第9話:頑張れリーダー!――その5
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
「“サイケ光線”!」
「うわぁ」
体勢を立て直したスリーパーは、ヴァイスに視線が集中しているアルルを狙い撃った。臆病ゆえに敵の攻撃に敏感なヴァイスは、すぐに危険を察知した。
「逃げるよ!」
「ふえっ!?」
立ち尽くすアルルの右手をひいて、なおかつ包み込むように優しく導く。ヴァイスは攻撃をかわすと、アルルの無事を確認して微笑みかける。
「あ、ありがとう、ヴァイスさん……」
戦闘中という刺激的な状況下において、ヴァイスの言動がいつも以上に格好良く思えてしまう。そんなのぼせたようなアルルの好意に気付かないからこそ、ヴァイスは通常運転。アルルに愛想のよい笑みを浮かべながら、敵のスリーパーには真剣な眼差しを向ける。
「てへへ、無事で良かった。よおし、力を合わせていくよ、アルル!」
「は、はい!」
敵との距離が近くなり反撃されるリスクが高い直接攻撃が、実は苦手なヴァイス。しかし、アルルの能力も活かすならば。予知夢でお見通しなスリーパーに“予想外”の攻撃を繰り出すためには――。
先陣を切って駆けだすことで、ヴァイスはアルルの小さな身体を自分の背後に隠す。ダミーの攻撃。だからこそ、ヴァイスは大げさに振りかぶって自分に注意を引き付けた。
「えいっ! “切り裂く”!」
ヴァイスの鋭い爪を、スリーパーはひらりと回避する。しかし、スリーパーの視線の先にはアルルはいない。ヴァイスはうっすらと笑みを浮かべた。
「“スパーク”!」
ヴァイスの攻撃をかわした後のスリーパーに、電撃をまとったアルルが体当たりした。威力はそこまで強くないものの、スリーパーもバランス感覚はそれほど良くないようで、大きくバランスを崩す。追い打ちをかけるべく、ヴァイスは右手に炎を宿らせた。
「“炎のパンチ”!」
頬を殴り飛ばすと、スリーパーは弾け飛んで横転する。攻撃がクリーンヒットした感覚が久しぶりのように感じられ、ヴァイスは少しスカッとした気分になった。
「やった! 倒したのかな?」
「いいや、まだだよ」
アルルが倒れたスリーパーを見て嬉しそうに言うが、禍々しい復讐への意欲をヴァイスは敏感に感じ取る。直後、スリーパーは顔を上げてヴァイスを睨みつけ、瞳を鋭く光らせた。
「うっ……!」
身体が硬直し、手足を動かせなくなる。異変に気付いたときにはすでに、ヴァイスは一切の身動きを封じられた。スリーパーの“金縛り”だ。
「どうしたの!? ヴァイスさん」
「やられた……身体が動かないんだ……」
気力をエネルギーにするエスパータイプの技は、軌道が見えにくくて回避が難しい。見事にはめられたヴァイスを追い詰めるように、スリーパーは立ち上がると振り子を揺らした。
「“サイコキネシス”!」
「うわあッ!!」
強力な念力を浴びせられ、ヴァイスは頭痛に苦しむ。もがくことすら許されない金縛り状態のヴァイスに、スリーパーは容赦なくダメージを刷り込んでゆく。
「や、やめて……。ヴァイスさんに乱暴しないで!」
(あっ、ダメだよアルル! 注目を集めることをしちゃダメ!)
ヴァイスを守りたい。その一心で、アルルはスリーパーに“スパーク”を繰り出した。スリーパーがよろけて苦しみから解放されたが、ヴァイスは焦る。自分はまだ金縛りの効果で動けない。このままスリーパーがアルルに狙いを定めたら――怪我をしてしまう!
