第9話:頑張れリーダー!――その6

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 頑張った。全力は尽くした。それでも勝てなかったのだから、仕方がなかったのだ。
 途方もない痛みが、セナにそう確信させる。自らを安堵させる心地よい言い訳に、彼の意識は呑まれてしまった。

「ふ。他愛もない」

 ハッサムは、セナが気を失ったのを確認すると、傷口が痛々しく広がったセナの右肩を強く蹴りつけた。にじみ出る鮮明な赤は、ハッサムの身体の赤色とよく馴染む。身にしがみつく液体を気にもとめず、ハッサムは次の獲物を探し始めた。

「セナ〜! 助けに来た……ヨ……」

 のんきに駆け寄ってきたシアンだが、セナが深い傷を負って倒れていることに気が付き、足を止めてしまう。

「えっ、セナ!? 大丈夫!?」

 シアンは突き動かされるように足を速めるが、接近すればするほど、痛々しい怪我が視界を覆ってゆく。直視できずに目を逸らし、シアンは言葉を失った。

「仲間が心配か?」

 そんなシアンの背後から、笑いを含むようなハッサムの声を浴びせられる。シアンは後ろを向いてハッサムを見上げ、どうにか口を開く。

「ひ、酷いヨ! こんなにボロボロにしなくても……」
「俺は俺のやり方で戦った。それだけだ」

 必要以上のセナへの攻撃に対し、ハッサムは罪悪感の欠片も感じていないようだった。シアンの中で怒りが弾ける。

「よくも、シアンのお友達をいじめたなァ!? 許さないヨ! “バブル光線”!」

 シアンが放つ無数の泡は、鋭く輝きながらハッサムへと向かっていった。




 柔らかな光に包まれている、夢の中。セナは不思議な空間に1人立ち尽くしていた。

「あっけなくやられてしまうとは……期待外れですね」
「誰だ!?」

 冷たく落ち着いた女性の声が降りかかる。警戒するセナの目の前で光が渦を巻き、声の主は仮の姿を見せた。

「はじめまして。いや、お久しぶりです、セナさん。ワタシは“ポケモン”です」
「は、はあ。お前が“ポケモン”か」

 その存在については、昨夜ホノオから聞いていた。セナとホノオをガイアに送ったポケモンが、“ポケモン”と名乗る光の渦。想像以上にツンとしたその声に、セナは少々押され気味に応答するのであった。

「やはり人間は、力も心も弱い生き物なのですね」
「“弱い”って、どうして……」

 “ポケモン”の言葉には、やけに質量がある。経験という根拠に伴う、極めて強い感情が込められている気がした。それは、憎しみか、悲しみか……。

「あなた。自分の実力が足りない不甲斐なさを、とてもお上手な言い訳でもって正当化して、自分を許そうとしましたね。“頑張っても勝てなかったのだから、仕方がない”って」
「……」
「もしもあなたが世界を守り切れずにガイアが滅びてしまっても、そのような言い訳をするつもりですか?」
「……ごめん」

 そうだった。オイラは“救いの勇者”とかいう使命を背負っているのだ。どんなことがあっても逃げてはいけない、負けてはいけない。そんな戦いに、きっといつか身を投じるのだ。それなのに――。
 自分を責める“ポケモン”の言葉を、セナは素直に吸収して自責の念に駆られた。こんなんじゃ、ダメだ。自分は、何があっても諦めちゃいけないんだ。どんな手を使っても、目的を果たさなければならないんだ。
 それが、この世界に求められている、自分の役割なのだ。きっと、たぶん。

「……ごめん、“ポケモン”。オイラが甘かった。きっとオイラ、まだ戦える。ハッサムに勝てる自信はないけど……でも、そんなの、倒れていい言い訳にはならないんだ。もう一度、チャンスが欲しい」
「その言葉、嘘ではありませんか? ワタシだってこれ以上、人間に失望したくはないのですが」
「お前、人間のこと、すごく嫌いなんだな……。なあ、何があったの?」
「ワタシが事情を素直に語るほど、アナタのことを信頼しているとでも?」

