第25話 ちょっとした無駄話

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 4匹から3匹に減った一行。 特に危なげなところもなく着々と進んでいく。 その中で話す余裕も生まれてきていたが、そんな中ケイジュがこちらに問う。
 
 「あの、ユズさん、キラリさん」
 「はい?」
 「どうしたんですか?」
 「......私は何かジュリに酷い事でもしているでしょうか?」
 
 急な問いかけに2匹は驚き彼を見上げる。 彼の顔は一言で判別出来るようなものではなかった。 色々なものが複雑なツルになって絡みついた、そんな表情。
 
 「......うーん、酷い事したわけじゃないと思うけど......」
 
 キラリは首を傾げる。 基本的にこちらに敵意を向けているのはジュリの方なのだ。 しかし、ユズはキラリの言葉に違和感を覚えたのか、少し目を細めて言う。
 
 「キラリ。 ちょっとそうとも言い切れないかも」
 「えっ、なんで......?」
 「......いや、酷い事っていうのは違うかもだけど......その、無礼だっていうのを覚悟して言うんですが......
 もしかして、基本喧嘩を仕掛けてるの、ケイジュさんじゃ......?」
 
 少しの間、3匹とも黙る。 何秒か経った後、キラリの納得の声がやけに大きく響いた。
 
 「......そうか、確かにちょっと挑発っぽかったような......オニユリタウンの知識とかについて」
 「うん、だからそういうのが響いちゃってるんじゃないかなぁと......私の勝手な意見ですけど」
 「成る程......やれやれ、悲しいものですね......」
 「え?」
 
 ケイジュの虚ろな溜息が響く。 その息はどこかずっしりとした重さを秘めていた。 それと同時に、ぽたりと洞窟の天井から水滴が落ちる。
 
 「......喧嘩を売るというよりは、私にとっては疑問でしかありません。 あれは私にとっての『当たり前』だった。
 恐らく私達だけではない。 皆そうです。 お互いの正しさを押し付けあい、すれ違い、そして、悲しいことに時にそれは大きな破滅を生むこともあり得る。 ......特に、正しさというものが1つだけに閉ざされたような世界ではね。 貴方達がこの村で受けた仕打ちについても言える事です」
 
 今までにはない重い口調。 その声は恐らく2匹だけに向けたものではないのであろう。 この世界への、警告のようにも見えてしまった。
 
  「......すいません。 無駄な話をしてしまいましたね。 大丈夫。 私の考えに感化され過ぎることはありません。 今はただがむしゃらに、進んでいって欲しいのです。 貴方達にはまだ、穢れを知らないで欲しいのです。 ただの、私の我儘ですが」
 
 気を取り直すかのように彼は口角を上げた。 そこにあったのは慈愛だった。 理想の大人の姿、そう言っても過言ではないような。
 
 「......凄いなぁ、やっぱ。 色々考えてるんだなぁって......」
 「はは、よく言われますよ。 どちらかというと、私は貴方達の方が羨ましい。 貴方達のような純粋な絆とかは、私には得られなかったものですから」
 「えっ、......そういえば、昨日懐かしいって......」
 
 懐かしいと言うのなら、自分もそんなポケモンがいるのでは無いのか。 そんな疑問を察したケイジュは少し上を見上げる。

 「......そうですね......私は、どちらかというと見る側といいますか......貴方達のように深い関係はなくてですね......別にそれが嫌とかそういうわけでは無いのですよ? むしろ美しい。 例えるなら、朝露に濡れた草のような......我ながら陳腐ですかね」
 「いいや、そんな事無いと思うけど......そういや、ジュリさんに聞いたんだけど、ケイジュさんって......」
 「......ええ。 私は生粋のこの村の住民というわけではありません。 5年前ぐらいでしょうか。 宛ても無くここに迷い込んだ私を長老は優しく介抱してくれたのです。 勿論反対する者はジュリを筆頭としていたのですが......無事信用を勝ち取り、長老の側近として生活しているわけです」
 「......そっかぁ、ケイジュさんも......」
 