案の定、スリーパーは恨みのこもった眼差しでアルルを射抜く。全力のスパークで体勢が崩れたアルルに振り子を向けた。
「“サイケ光線”!」
「うわあーっ!」
戦い慣れしていないアルルが、無抵抗に悲鳴を上げる。手を、足を、口を動かそうとするが、金縛りが解けず。守ると心に決めたアルルが傷つき苦しむ様子を、ヴァイスはただただ見せつけられた。何もできない悔しさと無力感に、瞳が潤む。皮肉にも、アルルが倒れるのと、ヴァイスの金縛りが解けるのはほぼ同時だった。
「あ、アルル……!」
ヴァイスがよろけながらもアルルに駆け寄ってみるが、彼女は気を失っていた。――ああ。依頼に協力してくれた、勇敢な依頼主を傷つけてしまった。無力な自分への怒りがこみ上げ、攻撃の火力を加速させた。抑えきれない感情を、スリーパーにぶつける。その眼差しに、スリーパーは思わず怯んでしまった。
「よくも、アルルを……。許さないよ。喰らえ!」
怒りをパワーに変えたような勢いの炎が、スリーパーに迫る。それは、いつもヴァイスが使っている技“火の粉”よりもさらに強い“火炎放射”だった。
「ぐわああぁ!」
“火炎放射”を避けきれず、スリーパーから悲鳴が聞こえた。ヴァイスが攻撃を終えると、黒焦げのスリーパーはドサリと倒れて気を失った。
倒した。今度こそ確信すると、ヴァイスはよろよろとアルルに近づく。アルルをそっと抱き起すと、彼女はうっすらを目を開けた。
「あ、ヴァイスさん……」
「アルルごめんね。アルルのこと守れなくて、痛い思いをさせちゃったね……。ほら、オレンの実を食べて」
目に涙をためて謝ると、ヴァイスはアルルに傷を癒すオレンの実を差し出した。
「えっ、そんな……。大丈夫だよ。ボクよりも、ヴァイスさんの方がよっぽど痛い思いをしたじゃない」
「えへへ……。うん、けっこう痛かったな……。じゃあ、半分こにしよっか」
「う、うんっ」
アルルに励まされ、ヴァイスは涙をぬぐう。指先に力を入れてオレンを割ると、大きい方をアルルに差し出した。
「アルルがいたから、スリーパーに攻撃が当たったんだよ。ボクを助けてくれて、ありがとう」
「うんっ」
優しいねぎらいの言葉に、心がとろけそうになる。戦闘に一区切りがつくと、再び恋心を意識してしまうアルルなのであった。
「はあ、はあ……。くそ……っ」
激しい“乱れ引っ掻き”を受けてもなんとか立ち上がり、ホノオは再び戦う姿勢を見せた。防御力が著しく低下し、痛覚が際立つ。少し身体を動かすだけで、背中が裂けそうな錯覚に襲われた。
「えーっ!? まだやるの、お猿ちん? ボロボロじゃん!」
「うるせぇ……。まだ、まだ……」
敵であるにも関わらず、自分の怪我を気遣う。露骨なまでの“余裕”アピールに、ホノオはカッと頭に血がのぼる。負けられない。負けたくない。ホノオはエテボースをキッと睨み付けた。
「ふーん。ま、俺は止めたからね。後悔しても自己責任ってことで! “ダブルアタック”!」
エテボースの尻尾のがホノオを叩きつけようとするが、ホノオはふらつきながらも攻撃をかわした。
「“火炎放射”!」
勝利を焦り、冷静な判断ができなくなってしまう。不完全な体制のまま、ホノオはエテボースに“火炎放射”を放つ。やはり、身軽なエテボースは燃え盛る火柱を避けてしまった。
全力の攻撃を回避され、ドッと疲労に襲われる。気力だけで戦闘を続行していたホノオは、とうとう地面に膝をついてしまった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
せめて乱れた息を落ち着かせようと必死に呼吸を繰り返すが、その隙だらけの様子をエテボースが見逃してくれるはずがなかった。
「無理はしないでよぉ、お猿ちん。どんなに弱っちい相手でも、俺、殺したくはないよ~」
