納得への糸口

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読了時間目安:7分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

●あらすじ
 マニューラは五大家の遺産を巡る事件の謎を解決するためには、ルカリオ・アウラスとの会話が必須と考え、彼の仲間だったヤレユータンを相手に交渉を始めることにした。しかし、ヤレユータンの方は回答を渋り……
 ヤレユータンは言った。願い事は死者にすることではない、と。そして、私はまだ完全なる信頼に値する者ではない、と。

「珠玉をエンブオーに売り渡すつもりなら、この話は終わりだ。それか、そういう話はアムニスにでも頼むがいい。奴は女には弱いのだ」

 政治の話をするには、私は確かに相手を間違えていた。だが、それでも私は納得が欲しかった。今度は敬意を払いながら彼の口を割ってみようと考えた。

「否定はしないのね。ルカリオが確かに生きていて、あなた達は彼に協力している――エンブオーに珠玉を渡さないためか、もしくはそれ以上に崇高な理由があるのかは知らないけれど。インテレオン・ジュナールに協力を取り付けたのもアウラスで間違いないの?」

 ヤレユータンは頑固にも沈黙を守った。信頼すべきでない相手に秘密を打ち明ける理由は当然ない。だが、よく考えると、私はエンブオーに協力する理由を失いかけている。その理由が第一に、もし私が死んだはずのグレイシア・ロクリアの娘だという推論が彼の頭に閃いた瞬間、彼は真偽を確かめる間もなく私を殺すだろうからであり、第二に私が政敵と接触したことが知れれば、彼は『万事を取って』やはり私を殺す男だからである。実際に、私はエンブオーを仕事の成功を報告するために、マナフィ家の力を行使して見せている。このままルカリオを追おうものなら、二十一年前の逃避行の再現になることは間違いない。それどころか、ルカリオもまた私を歓迎しないかもしれない。急速に死が近づいている気がした。だが、それでも私が五大家の遺産を追うことには変わりがない。それが神々の見えざる手で導かれた運命にしろ、私自身の意志であるにしろ、である。

「私に呪文を出し渋るのも、乳母を遠ざけたのも、私がエンブオーと絡んでいるのが気に入らないからなのね?」

 ヤレユータンの声が私以外に聞こえない以上、私は自分の最大の秘密を打ち明けてもいいと判断した。それでも、ほとんど賭けに近い暴露だった。何しろ、ヤレユータンが事実を話している証拠など何一つないのだ。インテレオンはエンブオーに今でも忠誠を誓っているが、それならルカリオとは死んでも取引をしないはずである。また一方では、インテレオンはルカリオを恐るべき師匠として未だに畏怖している節もある。

「もしもの話だけど」と私は言った。周囲に誰もいないことを確認して、愛しい伴侶にささやくように続けた。

「インテレオン・ジュナールが私をエンブオーと引き合わせたのが全ての始まりだと言ったら、あなたは信じる?」

 ヤレユータンの霊は少し考えてから言った。

「インテレオンの間者、ということか?」

 今度は私が思わせぶりに沈黙した。とにかく、私は彼から新しい言葉を聞き出したかった。生前の彼はこういう駆け引きに長けていた。私達はレゼキム・ボードを前に、情報という駒を使って交渉しているようなものだった――もっとも、霊は駒にさえ触れないが。

「何故、それを儂に言う?」

「あなたが私を信頼しているから」

「信頼などしておらぬ。これは仕事なのだ」

「死んでも為さなければならない仕事というわけね」

「お前は実に打算的な女だ」

「そうでない女はいない。信頼を知らない女もいない」

「儂で試すのはよせ」

「最初の質問に答えてくれる?これ以上質問だけが積み重なる前に」

 霊はくぐもった息を吐き出した。吐息は冷たい風となって私の足に降り掛かった。

「信じるとも」と霊は吐息混じりに言った。

「なら、私がエンブオーと組む本当の理由も分かるでしょう。今の私達なら、双方納得のいく合意が出来る。インテレオンさえ良ければ、私はエンブオーとの契約を反故にするでしょう。あなた達もルカリオがいいと言えば頷かざるを得ない。遺産を手土産に会いに行くと伝えなかったら、彼はあなた達に何と言うでしょうね」

 霊は黙っていた。

「あなたの仕事というのは、私を信頼出来る魔女にするためじゃないの?だから、インテレオンと乳母のことを話したんでしょう?だから、私の本当の過去を教えたんでしょう?」

 彼はため息をついてうなだれた。

「奴は、お前にだけは会わないと言った」

 私がその理不尽な回答に食い下がる前に、彼が先に口を開いていた。

「アムニスに話す前で良かったな。奴も儂と全く同じように答えるだろう。あの軟派な性格でも、奴は男の友情だけは譲らぬ。モノーマ中がアウラスに牙をむいても、奴だけは受け入れたのだ」

 どうやら、今度こそ話は終わったらしかった。私は牧師に理由を直接聞くしかなさそうだった。

「乳母はここに来る。回りくどいと思うかもしれぬが、お前が焦る必要はない。殺し屋が我々を出し抜くこともない。今は力を蓄えよ。そうでなければ、あの森は突破出来ぬ」

 私の心はささくれ立っていた。何故だか子供扱いをされている気分だった。私は自分の影に宿る霊に背を向けて、傍にいるドーミラーをただの鏡に還そうとした。

「だが、納得が必要だというならば、アウラスに会う必要はない」

 私は振り向かずに言った。 「どういう意味かしら」

「お前には記憶がないはずだ。五歳以前のな」

「馬鹿馬鹿しいことを。そんな昔のことを覚えてるはずがないでしょう。覚えてたら、奥さんには悪いけど、アミューゼイと私は最初に抱き合ったわ。あなたのこともアムニスのことも、猿おじさん、トカゲおじさん、久しぶりね、会いたかったわと涙したことでしょうよ」

「そんな単純な話ではない。お前はゾロアーク・セイセルに記憶を封じられたのだ。お前の記憶が始まったのはいつだ、“ソーニャ”?森の中ではないのか?空から自分の体が降ってきたとは思わなかったのか?己の歴史を顧みるがいい」

「私とやり合いたいの?今度こそ容赦しないわよ」

「死者を相手にか?まあ、試してみてもいいが。ヒントは与えたぞ」

 そう言って、ヤレユータンの霊は消え去った。代わりにゴース・ニルが帰ってきた。

「アーリアティ……ここはどこ?僕は何をしてた?」

「おーい!」

 街の方から黒い外套を引きずって、アミュオ少年が階段をよろよろと降りて来たのが見えた。日光病で外に出られないはずの彼が息も絶え絶えに走っていた。

「ちょっと、外に出て大丈夫なの!?」

 私は少年のところに急いだ。キモリ・アミュオは残り五段のところで立ち止まり、胸を抑えて、生唾を飲み込みながら言葉を紡いだ。

「隠れて……国境警備隊が、お姉ちゃん達を探しに……!」



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