覆面作家企画9にて、投稿させていただいた作品となります。
「おとうさーん、おかあさーん」
1人の娘が泣いている。夜の林で泣いている。 小刻みに震えながら歩く足は、その少女の恐怖を鮮明に表していた。 迷子であろうか……?
ガサガサガサッ!!
と揺れる草の音に、彼女はその小さな身を大きく震わせる。怖い。 怖い。 誰か、助けて。少女の心は切実に叫ぶ。
そんな中、1つの声が響いた。
……て……こっち、きて……
「ひっ!?」
当然、悲鳴が上がる。 だが、心の中でまだ生きていた好奇心が、声の方へと彼女を連れて行く。
声の出所は、岩のようなものに囲まれた大きな穴だ。岩はほんのり赤く色づいている。
きて……おねがい、こっちきて……
「あ、あなたは、だあれ?」
下の暗闇を覗き、震えながらも聞いてみる。 でも、その答えは返ってこない。
きてくれたらおしえるよ……だからおいで……? きみも、こわいんでしょ……?
「うっ……」
よろりとうろたえる。 確かに心細いのは本当のことだ。 そして、頼るものもない彼女の心は、か弱い声を放つそれに引き込まれていった。
頰をぱんぱんと叩いて、その穴を覗き込む。
「このなかに、はいればいいの……?」
そうだよ……はやく……
「……うん……」
そして遂に。 彼女はそろりそろりと、穴に足を入れる。 しかし、やはりその穴は小さな体には深過ぎた。 足場を掴めぬまま、もう1本の足を入れる。 その時、岩を掴んでいた手が、つるりと滑り落ちてしまった。 当然、体も底へと真っ逆さま。
「きゃあああああっっ!?」
地上から、悲鳴は少しずつ遠ざかっていった。
ここはこもれび林。 ワイルドエリアの一部分。
そして、その娘はその中のポケモンの巣へと、飛び込んでいったのである。
「うう……いたいよう」
頭をさする少女。 辺りを見回してみるが、やはり真っ暗だ。
「ねぇ……どこぉ……? こわいよぉ……」
今度こそ、本当に泣き出しそうになってしまう。うるうるとした目は、頼るべきモノを見出せずにいた。
そんな中、フヨフヨと光が近寄ってくる。
「あっ……!」
少女はすぐに立ち上がり、その光に向かって走る。 段々と光は近づいて行き、遂にその形をとらえた。 カボチャのランタンのような、可愛らしいポケモン。
「あなたは……?」
ポケモンは笑って答える。
「あなたをよんだポケモンだよ。 ありがとう、きてくれて。 わたしはバケッチャ。
……さて。 さっそくだけど、ちょっとついてきてくれる?」
「あっ……わかった!」
少女はそのポケモンにてけてけとついていく。 愛嬌のある優しい声は、どこか安心出来るようなものだった。 だから疑う気持ちなんて持てなかった。 まるで、お母さんの声みたいな……
「ついたよ」
その声に、少女ははっとして辺りを見回す。 広がるのは、森のような空間だった。 空、いや、地下だから天井というべきだろうか。 見上げても、あるのは墨を撒き散らしたかのような漆黒。 だが、正面を向くとそこにはその光景には似合わない賑わいがあった。 何匹かのネマシュが宙に浮かんでいて、ふわふわした薄いピンクの光を散らしている。 それに照らされた木々が赤紫の色合いになる。 ジョウトやカントーにあるという「サクラ」のようにも見えた。 写真で見る「本物」よりも、ここで実際に見る「偽物」の方が綺麗の見えるのは何故なんだろうか。 少女は、その風景に心奪われていた。
「すごい……こんなばしょあるんだ!」
「えへへ……よろこんでもらえて、うれしいよ」
バケッチャは嬉しそうに体を揺らす。 中にある明かりもゆらりゆらり。 嬉しそうなバケッチャを見ると、少女の心もまた和らいだ。
「おーい! バケッチャ、どうしたんだ? って、あーー!! にんげんじゃん!」
「えっ、にんげんだって?」
「にんげん、にんげん!」
すると、あっという間に、ポケモンが少女を取り囲む。 ざわざわというどよめきが聞こえ、少女は緊張で顔が固くなった。
「あー、ごめんね……みんなはやいよあつまるのー
……そうだ! まず、きみのなまえ、おしえてくれる?」
少女ははっとする。 そういえば言っていなかった……
お父さんやお母さんの教えてくれたように、笑顔で名前を言った。
「……わたし、ポピー! よろしくおねがいします!」
そこから、少女改めポピーは、ここまでのいきさつをバケッチャに全て話した。
ワイルドエリアの両親と旅行に来たこと。
その途中で、両親とはぐれてしまったこと。
そして夜まで辺りをうろうろしていたら、バケッチャの声に呼ばれたというところまで。
「そっか……」
「うん。 ……おてて、はなさないでねって、おかあさん、ずっといってたの。 きけんなポケモンもいっぱいだからって。 だけど、いろいろきれいなものがいっぱいだから……いっぱいみにいってたら、いつのまにか、はぐれちゃったの。