 刺すような不信感が痛い。セナが慎重に歩み寄ろうとしてみても、“ポケモン”に突き放されてしまう。そもそも、名前や姿すら伏せて人間に接触している相手だ。どこから彼女と分かり合えば良いのか、分からないけれど。

「……分かった。御託を並べるのはもうやめる。人間がお前たちに何をしちゃったのか、分からないけど。お前が少しでも人間を信頼してくれるように、ちゃんと行動と結果で示すことにするよ」
「……ふうん。期待していますよ」

 その言葉を残して、“ポケモン”は消えてしまった。セナも、夢から醒めて戦闘を続ける決意をした。

「さてと。まずはハッサムを倒さなきゃな。絶対に、絶対に」




「はあ、はあ……」

 ハッサムの素早い攻撃に、シアンはなかなか反撃ができなかった。自慢の逃げ足で、なんとか攻撃をかわし続けるのみ。
 しかし、シアンは石につまづいて攻撃が当たってしまう。それを契機に一気に攻め込まれてしまった。ハサミで傷つけられた身体でよたよたとハッサムから逃げたのだが、とうとう追い詰められてしまった。
 今、シアンはあえぎながら岩山にもたれ掛かり、なんとか身体を支えている。彼の背後には、どこか残酷さを感じさせる冷たい岩肌。目の前には、凍りつくような目付きのハッサム。

「来ないで! “潮水”!」

 やけになったシアンはハッサムに“潮水”を繰り出して抵抗を試みたが、水流はハサミで容易く弾かれた。

「逃げ惑うのも、ここまでのようだな」

 ハッサムは、シアンにギラリと光るハサミを見せつける。きっとこの鋭いハサミで、セナも――。恐怖に震え、シアンがギュッと目を瞑った、そのときだった。

「させるか! “アクアテール”!」
「ぐっ」

 ハッサムの頭に衝撃が走り、シアンに向けていたハサミで頭を押さえた。シアン以外の、水タイプの技。まさか。
 ハッサムが振り返ると。

「シアン、大丈夫か?」
「セナ! 大丈夫ナノ!?」

 右肩をかばうように押さえ、歯を食いしばりながらも笑顔を見せるセナがいた。明らかに無理をしている。さすがのシアンも心配せずにはいられなかったが、シアンとて体力が限界まで追い詰められている。

「大丈夫だよ。右肩以外は、まだ動く」

 セナの笑顔を見て、シアンは安心してしまう。気を張り詰めてなんとか戦っていたが、身体から力が抜けてしまった。

「ありが、と……」
(オイラの方こそ。今まで頑張って戦ってくれて、ありがとな。……意外と根性あるじゃん)

 とうとう倒れてしまったが、充分な時間稼ぎで貢献してくれた。そんなシアンに心の中で礼を言うと、セナはハッサムを睨みつけた。呼吸を弾ませながらも、余裕を演じる。

「悪いねお頭。やっぱりオイラ、諦めきれなくてさ」
「ほう、懲りずに戦うのか。どうやらその右腕を引き裂かれたいみてえだな」

 ハッサムがセナに駆け寄りハサミを右肩めがけて降りおろす。少しの回避行動でも、右肩が裂けるように痛い。どうしてもかばってしまい、動きが遅くなってしまう。――痛みをなくすことはできないから。痛みを上書きしてしまおう。
 セナはあえて不完全な回避でもって、左腕に切り傷をつけた。

「っ……!」

 顔をしかめながら、セナは左腕の痛みに意識を集中する。すると、先程までのどうしようもない右肩の痛みがそれほど気にならなくなった。

「行くぜお頭。“水鉄砲”!」

 セナが放った水流は、やはり難なくかわされる。ハッサムはハサミを振りかざして迫ってきた。このままでは、またやられてしまう。セナは痛む腕や肩を必死に動かし、素早く甲羅に身を隠す。そして。

