2-6 帰還

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主要登場キャラ
・リアル(ピカチュウ)
・ヨゾラ(ツタージャ)
・デリート(イーブイ)
・メルト(ビクティニ)
・師匠(プリン)
・シュン(コリンク)
etc.
 そこに彼が現れた時の感情は、どう言い表せばいいのだろうか。驚愕、落胆、そして恐怖。
 その声を聞いたのは初めてだった。リアルたちにとって彼のイメージは、無言で相手を圧倒した試験の際の姿がほとんどだったのだ。

 恐らくはチームメイト、その二匹を感情の無い声で律し姿を現した幻のポケモン。
 動機は分からない。ただ明らかなのは、試験で異様な力を見せつけたビクティニ、メルトが敵意を持って立ちはだかったことだった。

「お前は……!」

 蘇るあの恐怖。目の前で命が失われかけた惨劇。伸ばした手は届かず、無力さを知った出来事、その元凶。
 リアルは鬼のような形相で唸り声を漏らす。

「……ああ、お前か」

 それに対し冷たい目でリアルを見るメルト。

「合格していたのか、教室で無様に寝そべっていたあの雑魚が」

 あの時、鼻で笑われた記憶が蘇る。

「何だと……!」

 その言葉にいきり立つリアル。しかし後ろのヨゾラとデリートは動けずにいた。
 
「お前には言いたい事があったんだ……メルト!」

「俺には無い。そしてお前如きが俺の名を口にするな」

「……!!」

 挑発的な台詞を吐くメルト、しかしその目は相変わらず冷たい。

「黙ってその宝箱を渡せ。癪だが訓練は完璧にこなす必要がある」

 心底嫌そうな顔で吐き捨てる。
 それに対しリアルは激昴してボロボロの身体で唸り声を上げる。

 いつもならもっと冷静に対処できたかもしれない。感情を必要以上に昂らせることなく、対話を目指す。だが今のリアルには出来なかった。
 それは、仲間と共に苦労して達成した目的を横取りされる悔しさ、そしてかつて彼が起こした試験の惨劇の記憶。それらがリアルを憤らせ、決して下がらせない。

「これは渡さない……! 死んでも離すもんか!!」

「……やめて、リアル」

 叫ぶように声を上げ宝箱を抱え込んだリアルに、怯えた声が掛かる。ヨゾラだった。
 同じようにデリートも青ざめた顔で硬直している。

「リアル、ダメだ戦っちゃ……殺される」

 それは恐怖。
 あの探検家シュンとは違ったベクトルの絶望。
 圧倒的な力の前に諦めるのではなく、命の危険を感じる本能。

 彼らは既に困憊し切っていた。全力を尽くした先輩との戦いで、既に余力は残っていない。分かっているのだ。このまま戦えば為す術なく倒される事を。

「どうしますか……ボス」 
 
 ヘラヘラしながらメルトにへりくだるポチエナとヤミカラス。その態度はもはやチームメイトではなく部下の関係。それは実力の差から来るものだろう。確かに強者に上手く取り入れられれば、そのおこぼれにあずかることが出来る。
 その二匹にビクティニは感情の籠らない視線を向けた。怯えるように一歩後ずさる。

「お前らは下がっていろ」

 その言葉に二匹は、ヘラヘラした顔のまま一瞬で後ろへと下がった。シンクロしている。

「手下までつけて随分と王様気分じゃないか、なぁ」

 今度はリアルが挑発的な顔でメルトを煽る。
 対照的にヨゾラたちの表情が凍りつく。

「ほう……無駄口を叩く気力は残っているのか」

 メルトが、微かに口角を歪ませる。

「やめてリアル!! 今の僕たちには無理だよ!!」

 ヨゾラの必死な懇願もリアルは聞き入れない。
 宝箱を後ろに置き、腰を低く構えて戦闘態勢をとる。

「リアル!」

「ヨゾラとデリートは先に逃げて。俺は宝箱を持って合流するから」

 デリートの悲痛な叫び声にも彼は意志を変えない。彼らにもリアルの気持ちは痛いほど分かるのだ。自分たちの努力の結果を横取りされることがどれほど悔しいか。元より三匹は同じ気持ちを抱いている。しかしそれよりも恐怖が勝る。
 敵から滲み出る殺意。いくらバッジのおかげで死なないとは言っても──
 