弱っちい。屈辱的な評価を浴びせられると、ホノオは呼吸を荒げて無理やり立ち上がる。――身軽な相手への突破口が分からない。ただただ、負けたくないという強い気持ちが煮詰まって空回ってゆく。
「さーあ、これでとどめだ――!?」
言いかけると、何かの気配を察知したエテボースは素早くその場から飛び退いた。刹那、エテボースがいた場所に飛んできたのは、鋭い電撃。
「ちっ。ちょこまかしやがって……」
電撃の主、ソプラがエテボースとの戦闘に乱入してくるが。
「よぉクソザル。おめぇあんな猿にやられてんの? 一応救助隊なのにだらしねぇな」
「っ……!」
ホノオの劣勢を読み取ると、ソプラは配慮に欠けた言葉を言い放つ。強い苛立ちの気持ちに、背中の痛みが割り込んだ。怒りも、痛みも、思考能力を奪ってゆく。
「おっ、いらっしゃーい、プラスルちん。キミ、このお猿ちんより断然強いんでなーい?」
「まあな。雑魚が相手でつまんなかっただろ? ここからはアタシが楽しませてやるよ」
プライドを踏みにじられ、一方的に弱いとレッテルを張り付けられる。悔しさも怒りも最高潮に達し、ホノオは意地をはり通す決意をした。戦略とフットワークに押され、エテボースに負けそうになっている。オレがコイツを負かすには、気力を振り絞って、死ぬまで戦うしかない。身体なんて、どうなってしまってもいい。――過激で自虐的な決意が視界をふさいだ。
「引っ込んでろ、ソプラ。こんな猿、オレだけで充分だ!」
「ハァ!? バカじゃねぇの!? すでにボロボロなオマエなんかが勝てるわけ――」
「うるさい!!」
決意を揺るがそうとするソプラの声を、ホノオは怒鳴り声でかき消した。助けなど、情けなど要らない。これ以上、弱い奴だと思われたくない。
「これはお前の仕事じゃねぇ。救助隊キズナの仕事なんだ。でしゃばるんじゃねぇよ。……目障りなんだよ」
突き放すような辛辣な言葉で、ソプラに釘を刺す。彼女なりに良かれと思った助けを拒絶されるとも思わず、ソプラもソプラで頭に血がのぼってしまったのであった。腕を組み、プイとホノオから顔をそむける。
「……あっそ。せっかく親切に手を貸してやったのに……。勝手に負けてろ、クソザルが」
「あーれー? 仲間割れしちゃったのぉ? ドンマイお猿ちん!」
煽るようなエテボースの言葉に一切耳を傾けず、ホノオは奇襲する。左足に激しく燃える炎を宿し、エテボースの腹部を思い切り蹴り飛ばした。“ブレイズキック”だ。
油断していたところに、予想外の攻撃を受けてエテボースはせき込む。“くすぐる”で攻撃力が下がっているはずなのに、それにしてはやけに一撃が重い。
「ぐっ……! 痛いなぁ。誰かがしゃべっていたら、ちゃんとお話を聞いてよね」
「お前は、オレが倒す……!」
エテボースを倒す。その目的だけを強く見据えたホノオは、エテボースの言葉を受け取ってリアクションをすること――会話を止めた。ホノオは息を吸い込み、隙のできたエテボースに再び“火炎放射”を放った。
「おっ……とぉ!?」
ヘッドスライディングをするように横に飛び、なんとかエテボースは攻撃をかわした。しかし、完全に体制を崩したところで“火炎放射”にしとめられる。
「ぐっ! ……やるじゃない、お猿ちん」
「はあ、はあ、はあ……」
絶え間ない攻撃でようやくエテボースにダメージを与えられたものの、その代償は大きい。疲労に喘ぐホノオを、エテボースは見逃さなかった。
「でも、そんなにボロボロじゃあ、勝ち目はないね。“居合斬り”!」
「ぐああッ!!」
エテボースはしっぽについた手の爪を鋭くとがらせて、ホノオのお腹を思いきり切りつけた。悲鳴がソプラの耳を貫く。
(さすがに辛そうだな……。しゃーない、助けに行ってやるか)
戦闘力に自信のあるソプラは、上から目線のスタンスを挙動に滲ませてしまった。おもむろに頬に電気を溜め込むが。