「“高速スピン”!」

 鋭く回転をしながら、ハッサムに突っ込んだ。

「ふっ。所詮ノーマルタイプの技……」

 ハッサムは軽々と甲羅を両腕で受け止める。確かに鋼タイプのハッサムには、“高速スピン”はあまり効果がないようだった。ならば。セナは甲羅の中でニヤリと笑うと、そのまま思い切り水を噴射した。

「うわ……!?」

 高速スピンは安全にハッサムに接近し、至近距離から攻撃を当てるための手段だった。激流にハッサムは飛ばされ、地面に引きずられる。地面との摩擦により熱が生じ、炎タイプの攻撃が苦手なハッサムを苦しめた。

「くそ……」

 ハッサムの体がピタリと止まると、よろよろと立ち上がる。すかさず反撃に出ようとしたが。

「うっ……!」

 セナは地面に膝をつき、右肩を押さえて悲鳴の欠片を堪えている。高速スピンで激しく動かした右肩に負担がかかったのは明らかだった。

「ふっ。どうやらさっきの攻撃は、俺へのダメージよりもお前自身へのダメージの方が大きいようだな」
「う……ぐっ……!」

 必死に痛みに耐えようとするが、荒い呼吸を繰り返す度に傷がうずき、思わずきつく目を閉じてしまう。傷からにじむその色を見ると、嫌というほど痛みが伝わってくる。ハッサムはそんな獲物を恍惚とした表情で眺め、コツコツと鋼の足を鳴らして近づいた。じっくりと追い込むように。

 ――ダメだ。このままではやられてしまう。痛い。右肩が痛い。だから、動けない。ならば。
 セナは左腕の傷に爪を立てて掻きむしる。気が狂いそうになる痛みで、右肩の痛みがぼやけた。

「ああああああッ!!」

 両足はまだ傷が少ない。だから、立てる。走れる。言い聞かせたセナは、絶叫と共に立ち上がる。そのままがむしゃらに“水鉄砲”。特性の“激流”で威力は強化されているものの、冷静さを欠いた状態では狙いが定まらなかった。
 軽々と攻撃を回避したハッサムは、とうとうとどめを刺そうとする。激しい空気の渦を発生させた。

「痛いだろ? 辛いだろう? すぐに楽にしてやるからよ。“かまいたち”」

 風の刃が矢のようにセナに迫る。ハッサムが繰り出す特殊攻撃、“かまいたち”は、セナの全身を抉るように傷つけていった。

「っ……う……」

 限度を超えた痛みの上書きに、気が遠くなってしまう。それでも彼は、ピクリとも動かない身体に攻撃の指示を出した。

(諦めちゃ、ダメだ……。痛みが、ダメージが強いからこそ、“この技”で反撃できる……!)

 激痛にうずくまるセナの身体が、綺麗に磨かれた鏡のように輝いた。

(“ミラーコート”!!)

 残りわずかの力を身体に込めると、セナに突き刺さっていた風の刃が勢いよく跳ね返る。諦めない心を攻撃に乗せ、2倍を遥かに超える速さでハッサムに迫った。

「ぐわあああぁ!!」

 仕留めたと確信したセナからの反撃に、ハッサムは鋭い叫び声をあげる。重量のある鋼の身体が思い切り吹き飛び、岩肌に叩きつけられ倒れ込んだ。

 セナとハッサムは、しばし倒れたまま動かなくなり、停戦状態となる。やがて一方がヨロヨロと起きあがった。

「ぐっ……。俺を……。俺を、ここまで追い詰めるとはな……」

 “ミラーコート”で強力に跳ね返された“かまいたち”により、今にも倒れそうではあるが。それまで蓄積していたダメージが少なかったことが幸いし、ハッサムはとうとうセナにとどめを刺そうと近寄ってきた。