 突如ビクティニの視線がリアルの後ろに向いた。
 その眼光に後ずさるヨゾラとデリート。

「大丈夫……撤退するだけだから」

 そう言って退く様子のないリアルにもはやかける言葉はなかった。

 そして壁の前の空間、その中心にはリアルとメルトが残った。
 向かい合う両者。それはまるでギルド試験を彷彿とさせる光景だ。だがかたやメルトが涼し気な表情で力を抜いているのに対し、リアルは傷だらけ、息も荒く肩を上下させていた。
 
 夕暮れの近い森で、無謀な戦いが幕を開ける。


          ※


 あの時、彼はなぜ戦意を喪失したワニノコに攻撃を仕掛けたのか。それは今でもわからない。
 本当にその命を奪おうとしたのか。はたまた勝利を確実にするために念押ししようとしただけなのか。
 それは分からないけれど、確かなのは今、彼がこちらの宝箱を奪おうとしているということ。
 それを、許す訳にはいかない!
 

 リアルは吠えた。
 疲労して重くなった足に鞭打って、前に飛びだす。
 その済ました顔を、一発殴らなくては気が済まない……!

 動かない敵を睨みつけて飛びかからんとするリアル。それに対しメルトはゆっくりと手を掲げて──

(ああ……これは)

 既視感、というのだろうか。対峙してなお動かないメルトに対し、飛びかかる敵。そしてその結末はどうだったか。


「『かえんほうしゃ』」

 
 視界が紅蓮に染まる。
 
 あまりにも愚直な攻撃だった。怒りに任せた突撃の報いは直ぐにリアルを襲った。
 その燃え盛る炎の華が身体を灼く。

「リアルッ!!」

 微かに聞こえる仲間の悲鳴。
 だが炎に包まれる彼は声すら発せぬまま。意識までもが焼き尽くされる──

 
 そして、解けた紅蓮の後には、うつ伏せで倒れるリアルだけが残った。


         ※


「や……やっぱすげえよボス……」

 倒れた仲間に駆け寄るツタージャ達を横目に見ながら、ポチエナは感嘆の声を漏らす。
 メルトをチームに引き入れて正解だった、と改めて思う。正直こちらとしても怖い。常に無表情でこちらを冷たい目で見てくるし、機嫌を損ねたら直ぐに切り捨てられそうな気までしてくる。

 生きた心地がしないが、その強さはやはり規格外だ。彼について行けばそうそう負けることは無いだろう。
 長いものに巻かれる、というのがポチエナとヤミカラスがとった戦法だったのだ。

「つ、次はどうするんです?」

 ヤミカラスがその威力に、恐怖で身体を震わせながら問うた。

「どけ。トドメを刺す」

 見ると敵はまだ動いていた。何やらイーブイと言葉を交わしている。
 
(容赦がない……!)

 ポチエナも内心震え上がっている。
 そして、本当に敵対しなくてよかったという安堵。あのイーブイとツタージャも可哀想だ。仲間があんな風に黒焦げにされて、涙目になっている。

