「とまあ、こんな感じだ。 ......ありがとな。 話せて、少し吹っ切れたよ」
「いえ、むしろ聞いておきながら、わたしは何も言えなくて......」
「別にアドバイスが欲しいわけじゃない。 こういうのは聞いてくれる相手がいるだけで助けになるんだ」
「そう、なんです?」
「......ああ、そうだよ。 頭だけで考えてるよりも口に出したほうが整理できることもあるのさ」
不幸という言葉では片付けられないほど、アイトの過去は辛い出来事が続いていた。
普通なら自分を苦しめ、命を絶つ手段にしようとした水を嫌ってもおかしくない。
だが、アイトは水を苦手と言った事はあっても嫌いと言った事は無かった。
たとえ、嫌な思い出がたくさんあったとしても、亡くなった母親との数少ない大切な思い出の一部である水を苦手になっても、嫌いになれなかったのだろう。
「......そろそろハルキに謝りにいかないとな。 戻ろうぜ、ヒビキ」
「はい!」
ハルキの元に戻ろうとアイトとヒビキが立ち上がろうとした瞬間――
「立っては駄目でござる!」
「え?」
呆気にとられたヒビキの体を無理やり押し倒し、アイトは声の指示どおり砂浜に伏せると、2匹の頭上をかすめるように花をまとった突風が吹き荒れた。
「大丈夫でござるか?」
砂を巻き上げながら、攻撃のあった方向からアイトとヒビキを庇うように立ったのは1匹のフタチマル。
「あ、ああ。 それよりあんたは?」
「話はあの敵を退けた後でござる」
フタチマルが睨む方向を見ると、通常サイズよりもふた回りほど大きな体のフシギバナがいた。
フシギバナは背に咲いた花をアイト達に向けると、花をまとった突風『はなふぶき』を放ってきた。
「横に跳ぶでござる!」
「くっそ......!」
アイトはヒビキを抱えて、横に大きく跳ぶことで『はなふぶき』の攻撃範囲から逃れた。
フタチマルは『はなふぶき』を避けると、右手に持ったホタチを左腰に納刀したように構えながらフシギバナに突っ込んだ。
「
我猟蒼刀流、四の型......
斬隙!」
フシギバナの懐まで潜り込んだフタチマルは居合い斬りのように『シェルブレード』による攻撃を放った。
「くっ! 浅いでござるか!」
攻撃を受けたフシギバナは怯む様子もなく、その巨体でフタチマルを押し潰そうとするが、紙一重のところでフタチマルは『のしかかり』を避ける。
攻撃を外した隙にアイトとヒビキが『かえんほうしゃ』と『スピードスター』をフシギバナ目掛けて放つが、その攻撃を受けてもフシギバナが怯む様子はない。
「おいおい。 ヒビキの攻撃はともかく、俺の攻撃は効果抜群の筈なんだけど......」
「全く効いていない感じです......」
「いや、そんな事はないでござる」
フシギバナが放ってきた『はっぱカッター』をホタチで斬り落としながらフタチマルが言った。
「あやつは感情や痛覚といったものを持たぬゆえ、一見するとこちらの攻撃が効いていないように感じるが、ダメージは蓄積されてるはずでござる。 しかし、拙者の攻撃は相性が悪いうえ、あやつの防御も拙者の想定よりも高いでござる」
「つまり火力不足ってわけか」
アイトの言葉にフタチマルは無言で頷いた。
「このような危険な戦いにお主達のような子供を巻き込みたくはない。 拙者があやつをひきつける。 その隙にお主らは逃げるでござる」
「いや、俺らも戦うよ。 戦力は多いに越したことはないだろ?」
「しかし......」
「わたし達、こう見えても救助隊なんです」
「そう言うことだ。 俺達が後ろから援護する。 あんたは前を頼む」
「......かたじけない」
フタチマルは短く感謝の意を伝えるとフシギバナの注意をひきつけるため前に出た。
「
我猟蒼刀流、二の型
平刃」
フタチマルが水平に振るったホタチによる斬撃はフシギバナの額に大きな傷をつけた。
だが、やはりフシギバナが怯む様子は無く、『つるのムチ』でフタチマルを攻撃し、フタチマルはホタチでそれを受け流す。
「ひきつけてくれてる間に何とかしないと......」
後ろでフタチマルの戦闘を見ていたアイトは考えを巡らせる。
今の所、互角に戦っているように見えるが水タイプであるフタチマルにとって草タイプのフシギバナは相性が最悪。
1撃でもまともに攻撃を受けてしまえば一気に状況がひっくり返る。
フタチマルがジリ貧なのは明らかであった。
この状況を打破するためにはアイトの炎技が有効打となるが、先ほどの感じからして、アイト1匹の炎技だけでは火力が足りない。
せめて技能測定で使ったあの[もうか]が発動できればとも考えたが、発動するためにはそれ相応のダメージを受けなくてはならず、ダメージが蓄積しても発動できるかわからない。