(このままじゃ、負けちゃう。負けちゃ、ダメだ。ダメ、なんだけど……)

 負けたくない。諦めない。強い気持ちで動かし続けた身体が、とうとう言うことを聞かなくなってしまった。セナの心も折れかけた、そのときだった。

「“潮水”!」
「ぐあ……!」

 突然激しい潮水が身体に当たり、ハッサムはよろける。傷を負った身体に塩分がしみた。

「シアンも……まだ、戦うモン……」

 シアンは岩肌に寄りかかりながら、身体を支えて立ち上がる。どうにか一撃当てることができたが、ほとんど余力はなさそうだ。そんなシアンにハッサムが近寄る。

「ふ……。いくら俺が傷を負っていようと、お前1人に俺は倒せまい」

 その威圧感に、シアンはビクリと目を瞑る。しかしその直後、ハッサムの勝利の確信を打ち砕く声が聞こえたのだった。

「残念でした。シアンは1人じゃないんだよ」
「忘れてもらっちゃ困るんだけど」

 不敵な笑みを浮かべて、ヴァイスとホノオがハッサムににじり寄る。ホノオの全身の傷も、復活のタネですっかり治っていた。

「なっ。スリーパーと、エテボースも、まさか……」
「その“まさか”だ。楽勝だったぞ!」
「キミも、ひとひねりだぞ!」

 戦闘過程を誇張しつつも、ホノオとヴァイスは得意気に言う。極めて相性の悪い炎タイプの乱入に、さすがのハッサムもうろたえた。
 ――ああ、みんなが助けてくれているんだ。無事に相手を倒したみんなが、ハッサムを倒せなかったオイラを――。

(みんな……。ごめん)

 ぐちゃぐちゃの気持ちを整理する気力すら、もはや残されていない。とうとうダメージに耐えきれず、セナは静かに気を失うのだった。




 柔らかなさざ波の音が、セナに優しく語りかける。そっと目を開けてみると、セナの視界に3つの笑顔が飛び込んできた。

「ん……」
「あ、セナ! よかったぁ〜!」
「心配したんだぞ!」
「怪我は大丈夫ナノ?」

 ヴァイス、ホノオ、シアンが、セナの目覚めに喜び、口々にセナに話しかけた。
 ここは、サメハダ岩。空には星が輝いている……。あれ? スライは? ハッサムは? 状況が飲み込めず、セナは戸惑う。

「みんな……ここは……」

 呆然とつぶやくセナの心情を察したのか、ヴァイスたちは説明を始めた。

「スライの奴らはみんな倒したよ! それから、救助隊バッジを使って本部や保安官に連絡して……」
「スライの奴らは牢屋にサヨナラってワケ。救助隊キズナのお手柄だぞ!」
「でも、セナが酷い怪我をしちゃったから、急いでサメハダ岩に戻ってきたんだヨ」

 シアンのその言葉で、セナは思い出す。怪我? そうか、ハッサムにやられて……。恐る恐る、右肩に触れてみた。

「いッ……!」

 鋭利な何かに突き刺されたように、肩に痛みが走る。それに、“かまいたち”で傷だらけの身体も、少し動かしただけで悲鳴を上げた。セナが顔を歪めると、3人は心配そうに顔を見合わせた。