 メルトが彼らの前に立った。そして無慈悲に言い放つ。

「そこを退け。……それともお前らも戦う気か?」

 立ち上がってメルトを睨みつけるイーブイ。
 しかし、ツタージャに肩を叩かれ、俯く。

 そして、二匹は走って逃げだした。木々に消えていくツタージャとイーブイ。しかしメルトはそれには目もくれない。

「い、いいんですかボス!」

 ポチエナの声に何も返さず、メルトはうつ伏せに倒れたままのピカチュウに向き直る。宝箱さえ手に入れば、逃げる彼らのことはどうでもいいということか。

 ピカチュウが何か呻いているようだが、その声はポチエナ達のところまでは聞こえてこない。いや、そもそも意味のある言葉すら発せていないかもしれないが。

 しばらく敵を見下していたメルト。だが、

「何か策でもあるのかと思ったが……無様だな」

 そう言って、手をかざす。

 再度、ピカチュウを猛火が包んだ。炎に照らされるメルトの顔は相変わらず無表情だった。
 その凄惨な光景にポチエナ達は何も出来ず立ち尽くす。

 そしてその攻撃を止めると、彼は転がる敵にはもう興味が無い、というように、ピカチュウを見ることなく振り返って歩き出した。

「もうすぐソイツは転送される。宝箱がそこに残るから回収しておけ」

「は、はい!」

 メルトはさっさと帰るらしい。有無を言わさぬ口調にポチエナとヤミカラスは反射的に大きな返事を返す。
 
 役目を果たさなければ何をされるかわかったものでは無い。急いで二匹は敵の元に駆け寄った。

 見ると確かに、動かないピカチュウの周りが光り始めた。バッジによってギルドに戻されるのだろう。彼にとってはここがダンジョンで本当に良かったと思う。バッジがあれば死なずに済むのだから……。

 そして眩い光にピカチュウが包まれて──

「……あれ、ボス、これって……」

 光に目を細めた二匹。その光が収まって、彼らが見たのは、

 
 傷一つ無い身体で立つピカチュウだった。


「な……!!」 

「に……!?」

「貴様! ふっかつのたねか!!」

 初めて聞くメルトの慌てた声。
 即座に戦闘態勢を取る三匹。だが、

「おりゃあああっ!!」

 背後から叫び声と共に、ガラスが割れるような音が響いた。同時に身体が固まる。
 
「な、なんだあ!?」

 全身の動きが、蝋で固められたように封じられる。何とか首を回して後ろを見ると、あのメルトですら動きが完全に止まっている──!!

 見るとさっき逃げたはずのツタージャとイーブイが立っていた。そして足元にはガラス片が散らばっている。何かを割った……?
 そうか、不思議玉……!!

「しばりだま……!!」

 悔しそうに唸り声をあげるメルト。部屋全体の敵の身体を一時的に縛るその道具は、例えメルトでも抗うことは出来ない。

「はっ!」

 ヤミカラスの悲鳴でポチエナは前に視線を戻した。そこに立つのは怒りに燃える顔のピカチュウ。

(まずい! やられる!)

 咄嗟に目をつぶった二匹。しかし……。

「リアル! 早く!!」

 いつまで経っても攻撃はやってこない。目を恐る恐る開けると、ピカチュウは悔しそうな表情を浮かべていた。そして宝箱を拾って仲間の元に駆け寄っていく。

(逃げるのか!)

 そしてピカチュウは立ち止まり、メルトを睨みつけた。今にも殴りかかりそうな雰囲気。それに対し身体を動かそうともがきながら睨み返すメルト。しばらく二匹は睨み合って──
 
 ピカチュウ達は踵を返して逃げ出した。



          ※


 もはや陽の届かない森の中をもつれる足で駆け抜ける三匹。それは後ろから追ってくるだろう敵から逃げるため。そして、迫り来る日没までにギルドに戻るため──

 宝箱捜索の時に拾っておいた種が役に立つとはリアル自身も思わなかった。
 ダンジョン内で倒れた時に1度だけ復活できる、最強アイテム。それがふっかつのたね。
 それとは知らず何となく持っていたのが功を奏した。

 だが体力が全回復したとはいえ、蓄積された疲労は消えない。一日中走り回った三匹はもはやダッシュもままならない。そしてリアルは宝箱を抱えているのだ。

 木の根に躓き転ぶメンバーを互いに支えながら、森の出口を目指して懸命に駆ける。
 あまりの疲れに遅遅として歩は進まず、ギルドが余りにも遠い。

 考えたいことは沢山あった。だが今はひたすらにゴールを目指すしかない!