……ふえぇ……」
心細くなったのか、ポピーはまた泣きそうになってしまう。
簡単に折れてしまいそうな小さな手は、何度も何度も頰を拭う。
「おとうさん、おかあさん……あいたいよぉ……どこにいるの……」
バケッチャはそれを見つめ、ふよりと浮き上がる。 そして、静かにポピーに寄り添った。
「バケッチャ……?」
「あったかい?」
「……うん、とっても」
「……よかった。 こわいよね。 つらいよね。 でも、いっぱいたよっていいからね」
バケッチャは、静かな声でそう言う。 そして浮き上がって、ポピーに声をかける。
「おなか、すいたでしょ? いっしょにごはんたべようよ」
屈託の無い笑顔は、ポピーに仲間の待つ暖かい場所へと促した。
それから、何日経っただろうか。
ポピーは心優しいポケモン達と共に毎日を過ごしていた。 もしあのまま林の中を歩いていたら、ひもじさで倒れてしまっていただろう。 彼らは命の恩人なのだ。 いや、恩ポケというべきか……? それはともかく、ポピーはポケモン達全員に感謝の気持ちを持っていつも接していた。
だけど。 時にポピーの中に親の記憶が蘇ってくるのだ。 こんな暗い場所ではなくて、お天道様の光が真っ直ぐ通る家で、親と過ごした日々が思い起こされるのだ。 そして、その思いは日に日に強くなるばかり。 夢にも出てくるようになった。 そしてある日の朝、ポピーは決意した。
バケッチャさん達に、さよならを言おうと。 そして、お父さんとお母さんのところに帰ろうと。
すっかり疲れも取れた片足で強く地面を踏み、バケッチャの元へ駆け出して行った。 あの子はとても優しいから、きっとわかってくれるはず……。
「だめだよ」
……え?
ポピーの顔には困惑しか無かった。 バケッチャはこれまではずっと笑顔だったというのに、今はどこか寂しさを秘めた表情で拒絶する。 ……そして笑顔に戻って、こちらに語りかけてきた。
「だめだよ、ポピー。 おわかれなんてさみしいよ。 もしかして、ここがいや? いやならどんなばしょがいいのかいって? みんなでそういうばしょにしてみせるから……」
「やだ」
だが、ポピーもここで止まる程やわではない。 首を横に振って、前のめりに叫ぶ。
「そうじゃないの! わたしはおとうさんやおかあさんにあいたいの! ……たしかにさみしいけど……でも、またあいにくるからっ……!」
「だめなのっ! そんなことしても、あえるわけないもん! ここにいたほうがいい!」
「なんであえるわけないなんていうの!?」
「だって……!」
バケッチャは縮こまるような体勢になる。 ぐしゃりと「何か」を押し潰そうとしているように。
急に声を発さなくなったバケッチャに対し、ポピーはうろたえながら声を掛ける。
「バケッチャ……?」
「むりだもん……あうなんて……」
「でも」
「でもじゃないっ!!」
語気が強くなり、ポピーはびくりと怯む。 バケッチャは、ポピーの方をじっと見つめた。 悲しそうな目で。
「まいごなんて、ぜったいうそだよ。 ……すてられたんだよ。 ここに」
……バケッチャの灯火が、小さく揺れた。
「えっ……!?」
「そうじゃなきゃ、てははなさないよ。 ほんとにたいせつなら、みうしなったりしないよ。 だまされてるんだよ。 ポピーは」
バケッチャは一気に畳み掛ける。 ゆっくりな“たいあたり”をするかのように、ぐいぐいとポピーに詰め寄る。 混乱の中、ポピーは必死で反論しようとした。
「そ……そんなこと……!」
「むかえにきてくれなかったのに」
ナイフのように尖ったその言葉に対して、ポピーの表情が一気に変わる。 一言で言うなら、それは図星。 小さな一言は、“かげうち”のように彼女の不意を突いた。 バケッチャは下を向く。 その時、灯火がまた、ゆらりと揺れた。
「だって、あし、すなまみれだったよ? ずっとあなたもさがしていたんでしょ? でも、みつからないんだよ……?
わたしも、そうだったの。 りょこうのまえに、ふたりでひそひそはなしてて……ヘンゼルとグレーテル、みたい。 たべるのにこまったから、すてられちゃうっていう……」
「そ、そんなぁ……うそ……」
遂に、ぼろぼろ大粒の涙を流して泣き崩れるポピー。 別に彼女自身はバケッチャのように話し声を聞いたわけでもなかった。 でも。 確かにバケッチャの言葉は事実だった。 ワイルドエリアの全体を回れるわけじゃない、ごめんねとポピーは予め言われていた。 なのに見つからなかったのだ。 はぐれて時間がかなり経っても。 弱った心が奈落に突き落とされるには、あまりにも十分過ぎた。
「だからもう、いいでしょ。 ここにいようよ。 ここにいれば、たのしいよ?