「見逃さないよ? プラスルちん」
すでにエテボースはソプラの背後に回り込んでいた。速い。その焦りで、狙いを定める前に一撃を放つ。
「くっ……。食らえっ!」
蓄電途中ではあるが、強力な電撃。しかし精度が悪い。エテボースは一切の回避行動をとらずに悠々と電撃を見送った。
「“ダブルアタック”!」
「くっ……!」
攻撃直後のソプラの不安定な身体が、エテボースのしっぽの手で強力に叩きつけられた。
(嘘だろ……。お尋ね者ってこんなに強いのかよ……)
あくまでも“生まれつき、平均以上に”攻撃力が強い一般のポケモンに過ぎないソプラ。戦闘が日常と化しているポケモンと初めて戦い、想像を遥かに超える強さに衝撃を受けた。
「さぁ、2人まとめて倒してあげるね! “スピードスター”!」
「うわ……!」
呼吸が整わないホノオと、精神的に打ちのめされたソプラを、エテボースは追い詰めた。回避が不可能な星型の弾丸を放つ。
ソプラは覚悟をして目を瞑る──が、いつまでたっても痛みがない。そっと目を開けてみると、飛び込んできた状況はまたも想定外。
全身をスピードスターに射抜かれたホノオが、ソプラの前に倒れていた。背中にもお腹にも、酷い傷。それでもなお、気絶しないように痛みを噛みしめ、立ち上がろうとしている。
「お……おい! 大丈夫か!?」
「うぐぐ……絶対、負けない……」
依頼人のソプラを攻撃からかばった。それでもなお、勝負を諦めない。度を越した意地っ張りに、ソプラはやけに自分がちっぽけに感じられたのだった。
「ほんと、おバカだねえ、お猿ちん。本気で俺に勝ちたいなら、足手まといなんて切り捨てちゃいなよ」
何故だか分からない。ソプラは、自分が足手まといと言われたこと以上に、ホノオが嘲笑われたことに腹が立った。
「黙れ猿! “電光石火”!」
怒りにまかせて突進をしかけるが、ひらりとかわされる。
「“嫌な音”」
「うぅ……」
音に敏感な鼓膜が、不快な音波で揺さぶられる。たまらずソプラはうろたえ、スキを作ってしまった。
「行くよん! “居合斬り”!」
「うぐっ……! く、喰らえ、“雷”!」
顔をしかめながらも、ソプラはすぐさま強力な技で反撃しようとする。近距離で繰り出したにも関わらず、エテボースは軽々と攻撃をかわした。
「期待外れだな~、プラスルちん。攻撃力が強いだけで、全然当たらないじゃーん」
「うぅ……」
自覚したばかりの弱点をえぐられ、圧倒的な実力の差を見せつけられる。ソプラはとうとう戦意を失い、蓄積したダメージに耐えきれずにへたり込んだ。
「さーて、とどめを刺しちゃうぞ~」
エテボースの接近に抗うことができず、ソプラはただぎゅっと目をつむる。エテボースが“ダブルアタック”の構えをして振りかぶった、そのとき。また、彼が救ってくれた。
「“炎の渦”!」
「げっ、お猿ちん、まだ戦えたの!?」
激しい炎がエテボースの身体に巻き付き、拘束する。ホノオからの追撃が予想外のようで、エテボースは声を裏返した。ダメージで立ち上がる余力すらないホノオだが、どうにか顔だけはあげて攻撃を放ったようだ。――ここまでするなんて。その執念に、エテボースは本能的に負けを悟る。
「へへ……。攻撃さえ、当たりゃいいんだろ……。ソプラ、今だ!」
「っしゃー! じゃあ遠慮なく“雷”!」
じっくりと狙いを定め、ソプラはようやく高威力の電撃をエテボースに浴びせることに成功した。もうひと踏ん張りだ。ホノオはうつ伏せのままできる限り息を吸い込み、燃え盛る体内の炎に酸素を与えた。そして。
「“火炎放射”ーっ!」
「うぎゃあああ!!」
限界の体力で放った炎は、特性の“猛火”が発動して凄まじい高温となる。たまらずエテボースは悲鳴を上げ、気を失って倒れ込んだ。
「はあ、はあ、はあ……。や、やった……」