 逃げ出してからどれくらいの時間が経っただろうか。
 息も絶え絶え、地面に倒れ込みそうになり立ち止まった三匹は、遂にそれを見た。

「……見て!……出口だよ!!」

 互いに肩を組みながら、足を引き摺って、彼らは森を抜け──

 
 彼らを待っていたのは、既に陽の沈んだギルドだった。


          ※


「大変、だったね」

 夜八時。二、三年生やさらにその先輩達、そして訓練の合格者が遅めの夕食を食べている頃。
 リアル達三匹は、自分たちの部屋にいた。

 リアルは藁に寝転がって天井を見つめ、ヨゾラは窓の外から空を見上げ、デリートは椅子に座って俯いていた。

 彼らの間にしばらく会話は無く、デリートが口を開いたのも随分経ってからだった。


 いくつもの困難を乗り越え、ギルドにたどり着いた彼らに突きつけられたのは、「時間切れ」。
 既に陽は沈み、ギルドの庭ではモグリューのマルタが一匹で待っており、宝箱を回収した。

 時間切れだったのはリアル達だけでは無いようで、しばらく立ち尽くしていた彼らの後ろから、他のチームも同じようにやってきていた。

 
 後、数十分だっただろうか。もしかしたら数分前だったかもしれない。ただ結果としてリアル達は夕飯抜きの罰を受けて部屋に留まっていた。

「間に合わなかったね……」 

 ヨゾラがぽつりと呟く。その短い言葉にも悔しさが滲む。

 確かにみんな頑張った。宝箱を手にするところまで行ったのだ。あともう少し。ほんの数分で自分たちは目的を果たせなかった──
 口を開けば涙が出てきそうで、リアルは黙って歯を食いしばっていた。

 今日一日の反省。そんなことも考えたくなかった。あまりに気が沈んでしまっていた。
 恐るべき強さだった先輩探検家。彼のその手の武器。自身を救った不思議な種。そして彼に一度、確かに倒された、メルト……。

 今日の出来事を思い出すと悔しさが湧き上がってくる。そして空腹。そんな三匹に笑顔などあるはずもなく──

「おーい、起きてるか」

 コンコン、とドアがノックされると同時に声が掛かる。
 開けるぞ、という声と共にドアが小さく開かれた。

「あ、ラウド……さん」

 顔をのぞかせたのはあのマンキー。だが朝とは打って変わって静かな声だった。

 そして彼は何故か控えめに手招き。

 リアルたちは思わず顔を見合せた。


        ※


 連れてこられたのはタウンだった。
 昼間にしか来たことのなかったタウン。いつもよりポケモンの数は少なく、物静かな雰囲気だったが、カクレオン商店の前には小さな集まりができていた。

 店の前の篝火に照らされながらカクレオン兄弟がポケモン達に何かを配っている。

「えっと……これは?」

 恐る恐るリアルがカクレオンに聞く。するとカクレオンの兄がそれに気づいて答えた。

「ああ! あの時の! 無事ギルドに入られたんですね! 良かった良かった!」

 心底嬉しそうに手を叩くカクレオン。

「これはですね、訓練の結果、夕飯が食べられなかった方々に我々が食事を提供しているんですよ!」

「食事!!」

 ヨゾラがその言葉に反応して飛び跳ねる。
 カクレオンは他のポケモンに食べ物を配ってから、戻ってきて話を続けた。

「ほら、毎年恒例ですから。過酷な訓練だったんでしょう? 何も食べずに次の日また頑張るなんて大変ですよ! ほら食べて食べて!」

 言われるがままに食事を受け取る三匹。美味しそうなカレーだった。鼻腔をくすぐる香ばしい香り。空腹のリアルたちにとってはもう輝いてさえ見える!