そんな博打じみた特性をあてにはしないほうがいいだろう。
「アイト君、わたしに考えがあります!」
「考え?」
「はい! 火力が足りないんですよね? なら何とかなると思うです。 まずわたしが――」
ヒビキが考えを話し終えると、アイトは目を丸くして驚いた。
「えっ!? そんな事が可能なのか?」
「はい! ただ、みんなを驚かせようと隠れて特訓していたのですが、まだ不完全で......」
「不完全でも俺の特性よりマシだ。 やってみようぜ! ヒビキ!」
「はい!!」
アイトの言葉に勇気づけられたヒビキは目を閉じて集中する。
体内の魔力を首から下げたペンダントに循環させ、ペンダント内の宝石に魔力を注ぎ込む。
今欲しい力は熱く燃え上がるような情熱の力。 赤い宝石、ルビーの力。
ルビーに自身の魔力を注ぎ、ルビーの力を受けた魔力を今度はジュエルペンダントを通して、自身の体に行き渡るように流し込む。
「ジュエルチェンジ、ルビー!」
その言葉を合図にヒビキの体が輝き始め、光の中でヒビキの姿が少しずつ変化していく。
体がひと回り大きくなり、首元の体毛がボリュームを増していき、尻尾の形もきれいに整っていた毛並みから少し荒々しい毛並みへと変化していく。
そして変化が完了し、光がおさまるとそこには赤っぽい全身にフサフサの体毛が頭部、首周り、尻尾に生えた、まるで炎を纏っているような姿のポケモン。 ブースターとなったヒビキの姿があった。
「燃え上がる、情熱の赤! 熱く心を奮い立たせる炎! ルビースタイル! ブースター!」
ブースターとなったヒビキは高らかに言い放った。
その姿に一瞬、見とれてしまったアイトは慌てて首を振り、恐る恐るヒビキに声をかけた。
「ヒビキ......なん、だよな?」
「はい! やりました!! 成功です!」
嬉しそうに飛び跳ねて笑うヒビキを見て、姿が変わっても中身は変わらないんだなとアイトは一安心した。
「あっ、でもキョウさんがわたしの魔力制御はまだ甘いから変身は1分ぐらいが限界って言っていたです」
「え!? イーブイに戻っちまうのか?」
「です。 さあ、変身が解ける前にありったけの炎をあいつにぶつけてギャビュンと言わせましょう!」
「それを言うならギャフンな」
軽くツッコミを入れ、フタチマルの戦闘状況をみる。
フシギバナはその巨体通り、どの技も強烈な威力だがスピードはそこまで速く無いようで相性の悪いフタチマルは攻撃をガードせずに、片手に持ったホタチを使って攻撃をいなすことで最小限のダメージにとどめていた。
「おーい! 今から炎技をぶつけるから、離れてくれー!」
「わかったでござる!」
アイトの声に返事をしたフタチマルはホタチを下段から上段に斬り上げ、そのまま右足でフシギバナを踏みつけ、アイトとヒビキの攻撃に巻き込まれないようその場から離れた。
「今だ! ヒビキ!」
「はい!」
「「『かえんほうしゃ』!!」」
2つの炎は合わさり、1つの巨大な炎になるとフシギバナの巨体を飲み込みこんだ。
先ほどまで火力が足りない状況をヒビキは文字通り、火力を足し合わせる事で補ったのだ。
炎に包まれたフシギバナは徐々に動きが鈍くなっていき、やがて地に伏し、動かなくなった。
「倒した、のか?」
「そう、みたいです」
「何だったんだよアイツは?」
「わからないです。 でも、何とか倒せてよかっ......」
話している途中でヒビキの体が再び光ると元のイーブイの姿に戻っていった。
「あー、戻っちゃいましたね」
「本当に戻るんだな。 なんにせよ進化したヒビキ、かっこよかったぜ!」
「えへへ、ありがとうございます!!」
嬉しそうに満面の笑顔を向けるヒビキに少しドキッとしたアイトは慌てて視線を逸らした。
「先ほどは援護していただき、感謝するでござる」
「ああ、こっちこそ助けてもらってありがとな」
一緒に戦ってくれた侍口調のフタチマルが丁寧にお辞儀をしてきたので、アイトとヒビキもお辞儀をした。
「で、あのフシギバナどうするんだ? 警察にでも突き出せばいいのか?」
「いや、その心配はござらん。 見るでござる」
フタチマルに促されて倒れているフシギバナの方に目を向けると、フシギバナの体が光っていきそのまま消えてしまった。
「消えちゃったです......」
「どういうことだ?」
「拙者もよくわからぬ。 ただ、最近、よくこういう事があるでござる」
「よくあるって......まさか、ハルキ君とヒカリちゃんの方にも」
「急いで戻ったほうがよさそうだな」
「いや、その心配はないよ」
最悪の事態を想定したアイトとヒビキがハルキとヒカリの元に戻ろうとした瞬間。
ふいに背後から声をかけられ、そちらに振り向くとバツの悪そうな顔をしたハルキとヒカリがそこにいた。