「やっぱり痛いよね。とりあえず、包帯は巻いておいたんだけど……」

 なるほど。ヴァイスに言われて自分の右肩を見ると、白い包帯が規則的に巻かれている。生傷が外気に晒されない、その配慮がありがたかった。

「上手でしょ? この包帯は、ボクとアルルが巻いたんだよ! だって、ホノオやシアンがこんなに綺麗に巻けると思う?」
「し、失礼な!」
「シアンだって巻けるもん!」

 ペロリと舌を出しながらからかってくるヴァイスに、ホノオとシアンはヴァイスに猛反発。オレンジ色のつるりとした頭をひっぱたいた。

「いたーい!」

 ヴァイスも、ホノオも、シアンも、楽しそうにじゃれ合っている。3人を客観的に眺めていると、セナは気絶直前の罪悪感を思い出してしまった。
 何があっても、絶対に、ハッサムを倒す。“ポケモン”にも、そう宣言したのに。――いや、まあ、結果としてハッサムを倒したんだけど。でも、こんなの――違う。
 全力は尽くしたと思う。絶対に諦めなかった。それでも、オイラはハッサムを倒せなかった。みんなにハッサムを倒してもらった。救助隊キズナのリーダーだから、しっかりしなきゃいけないのに。世界を救う役目を、スイクンから託されたと言うのに。
 自分が背負っているものを、こんなにちっぽけなままでは背負い続けることはできない。無力な自分に嫌気が差してしまった。

「みんな、ごめん……」

 胸が押し潰されそうになったセナは、うつ向いてポツリと言葉を発した。とたんに静かになり、ヴァイスたちはセナに注目する。

「オイラ、一応リーダーだし、しっかりしなきゃいけないのに。ハッサムを倒せなくて、みんなに迷惑かけちゃって、足を引っ張っちゃって……ごめんなさい」

 掠れそうな、弱々しい声質。しかし、自分を追い込む言葉が、次から次へと勢いよく漏れ出してゆく。

「もうこれ以上、役立たずって思われたくない。毎日技の練習をして、もっともっと強くなって――」
「誰も役立たずなんて思ってねえよ。決めつけるなよ」

 セナの棘のある自責の言葉に苛立ちを滲ませながら、ホノオはセナの言葉を遮った。思った以上に強い声が出てしまい、気まずさにハッとするホノオだが、肝心のセナはきょとんと間抜けな顔をしている。
 ヴァイスが柔らかな声でホノオの言葉に続き、場の雰囲気をほぐしてくれた。

「そうだよ。セナは、あのハッサムにあそこまでダメージを与えたじゃない。そのダメージがあったから、すぐにハッサムを倒すことができたんだよ」

 ヴァイスの悲しそうな声が、眼差しが、心に沁みてヒリヒリとする。セナはヴァイスから目を逸らした。

「なぁセナ。誰もお前を責めやしないんだからさ……。頼むから、そうやって自分を責めるのだけはやめてくれよ」

 ホノオの言葉はやけに切実で、それでいて懐かしい気持ちになる。大きく気持ちを揺さぶられ、しかしそんな甘美な感情を受け入れられず。セナは仲間に背を向けた。

「……うん」

 どうにかヴァイスとホノオの言葉に返事を絞り出すが、セナの声は今にも泣き出しそうに震えている。必死に涙をこらえている彼を、ヴァイスとホノオはそっと見守っていたのだが。

「な、泣かないで、セナ!」
「っ……!」

 場の空気を読めぬシアンのその言葉で、セナの我慢の糸がプツンと切れてしまった。泣かないで、なんて言われたら、泣きそうな自分を意識してしまう。なぜ泣きそうなのか、直視してしまう……。
 これ以上、情けない姿をみんなに見せたくない。気を遣わせたくない。迷惑をかけたくない。
 動かし方にコツのいるゼニガメの身体だが、今は甲羅がこの上なくありがたい。セナは痛む全身をそっと動かすと、静かに甲羅の中にこもった。

「泣いてない……。泣いてないよ……」

 涙が声を揺さぶってしまい、全く感情を隠しきれていないのだが、それでも、隠し通したいと意地を張ってしまう。
 素直になれないリーダーを、ヴァイスとホノオはおろおろと見つめている。泣かせた直接的な原因であるシアンは、よしよしと甲羅を撫でるのであった。