「い、良いんですか!」

「どうぞ! あ、ギルドの方々には内緒ですよ〜? ……まあほとんど黙認されてるんですけどね〜」

「ありがとうございます!!」

 三匹揃って頭を下げ、一斉にカレーに食らいつく。
 空腹に染み渡る暖かな料理。リアルたちは暫し言葉を忘れて必死にカレーを胃に流し込んだ。

 
          ※


 一息つき、空腹を満たしたリアル達。
 次第に今日の思い出が蘇ってくる。

 カクレオン商店の篝火が少し届くところまで離れ、段差に腰掛けた。
 
「さっきカクレオンさん、毎年恒例って言ってたよね。決まってるんだね、今日の訓練」

 デリートが言う。

 ああ、そうかとリアルは思い当たる。
 今日の朝、見慣れない二、三年生達が廊下で「頑張れよ」と声をかけてきたこと。
 
 あ、そう言えば昨日! ソワが帰り際にも同じことを言っていた! なんだか含みのある言い方だったのはこの訓練を指していたのか!
 何だってあんな曖昧な言い方を……もっとしっかり注意してくれれば良かったのに!
 
「でも、ビックリしたよ。ギルドメンバーと戦うなんて……毎年これを新入生は受けるわけだね。大変過ぎるよ!」

「強かったな……シュン……だっけ」

「シュンさん、ね」

 デリートが先輩を呼び捨てするリアルを窘める。
 
「単純に全部が強かったし……それに、あの剣」

 飄々とした感じの先輩。進化していないコリンクでありながら、彼には風格というものがあって、戦う前から勝てないとわかっていた。それでも一応の合格は貰えたようで鍵をゲットしたが……。
 頭から離れないのは、彼が手にした小剣。一瞬で取りだし、一瞬で消えていたから、恐らくはあれも技。電気で剣を作りだすなんて想像もつかない。特にそもそも技すら出せないリアルにとっては遥か遠いものだろう。
 あれに自分たちは一振で薙ぎ払われた。
 
 当然ヨゾラたちもその強さには賛同するものと思っていたが、帰ってきた返答は思わぬものだった。

「剣……って? 何?」

「……え?」

 とぼけているのかと思って目をしばたたかせるリアル。まさかヨゾラ、忘れてるのか? しかしそれも違った。
 ヨゾラが閃いた、というように手を叩く。

「……? あ、なんか聞いたことあるよそれ。剣って……ニンゲンが作り出したものでしょ!」

 理解が追いつかない。剣を知らない……? ニンゲ……なんだって?
 イマイチ要領を得ない様子のリアルにデリートも補足を入れる。

「え、あのシュンさんが最後に持ってたやつだよね? 私も良くは知らないけど……剣って言うの?」

「ちょちょ、ちょっと待って!? 剣は剣だよ! 刃物!武器! そんでニンゲンって何?」

 逆に今度はヨゾラ達が戸惑う番だ。

「ニンゲンを知らないの……? そうかぁ……それも記憶が無いんだね」

 困った様子のヨゾラにリアルも口を噤む。記憶が無いのは確かだ。ということはやはり常識の欠落が──?

「ニンゲンは私たちポケモンとは違う生き物なの。詳しくはギルドで勉強するだろうけど……今は存在しないって言われてる」

「そう……なんだ……」

 ニンゲン……今はいないのか。知らない生き物だ。もしかして伝説上の生き物とかそういう類だろうか。覚えはないけど、何処か馴染みのある響きだ。それで……そのニンゲンが作り出したのが剣?

「剣って確かニンゲンが作ったって言われてるんじゃなかったかな。実物は見たことないけど、危ない物だった気がするよ」

 そう言うヨゾラの顔がなんだか苦々しげで気になるが、それよりこの知識の齟齬が問題だ。

「え……武器って分かるよね」

「武器……木の棒とか岩とか? 戦いでそういうのを使うのは良くないって聞くよ。タブー、ってやつ?」

「!?」

 そうなのか。武器を使うのはNGと。もともと使う気もなかったけど……。

「あれ、じゃあ剣は存在しないの?」

「シュンさんが持ってるのがそれなら、僕は見たことないなあ」

「んん……?」

 どういう事だ? 彼が持っていたのは間違いなく剣だ。どうやら実体がある訳じゃなさそうだけど、相手を傷つけるための武器。
 だが剣は一般には知られてなくて、ニンゲンとかいう生物が作り出したものらしい。