 ーーだからこちらに寛容だったのか。 そう納得するユズであったが、すんでのところで言葉を止める。
 余所者という境遇だから。 という同情の念だけで彼が優しくしてくれていると思うのは、何故だか失礼な気がしたのだ。 彼が2匹の関係性に憧れているのもそうだろうし、他にも何かあるかもしれない。
 
 「......というか、ジュリさんやっぱ反対側だったんだね......」
 「ええ。 最初から私に対しての当たりはとても強かったですね......今のが少しマシなくらいです。 長老に訳を聞いても、『聞いてやるな』とだけ言って、後はだんまりですし......。 他のポケモンもそうです。 ですから解決策も無いんですよね......訳ありなんだとは思いますが」
 「......そっかぁ......うーん、何があったのかなぁ......」
 「詮索するのは野暮かもしれないし、難しいところですよね......」
 
 そこから少し会話は途切れる。 すると、無駄話が終わるのをを待っていたかのように、壁の感じが少し変わってきた。 横目でその変化を感じ、3匹は横を向いてみる。 予想通りと言うべきか、そこには壁画があった。 前の続きと考えていいだろう。
 前見たものよりも荒れ具合は増している。 ポケモン達は泣き喚いたり、憎しみに震えるような姿である。 しかし、天から光が降り注ぎ、そこから「何か」がまた現れる。 何匹かのポケモンはそれを見上げる。
 二足歩行で、目も2つ。 頭にのみ生えている長い髪。
 壁画に描かれているポケモン達にとっては、完全に異質な生き物。
 
 「......これって......」
 「.......『来訪者』、ですね。 世界を救ったと伝承に語られている」
 「何のポケモンだろう......? サーナイト......ゴチルゼル......いや違うか」
 「いえ。 来訪者は別世界から来たと考えた方が良いでしょう。 伝承でもそれははっきりとしていますし、舞い降りるような描写を踏まえると......ね」
 「別世界......? それ、判別しようが無いんじゃーー」
 
 そう言いかけた時。 キラリは「ん?」と首を傾げる。 そこからぶつぶつと呟きながら頭を抱え出した。
 
 「キ、キラリ......?」
 
 そおっとユズが近づいてみると、呟きの断片が耳に届いてきた。
 
 「別世界......お伽話......そういや、ユズは四足歩行に最初慣れてなかった......あああっ!?」
 
 急に叫ぶキラリにユズが驚き後ろへ飛び退く。 キラリの顔も、驚きで満ちたようなものだった。
 2匹は強く確信した。
 
 何かが、繋がったと。
 
 
 
 「ケイジュさん! これって人間じゃないの!? お伽話にあったあの生き物!」
 「......ほお、何故そう思うのです?」
 「だってユズっ......」
 
 キラリの口が滑るのをユズは見逃さない。情報の流出を止めるべくいつも以上に素早く動いた。 勘の力は時に凄まじいのだ。
 
 「キラリしーーっ!!」
 「もがっっ!?」
 
 ユズはキラリの口をぎゅっと塞ぐ。 そのまま少しケイジュからすすっと離れた。 何が起きたか分からずキラリはむぐむぐとするばかり。
 
 「ぶはっ......ど......どしたの?」
 「静かに」
 「あっ......ごめん」
 
 ユズは少し怒っているように見え、それに射竦められたキラリは慌てて声を小さくする。 改めて理由を聞いた。
 
 「で......どうしたの?」
 「私が人間だったって事、あんまり無闇に言っちゃダメだって......一応レオンさんにも人間関連のことは全く言ってないからね? 」
 「うっ、そっか......ごめん」
 
 確かに、「元人間」という事実は最大の秘密にしなければならない。 もしこれを誰か1匹に言って、その1匹が他の誰かに言って......となると、いずれは全世界に知れ渡る。 そうなってしまえば今までのように探検隊は出来なくなり、その上身に危険が及ぶ可能性もあるのだ。 極端な例を上げるとすると、マッドサイエンティストによって実験体にされるとか......。 ユズはそれを第一に避けたかった。 例え強引だったとしても。
 それを知り反省したところで、キラリはもう1つ問いを投げかける。
 
 「......それで、ユズはあれが人間だって思う?」
 「思うというか、確信してるって言う方がいいかな......。 あれは人間。 夢に出てきた人間っぽいのと似てたし......丸くなって座ってたから、違うっていう可能性もなくはないけど」
 「そっかぁ.......ん? 待って、それなら......!」
 