 セナとヴァイスが初めての依頼を達成した、クローバーの森。ソプラとアルルの家は、その森にあった。月明かりに照らされた桃色の可愛らしい屋根の下で、電気タイプのポケモン4人が話をしていた。
 キラロとキララがスライに襲われた恐怖に共感し、プレゼントの礼を言い、セナの怪我を心配する。そんな真面目な会話の流れを辿ったのちに、ソプラは声色を急に明るく変えてアルルに迫った。

「アルル~。ヴァイスとの共同作業、どんな感じだったんだ?」
「えーと、その……」

 赤面して言葉を濁すアルルだが、ソプラが背中を何度もつついてくるのがくすぐったい。どうやら白状するまでやめてくる気はないらしい。観念して口を開いた。

「やあっ、ソプラ、やめてぇ! 言うからっ。……ええと、相変わらず、ヴァイスさんはちょっと鈍いけど……。でも、一生懸命ボクを守ろうとしてくれて……カッコよかったよ」
「おおーっ、いいじゃん、いいじゃん!」

 アルルの言葉を聞くなり、ソプラははしゃぎだす。浮いた話が大好きな彼女を相変わらずだなと思い、クスリと笑いあうキラロとキララであった。

「も、もう! 恥ずかしいよー! それで、そっちはどうだったの、ソプラ?」
「……へ?」

 突然のアルルからの問いかけに、ソプラは赤面し、明らかな動揺をみせる。もしかして――。

「ば、バカじゃねぇの!? いくら守ってくれたからって、アタシはあんなクソザルなんか、好きにならねえぞ!?」
「あれ、ボクはただ、エテボースとのバトルについて聞いたつもりだったんだけどなあ。そっかあ。ホノオさんが守ってくれたことが嬉しかったんだねぇ」
「えぇっ!?」

 アルルにうまくはめられたようだ。ソプラは赤面しながらも、言い訳を重ねてごまかそうとした。

「なななんだぁ。エテボースとのバトルかあ。あんな奴、アタシが一瞬で倒したからな〜。印象にも残ってなかったぜ!」

 不自然に会話の流れを逸らすソプラを、アルルのニヤニヤが逃がさない。しかし、幼さゆえに純粋なキララは素直にソプラに歓声をあげた。

「すごいでちゅ! ソプラお姉ちゃん!」
「へっへーん。だろ?」

 恥ずかしさを振り払うように、ソプラは大袈裟に威張ってみせる。そんな彼女を見て、アルルとキラロは意味ありげな笑みを浮かべるのであった。




 忙しい1日も終わり、セナたちはサメハダ岩にて眠りにつく。その夜、セナの夢の中に、再び光の渦――“ポケモン”が現れた。途端にセナは、罪悪感を激しく駆り立てられた。

「ごめん、“ポケモン”。結局オイラ、ハッサムを倒せなかった。みんなに倒してもらった。弱い人間で、ごめん。いや、これがもしも、世界の破滅をかけた戦いだったらさ、謝って済む問題じゃないけどさ……」

 もしも、自分がポケモンになってガイアに来た意味が、世界を救う使命だとしたら。こんな小さな試練すら乗り越えられない自分なんて、きっと必要とされない。悲しくて、寂しくて、セナは声を震わせた。

「セナさん……」

 昼間よりはいくらか温かみのある声で、“ポケモン”は答えた。

「強さ、弱さとは、戦闘能力のことだけではありません。大切なのは、心の強さ。あなたが気力を振り絞って戦い続けたからこそ、仲間が期待以上の協力をしてくれたのですよ。……今回は、合格です」

 姿も形も見えない、敵か味方か、分からない。そんな“ポケモン”の言葉であるにも関わらず。
 合格。存在を肯定する無機質な言葉が、セナにとっては何よりも救いになった。

「ありがとう。これからも、頑張る」

 この後も、2、3の会話をやり取りしたセナと“ポケモン”なのだが、その会話の内容は、朝が訪れる頃にはすっかり思い出せない記憶の彼方にあるのであった。

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