「よく分からないけどさ、それってシュン……さんはそれ振り回してちゃダメなんじゃないの?」

 リアルの言葉に首を捻るデリート。

「分からない……あれは技みたいだったでしょ? 剣が武器の一つなら、使うのは良くないのかもしれないけど……技だとしたら、それがダメなのかどうかは……」

 結局よく分からないまま。恐らくはそのニンゲンとやらと、武器についての前提としての知識が足りないから理解が出来ないんだと思う。 
 それはおいおいギルドで勉強するとして。
 ただ一つ明確なのは、一般には知られていない剣というものを、彼は知っているということ……。

 そういえば、自分が知識がないのは記憶喪失で仕方がないにしても、自分だけが知っていることがある、というのはどうしてだろうか……?
 記憶を無くす前の自分がたまたまそれに縁があっただけなのか……。

「でもさ、強かったのは確かだよね」

「それは……ね」

 結局結論はそこに落ち着いた。
 あのまま戦ってたとしても勝てる気がしない。

 と、突然デリートが、あ! と大きな声を上げた。

「そうだ! 思い出したよ、リアル! メルトとの戦い! どうして逃げようとしなかったの!」

「あー……」

 その話をされると痛い。
 今はもう、彼に怒りを感じてはいない。
 ひとまず戦いが終わったからなのか、一矢報いることができたからなのか。
 それでもあの時は彼を殴らなくては気が済まなかった。結局殴れなかったけど。

「でも宝箱は守らなきゃいけなかっただろ? 単純に逃げようとして守り切れたかは分からない」

「そうだけど……」

 不満げなデリート。

 メルトからかえんほうしゃを食らった後、駆け寄ってきたヨゾラとデリートに不思議玉を使うように指示した。
 道中ヨゾラが拾っていたのを覚えていたからだ。それを使って、隙を稼いで逃げる。あわよくば宝箱も持って。
 正直自分は倒されると思っていた。それでもバッジがあるから良いと。だからふっかつのたねは予定外のラッキーな出来事だったのだ。そもそもそんな種知らなかったし。
 それでも身体はその感触を覚えている。
 強烈な一撃を食らったその焼ける痛み。
 そして意識が遠のいて倒れる瞬間。
 試験の時のワニノコの気持ちをそのまま味わったわけだ。あれは体験してみてわかる、いくらバッジがあるからってそうそう味わいたいものでは無い。