「おい、クソ――じゃなくて、ホノオ、だっけ? お前、そんなにボロボロになって……」
「しゃーねー、だろ……。こうでもしないと、雑魚は勝てないんだからよ……」
「っ……。あの、さ。ごめん。お前のことを雑魚って言ったのは、謝るよ」
なんとかエテボースには勝てたものの、ギリギリの勝利であったことは否めない。ソプラが注意を引き付けてくれなければ、確実にやられていた。心の奥底で悔しさを燻ぶらせつつも、もはや意識を保つ気力が失われてゆく。ソプラの謝罪に向き合う余裕がなく、ただひたすらにきまりが悪くなる。ホノオはソプラにお使いを頼むことにした。
「“復活のタネ”……ヴァイスのバッグから、とってきてくれ……」
「お、おう! すぐ持ってきてやるよ」
ソプラが自分から遠ざかると、ホノオは意識を手放して気を失うのであった。
「“電光石火”!」
「うっ……!」
慎重に距離を保って戦おうとするセナを、ハッサムは許してくれない。あっという間に間合いが詰められ、鋼の身体に弾き飛ばされる。再び木に激突し、セナは身体の傷を増やされた。
不敵な笑みを浮かべながら、ハッサムはセナを追い詰める。痛みに怯んでいる暇はない。セナは素早く立ち上がると、攻撃を仕掛けた。
「“水鉄砲”!」
強い水の流れがハッサムに迫るが、“電光石火”を使ってセナの攻撃を容易く回避する。正面を避けて右側からセナに狙いを定めた。
「“切り裂く”!」
「くっ……!」
ハッサムの右手のハサミが振り下ろされる。攻撃直後で不安定な姿勢ながらも、セナは右手につららを宿して応戦した。
つららを剣のように横に寝かせ、ハサミを受け止める。しかし、力が強いうえに背丈の高いハッサムが、じりじりとつららを押し返した。
「ほう。冷凍パンチの応用か」
「まあね」
つららに亀裂が入りそうになり、セナは慌てて冷気を強化してつららを補強する。腕力と氷の力を駆使してハッサムのハサミに耐え、体力が激しく消耗されてゆく。右腕が痛い。息があがる。すでに“守る”を使う隙がないほどに、間合いを詰められている。
ピンチの足音を察知して表情に余裕がなくなるセナに、ハッサムはさらなる絶望を与えた。
「そろそろ、手加減もおしまいにしてやろう。ふんっ!」
ハッサムが右のハサミに全体重を乗せると、いとも簡単にセナのつららを粉砕してしまった。――手加減されていたんだ。弄ばれていただけなんだ。消耗が激しいところで精神的に追い込まれ、セナは防御に気を回せなくなる。つららを砕いたその勢いで、ハッサムはセナの右肩を“切り裂く”。
「うあああぁっ!!」
痛みの強さに比例して、喉が張り裂けそうな叫び声をあげてしまう。大きく身体がよろけてしまう。その隙をついて、ハッサムはさらに左のハサミで思い切りセナの頭を打ち付けた。“みねうち”だ。
「うっ……!」
刃先こそむけられなかったものの、当たり所が極めて悪かった。強いめまいに襲われ、セナはふらりとうつ伏せに倒れた。いまにも気絶してしまいそうな状況だったが、ハッサムがそれを許さない。
深い切り傷を抉るように、セナの右肩をぐりぐりと踏みにじった。激痛が意識を揺さぶる。
「あああ……ッ!!」
「ふふふ。もうおしまいか? 生意気な割に根性のない奴だな」
「ぐっ……う、うあっ……!」
ハッサムに屈辱を煽られるが、悶えるほどに激しい痛みに戦意がそがれてしまう。抵抗しようと少しでも身体を動かすと、ハッサムは押さえつけるように、じわじわと、意地悪く踏みつけの力を強めていった。
徐々に遠のく意識を、もう、繋ぎとめる気力がない。意識がもうろうとするほどに、痛覚が紛れてゆく――。
気絶に心地よさすら覚えてしまった。そんな、狡くて情けない自分を責める気持ちが、心に絡まってゆく。でも――。
体力も気力も限界が訪れ、セナの全身から力が抜けてしまった。