もないし」
『プロギロギロギロギロギロギロギロ!』
 ギャロップは後ろ足をどんどん鳴らし彼に抗議をした。
「……それでも、俺を乗せて走り回りたいのか?」
『ロプロプロップロップロップ!』
「分かった! じゃあ乗ろう記念に!」
『ギャプ! ギャプ!』
 男とギャロップは再び草原に移動した。

「よし、じゃあ行くぞ!」

『プロッギャ!』

「行くぞ!」

『プギャロ!』

「せーの!」

『ロギャロギャロギャップ!』

「ぎゃあああああああああああ!!!!!!」

 やはりギャロップの背中から炎が出た。
「おい! お前! やっぱり俺で遊んでいるだろ!」
 火傷の痛みを堪えながら男は必死に叫んだ。
「お前本当に何がしたいんだよ! 乗せたいのか乗せたくないのかどっちかにしろよ!」

『ロギャー! ロギャー! ロギャー!』
「ぐはっ!」
 今度はギャロップは、男を前足で勢いよく踏みつけた。

『プギャロギャロ! プギャロギャロ!』
「うっがはっ!」
 続いてギャロップは、男に捨て身タックルを繰り出した。男は思いっきり吹っ飛ばされ、何回かバウンドしてようやく止まった。

『ギャロギャロギャロギャロギャロギャロ!!!』
「うぎゃああああ!!!! うぎゃああああ!!!!」
 最後にギャロップは、男に向かって火炎放射を放った。

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