うらぎられることもない。
いやな『ひと』もいない。
くらーい、すてきなもりだよ?」
「っ……バケッチャ……」
「……だいじょうぶ。
わたしたちといっしょになれば、ぜんぶわすれられる」
涙を、バケッチャの明かりが照らす。 その暖かい灯りは、どこか霊的な冷たさもあった。 けれど、ポピーはそれに気づく事はない。 小さなかぼちゃポケモンに身を任せ、涙に濡れた目を閉ざすーー。
「おっ、マサル、ポケモン増えてないか?」
「うん。 ボクレーっていうんだって。 マックスレイドバトルあるじゃん? あれで初めて捕まえたポケモンなんだ!」
「へー、すごいな! 初めてのマックスレイドバトルでポケモンゲットするなんて!」
「ありがとう。 とても健気でいい子なんだ、後でホップにも直接見せてあげるよ!」
エンジンシティを歩く、2人の少年。 彼らはジムチャレンジの開会式を控えており、これからの未来に胸膨らませていた。
そんな中、2つの声が街に響く。
「すいません、お願いします!」
「娘を見つけたいんです! どうかお願いします!」
切迫詰まった声でビラを配る2人の男女。 マサルとホップはそれが気になり、そちらへと駆け寄った。
「どうしたんです?」
「あっ……すいません、ご協力お願いします」
「娘がワイルドエリアで行方不明になって……。 もしかしてトレーナーさん? 何か情報はなかったですか……?」
ビラを1枚渡される。 そこには可愛らしい少女の写真や、特徴などが事細かに記されていた。
「うーん、オレは特に見なかったけど……マサルは?」
「ボクも、女の子は見なかった。 というか、まず人自体見かけないから……」
「ですよね……」
「お役に立てずごめんなさい。 見つかると、いいですね」
「……ありがとうございます」
落胆した様子で、両親は頭を下げた。 疲弊し切った表情からして、恐らくずっとこんな調子なのだろう。 マサルはその姿に同情の念を覚える。 言葉にほんのりとした謝罪の意が混じった。
そして物資の調達のためポケモンセンターに寄る。 ホップが傷薬等の補充をしている中、マサルは壁に物思いにふけるように寄りかかっていた。 考えるのは、先程の両親について。 改めて紙を見てみる。 すると、さっきは丁寧に見られていなかった部分へと目がいった。
「こもれび林の辺りで娘を見失いました。 よければ情報をお願いします。」
こもれび林という言葉に、マサルは可能性を見出した。 紅白のボールを1つ取り出す。
その中にいるポケモンーーボクレーは、元々ワイルドエリアにいた。 しかもこもれび林の巣だ。
それならば。 ボクレーなら、知っているのでは……?
「ねぇ、君は知ってたりする?」
駄目元で聞いてみる。 だがボールの中のボクレーは何も答えない。
「……だよね。 ごめんね、急に聞いちゃって」
まだ新品さの残る艶やかなボールを撫でてやり、マサルはふうと溜息を吐いた。 役に立てないという罪悪感が彼の心を覆う。
「マサル!」
「うわっ、ホップ、どうした……?」
「どうしたもこうしたも、早くスタジアムに行かないとだぞ! 開会式まで後少しだ!」
「……あっそっか、行かなきゃ!」
悩んでいても仕方ないと、マサルは足を踏み出した。 旅の途中で手掛かりを見つけたら教えなければと誓って。
一方、ボールの中のボクレーは何も知らずににまにまと笑っていた。
ボールの外の様子は声で大体分かるのだが、ボクレーには何も届かず、キャッキャとボールの中を飛び回るだけ。マサルの質問にも、首を傾げるだけ。 この子の頭には、「ご主人とうきうきな旅をする楽しみ」しかない。
心細い夜に助けられて。 その身を霊に変えて。 更に、その仲間とも引き剥がされ、今度は優しい人間に付き従う。 そんな日々。
果たして、「彼女」は本当に幸せなのか。 ……それは、誰にも分からない。
〜〜
ボクレーは、死んでしまった子供の魂が切り株に宿り、生まれ変わることで生まれたポケモンと言われている。
もしかしたら、自らの意思で切り株に魂を移そうとする子がいる……かもしれない。
未来の希望に溢れる子供がそんなことするだろうか? でも、もしいるのならなぜなのだろうか? 似た境遇の者による優しい手招きか、もしくは……
……それはご想像にお任せしよう。