 あれは一種の死だ。あくまでも生き返っているだけ。そう頻繁に死んでいては心が持たないだろう。

 ただ──

「守りきれたんだよ、宝箱を。だからひとまず良しとしようよ」

 ヨゾラの言葉に頷く。

 謎は残ったままだ。
 シュンの小剣のこと。
 メルトが何を思っているのか。
 時間切れの心残りもある。それでも今日はもうみんな疲れ切った。

「そろそろギルドに戻ろうよ。僕もう眠くって」

 ふぁ〜と欠伸をするヨゾラ。その欠伸がなんだか面白くてデリートが笑った。それに釣られてリアルも笑う。
 ヨゾラはキョトンとしている。

 今日は失敗した。でもまた明日から頑張ればいい。
 それが投げやりな思考なのか、前向きな思考かは分からないけど……今はそれでいい。

 
 リアルたちはギルドへの道を歩き出した。
 見上げると、相変わらず満天の星空は綺麗だった。


          ※


「それで?」

「え?」

「え?じゃないでしょうが!」

 師匠が強い口調でシュンに怒る。

「キミがわざわざ配置換えまでして担当したリアルのことだよ!」

「あー」

 夜十一時。訓練を終えたシュンは師匠の部屋に呼び出されていた。今日は定期報告の予定は無い。だから訓練の事だとは大体分かっていたが。

「……まあ至って普通かな。特筆すべきことは無いですね。技が出せないってのはもう少ししたら改善するとは思います。かみなりパンチはちょっと驚いたけど」

「試験の時のやつだね。まだ不完全だったと思うけど」

 師匠の言葉に頷くシュン。確かにあれは技にはまだ遠い。チームメイトのサポート込みで強い一撃とはなっていたが。

「うっかり油断して『あれ』を出したんで潔く鍵は渡してきました」

「あの子、諦めない心があるから。それが剣を出させた原因かな」

 少し茶化したような師匠のセリフには、さあ、と返しておく。鍵を渡したことをイジっているのたろう。正直最初は渡すつもりもなかったが、油断し過ぎたのは認めるべきか。ただ……。

「彼はあれを見て何か感じ取るかと思ったけど」

「反応無し?」

「今のところは」

 ふーんと師匠は椅子を回転させる。

「それで、結果は?」

「時間切れ。途中で他チームに襲われたらしい。何とか宝箱は守りきったみたいですけど」

「……まあ、奪い合いも想定の内だからね。……誰が襲ったのかは言わなくても予想はつくよ」

 そう言って紙を持ち上げる師匠。そこには今回の訓練の簡易的な結果が記されている。

「その襲ったチームは奪取に失敗してるのにちゃっかりゴールしてるからね……凄まじいよ」

 そもそも毎年恒例のこの訓練は、合格を想定していない。まずギルドの上位メンバーを打ち倒すのが困難だからだ。それでも稀にクリアするチームは現れる。今回はそれがあのビクティニだった。どうやらギルドメンバーと戦うことなく、他チームから宝箱を奪い取るという戦法を取ったらしい。
 正攻法ではないが、それもまた一つの手立てだろうと師匠は認めていた。

「倒れたのは合計3チームだ。残りの2チームは宝箱をゲットしたけど時間切れ。合格者は1チーム」

 上々の結果と言えるだろう。
 例年ならギルドメンバーに誰も勝てない、なんてこともある。
 毎年恒例のこの訓練は、事前に箝口令を敷いて一年生に知らせないようにしている。一種のサプライズ。……まあやる気を最初から失わないようにということでもあるが。

「まあ、リアル君はこれからに期待、かな」

「と言ってもキミが面倒を見るんでしょ?」

「もちろん」

 シュンは深く頷いた。
 
「それで、師匠のほうはどうなんです。今回の会議は」

「……特には。各地に大きな異常はなし、時の歯車も異変はない。迷宮化は相変わらず。……あ、託宣があったよ」

 師匠は託宣の内容を一言一句間違えずに述べた。会議の内容は諳んじれるほどに頭に入っている。

「……相変わらずよく分からないな。託宣があるってことは何かしら起きるんだろうけど」

 シュンもお手上げだ。観測塔の長老の言葉を理解出来る者は誰もいない。そもそも誰なのか、その姿すら不明だ。

「他には?」

「人遺物の話が出た……特S級の」

 そう言った途端、シュンの顔が険しくなる。

「発見されたか」

「恐らくは、ね」

 黙り込む両者。

「世界の真理に迫らんとする技術……人類最大の切り札」

「何にしても情報が足りないよ。もっと詳しい情報が」

 首を横に振る師匠。
 机の上のランプの火が風に揺れた。
 ふと時計を見るともうすぐ十二時になる頃だった。

「もうこんな時間だ。俺は寝ます……それなりに疲れたので」

 扉を開けて出て行こうとするシュン。が、立ち止まって振り返った。

「明日からは俺も通常業務に入りますんで。ギルドも一年生もそうでしょう?」

「分かった。……ねえシュン。たまにはキミも探検隊の仕事やってもいいんじゃない? 依頼とか」

 シュンはその言葉に少し考えて口を開く。

「俺にそんな資格はない。少なくとも今のままでは」

 その言葉を残して扉は閉まった。
 部屋には師匠だけが残される。
 
 師匠は彼の言葉を頭の中で反芻させ──

 悲しげに微笑んだのだった。

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