 キラリの感じた1つの可能性はより現実味を帯びる。 全くもって謎だった暗闇に、少し光が降りてきたのだ。
 まだ確固たる証拠は無い。 合っているかどうかも分からない。
 だが。 真実に繋がる欠片は今、この手の中にあった。
 

 「......ユズって、やっぱりその......!!」
 
 
 
 
 キラリが言いかけた時、後ろから細い影が2匹を覆った。
 
 「......あのー、何かありましたか?」
 
 それは勿論ケイジュの影。 そうだ、彼をほったらかしにして話し込んでしまっていたのだから、心配してくるのも当然だろう。 だが今の話の内容を軽々しく伝えるわけにはいかず、2匹は慌てて弁明する。
 
 「あーいやいや大丈夫です!! ご心配なく!!」
 「ちょっと色々ありまして!ええ!!」
 
 ......流石にその不自然ぶりにはケイジュも目を細めてしまう。 しかし「ならいいですが......」と話を切ってくれた彼の慈悲に、2匹は心の中で安堵する。
 
 「......人間、ですか。 面白いものですねぇ......。 ところで、ここに壁画があるということは......」
 
 ケイジュの問いに対し、ユズがピンと閃く。
 
 「......こっちが、正解の道ですね!」
 「ああなるほど......! 確かに、2つの道に同じのがあるとは思えないし!」
 「ええ。 その解釈でいいと思います。 では私達は、取り敢えず先にーー」
 「あっ......ケイジュさん待って!」
 「はい?」
 
 先へ歩こうとするケイジュをキラリが引き留める。 彼は単純に驚いているが、早く行きたいという思いを感じるのは気のせいだろうか......? それはさておきとして、キラリは彼に真っ直ぐ「願い」を投げかける。
 
 「......ジュリさんのこと、迎えに行ってあげませんか?」
 「えっ......?」
 
 ケイジュはまた少し驚き、そして冷静に首を振る。
 
 「......その必要はないかと。 彼は戦闘力に関してはとても高い。 村の中では1番強いのです。 迎えに行ったところで、逆に邪魔だと言われるかもしれませんよ?」
 「......そうかもだけど、ジュリさんの道、間違ってるってことでしょう? だったら何か罠があるかもしれない。 私、ジュリさんは確かにちょっと怖い。 でも、このまま進んでいくのはもやもやするというか......」
 
 キラリの表情は重くなる。 昨日図書室で話した時に感じていたのだ。
 彼は几帳面だ。 だから本を綺麗に揃えろと言った。
 彼は誠実だ。 だから多くの本を読んで見識を深めているし、戦闘の練習も欠かさない。 それに、図書室でのキラリの話は全く邪魔せず最後まで静かに聞いてくれた。
 
 厳しいのにはそれ相応の訳があるのだ。 彼は悪いポケモンというわけではないのだ。 それを考えてしまうと、おポケ好しの彼女は彼を放って進むなど出来ないのだ。
 
 表情からキラリの心情を察したユズがフォローに入る。
 
 「......ケイジュさん、行ってあげましょ? ジュリさんが無事ならそれでいいんです。 邪魔だとか罵られても平気ですよ?
 それに、ここからも未知のダンジョンが続くわけですし......4匹でいた方がもしもの時に対応しやすいですから」
 
 キラリは感情で、ユズは理屈でケイジュに問いかける。
 彼には抵抗する意思はそこまで無かったようで、すぐに頷いて肯定の意を示してくれた。
 
 「......分かりました。 では一度戻る形になりますが......よろしいですか?」
 「そりゃもちろん! みんなで進んだ方が安心だもん!」
 「了解です」
 
 その後、彼は静かに呟く。
 
 「......お優しいですね」
 「ふえ? 何か言いました?」
 「いえ、何も」
 「?」
 
 キラリの中には疑問が残るが、3匹はくるりと後ろに振り向く。後戻りすることになるが、これはもう仕方ない。 不思議のダンジョンの力か、少し戻ったところであの分岐点へとワープ出来た。 入れ違いになってない事を祈り、3匹はもう1つの道へと足を踏み出す。

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